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第1部
第3章 「教師の顔、神の憂鬱」
しおりを挟む朝の鐘が、澄んだ音色を響かせた。エレムス魔法学園の廊下は、生徒たちの活気で満ち溢れている。アイオライトは、その喧騒の中心で、いつものように穏やかな笑みを浮かべていた。一見すると、彼はどこにでもいる平凡な魔法学園の教師だ。しかし、その瞳の奥には、夜の帳の中で感じた世界の危機が深く刻み込まれていた。
破壊神の封印の揺らぎは、想像以上に深刻だった。彼の権能の大部分を注ぎ込んでも、完全に食い止めることはできない。時間の問題だ。
「アイオライト先生!」
明るい声が、彼の思索を遮った。振り向くと、そこにいたのはリリアだった。彼女は、目を輝かせながら駆け寄ってくる。
「先生、昨日の結界術、やっぱりすごかったです! 私、あの『安全領域形成』っていう神技、もっと詳しく知りたいです!」
アイオライトは、内心でわずかにたじろいだ。「神技」という言葉を使ったことに、リリアの並外れた魔力感知能力の片鱗を感じた。並の魔術師には、あれはただの高度な魔法にしか見えないはずだ。しかし、彼はすぐにいつもの教師の顔に戻る。
「ほう? そうか。あの結界術は、応用が利く面白いものだが、まだ君たちには少し難しいかもしれないな」
彼は優しく答えた。リリアは不満そうに口を尖らせたが、すぐに好奇心に目を輝かせた。
「でも、私も先生みたいになりたいです! 私、誰にも負けないくらい強くなって、色んな人を助けたいんです!」
その純粋な言葉に、アイオライトは胸を締め付けられるような感覚を覚えた。彼女の心には、善なる光が宿っている。彼が探し求める「人間」の可能性が、彼女の中にもあるのだろうか。しかし、その希望は同時に、彼女を終わりのない戦いの渦へと巻き込むかもしれないという、重い現実を伴う。
「君のその思いは、素晴らしい。だが、力が強くなればなるほど、伴う責任も大きくなる。それを忘れてはいけない」
アイオライトの言葉は、まるで遠い過去から語りかける神の声のようだった。リリアは、その言葉の重みに、少しだけ表情を引き締めた。
「はい! 責任、ちゃんと果たせるように頑張ります!」
素直に頷くリリアを見て、アイオライトは微かに微笑んだ。善神である彼は、この若き命の輝きを護りたいと心から願っていた。しかし、神の序列二位として、世界の均衡を保つ者として、時には非情な判断を下さねばならないことも知っている。破壊神の封印が破られた時、彼はこの学園の、そして世界の未来のために、何を「消滅」させ、何を「護る」べきなのか。その選択は、常に彼の胸に重くのしかかっていた。
午前の授業を終え、アイオライトは再び自身の研究室に戻っていた。先ほどのリリアとの会話が、彼の思考の隅に残っていた。
(あの古文書は、一体誰が……)
彼は、昨晩隠した古文書を再び取り出した。頁をめくるたびに、そこに記された古代の文字と術式が、彼の脳裏に破壊神との過去の戦いを鮮明に蘇らせる。
あの時、アブソリュート・アルコスでさえ破壊しきれなかった破壊神を、彼は自身の『結界』の権能を極限まで引き出し、『神域封鎖』で封じ込めた。そして、互いの権能が相殺し合うため、永遠に決着がつかない戦いは、封印という形で継続することになった。
彼は、古文書に記された封印術式の一部が、微かに「改竄」されていることに気づいた。それは、ごく僅かな違いだが、彼の『結界』の権能を最も深く理解していなければ不可能だと断言できるものだった。そして、その改竄は、封印を強化するどころか、むしろ、破壊神の力が漏れ出しやすくなるような、微細な「綻び」を生む可能性を秘めていた。
(これは……意図的に仕組まれたものか?)
アイオライトの瞳から、普段の穏やかさが完全に消え失せた。背筋が凍るような感覚。彼以外に、この封印術式にこれほど深く関与できる者がいるとすれば、それは神々の中にいるはずだ。だが、破壊神の復活を望む神などいるはずがない。では、一体誰が、何のために?
彼は、引き出しを再び施錠し、その上にさらに何重もの結界を張った。自身の『存在隠蔽』の加護を最大まで高め、研究室全体の空間を周囲から隔絶する。
学園長室に報告すべきか? しかし、このレベルの事態を理解できるのは、神である自分以外にはいない。安易に明かせば、学園に、そして世界に混乱を招くだけだ。
彼は深く息を吐いた。神の序列二位という立場は、途方もない力と同時に、途方もない孤独を彼に与えていた。世界の命運を、ただ一人で背負い、誰にも打ち明けられない秘密を抱え続ける。
その時、研究室の窓の外から、生徒たちの楽しそうな声が聞こえてきた。昼休みになり、中庭で思い思いに過ごしているのだろう。その声は、彼の心を僅かに和ませると同時に、彼の使命を再認識させた。
(彼らを護らなければならない)
そして、彼らの未来のために、破壊神を打ち破る可能性を秘めた「人間」を見つけ出さなければならない。彼は、自身の**『輪廻転生』**の能力が、そのための究極の手段であることを理解していた。いつか、この肉体が限界を迎える時、彼は自らの意思で新たな生を選び、次なる希望を探すだろう。
しかし、今はまだ、この学園に留まる必要がある。
彼の神としての直感が告げていた。
破壊神の封印の綻び。そして、古文書の改竄。これらは偶然ではない。
この学園の中に、何か、あるいは誰かがいる。
世界の秩序を揺るがす、新たなる影が……。
アイオライトは、再び静かに窓の外を見つめた。美青年の顔には、いつもの穏やかな教師の笑みが浮かんでいる。だが、その瞳の奥には、美しさと哀愁、そして、世界を揺るがす新たな戦いの予感が宿っていた。
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