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三十羽 闇を征く者③
しおりを挟む「いったい……何だというのだ……!」
エレヴォスは若干の戦意喪失状態に陥る。
それもそのはず。
魔法とは、イメージの力が強い。
魔力を元に想像した事象を具現化させる。
ただ、少なくとも目の前の闇は魔法で呼び出したのではなく、まるでギルクライスの体内から溢れ出てきたかのようだ。
もし仮にこれが魔法だったとしても──エレヴォスは底知れぬ闇をイメージさせられるほど、ギルクライスの魔力を恐れているということだ。
どちらにせよ、エレヴォスにとっては感じたことのない感覚に襲われた。
「これは非常に優れていますが、同時に厄介でもありましてねぇ……。油断するとあたしですら喰われますとも」
飄々と、大したことのないように言う。
「魔眼とはすなわち、深淵への扉……誰にも憑依されなくて、よかったですねぇ?」
「憑依……だと?」
そうギルクライスが言えば、周囲の闇からはクスクスと笑い声が響く。
エレヴォスはなんだか気がおかしくなってしまいそうな感覚に陥った。
「闇というものは何でも喰らいますから。感情、魔法、人の魂、記憶、はてさて、あたしは雑食ではないので魔神のお考えは分かりませんが。……うーん、そうですねぇ。何が見えます?」
「……?」
「この魔眼を覗き見た時、あなたにとっての闇が見えるはず。『負ける』という感情? 階名を返上した自分の姿? それとも──かつて焦がれたあのお方?」
「! ば、バカなっ、そんなこと──」
先ほどから響く嗤い声。
それは自分の心が作り出したものなのか? と、エレヴォスは疑心暗鬼になる。
「そうそう、最後に喰らったのはずいぶんと大物でした」
「……?」
「──先の魔王ですよ」
「ッ!? き、きさまああああぁぁ!!!!」
エレヴォスは激怒した。
目の前の人物は、かつて焦がれた者を喰らったと嘯くのだ。
史実を知っていれば、そんなこと嘘だとすぐに分かる。
闇の炎は逆巻く嵐へと姿を変え、エレヴォスの怒りを表すかのように巨を成した。
「……といっても、肉体だけですがね」
「……!」
その声はまるで、懐かしむかのような声色だった。
荒々しい、愛を怒りに変えた炎は成す術なく周囲の闇に呑まれた。
まるでそんな怒りも闇の一部であると言われているようだ。
あるべきものは在るべき場所へと還る。
それは道理だろう。
「昔話をしてあげましょう」
自分自身がそうしたいかのように、エレヴォスの反応を得るまでもなくギルクライスは静かに語り始めた。
──────
────
──
『死して発動する魔法か……なるほど。これは一本取られたな』
漆黒を体現したかのような男は、暇さえあれば自分へと挑もうとする男に笑いながら言う。
『いやいや、あんた。笑ってる場合ですか?』
ギルクライスも同様、言葉では心配しつつも、なんてこともないように話を合わせる。
それもそうだ。
彼は、勇者パーティを退けたかと思えば、その身が朽ちた時に発動する魔法のせいで、魂だけを強制的に転生させられるところだったからだ。
『うーむ。人間の強さを、きちんと理解していなかった俺が悪いな』
『ずいぶんとまぁ、素直なことだ』
先代の魔王は、人間と魔族の違いを理解していなかった。
自分がいない先の時代……自分の幸せというものを差し置いても、後世に平和をもたらすことを願いとするその心。
例え負けたとしても、何かを残したいという気概。
魔族の本質とはずいぶん異なり、そんな秘策があるとは想像もできなかったからだ。
『おい、ギル』
『はい?』
『俺の体をやる』
『……はい?』
その身に闇を飼うギルクライスでなければ、全く意味の分からない言葉だった。
『その代わり、次の生でも俺が勝ったら──……たとえ俺が魔族じゃなくても、ちゃんと言うこと聞けよ?』
『……ええ』
それが最期の言葉となった。
かつて神々が争う時代。
魔神が天上の神々を屠るために放った闇の一片。
そこから生じた魂ともいわれる『魔王』の器。
たしかに、転生するものだという話は聞いた。
だが、魔族であるからギルクライスは自分と同じくらいは共に生きるのだろうと思った。
それが、別れの時は突然にやってきた。
しかも自分以外の手により。
『……』
愉悦を求めるギルクライスにとって、『一瞬で終わる』。それほど退屈なものはなかった。
上ばかりを見ていた頃は、ずいぶんと楽しくやれていたものだ。
執務中にいきなり襲い掛かってもなんてこともなくやり返され。
『挑む』というのはつまり、自らが望むことだった。
ただ、見上げる存在がいなくなると日々は一変した。
自分が魔王の後継となり下を見ていても、何も満たされなかった。
その座は自らが手に入れた、あるいは望んだことではなかったからだろう。
日々はまるであてのない暗闇の中を行くようで、常に闇が手をこまねいているかのようだった。
無力感。後悔。虚しさ。あるいは……寂しさ。
それまでに抱いたこともなかった、あらゆる感情が駆け巡る。
少なくとも自分よりは向いているからと、弟にその座を明け渡し出奔した。
下を見る必要のなくなったギルクライスは、一つ思い出したのだ。
──次の生
約束があった。
それは間違いなく自分を導くもので、未来を表すことばだった。
まるで人間の心を学んだ、魔王からの贈り物のように思えた。
それから200年は各地を放浪して、種族に限らず力ある者を右目で見る日々が続いた。
魔力量とは、魂に刻まれた魔力の質。
コップのような器に、今いくら蓄積されているのかを指す言葉。
圧のように感じるそれは、魔力を上手く扱える者になら感知することができる。
ただ、ギルクライスの右目は魔力の質そのものを映した。
蓄積されている量ではなく、器そのものである許容量。
そうしてこの世で数少ない、自分の眼でそれを推し量れない者が再び現れる日々を待った。
200年もの間、幾度も闇より聞こえる声を退け己が飲まれなかったのは、約束のおかげだった。
闇に潜む者の声たちは、ギルクライスをも取り込んで表に出ることを考える者ばかり。
約束さえなければ、ギルクライスの精神は別の誰かに乗っ取られていたのかもしれない。
そうして幾年か過ぎ。
最年少で王宮魔導師となった人間の噂を聞きつけ、現在の主と出会うこととなる。
──
────
──────
「……! 先代様……」
先の言葉のとおり、闇が一度だけエレヴォスの焦がれる者の姿を形作った。
それは泡沫の夢のようだ。
一瞬だけ微笑んだようにも見えたそれは、跡形もなく元の闇へと還る。
「──あたしは突然の別れってものに弱くなってしまったんでねぇ。とてもとても、人間との争いなんて興味なくなりましたよ」
どのみち人間の生は短い。
せっかく出会えたはずのその者が、再び眠りについた時。
次は何年待つのかも分からないのだ。
「人間はその短い生で、我々の何倍もの速さで成長を求める。……結果、何が起きても過去のものとすることを得意とする。そんな種族になったのでしょうねぇ。小さな諍いはあれど、今やかつてのような大戦もない時代だ。人間の順応の早さには、感心すら覚える。200年前の恐怖を知らない人間が、現魔王と対等に向き合う……面白いものですね」
「……つまり、卿は魔族の矜持そのものを否定すると?」
「ああ、否定だなんて! とんでもないことだ、あたしは他人の考えなんてどぉーでもいいですよ。ただ、その力により示した優位は、200年後の人間にとって無意味と化すのかもしれない。森人への考えを改めたかつての人間たちのように、自分の身に起こっていないことを人間が想像するのは難しいものですよ」
「……」
つまりギルクライスは、人間たちは大戦を過去のものとすることで、『強さ』を持たずとも魔王と対等に接している。それは非力な種族にとって、確かに効率的なことだ。
そんな種族を相手にするのも億劫であるし、人間である今の主と共に生きる期間もそう長くはない。余計なことをしている暇がないのだ。
エレヴォスが勝手に何かをやるのはどうでもいいが、自分が巻き込まれるのはいやだ。そう言いたいのである。
「……その力は、先代様の影響か?」
「そうでしょうかねぇ」
「なるほど、道理で底が知れぬわけだ」
エレヴォスは瞼を閉じ、再び眼を開ける。
そこには初めにも見えた美しい緑が湛えてあった。
「その中には何人いるんです?」
「さあ? この闇が何なのかは分かりませんが、あたしはこの眼を通して飽き性な彼らに世界を見せてやってるんですよ。波乱であれ、希望であれ、面白おかしく生きる。今のあたしは、人間の主にそれを見出している。……それが、深淵に呑まれないためのコツです。どうです? ちょっとだけ、闇の中を生き延びれる気がしませんか?」
「なるほど……、さすがは愉悦を求める者ですね」
エレヴォスは、自分よりも遥かに強大な力を持つ者が、大戦のような混沌よりもたった一人の人間に面白さを見出している。
その事実は、魔族そのものを表しているかのように思えた。
「……彼は、先代様なのですか?」
「さて、どうですかねぇ。あたしは逆説的にそう思っているだけで、実際のところは分かりませんねぇ」
魔眼でその資質が見えない者。
もしかすれば、もう一つの可能性──勇者の魂なのかもしれない。
「ま、なんだっていいですよ」
どちらにせよ、その生は短い。
違っていてもそうであっても。ギルクライスにとっては、大したことではなかった。
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