異世界で目覚めたら猫耳としっぽが生えてたんですけど

金時るるの

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雪国の日常

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 雪掻き。
 それは豪雪地帯の冬の風物詩ともいえる日常的イベントである。
 昨晩のレオンさんの言動が原因か定かではないが、夜のうちに降った雪が、銀のうさぎ亭の前面を塞ぐように、膝くらいの高さまで積もっていた。
 公道は王室より依頼を受けた専門の業者が、早朝含め日に何度か除雪してくれるのだが、私有地や個人の建物の近くなんかは手付かずだ。
 除雪の際にうっかり建物や個人の所有物などを傷つけたりなんかしたらトラブルに発展しかねないから。というのがその理由らしい。
 そんな業者に依頼する余裕もないうちみたいなお店は、自然と従業員である私達が雪掻きする事になる。

 公道の両脇には石の蓋に覆われた水路がある。一部の蓋は金属製で、除雪の際はそこを取り外して雪を放り込めば、後は水と共に流れていくようにできている。けれど、町のみんなが一斉にそれをしたら、たちまち水路が雪で詰まって水が地上へと溢れ出す。そんな事になったらあたりは大惨事だ。
 なので、地区ごとに水路を利用できる時間帯が決まっている。ちなみに銀のうさぎ亭は朝6時から7時までが水路利用可能時間帯だ。お店の開店時間は11時だというのに早すぎではないか。
 しかし、国が定めた事には逆らえず、私は眠い目を擦りながら、雪掻きの支度を始めるのだった。


 思い返せば2ヶ月ほど前
 この世界に来たばかりで仕事にも慣れない役立たずの私は、助けてもらった恩に報いるために、自分に何かできる事はないかと焦っていた。
 そんな時、雪の積もった朝に行われるという雪掻きの話を聞いて立候補したのだ。

「私の故郷も雪国だったんです。だから雪掻きなら任せてください!  雪掻きプリンセスと呼ばれた私の雪掻きテクニックをお見せしますよ。くくく」

 だなんて自信満々に宣言して。
 しかし、実際の雪掻きは私の想定していたものとは違っていた。
 現場で私に渡されたのはシャベル一本。それも金属製の重いやつだ。

「あの、これだけですか?  スノーダンプとかは……?」

 スノーダンプとは、言うなれば大きなちりとりのようなものに長い持ち手の付いた除雪用の道具である。一度に大量の雪を積載しながらもスムーズに移動できる優れものだ。
 しかし、その時一緒に除雪作業を担当していたレオンさんは、私の問いに怪訝な顔をした。

「は?  すのーだんぷ?  なんだそりゃ」

 私がスノーダンプについて簡単に説明すると、レオンさんは訝しげな顔のまま眉をひそめた。

「お前の故郷はどうだったか知らねえけど、そんなもんこの国にはねえよ。わけのわからねえ事言ってねえでさっさと手を動かせ。手を」

 その言葉に絶望した。スノーダンプが無ければ、今や体も縮んだかよわい乙女である私の機動力なんて、小学校高学年男子並みかもしれない。私の雪掻きテクニックはスノーダンプあってこそなのだ。
 しかし、自分から志願した手前、今更できませんなどとは言えない。

 重いシャベルで四苦八苦する私の背後から

「どこが雪掻きプリンセスなんだよ。プリンセスどころか庶民以下だろ」

 というレオンさんの呟きが聞こえた。

「いやー、残念ながらシャベルじゃ真の力が発揮できないんですよ。スノーダンプさえあれば私の華麗な雪掻きテクニックが披露できたんですけどねー。ほんと残念だなー」
「お、今度は負け惜しみプリンセスか?  見栄はらずにさっさと謝ったほうがいいんじゃねえの?  大口叩いてすみませんってな」

 くっ……この人性格悪いな。
 しかし私が大見得切った挙句にまったくの役立たずだったというのは事実である。
 しぶしぶ

「……すみません。お役に立てなくて」

 謝る私に対して、レオンさんは不機嫌になるような事はなかったが、何故か勝ち誇ったように、にやにやしていた。
 く、くやしい……

 スノーダンプがない代わりに、この国では手押し車に雪を乗せて運ぶのが一般的なようで、離れた場所に積もった雪は、そこにシャベルで大量に積んでは水路まで運んで放り込むというやり方をしている。
 ともかく、私もその方法に慣れようと、この2ヶ月間必死に頑張った。これといった特技もない私には、ウェイトレスとしての業務の他には、これくらいしかできることが無かったからだ。それに、あの時のレオンさんの人を食ったようなにやにや笑い。思い出すたびいらいらする。あの人絶対ドSだな。
 なんとしてもあの失敗を挽回しようと努力した甲斐あってか、今ではなんとかスノーダンプ無しの除雪作業にも慣れてきた気がする。その代わりに重いシャベルのせいでものすごく疲れるのだが。



 雪掻きのために外へ出ようと扉を開けた私は、吹きぬける風に思わず身を縮める。亜人になってから、なぜか寒さに弱くなったような気がする。これも猫ゆえの性質なのだろうか。もしも犬系の亜人だったら、雪の中を喜んで駆け回るようになっていたのかな。

