8 / 20
7.初めての依頼、そして
しおりを挟む
ベリーエンテはどうやら鶏肉で合っているらしい。
空を飛べる鳥のような魔物でニワトリではなさそうだが、好物のベリーを食べる時は地面に降りて突っついて食べるそうだ。
その油断している瞬間を狙って狩るのだと。
「意外と近くにいるもんだな」
街から蒼炎の森とは真逆の門を抜けて、ほんの少し行った森……というよりは林に出た。
「この辺りですとサワベリーが採れますわ。口に入れると気泡のようなものがでますの。お酒や水に入れて楽しむ者もおりますわね」
なんだその川の近くで採れそうな名前は。
しかし結構サングリアとか果物系のサワーとか好きだったしなぁ。美味しそうじゃないか。
「街からそう離れていないが、大丈夫なのか? 一応、弱いとはいえ魔物なんだろう?」
門を出て二十分歩いたかどうかの距離だ。こんな近くで魔物が出ていいものか?
それともアルバ・ダスクが近い街だとこれが普通なんだろうか。
「まだ感じないかもしれませんが、街には光の結界魔法が貼ってありますのよ。魔物は基本的に闇の属性を持っているので、弱い魔物はそもそも光の結界を破ろうとも思いませんわ」
「焼き鳥になるのかな……」
さっきからお腹の空く話題しかない。本当に初依頼を遂行中なのか疑わしくなるな。
「対象を見付ける前に、まずはカードを作ってしまいましょう」
「おう」
やっとこの世界での身分証とやらが持てる。
何でも魔力を注ぐだけで良いらしい。
「魔眼の応用ですわね。このカードに個人の魔力を記録することによって、他の者が触れれば魔力に関係なく情報を視ることができる。このカードが記録できるのは、名前やクラスといった冒険者に必要な情報だけですけれど」
「なるほどね」
ルルからそれを受け取る。見た感じは至って普通のカード。
何製なんだろうな。
「本当に軽くで構いませんわ」
「えーーっと。深呼吸して集中……」
良い奴代表、グレイヴァーンに言われた通りにやってみる。
あの時は魔力を体内で循環させ、纏うような感覚だった。
今回は外に放出する。
それで、低出力を心がけねばならない。
「お」
またもや、頭にゲームよろしく文字が浮かび上がる。
【ユニークスキル:早気】
俺が頭で考えるよりも早く、体……いや、魔力か。
それは元からやり方を知っていたかのように、手の平の上で水のように静かに注がれた。
「……お見事ですわ。さすがハヤト様」
「え? ちょろっと出すだけだろ?」
正直最初からカッコいい技をドーーンと出せたら、もっとカッコ良かったんだろうが、口をゆすぐ程度の水を手の平で再現しただけだ。
「その、魔力を外へ放つだけでも相当な訓練が必要でして。やはり魔法クラスとの複合なのでしょうね」
「そういうものか……?」
ゲームの印象では魔力が高い者は魔法をバンバン撃つイメージだったが、実際のところはそうではないのかもしれないな。
「これで出来上がりですわ」
俺の、俺による、俺のためのギルドカード。
魔力を注いだ瞬間、一瞬うっすら輝いたがそれ以上特別な演出はない。
感動シーンで感動できなかったのはこれで何回目だ。
「おーー、魔力を注ぐと視れるんだな」
カードに記録された俺の名前、クラス、冒険者ランクE、登録地であるランダレストが浮かび上がる。
「おめでとうございます! これで、晴れて冒険者の仲間入りですわね」
「ああ、実感は依頼を達成しないと湧かないだろうけど、ありがとう」
いわゆる入社試験は突破した。
次は実地研修ってやつだ。
「では改めまして、私は魔を知る者のルルメアカリス。特級の魔法クラス、魔導師で、お察しの通り冒険者ランクはS級になります」
「おおお! エリート中のエリートだな」
ゲームでいうとストーリー後半に仲間になりそうな、魔法特化型だな。
クラスにマスターって付くのもちょっとカッコいいな。
「魔を知る者っていうのは、クラスにちなんだ呼び名なのか?」
「いえ、アルバ・ダスクでより大きな戦果を挙げた者に王から贈られる栄誉の一つですわ。ギルドカードにも表示されるようになりますの」
「英雄じゃん……」
あの勇者なんかよりよっぽど勇者ポジションのルルメアカリス。
もしや君が主人公なんじゃないか?
