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気になる就職希望者
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「わあぁぁぁぁぁ!? ひ、人さらい! レオンさん助けてーーー!」
反射的にそんな事を叫んでいた。
またあの感じの悪い貴族の元へ私を連れて行くために、この人が現れたと思ったからだ。
私の叫びを聞いて、レオンさんが駆けつけて来た。私は素早くその背中に隠れる。
「誰かと思ったらユリウスの所の使用人じゃねえか」
「先日は失礼をいたしました」
「なんだお前。まだユキのこと諦めてなかったのかよ」
「いえ、そうではありません。先程もユキ様にお伝えしました。求人の張り紙を拝見させていただいた、と。それに私はもうサリバン家を解雇された身なのです」
「は? 解雇?」
クロードさんはレオンさんを胡散臭げに眺める。
「あの日あなたが口にした『スライム食いのユリウス』という言葉。あれはサリバン家では最も口にしてはいけない言葉だったのです。『スライム食い』。それはユリウス様にとっては誰にも知られたくない過去の最大の汚点。ですが、誰かがうっかりと口にしてしまうかもしれない。なにしろ『スライム』に語感が近い『スライス』という言葉を聞いただけで不機嫌になられるようなお方ですからね。使用人達は真実を知っていながらも知らないふりをして、それはそれは気を遣っておりました」
な、なにそれ。そんなにスライムがトラウマだったのかな。
「ですがレオンハルト様。あの日あなたがユリウス様の前で『スライム食い』と暴露した結果、同じ部屋にいた私に『スライム食い』の過去について知られてしまったと思ったんでしょう。なにしろユリウス様自身は、その事実について誰も知らないはずだと思っていらしたようですからね。その結果、重大な秘密を公に知ってしまった私が邪魔になったのでしょう。口止め料という名の退職金とともに解雇されてしまったのです」
え、なにそれひどい。
クロードさんは肩をすくめる。
「おまけに紹介状もなし。『スライム食い』の事実が貴族社会に広まるのを恐れたんでしょうね。おかげで他の貴族のお屋敷で働く事も叶わず、働き口を探していたのです」
「はあ、それでうちの店で働きたいってか?」
「ええ、図々しいことは承知ですが、是非とも雇っては頂けませんでしょうか?」
レオンさんはクロードさんをじろりとねめつける。
「なんでうちの店なんだよ。あんたなら他に条件のいいところでも余裕で雇って貰えるだろ」
確かにそうかもしれない。貴族のお屋敷で働いていたくらいだし、ここよりもっと格式あるお店とかでも十分やっていけそうな気がする。
けれどクロードさんは首を振る。
「実をいいますと、私は少々恐れているのです。ユリウス様の秘密を知った結果、サリバン家から報復を受けるのではないかと。もちろん杞憂かもしれませんが。けれど、レオンハルト様という後ろ盾があれば、あちらも簡単に手出しできないのではないかと思いまして」
なるほどなあ。確かに私もレオンさんの持つ貴族の息子という肩書きに助けてもらったし、ここにいればユリウスさんもそうそう迂闊なことはできないかもしれない。
「俺の実家に頼ろうってか。図々しいな」
「そうでもしなければやっていけませんから」
クロードさんは悪びれる様子もなく微笑んだ。
「ちょっとその辺の椅子に座って待ってろ。おいネコ子、こっちに来い」
レオンさんはクロードさんに指示したのち、私を手招きした。
お店の奥で二人で小声で相談する。
「お前、どう思う? あいつを雇うべきかどうか」
「お話を聞く限りお気の毒だとは思いますけど……あんなことがあったし、ちょっと気まずいというか……」
「だよなあ。信用できるかもわかんねえし」
私はしばし考える。こんな時、マスターだったらどうするだろうかと。
「でも、きっとマスターだったら、そんな人達の事情も尋ねることなく受け入れていたんでしょうね」
雪道で倒れていた私を助けてくれて、仕事まで与えてくれて、マスターって器が大きかったんだなあ。
それを聞いたレオンさんは、しみじみといったようにため息を吐く。
「そうだな。マスターはすげえ人だよな。ほんとに。こうなりゃ二号店を任される身となった俺も見習わねえといけねえよな」
思い切ったように立ち上がるとクロードさんの元へ向かう。
「とりあえずディナータイムの仕事を手伝ってくれ。採用するかどうかはそれから決める」
そういうわけで、条件付きでクロードさんに働いてもらうことになったのだが……
これがまた素晴らしい仕事ぶりだった。
さすが貴族のお屋敷で働いていたからか、物腰柔らかでいながら礼儀正しく、かつ、てきぱきと仕事をこなしてゆく。
しかも黒髪美形眼鏡男子となれば女性客もざわめくというものだ。わざわざ
「ウェイターさん」
などと声をかけてくるお客様まで。ウェイトレスの私をスルーして。
おかげで私が給仕の合間に皿洗いを担当するはめになってしまった。
◇◇◇◇◇
「よし、採用だ。あんた、すげー仕事できるじゃん。ネコ子なんか目じゃねえな。」
閉店後の店内で、レオンさんがクロードさんに告げる。余計な一言と共に。
「ありがとうございます。レオンハルト様」
クロードさんも笑みで応じる。
「ただな、その『レオンハルト様』ってのはやめろ。今の俺はレオンって名前だからな」
「では、レオン様」
「『様』も却下だ」
「となると……レオンさん……でよろしいでしょうか?」
「まあそうだな。そのあたりが落とし所だな」
「それでは、レオンさん、ユキさん、これからもよろしくお願いいたします」
そういうわけで後輩ができた。
私より仕事のできる後輩が……
反射的にそんな事を叫んでいた。
またあの感じの悪い貴族の元へ私を連れて行くために、この人が現れたと思ったからだ。
私の叫びを聞いて、レオンさんが駆けつけて来た。私は素早くその背中に隠れる。
「誰かと思ったらユリウスの所の使用人じゃねえか」
「先日は失礼をいたしました」
「なんだお前。まだユキのこと諦めてなかったのかよ」
「いえ、そうではありません。先程もユキ様にお伝えしました。求人の張り紙を拝見させていただいた、と。それに私はもうサリバン家を解雇された身なのです」
「は? 解雇?」
クロードさんはレオンさんを胡散臭げに眺める。
「あの日あなたが口にした『スライム食いのユリウス』という言葉。あれはサリバン家では最も口にしてはいけない言葉だったのです。『スライム食い』。それはユリウス様にとっては誰にも知られたくない過去の最大の汚点。ですが、誰かがうっかりと口にしてしまうかもしれない。なにしろ『スライム』に語感が近い『スライス』という言葉を聞いただけで不機嫌になられるようなお方ですからね。使用人達は真実を知っていながらも知らないふりをして、それはそれは気を遣っておりました」
な、なにそれ。そんなにスライムがトラウマだったのかな。
「ですがレオンハルト様。あの日あなたがユリウス様の前で『スライム食い』と暴露した結果、同じ部屋にいた私に『スライム食い』の過去について知られてしまったと思ったんでしょう。なにしろユリウス様自身は、その事実について誰も知らないはずだと思っていらしたようですからね。その結果、重大な秘密を公に知ってしまった私が邪魔になったのでしょう。口止め料という名の退職金とともに解雇されてしまったのです」
え、なにそれひどい。
クロードさんは肩をすくめる。
「おまけに紹介状もなし。『スライム食い』の事実が貴族社会に広まるのを恐れたんでしょうね。おかげで他の貴族のお屋敷で働く事も叶わず、働き口を探していたのです」
「はあ、それでうちの店で働きたいってか?」
「ええ、図々しいことは承知ですが、是非とも雇っては頂けませんでしょうか?」
レオンさんはクロードさんをじろりとねめつける。
「なんでうちの店なんだよ。あんたなら他に条件のいいところでも余裕で雇って貰えるだろ」
確かにそうかもしれない。貴族のお屋敷で働いていたくらいだし、ここよりもっと格式あるお店とかでも十分やっていけそうな気がする。
けれどクロードさんは首を振る。
「実をいいますと、私は少々恐れているのです。ユリウス様の秘密を知った結果、サリバン家から報復を受けるのではないかと。もちろん杞憂かもしれませんが。けれど、レオンハルト様という後ろ盾があれば、あちらも簡単に手出しできないのではないかと思いまして」
なるほどなあ。確かに私もレオンさんの持つ貴族の息子という肩書きに助けてもらったし、ここにいればユリウスさんもそうそう迂闊なことはできないかもしれない。
「俺の実家に頼ろうってか。図々しいな」
「そうでもしなければやっていけませんから」
クロードさんは悪びれる様子もなく微笑んだ。
「ちょっとその辺の椅子に座って待ってろ。おいネコ子、こっちに来い」
レオンさんはクロードさんに指示したのち、私を手招きした。
お店の奥で二人で小声で相談する。
「お前、どう思う? あいつを雇うべきかどうか」
「お話を聞く限りお気の毒だとは思いますけど……あんなことがあったし、ちょっと気まずいというか……」
「だよなあ。信用できるかもわかんねえし」
私はしばし考える。こんな時、マスターだったらどうするだろうかと。
「でも、きっとマスターだったら、そんな人達の事情も尋ねることなく受け入れていたんでしょうね」
雪道で倒れていた私を助けてくれて、仕事まで与えてくれて、マスターって器が大きかったんだなあ。
それを聞いたレオンさんは、しみじみといったようにため息を吐く。
「そうだな。マスターはすげえ人だよな。ほんとに。こうなりゃ二号店を任される身となった俺も見習わねえといけねえよな」
思い切ったように立ち上がるとクロードさんの元へ向かう。
「とりあえずディナータイムの仕事を手伝ってくれ。採用するかどうかはそれから決める」
そういうわけで、条件付きでクロードさんに働いてもらうことになったのだが……
これがまた素晴らしい仕事ぶりだった。
さすが貴族のお屋敷で働いていたからか、物腰柔らかでいながら礼儀正しく、かつ、てきぱきと仕事をこなしてゆく。
しかも黒髪美形眼鏡男子となれば女性客もざわめくというものだ。わざわざ
「ウェイターさん」
などと声をかけてくるお客様まで。ウェイトレスの私をスルーして。
おかげで私が給仕の合間に皿洗いを担当するはめになってしまった。
◇◇◇◇◇
「よし、採用だ。あんた、すげー仕事できるじゃん。ネコ子なんか目じゃねえな。」
閉店後の店内で、レオンさんがクロードさんに告げる。余計な一言と共に。
「ありがとうございます。レオンハルト様」
クロードさんも笑みで応じる。
「ただな、その『レオンハルト様』ってのはやめろ。今の俺はレオンって名前だからな」
「では、レオン様」
「『様』も却下だ」
「となると……レオンさん……でよろしいでしょうか?」
「まあそうだな。そのあたりが落とし所だな」
「それでは、レオンさん、ユキさん、これからもよろしくお願いいたします」
そういうわけで後輩ができた。
私より仕事のできる後輩が……
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