 そんな事を考えながら外に出ると、すでに準備万端のレオンさんの姿を見つけた。

「あれ、レオンさん、火の番は?」
「マスターが交代してくれた」
「それじゃあ、もうお仕事終わりですよね。寝なくて大丈夫なんですか?」

 夜通し火の番をしていて疲れているだろうに。

「馬鹿野郎。店の前がこんな状態なのに呑気に休んでなんかいられるかよ。それに雪掻きは本来俺の仕事だしな。これくらいどうって事ねえよ。終わったら好きなだけ寝るさ」

 雪掻きのような力仕事は元々は男性従業員の担当だったのだが、その肝心の男性が、このお店にはマスターを除くと現在レオンさんしかおらず、自然と彼ひとりで雪掻きする事態になっていたらしい。
 そこに私が加わったことによって、二人で作業を分担できるようになり、今では積雪の量によっては私ひとりで雪掻きする事もある。
 今日は私だけで作業することになるかと恐々していたのだが、レオンさんは自分の睡眠時間を削って手伝ってくれるらしい。そういう自分の仕事に対する姿勢は立派だ。

 そうしているうちに水路使用可能時刻が訪れたので、蓋を開けた水路に次々と雪を投入してゆく。
 除雪するのは入口の前だけではない。建物の前面全てだ。雪が高く積もれば窓が塞がれて店内が暗くなるし、圧力でガラスが割れる危険だってある。それを防ぐためにお店の周囲はいつでもすっきりさせておかなければならないのだ。
 けれど、隣接する建物はほぼ隙間なく建っているし、お店の右隣は国を囲う塀で行き止まりだし、背面は高い位置に小さい窓があるだけだから除雪の必要はない。だからこれでも楽な方なのだ。
 
 お店の前の雪を片付け終わり、私は腰に手を当て体を伸ばす。

「うーん、今日も頑張ったー」

 その時

「危ない!」

 という声とともに、強く身体を押される感触。
 気がつけば地面に仰向けに倒れ込んでいた。
 何が起こったのかと瞬きしながら見上げると、すぐ近くにレオンさんの顔が。

「まったく、お前、ほんとに雪国出身なのかよ。屋根の下には迂闊に近寄るな。これ鉄則だぞ。もう少しで雪の下敷きになるとこだった」

 言いながら彼は立ち上がって振り返る。見ればそこには雪の塊。入り口上の小さな山形の屋根から滑り落ちてきたものらしい。レオンさんが助けてくれなければどうなっていたか……考えると余計背筋が寒くなった。

「す、すみません……うっかりしてました」

 私の実家にはこういう形状の屋根が無かったから、落雪の危険性を失念していた。なんたる不覚。
 やがて落雪も片付け終えると、レオンさんは

「ちょっと危ねえとこもあったけど、今日は楽な方だったな。おつかれネコ子。後でこっそりニシンのオイル漬け食わせてやるよ。どうだ、嬉しいだろ」

 と言いながら、私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
 名前の事といい、昨日のしっぽの件といい、この人はやたらと私を本物の猫のように扱ってくる。

「ちょっと、猫扱いしないでください!」

 とは抗議したものの、耳のあたりを撫でられて気持ちいいとも思ってしまう。これも獣の性なのか。ちょっと悔しい。

「私は猫の特徴は持ってますけど、中身はごく普通の乙女なんですからね? ニシンのオイル漬けで心踊ったりしませんからね? それに、何度も言いますけど、私の名前はユキです。ネコ子じゃありません!」
「あー、はいはい。俺の脳みそに余裕があったら覚えとくよ」

 「はい」という言葉は、二回以上連続して使われると、途端に真剣味が薄れるのは何故だろう。
 レオンさんは私の言葉を受け流すようにさっさと自室に引っ込んだ。
 私もかなり疲れていたが、レオンさんと違って休むわけにもいかない。他の従業員と共に開店準備をする事にした。といっても、開店時間にはまだ間があるので他の従業員はまだ休んでいて、仕事場にはイライザさんの姿だけが確認できる。
 彼女はこのお店でも一番の古株で、よほどここが気に入っているのか、安月給でも文句ひとつ言わず、こうして朝早くから仕事に励んでいる。
 雪掻きから戻ってきた私を見て

「ユキちゃん、雪掻きで早起きしたし疲れてるでしょ? ここは私だけで大丈夫だから、少し部屋で休んでらっしゃい。まだ開店までには時間があるし。マスターには私から伝えておくから」

 などと優しい言葉をかけてくれた。

「あ、 ありがとうございます!」

 イライザさんはいつもこんなふうに気遣ってくれる。わたしにとっての天使……いや、女神と言っても過言ではない。
 その言葉に甘えて、自室へと足を向けようとしたが、先ほどのレオンさんの事が思い浮かんだ。
 あの人だって疲れていたはずなのに雪搔きという自分の職務を全うしている。それなのに私が休んでいてもいいのだろうか。
 そう思い直して、休みたい心を抑え込む。

「お気遣いは嬉しいですけど大丈夫です。私、スプーンとか食器とか磨きますね。それに、開店前にも扉の前に雪が積もってないかチェックしないといけないし」
「あら、そう? それじゃあお願いしようかしら。ところでユキちゃん。髪の毛が乱れてるわよ。外は風が強かったの?」

 言いながら、イライザさんは私の髪を手で梳いて整えてくれた。
 イライザさん優しいなあ。この世界での癒しだ。
 しかし何故かイライザさんはそのまま私の耳周辺を撫で始める。
 なんだろう。撫でられるのは気持ちいいけど、耳に何かゴミでもついてるのかな。
 と思ったが、イライザさんの手は止まらない。その上何故か顔も少し上気しているような気がする。

「あの、イライザさん……?」

 おそるおそる声をかけると、イライザさんははっとしたように手を離した。

「あら、ごめんなさいね。ユキちゃんの耳の手触りがちょっと気になって……あ、もちろん悪い意味じゃないわよ。ユキちゃんはそのままが一番なんだから」

 もしやイライザさんて獣耳とか毛玉系が好きなのかな……私のしっぽも狙ってたりして……
 私は無意識のうちにお尻を守るようにスカートの後ろを抑えていた。

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