「ハヤト様は恐らくですけれど、魔力の操作に長けた弓導師ということだと思いますの」
「まぁ、名前的にそうだろうなぁ」
「元の世界でも弓をお使いだったんですか?」
「そうだな、弓道っていう昔は戦術でもあったけど、今は心身を鍛えるためのスポーツというか。集中力を要する競技だな」
「なるほど。ユニークスキルやクラスというのは、十八歳以前の己に影響を受けることもあるそうです。まさしくハヤト様のためのクラスですわね」
あーー、そう言われると何かしっくりくるな。
特級だか複合だか知らないが、十八歳までの自分が一番努力して、ずっと胸に残る想いをしたことだからな。
「ハヤト様ほどの腕でしたら、弓自体を魔力で創造することも可能でしょうし、元ある弓を使って矢のみ魔力で創造しても良さそうですわね」
「省エネってやつか」
確かに実際攻撃の要となるのは、魔力の矢だ。弓はあえて既製品で代用してもいいかもしれないが……。
「出来ることなら、弓も、俺の魔力で造り上げたいな」
「あら。理由をうかがっても?」
「何となくだけどさ。元の世界の体験だけど、……どの弓を使っても、どうしても出来ないことがあったんだ。でも、一から俺が、俺の専用の弓だったら、俺の能力がもっと上手く活かせる気がする。……気がするだけなんだけどさ」
弓のせいで無いのは分かっている。ただ、気持ちの問題かもしれない。
自分の力で早気を克服したかった、俺のどうしようもないプライドなんだろう。
「勘というのは、存外ばかには出来ないものです。ハヤト様の感覚を信じてやりましょう」
「あぁ。魔力の放出と、その制御ってやつが重要そうだな」
「ええ、ーーその前に」
ルルが言いながら俺の後ろに視線をやると、何かが近づいてくる音が聞こえてきた。
「……デジャヴ?」
「思ったより早かったわね」
「貴様! やっと見付けたぞ! それにーーグリモワァ! お前も、よくもやってくれたな!」
再び勇者に追いつめられる。俺が何をしたっていうんだ。
あ、勝手に動いたから怒ってるのか……?
「あら? お使いもまともに出来ない坊やが何を言ってるのかしら?」
え? 妖艶とはいえ、結構年代は同じくらいに見えるんだが……、美魔女か?
じゃなくて、どういうことだ。
「ライラットにもう調査は終わったと言われたが、貴様の仕業だな!? 魔力を残したのが仇となったな!」
「魔を知る者の私が異常な魔力の正体を確かめに行くのに、何か問題でも? 特にギルドに依頼された訳ではないけれど、状況だけ報告しておいたわ」
「てめぇのせいで……、A級に降格したんだぞ!! どうしてくれる!」
あぁ。元々短気なのに更に怒ってらっしゃる。
勇者パーティーの皆さんも何か疲弊してるし……って、グレイヴァーンだけ居ない?
ルルはルルで腕を組んで挑発的だし、これはわざとやってるな。
「聞いた話ですと貴方、ハヤト様に挑もうとしたんですって? 身の程知らずもいいところ」
ちょっとおおおおおルルさん!?
俺E級、相手Sきゅ……、A級?
とにかく、ベテラン勢を煽るのはやめてくれ!
「んだとぉ!?」
「ちょっとウェイダー、落ち着いてよ! それどころじゃないんだから」
「……ちっ。とにかく、そいつを渡せ」
「? おかしいですわね、調査はもう終わり。貴方たちは無事A級。はい、おしまい。ですわ」
「馬鹿が。俺くらいにもなれば、そいつさえ上手いこと使えばまたS級に戻れる。なんといってもとんでもない魔力だ」
堂々と人さらい宣言する勇者って、いいのか?
てか、俺のことどう利用するの!?
あれか、もう魔眼で見破られないし人に見えるけど魔物でーーすって言って見世物にするのか!?
そもそも、勇者には二つ名っぽいのないし、アルバ・ダスク未経験者って認識でいいんだよな?
んで、ルルはソロでS級で英雄で、大先輩な訳だ。
な ん だ こ い つ 。
もしかして、田舎から出てきたばかりとか……?
「はぁ。あの男、少しは教育してくれたかと思ったけれど」
「ごちゃごちゃうるさい! 渡さないなら……、奪うまでだ!!」
ウェイダーの掛け声に、あんまり乗り気じゃなさそうなパーティーメンバーの皆さん。
気持ちは分かる。
「めんどいわねぇ。ハヤト様、下がってらして」
「え、いいのか?」
「お教えする前ですもの、ここは先輩としてきちんと示しませんとね」
実はルルの実力を直接見るのは初めてなので、若干ワクワクしている。
男として守られるだけ、ってのも変な気分だが。
俺は初心者。初心者なんだ!
よし、正当化。
あ、ルルがやりすぎてたらちゃんと止めよう。
「まとめてかかってらっしゃい?」
そういうと、ルルは全く何もない空間から杖のようなものを取り出しクルッと一回転させた。
か、かっこいい!
「馬鹿め。近接クラスも無しに、詠唱ができると思ってるのか! イデリア!」
「……ええ」
弱弱しい声で返事をした金髪のふわふわな女の子が、少しの詠唱の後メンバー全員に何かの魔法をかけた。
強化魔法みたいなもんか?
「ローラン! カイナ! いつも通りにいくぞ!」
「はぁ……、分かったわ」
「おう」
冗談かと思ったが英雄のルルに、良く分からん理由で本当に挑むんだな!?
そんなにS級とやらに戻りたいのか?
『地に誘い、……』
茶髪の女の子が何やら唱え始める。
おいおい、ヤバそうなやつじゃないのか。
「ふーーん」
大して気にも留めていなそうなルル。
さすがです。
「こっちだ!」
剣を抜き、一直線に駆けてくる勇者殿。十中八九、囮役なんだろう。
それをひらり、と優雅にルルが躱せばその先にはローランと呼ばれた重騎士のような男。
あぁ、俺は本当に見てるだけで良いんだろうか。
「ルル殿、御免!」
重そうな槍を、刃ではなく上から振り下ろす形で攻撃を仕掛ける。
さすがに命まで奪うつもりではなさそうだが、あたればルルだって無事では済まない。
『土の盾』
今度はルルが仕掛ける。
というか、いわゆる無詠唱ってやつですか?
地面から隆起した土が、ルルを守る形でローランとルルの間に壁のように立ちはだかる。
「うおぉ!?」
まさか一瞬で魔法が放たれるとは思っていなかったローランは、槍の先ではなく柄の部分が壁に振り下ろされる形になり、真っ二つに折れた。
なるほど、懐に入り込まれた時の対処法も熟知している。
「はい、一人」
ローラン側は間合い的にもフリー。
すぐ様ルルは目の前のウェイダーに向き直る。
『氷の槍』
「ちっ」
唱えたルルの前には、標的に狙いを定めた氷の槍が三本。
まず一陣、次に二陣、次いで三本目が避けるウェイダーの軌道を読むかの如く待機している。
だが、そうこうしている間にカイナとやらが呪文を唱え終えたようだ。
『ーーストーン・エッジ!』
周囲の地面がわずかに蠢き、それと同時に塊となった土がいくつも浮遊し、ルルの周囲を取り囲んだ。
それと同時に、どことなく、聞いたことがある音がした。
何だ……?
「聞いたことない呪文ね。クラススキルかしら?」
こちらは相変わらず余裕そうなルル。
「ふん! 馬鹿め。こっちだ!」
相変わらず偉そうなウェイダーが、カイナに気を取られた一瞬の隙をついて攻めに行く。
「横暴ねぇ」
避ける暇のなかったルルは、手に持った杖で振り下ろされた剣を受け止める。
丈夫な杖だな……!?
だが、結果的に逃げ場を失うルル。
さっきの魔法を使うのか?
土の塊が襲い来る。
どうする……?
「風の盾! --からの」
ルルとウェイダーの周りには渦巻く風。
それが、土の塊たちを弾き飛ばし、結果的にルルは無傷。
弾き飛ばしたのを確認したルルは一瞬でウェイダーを、蹴り飛ばし間合いを取る。
そして、なぜか目の前に手を差し出し、挑発的にかかってこいのポーズをとった。
シビれるな、おい……!
「くそがぁ!」
「あら? 貴方に向けたんじゃなくてよ?」
「え?」
俺もてっきりウェイダーを挑発したのかと思ったが。
「……!? しまっ」
ルルの合図で先程待機していた氷でできた槍の最期の一本が、いつの間にやら上におり、真上から狙うようにウェイダーに向かっていった。
「いでええぇ!!」
剣を持つ手の甲に、容赦なく突き刺さる。
その手からは剣がからん、と音をたてすべり落ちる。
「相術師さんに治してもらえるでしょ? あ、そこの貴女。お返しするわ」
ウェイダーが剣を落とすのを見届けると、次の詠唱に入ろうとしていたカイナへ意味深なことを言い出すルル。
と、同時にまたもや聞いたことのある音が俺の頭に響いた。
聞き覚えはあるが、正直聞き心地は良くない。
弾かれるような音。なんだ?
『ストーン・エッジ!』
「はぁ!?」
「同じ魔法?」
さきほど聞き覚えのない詠唱と言ったルル。だが、全く同じ魔法をカイナへとお返しする。
「カイナ!」
ウェイダーへと駆け寄り……回復魔法だろうか? 何かの術を施しているふわふわの女の子が叫んだ。
恐らく防御魔法が間に合わないのだろう。
得物を折られ、丸腰のローランが走ってカイナを飛ばすようにして助けに行く。
もしかして、わざわざウェイダーを手負いにさせたのも防御魔法が使えないよう、この状況を計算してだったり?
「有り得ない! 一度聞いただけで、……無詠唱。しかも私以上の精度を返してくるなんて……」
「おしまいですの?」
くるりと杖を回して退屈そうにルルが言う。
片や治療中のウェイダー、得物のないローラン、回復に追われる女の子、驚いて戦意喪失中の魔法使い。
これは勝ったと言ってもいいのでは?
というかそもそも四人掛かりは卑怯だぞ。
「グリモワの名は伊達じゃないか……、くそっ」
最初から分かってたなら何で挑むんだ。
「ーーお前ら、何やってやがる!」
どこかで聞き覚えのある声が、響き渡った。
空を飛べる鳥のような魔物でニワトリではなさそうだが、好物のベリーを食べる時は地面に降りて突っついて食べるそうだ。
その油断している瞬間を狙って狩るのだと。
「意外と近くにいるもんだな」
街から蒼炎の森とは真逆の門を抜けて、ほんの少し行った森……というよりは林に出た。
「この辺りですとサワベリーが採れますわ。口に入れると気泡のようなものがでますの。お酒や水に入れて楽しむ者もおりますわね」
なんだその川の近くで採れそうな名前は。
しかし結構サングリアとか果物系のサワーとか好きだったしなぁ。美味しそうじゃないか。
「街からそう離れていないが、大丈夫なのか? 一応、弱いとはいえ魔物なんだろう?」
門を出て二十分歩いたかどうかの距離だ。こんな近くで魔物が出ていいものか?
それともアルバ・ダスクが近い街だとこれが普通なんだろうか。
「まだ感じないかもしれませんが、街には光の結界魔法が貼ってありますのよ。魔物は基本的に闇の属性を持っているので、弱い魔物はそもそも光の結界を破ろうとも思いませんわ」
「焼き鳥になるのかな……」
さっきからお腹の空く話題しかない。本当に初依頼を遂行中なのか疑わしくなるな。
「対象を見付ける前に、まずはカードを作ってしまいましょう」
「おう」
やっとこの世界での身分証とやらが持てる。
何でも魔力を注ぐだけで良いらしい。
「魔眼の応用ですわね。このカードに個人の魔力を記録することによって、他の者が触れれば魔力に関係なく情報を視ることができる。このカードが記録できるのは、名前やクラスといった冒険者に必要な情報だけですけれど」
「なるほどね」
ルルからそれを受け取る。見た感じは至って普通のカード。
何製なんだろうな。
「本当に軽くで構いませんわ」
「えーーっと。深呼吸して集中……」
良い奴代表、グレイヴァーンに言われた通りにやってみる。
あの時は魔力を体内で循環させ、纏うような感覚だった。
今回は外に放出する。
それで、低出力を心がけねばならない。
「お」
またもや、頭にゲームよろしく文字が浮かび上がる。
【ユニークスキル:早気】
俺が頭で考えるよりも早く、体……いや、魔力か。
それは元からやり方を知っていたかのように、手の平の上で水のように静かに注がれた。
「……お見事ですわ。さすがハヤト様」
「え? ちょろっと出すだけだろ?」
正直最初からカッコいい技をドーーンと出せたら、もっとカッコ良かったんだろうが、口をゆすぐ程度の水を手の平で再現しただけだ。
「その、魔力を外へ放つだけでも相当な訓練が必要でして。やはり魔法クラスとの複合なのでしょうね」
「そういうものか……?」
ゲームの印象では魔力が高い者は魔法をバンバン撃つイメージだったが、実際のところはそうではないのかもしれないな。
「これで出来上がりですわ」
俺の、俺による、俺のためのギルドカード。
魔力を注いだ瞬間、一瞬うっすら輝いたがそれ以上特別な演出はない。
感動シーンで感動できなかったのはこれで何回目だ。
「おーー、魔力を注ぐと視れるんだな」
カードに記録された俺の名前、クラス、冒険者ランクE、登録地であるランダレストが浮かび上がる。
「おめでとうございます! これで、晴れて冒険者の仲間入りですわね」
「ああ、実感は依頼を達成しないと湧かないだろうけど、ありがとう」
いわゆる入社試験は突破した。
次は実地研修ってやつだ。
「では改めまして、私は魔を知る者のルルメアカリス。特級の魔法クラス、魔導師で、お察しの通り冒険者ランクはS級になります」
「おおお! エリート中のエリートだな」
ゲームでいうとストーリー後半に仲間になりそうな、魔法特化型だな。
クラスにマスターって付くのもちょっとカッコいいな。
「魔を知る者っていうのは、クラスにちなんだ呼び名なのか?」
「いえ、アルバ・ダスクでより大きな戦果を挙げた者に王から贈られる栄誉の一つですわ。ギルドカードにも表示されるようになりますの」
「英雄じゃん……」
あの勇者なんかよりよっぽど勇者ポジションのルルメアカリス。
もしや君が主人公なんじゃないか?
「ハヤト様は恐らくですけれど、魔力の操作に長けた弓導師ということだと思いますの」
「まぁ、名前的にそうだろうなぁ」
「元の世界でも弓をお使いだったんですか?」
「そうだな、弓道っていう昔は戦術でもあったけど、今は心身を鍛えるためのスポーツというか。集中力を要する競技だな」
「なるほど。ユニークスキルやクラスというのは、十八歳以前の己に影響を受けることもあるそうです。まさしくハヤト様のためのクラスですわね」
あーー、そう言われると何かしっくりくるな。
特級だか複合だか知らないが、十八歳までの自分が一番努力して、ずっと胸に残る想いをしたことだからな。
「ハヤト様ほどの腕でしたら、弓自体を魔力で創造することも可能でしょうし、元ある弓を使って矢のみ魔力で創造しても良さそうですわね」
「省エネってやつか」
確かに実際攻撃の要となるのは、魔力の矢だ。弓はあえて既製品で代用してもいいかもしれないが……。
「出来ることなら、弓も、俺の魔力で造り上げたいな」
「あら。理由をうかがっても?」
「何となくだけどさ。元の世界の体験だけど、……どの弓を使っても、どうしても出来ないことがあったんだ。でも、一から俺が、俺の専用の弓だったら、俺の能力がもっと上手く活かせる気がする。……気がするだけなんだけどさ」
弓のせいで無いのは分かっている。ただ、気持ちの問題かもしれない。
自分の力で早気を克服したかった、俺のどうしようもないプライドなんだろう。
「勘というのは、存外ばかには出来ないものです。ハヤト様の感覚を信じてやりましょう」
「あぁ。魔力の放出と、その制御ってやつが重要そうだな」
「ええ、ーーその前に」
ルルが言いながら俺の後ろに視線をやると、何かが近づいてくる音が聞こえてきた。
「……デジャヴ?」
「思ったより早かったわね」
「貴様! やっと見付けたぞ! それにーーグリモワァ! お前も、よくもやってくれたな!」
再び勇者に追いつめられる。俺が何をしたっていうんだ。
あ、勝手に動いたから怒ってるのか……?
「あら? お使いもまともに出来ない坊やが何を言ってるのかしら?」
え? 妖艶とはいえ、結構年代は同じくらいに見えるんだが……、美魔女か?
じゃなくて、どういうことだ。
「ライラットにもう調査は終わったと言われたが、貴様の仕業だな!? 魔力を残したのが仇となったな!」
「魔を知る者の私が異常な魔力の正体を確かめに行くのに、何か問題でも? 特にギルドに依頼された訳ではないけれど、状況だけ報告しておいたわ」
「てめぇのせいで……、A級に降格したんだぞ!! どうしてくれる!」
あぁ。元々短気なのに更に怒ってらっしゃる。
勇者パーティーの皆さんも何か疲弊してるし……って、グレイヴァーンだけ居ない?
ルルはルルで腕を組んで挑発的だし、これはわざとやってるな。
「聞いた話ですと貴方、ハヤト様に挑もうとしたんですって? 身の程知らずもいいところ」
ちょっとおおおおおルルさん!?
俺E級、相手Sきゅ……、A級?
とにかく、ベテラン勢を煽るのはやめてくれ!
「んだとぉ!?」
「ちょっとウェイダー、落ち着いてよ! それどころじゃないんだから」
「……ちっ。とにかく、そいつを渡せ」
「? おかしいですわね、調査はもう終わり。貴方たちは無事A級。はい、おしまい。ですわ」
「馬鹿が。俺くらいにもなれば、そいつさえ上手いこと使えばまたS級に戻れる。なんといってもとんでもない魔力だ」
堂々と人さらい宣言する勇者って、いいのか?
てか、俺のことどう利用するの!?
あれか、もう魔眼で見破られないし人に見えるけど魔物でーーすって言って見世物にするのか!?
そもそも、勇者には二つ名っぽいのないし、アルバ・ダスク未経験者って認識でいいんだよな?
んで、ルルはソロでS級で英雄で、大先輩な訳だ。
な ん だ こ い つ 。
もしかして、田舎から出てきたばかりとか……?
「はぁ。あの男、少しは教育してくれたかと思ったけれど」
「ごちゃごちゃうるさい! 渡さないなら……、奪うまでだ!!」
ウェイダーの掛け声に、あんまり乗り気じゃなさそうなパーティーメンバーの皆さん。
気持ちは分かる。
「めんどいわねぇ。ハヤト様、下がってらして」
「え、いいのか?」
「お教えする前ですもの、ここは先輩としてきちんと示しませんとね」
実はルルの実力を直接見るのは初めてなので、若干ワクワクしている。
男として守られるだけ、ってのも変な気分だが。
俺は初心者。初心者なんだ!
よし、正当化。
あ、ルルがやりすぎてたらちゃんと止めよう。
「まとめてかかってらっしゃい?」
そういうと、ルルは全く何もない空間から杖のようなものを取り出しクルッと一回転させた。
か、かっこいい!
「馬鹿め。近接クラスも無しに、詠唱ができると思ってるのか! イデリア!」
「……ええ」
弱弱しい声で返事をした金髪のふわふわな女の子が、少しの詠唱の後メンバー全員に何かの魔法をかけた。
強化魔法みたいなもんか?
「ローラン! カイナ! いつも通りにいくぞ!」
「はぁ……、分かったわ」
「おう」
冗談かと思ったが英雄のルルに、良く分からん理由で本当に挑むんだな!?
そんなにS級とやらに戻りたいのか?
『地に誘い、……』
茶髪の女の子が何やら唱え始める。
おいおい、ヤバそうなやつじゃないのか。
「ふーーん」
大して気にも留めていなそうなルル。
さすがです。
「こっちだ!」
剣を抜き、一直線に駆けてくる勇者殿。十中八九、囮役なんだろう。
それをひらり、と優雅にルルが躱せばその先にはローランと呼ばれた重騎士のような男。
あぁ、俺は本当に見てるだけで良いんだろうか。
「ルル殿、御免!」
重そうな槍を、刃ではなく上から振り下ろす形で攻撃を仕掛ける。
さすがに命まで奪うつもりではなさそうだが、あたればルルだって無事では済まない。
『土の盾』
今度はルルが仕掛ける。
というか、いわゆる無詠唱ってやつですか?
地面から隆起した土が、ルルを守る形でローランとルルの間に壁のように立ちはだかる。
「うおぉ!?」
まさか一瞬で魔法が放たれるとは思っていなかったローランは、槍の先ではなく柄の部分が壁に振り下ろされる形になり、真っ二つに折れた。
なるほど、懐に入り込まれた時の対処法も熟知している。
「はい、一人」
ローラン側は間合い的にもフリー。
すぐ様ルルは目の前のウェイダーに向き直る。
『氷の槍』
「ちっ」
唱えたルルの前には、標的に狙いを定めた氷の槍が三本。
まず一陣、次に二陣、次いで三本目が避けるウェイダーの軌道を読むかの如く待機している。
だが、そうこうしている間にカイナとやらが呪文を唱え終えたようだ。
『ーーストーン・エッジ!』
周囲の地面がわずかに蠢き、それと同時に塊となった土がいくつも浮遊し、ルルの周囲を取り囲んだ。
それと同時に、どことなく、聞いたことがある音がした。
何だ……?
「聞いたことない呪文ね。クラススキルかしら?」
こちらは相変わらず余裕そうなルル。
「ふん! 馬鹿め。こっちだ!」
相変わらず偉そうなウェイダーが、カイナに気を取られた一瞬の隙をついて攻めに行く。
「横暴ねぇ」
避ける暇のなかったルルは、手に持った杖で振り下ろされた剣を受け止める。
丈夫な杖だな……!?
だが、結果的に逃げ場を失うルル。
さっきの魔法を使うのか?
土の塊が襲い来る。
どうする……?
「風の盾! --からの」
ルルとウェイダーの周りには渦巻く風。
それが、土の塊たちを弾き飛ばし、結果的にルルは無傷。
弾き飛ばしたのを確認したルルは一瞬でウェイダーを、蹴り飛ばし間合いを取る。
そして、なぜか目の前に手を差し出し、挑発的にかかってこいのポーズをとった。
シビれるな、おい……!
「くそがぁ!」
「あら? 貴方に向けたんじゃなくてよ?」
「え?」
俺もてっきりウェイダーを挑発したのかと思ったが。
「……!? しまっ」
ルルの合図で先程待機していた氷でできた槍の最期の一本が、いつの間にやら上におり、真上から狙うようにウェイダーに向かっていった。
「いでええぇ!!」
剣を持つ手の甲に、容赦なく突き刺さる。
その手からは剣がからん、と音をたてすべり落ちる。
「相術師さんに治してもらえるでしょ? あ、そこの貴女。お返しするわ」
ウェイダーが剣を落とすのを見届けると、次の詠唱に入ろうとしていたカイナへ意味深なことを言い出すルル。
と、同時にまたもや聞いたことのある音が俺の頭に響いた。
聞き覚えはあるが、正直聞き心地は良くない。
弾かれるような音。なんだ?
『ストーン・エッジ!』
「はぁ!?」
「同じ魔法?」
さきほど聞き覚えのない詠唱と言ったルル。だが、全く同じ魔法をカイナへとお返しする。
「カイナ!」
ウェイダーへと駆け寄り……回復魔法だろうか? 何かの術を施しているふわふわの女の子が叫んだ。
恐らく防御魔法が間に合わないのだろう。
得物を折られ、丸腰のローランが走ってカイナを飛ばすようにして助けに行く。
もしかして、わざわざウェイダーを手負いにさせたのも防御魔法が使えないよう、この状況を計算してだったり?
「有り得ない! 一度聞いただけで、……無詠唱。しかも私以上の精度を返してくるなんて……」
「おしまいですの?」
くるりと杖を回して退屈そうにルルが言う。
片や治療中のウェイダー、得物のないローラン、回復に追われる女の子、驚いて戦意喪失中の魔法使い。
これは勝ったと言ってもいいのでは?
というかそもそも四人掛かりは卑怯だぞ。
「グリモワの名は伊達じゃないか……、くそっ」
最初から分かってたなら何で挑むんだ。
「ーーお前ら、何やってやがる!」
どこかで聞き覚えのある声が、響き渡った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
33
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる