1 / 15
プロローグ
しおりを挟む
いま、西茂森は俺の足元でのたうっていた。
やつが背中に背負った筒状の容器がひび割れ、激しい音を立ててエアーを噴いている。
「た、助けてくれ! 急に壊れて……!」
西茂森のヘルメットに付いたマイクが声を拾い、短距離通信で俺の耳に届いた。やつのヘルメットは遮蔽ガラスが割れているため、マイクを通してザラついた大気の質感まで感じられて心地が悪い。
「頼む! な、なんで急に……」
たぶん、西茂森はこの状況に理解が追い付いていないのだろう。理解できていたら、俺に助けなんて求めるはずがない。
キャニスタには、吸気装置や濾材が収まっている。この汚染されきった地上において、それらは命と同じ価値がある。砂や汚染物質だらけの大気を、少し臭う程度には改善してくれるのだから。
そんな命綱を叩き壊したのは、他ならぬ俺だった。防護ヘルメットの遮蔽ガラスを叩き割ったのも俺だ。でかいモンキーレンチで思い切りやってやった。
「石かなんかが当たったんだ! 頼む! このままじゃ!」
それなのに、西茂森は俺に助けを求めている。すでに喉をやられていて、かすれた声と共に血が滲みだしていた。
馬鹿な奴だ、とは思わない。気が動転しているんだろう。俺だって、急にキャニスタがぶっ壊れたら動転する。
「いるんだろ!? 助けてくれ!」
どうやら、西茂森の目は潰れたらしい。すぐ足元に転がっているのに、俺が見えないようだ。短距離通信での音声から、やつの焦燥感が伝わってくる。
西茂森が死ぬのは、俺のせいか?
俺がやつのキャニスタやヘルメットを殴ったから、こいつは死ぬのか?
地球の終わりは、俺にとって世界の終わりで相違ない。ただの仮定の話だが、もしも世界が終わらなかったら俺は西茂森を殺す選択はしていない。
まだ実感はないが、人はいつか死ぬものだ。殺さなくても死ぬ。世界の終わりともなれば、みんな死ぬ。俺も死ぬ。そして、実際に世界は終わろうとしている。
じゃあ、もう滅茶苦茶な論法でもいいじゃないか。どうせ、あとには何も残らない。悲しむ奴も、責める奴も、みんな死ぬ。
こんな奴の死に、俺が責任を持つ必要なんてない。世界が終るから、西茂森は死ぬんだ。俺のせいじゃない。
「なあ? 人、殴る以外で、こんな馬鹿みたいにデカいモンキーレンチ、何に使うんだろうな?」
この期に及んで、俺は何故そんなことを言ったのか分からない。他にもっとあるだろうと思ったが、知人の死に際で口をついて出たのは、そんなもんだった。
「そりゃ、必要があるから作られたんだろうけどさ。どんな必要があれば、こんなデカくなる?」
このデカいモンキーレンチは、ナットなんかを挟む部分が人の顔ぐらいある。重さも相当なものだ。
「な、なに言ってんだ、てめえ……」
こいつの言っていることは、もっともだ。なにせ、自分でも何が言いたいのかよく分からない。
「ホント、何なんだろうな、このモンキーレンチ」
「ふ、ふざけんなよ、てめえ!」
鉛を含んだ防護服は重く、動きづらい。すっぽ抜けないように、俺はモンキーレンチをギュッと握りしめた。
やつが背中に背負った筒状の容器がひび割れ、激しい音を立ててエアーを噴いている。
「た、助けてくれ! 急に壊れて……!」
西茂森のヘルメットに付いたマイクが声を拾い、短距離通信で俺の耳に届いた。やつのヘルメットは遮蔽ガラスが割れているため、マイクを通してザラついた大気の質感まで感じられて心地が悪い。
「頼む! な、なんで急に……」
たぶん、西茂森はこの状況に理解が追い付いていないのだろう。理解できていたら、俺に助けなんて求めるはずがない。
キャニスタには、吸気装置や濾材が収まっている。この汚染されきった地上において、それらは命と同じ価値がある。砂や汚染物質だらけの大気を、少し臭う程度には改善してくれるのだから。
そんな命綱を叩き壊したのは、他ならぬ俺だった。防護ヘルメットの遮蔽ガラスを叩き割ったのも俺だ。でかいモンキーレンチで思い切りやってやった。
「石かなんかが当たったんだ! 頼む! このままじゃ!」
それなのに、西茂森は俺に助けを求めている。すでに喉をやられていて、かすれた声と共に血が滲みだしていた。
馬鹿な奴だ、とは思わない。気が動転しているんだろう。俺だって、急にキャニスタがぶっ壊れたら動転する。
「いるんだろ!? 助けてくれ!」
どうやら、西茂森の目は潰れたらしい。すぐ足元に転がっているのに、俺が見えないようだ。短距離通信での音声から、やつの焦燥感が伝わってくる。
西茂森が死ぬのは、俺のせいか?
俺がやつのキャニスタやヘルメットを殴ったから、こいつは死ぬのか?
地球の終わりは、俺にとって世界の終わりで相違ない。ただの仮定の話だが、もしも世界が終わらなかったら俺は西茂森を殺す選択はしていない。
まだ実感はないが、人はいつか死ぬものだ。殺さなくても死ぬ。世界の終わりともなれば、みんな死ぬ。俺も死ぬ。そして、実際に世界は終わろうとしている。
じゃあ、もう滅茶苦茶な論法でもいいじゃないか。どうせ、あとには何も残らない。悲しむ奴も、責める奴も、みんな死ぬ。
こんな奴の死に、俺が責任を持つ必要なんてない。世界が終るから、西茂森は死ぬんだ。俺のせいじゃない。
「なあ? 人、殴る以外で、こんな馬鹿みたいにデカいモンキーレンチ、何に使うんだろうな?」
この期に及んで、俺は何故そんなことを言ったのか分からない。他にもっとあるだろうと思ったが、知人の死に際で口をついて出たのは、そんなもんだった。
「そりゃ、必要があるから作られたんだろうけどさ。どんな必要があれば、こんなデカくなる?」
このデカいモンキーレンチは、ナットなんかを挟む部分が人の顔ぐらいある。重さも相当なものだ。
「な、なに言ってんだ、てめえ……」
こいつの言っていることは、もっともだ。なにせ、自分でも何が言いたいのかよく分からない。
「ホント、何なんだろうな、このモンキーレンチ」
「ふ、ふざけんなよ、てめえ!」
鉛を含んだ防護服は重く、動きづらい。すっぽ抜けないように、俺はモンキーレンチをギュッと握りしめた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる