境界の神と学園の秘密

銀雪 華音

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第1部

第1章 「目覚めぬ世界」

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静謐な朝だった。
窓から差し込む陽光は、古びた教員寮の一室を柔らかな金色に染め上げる。埃を舞い上げながら、その光は一枚の古地図を照らしていた。そこに描かれているのは、この世界のどこか、神々ですら足を踏み入れることを禁じられた**『終焉の境界』。その中心に、あらゆる存在を無に帰すと言われる『破壊神』**が封じられている。そして、その封印を維持するたった一人の神、それがこの部屋の主、アイオライトだった。
「ふむ……そろそろ、か」
アイオライトは、カップに残った冷めた紅茶を一口飲んだ。彼の瞳は、薄い藍色に僅かな紫色が混じり、まるで夜明け前の空のようだった。その神秘的な色彩とは裏腹に、彼の表情はごく平凡な、むしろ少し疲れた美青年の男教師のそれだ。
ここは、人里離れた山間にある『エレムス魔法学園』。世界に散らばる才能ある若き魔術師たちが集い、その秘めたる力を磨くための学び舎だ。アイオライトは、ここで「基礎魔法学」と「結界術」を担当する、ごく普通の……いや、どちらかといえば物静かな教師として暮らしている。

今日から始まる新学期は、彼にとってただの日常の繰り返しではない。昨夜、封印の兆候を感じたのだ。破壊神の力が、僅かに、しかし確実に、その絶対的な結界を揺るがしている。
アイオライトは神の序列で二位に位置する存在だ。絶対と創造の神、アブソリュート・アルコスが世界の根源を司るならば、アイオライトは創造された世界を護り、調律する責任を負っている。彼の持つ**『結界』と『消滅』**の二つの権能は、まさしく世界の秩序を維持するために与えられたものだ。

だが、皮肉なことに、彼の**『消滅』の権能は、破壊神の『破壊』の権能とは本質的に相克し、互いを打ち消し合う**。ゆえに、彼は破壊神を完全に消し去ることができない。そして、アブソリュート・アルコスでさえ、破壊神を直接滅ぼすことはしない。理由は定かではないが、恐らく、世界の根源的な摂理に反するため、あるいは、破壊神が世界の均衡の一部を担っているからだろう。

その結果、アイオライトに課せられたのは、破壊神を永遠に『封印』し続けるという、終わりのない使命だった。彼が神の序列二位に位置するのも、その「決着がつかない」戦いを、誰よりも長く、そして確実に継続できる唯一の存在だからだ。彼の力の大部分は、常に破壊神を封じる**『神域封鎖』**の維持に充てられている。学園教師という立場も、その重責からの一時的な隠遁であり、同時に、来るべき時に備え、**破壊神を倒しうる『人間』**を探し、導くための場所でもあった。

学園は、新学期特有の活気に満ちていた。中庭では、クラス分けに一喜一憂する生徒たちの声が響き渡る。アイオライトは、その喧騒を遠く聞きながら、自身の研究室へと向かっていた。

研究室の奥、普段は施錠されているはずの棚の引き出しが、僅かに開いているのに気づいた。彼の瞳が、細められる。
中にあったのは、魔法学園で使うにはあまりに高度すぎる、封印術式の古文書だ。それは、アイオライトが密かに研究を進めていた、破壊神の封印強化に関する記録だった。

「……誰が?」

彼の背筋に、微かな緊張が走る。この学園には、自分の正体を知る者はいないはずだ。そして、この部屋の鍵は、自身の神力を帯びた、ごく一部の者しか開けられない特殊なものだった。

その時、背後から無邪気な声がした。
「アイオライト先生! おはようございます!」
振り返ると、そこにいたのは一人の少女だった。栗色の髪を風になびかせ、元気いっぱいの笑顔を浮かべる彼女は、新入生のリリア。学園長が「類稀なる才能」と評する、今学期注目の生徒の一人だ。

