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第1部
第2章 「結界の綻び」
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アイオライトは、教員室の窓から差し込む夕日を眺めていた。茜色に染まる空は、先ほどまでの学園の喧騒を忘れさせるかのような静けさだ。だが、彼の心は穏やかではなかった。午後の実技演習で感じた微かな兆候が、確信へと変わっていた。
破壊神の封印が、確実に弱まっている。
彼の瞳の奥で、藍色と紫色の光が揺れる。それは、彼の「結界」の権能が常に封印の維持に費やされている証だった。神の序列二位。絶対と創造の神、アブソリュート・アルコスに次ぐ存在である彼が、その力の大部分を捧げてなお、完璧を保てないほどの強大な存在、それが破壊神だった。
破壊神の「破壊」の権能と、アイオライトの「消滅」の権能は、本質的に相克する。互いを完全に無に帰すことはできず、戦いは永遠に決着がつかない。だからこそ、彼は封印という手段を選び、終わりのない使命を背負っている。そして、その終止符を打つのは、神ではない、未知の可能性を秘めた人間だけなのだ。
彼は、魔法学園の教師という立場を選んだ。表向きは人間社会への順応、そして魔術師の育成のため。だが、その裏には、破壊神を打ち破りうる希望の「人間」を見つけ出すという、彼自身の意思による**『輪廻転生』**の機会を伺うという目的があった。
机の上には、午後にリリアが見つけた古文書が置かれている。厳重な神力結界を施していたはずの引き出しが開けられていたことが、アイオライトの胸に疑念を抱かせていた。この学園の中に、彼の秘密、あるいは破壊神の封印に触れうる存在がいるのだろうか。
「まさか……」
微かな可能性に、アイオライトの眉がぴくりと動く。しかし、それは考えすぎだろう。リリアの無邪気な瞳には、何の悪意も隠されていなかった。
その時、教員室の扉がノックされた。
「アイオライト先生、いらっしゃいますか?」
入ってきたのは、魔術史学の老教授、エドモンだった。白髭を蓄え、温厚な表情の彼は、アイオライトが学園に赴任して以来、最も信頼を置いている人間だ。
「どうしました、エドモン先生?」
アイオライトは、古文書をさりげなく書類の山の下に隠し、穏やかな笑みを浮かべた。
「いや、それが……少し気になることがありましてな」
エドモンは、神妙な面持ちで言った。「最近、学園の結界の一部に、妙な魔力の『揺らぎ』を感じるのです。気のせいかとも思いましたが、日に日にその頻度が増しているようで……」
アイオライトの表情は変わらなかったが、彼の内側では警戒レベルが最高潮に達していた。学園に張られた結界は、彼の**『安全領域形成』**によるものだ。その揺らぎを感じ取れる者は、学園の教師の中でも、エドモン教授のような熟練した魔術師でも稀だろう。そして、それが単なる「気のせい」ではないことを、アイオライト自身が最もよく知っていた。
「それは深刻ですね。私が確認してみましょう」
アイオライトは立ち上がった。彼の背筋は真っ直ぐに伸び、普段の物静かな教師の面影は薄れていた。その瞳には、世界の均衡を護る神としての、静かなる覚悟が宿っていた。
「……そうですか。ありがとうございます、アイオライト先生。先生の結界術の腕前は、学園随一ですからな」
エドモンは深く頭を下げた。彼には見えないが、アイオライトの身体から、微かな紫色の光の粒子が立ち上っている。それは、**『神域封鎖』**の維持による絶え間ない魔力消費の現れだった。
夜の学園は、闇に包まれていた。月明かりが石畳に影を落とし、風が古木の枝を揺らす音が、かすかに聞こえる。
アイオライトは、学園を取り囲む結界の最も古い部分へと向かった。そこは、学園創設時から存在する、最も重要な防衛線の一つだった。
彼は、指先から微細な魔力を放ち、結界に触れた。通常であれば、彼の魔力は結界に完璧に溶け込み、その情報を瞬時に読み取ることができる。だが、今回は違った。
彼の指先に触れた結界は、まるで古い布のように、僅かに「擦り切れた」感触があった。それは、物理的な損傷ではない。世界の理が、ねじ曲げられようとしているような、概念的な揺らぎだった。
(やはり、破壊神の影響だ。封印が弱まるにつれて、その力が世界の隅々にまで染み出し始めている)
彼は、目を閉じ、意識を世界の根源へと深く沈めた。広大な宇宙の中に、無数の結界の糸が張り巡らされているのが見える。そして、その中心に、巨大な黒い塊が横たわっている。それが、破壊神だ。その塊から、微弱ながらも止まることなく「破壊」の力が漏れ出し、世界の結界の糸を少しずつ侵食している。
(このままでは、結界が崩壊するのも時間の問題……)
彼は、自身の権能を最大まで引き出した。
「神技:神域封鎖」
彼の全身から、まばゆい紫色の光が溢れ出し、夜の闇を照らした。光は糸のように伸び、世界の至る所に張り巡らされた封印結界へと流れ込んでいく。それは、破壊神の侵食を食い止め、結界を強化するための、アイオライトの絶え間ない努力の現れだった。
しかし、その強化が、どれほどの効果があるのか、アイオライト自身にも確信はなかった。破壊と消滅が打ち消し合う以上、彼は破壊神を完全に「消し去る」ことはできない。ただ、その活動を「封じる」ことしかできないのだ。
(時間が、ない)
アイオライトは、魔力消費による疲労を感じながらも、顔には出さなかった。この学園の、そして世界の未来は、彼にかかっている。そして、いつか現れるであろう、破壊神を打ち破る「人間」に、全てを託すために。