「リリア君か。おはよう」
アイオライトは、引き出しをさりげなく閉じながら、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「先生、もう研究室にいらっしゃったんですね! 熱心だなぁって、いつも思います」
リリアは無邪気に笑う。彼女の言葉に、アイオライトは内心、複雑な感情を覚えた。彼女の言葉は、彼の『存在隠蔽』の加護が完璧に機能していることを示している。あるいは、単に彼女が純粋すぎるだけなのか。

「今日は結界術の実技演習があるからね。準備が必要なんだ」
アイオライトはそう言って、話題をそらした。リリアは目を輝かせ、「はい! 先生の結界術、本当にすごいですもんね! 私もいつか、先生みたいに強固な結界を張れるようになりたいな!」と言った。

その言葉に、アイオライトの胸に一抹の寂しさがよぎった。彼女が憧れる彼の力は、世界の崩壊を防ぐための、終わりのない重荷なのだ。そして、彼女自身、あるいは彼女の世代の誰かが、いずれその重荷の一部、あるいはすべてを背負うことになるかもしれない。

「きっと、なれるさ。君にはその才能がある」

アイオライトは、優しくリリアの頭を撫でた。その指先から、ほんの僅か、彼の**『学び舎の慈愛』の加護**が流れ、リリアの魔力回路を安定させる。彼ができるのは、今、目の前の生徒たちを護り、彼らの可能性を最大限に引き出すことだけだ。破壊神の封印が弱まりつつある今、その時間は刻一刻と短くなっている。

午後の実技演習は、屋外の訓練場で行われた。
生徒たちがそれぞれの魔力で初歩的な防御結界を張る中、アイオライトは彼らの魔力の流れを注意深く観察していた。皆、才能の卵たちだ。だが、破壊神を倒せるほどの『人間』は、そう簡単には現れない。
その時、訓練場の一角で、異変が起きた。

ある生徒が、魔力制御を誤ったのだ。暴走した魔力が凝縮され、小型ながらも危険な『無差別爆発』を起こそうとしていた。周囲の生徒たちが悲鳴を上げ、教師たちが駆け寄る。
アイオライトは、一瞬にして反応した。
彼の瞳が、藍色から深い紫へと瞬時に変化する。

「神技:安全領域形成」

彼の周囲に、微かに空気が歪むのが見えた。次の瞬間、暴走した魔法のエネルギーは、まるで何かに吸い込まれるかのように、訓練場の一角に生成された不可視の結界へと飲み込まれていく。一瞬の閃光と轟音の後、結界の内側でエネルギーは消滅し、外側には何一つ影響がなかった。
生徒たちは呆然としていた。一部の教師は、その光景に驚きを隠せない。
「……先生、今の魔法は?」
リリアが震える声で尋ねた。彼女の魔力の流れは、その一瞬、アイオライトの放った神技の膨大なエネルギーを感知していたのだ。
アイオライトは、何事もなかったかのように穏やかな笑みを浮かべた。
「ああ、これはね。危険な魔法を無力化するための、高度な結界術だ。君たちにはまだ早いかな」
彼はそう言って、周囲の生徒たちの動揺をなだめた。
しかし、彼の心中では、別の思いが駆け巡っていた。
(……封印が、さらに弱まっている。この程度の制御は容易いことだが、僅かながらに魔力に負担がかかった。破壊神の影響が、世界に、そして私自身にも及んでいるのか)
彼の視線の先に、リリアがいた。彼女の瞳には、今のアイオライトの神技に対する、純粋な驚きと、そして強い探究心が宿っている。
(この子の中に、果たして……)
アイオライトは、内心で呟いた。彼の教師としての日常は、見えない場所で世界を護り続ける、神としての孤独な戦いの一部なのだ。そして、破壊神との「決着がつかない」戦いに終止符を打つ『希望』が、この学園の中にいるのかもしれない。あるいは、まだ、眠っているだけなのか。
空は高く、どこまでも青い。だが、その青の向こうには、彼だけが知る、世界の終わりを告げる闇が潜んでいる。
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