彼の視線が、再び学園の校舎へと向けられた。そこでは、生徒たちが明日への希望を胸に、静かに眠っている。その中に、彼の探し求める「希望」がいるのだろうか。
彼の孤独な戦いは、まだ始まったばかりだった。
破壊神の封印が、確実に弱まっている。
彼の瞳の奥で、藍色と紫色の光が揺れる。それは、彼の「結界」の権能が常に封印の維持に費やされている証だった。神の序列二位。絶対と創造の神、アブソリュート・アルコスに次ぐ存在である彼が、その力の大部分を捧げてなお、完璧を保てないほどの強大な存在、それが破壊神だった。
破壊神の「破壊」の権能と、アイオライトの「消滅」の権能は、本質的に相克する。互いを完全に無に帰すことはできず、戦いは永遠に決着がつかない。だからこそ、彼は封印という手段を選び、終わりのない使命を背負っている。そして、その終止符を打つのは、神ではない、未知の可能性を秘めた人間だけなのだ。
彼は、魔法学園の教師という立場を選んだ。表向きは人間社会への順応、そして魔術師の育成のため。だが、その裏には、破壊神を打ち破りうる希望の「人間」を見つけ出すという、彼自身の意思による**『輪廻転生』**の機会を伺うという目的があった。
机の上には、午後にリリアが見つけた古文書が置かれている。厳重な神力結界を施していたはずの引き出しが開けられていたことが、アイオライトの胸に疑念を抱かせていた。この学園の中に、彼の秘密、あるいは破壊神の封印に触れうる存在がいるのだろうか。
「まさか……」
微かな可能性に、アイオライトの眉がぴくりと動く。しかし、それは考えすぎだろう。リリアの無邪気な瞳には、何の悪意も隠されていなかった。
その時、教員室の扉がノックされた。
「アイオライト先生、いらっしゃいますか?」
入ってきたのは、魔術史学の老教授、エドモンだった。白髭を蓄え、温厚な表情の彼は、アイオライトが学園に赴任して以来、最も信頼を置いている人間だ。
「どうしました、エドモン先生?」
アイオライトは、古文書をさりげなく書類の山の下に隠し、穏やかな笑みを浮かべた。
「いや、それが……少し気になることがありましてな」
エドモンは、神妙な面持ちで言った。「最近、学園の結界の一部に、妙な魔力の『揺らぎ』を感じるのです。気のせいかとも思いましたが、日に日にその頻度が増しているようで……」
アイオライトの表情は変わらなかったが、彼の内側では警戒レベルが最高潮に達していた。学園に張られた結界は、彼の**『安全領域形成』**によるものだ。その揺らぎを感じ取れる者は、学園の教師の中でも、エドモン教授のような熟練した魔術師でも稀だろう。そして、それが単なる「気のせい」ではないことを、アイオライト自身が最もよく知っていた。
「それは深刻ですね。私が確認してみましょう」
アイオライトは立ち上がった。彼の背筋は真っ直ぐに伸び、普段の物静かな教師の面影は薄れていた。その瞳には、世界の均衡を護る神としての、静かなる覚悟が宿っていた。
「……そうですか。ありがとうございます、アイオライト先生。先生の結界術の腕前は、学園随一ですからな」
エドモンは深く頭を下げた。彼には見えないが、アイオライトの身体から、微かな紫色の光の粒子が立ち上っている。それは、**『神域封鎖』**の維持による絶え間ない魔力消費の現れだった。
夜の学園は、闇に包まれていた。月明かりが石畳に影を落とし、風が古木の枝を揺らす音が、かすかに聞こえる。
アイオライトは、学園を取り囲む結界の最も古い部分へと向かった。そこは、学園創設時から存在する、最も重要な防衛線の一つだった。
彼は、指先から微細な魔力を放ち、結界に触れた。通常であれば、彼の魔力は結界に完璧に溶け込み、その情報を瞬時に読み取ることができる。だが、今回は違った。
彼の指先に触れた結界は、まるで古い布のように、僅かに「擦り切れた」感触があった。それは、物理的な損傷ではない。世界の理が、ねじ曲げられようとしているような、概念的な揺らぎだった。
(やはり、破壊神の影響だ。封印が弱まるにつれて、その力が世界の隅々にまで染み出し始めている)
彼は、目を閉じ、意識を世界の根源へと深く沈めた。広大な宇宙の中に、無数の結界の糸が張り巡らされているのが見える。そして、その中心に、巨大な黒い塊が横たわっている。それが、破壊神だ。その塊から、微弱ながらも止まることなく「破壊」の力が漏れ出し、世界の結界の糸を少しずつ侵食している。
(このままでは、結界が崩壊するのも時間の問題……)
彼は、自身の権能を最大まで引き出した。
「神技:神域封鎖」
彼の全身から、まばゆい紫色の光が溢れ出し、夜の闇を照らした。光は糸のように伸び、世界の至る所に張り巡らされた封印結界へと流れ込んでいく。それは、破壊神の侵食を食い止め、結界を強化するための、アイオライトの絶え間ない努力の現れだった。
しかし、その強化が、どれほどの効果があるのか、アイオライト自身にも確信はなかった。破壊と消滅が打ち消し合う以上、彼は破壊神を完全に「消し去る」ことはできない。ただ、その活動を「封じる」ことしかできないのだ。
(時間が、ない)
アイオライトは、魔力消費による疲労を感じながらも、顔には出さなかった。この学園の、そして世界の未来は、彼にかかっている。そして、いつか現れるであろう、破壊神を打ち破る「人間」に、全てを託すために。
彼の視線が、再び学園の校舎へと向けられた。そこでは、生徒たちが明日への希望を胸に、静かに眠っている。その中に、彼の探し求める「希望」がいるのだろうか。
彼の孤独な戦いは、まだ始まったばかりだった。
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