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絵本づくり

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「急に何を言い出すのだ。妄想を垂れ流すより、とりあえずカツサンドを作ってくれ」

 花咲きさんは私の提案を軽くあしらう。でも、こっちだって本気だ。元の世界で有名な話でも、この世界では珍しいかもしれない。やりようによってはうまくいくのでは?

「わかりました。カツサンドを食べている間に説明するので、よく聞いていてくださいね」

 そうして献上したカツサンドをつまむ花咲きさんに、私は考えていたことを話す。

「これは『花咲か美少年』というお話なんですが。聞いたことあります?」
「いや、少なくとも我輩は無いな」

 そこで私は説明する。「花咲か爺さん」のベースはそのままで、おじいさん部分をそのまま美少年にすり替えた改変ストーリーを。

 話を書き終えた花咲きさんは

「なかなか面白い話だが……わざわざ『少年』に『美』をつける必要があるのか?」
「だって、ただの「少年」より、やっぱり美少年がいいと思いませんか?」
「それはそうかもしれないが、『美少年』とあからさまにタイトルに書かれると、手に取るのを躊躇ってしまうのでは?」

 むむ……確かに。私ももしも本屋さんで「美少年図鑑」なんてものが売っていたら、興味はもてど、買う勇気はないかもしれない。

「うーむ……わかりました。それではタイトルは『花咲か少年』ということで、その分絵で美少年っぷりをアピールしましょう。花咲きさんの腕の見せどころです」
「どうせなら美少女のほうがいい」
「そんなこと言わずに。あ、ちなみに主人公の美少年は、儚げで、首や手首に包帯を巻いてください」
「なんだその設定は、怪我でもしてるのか?」
「そういう訳じゃないです。趣味です」
「変わった趣味だな」

 そういう訳で、食事を終えた花咲きさんと、レイアウトなどを詰めてゆく。
 とりあえず次までに表紙を仕上げるという約束を交わし、私は花咲きさんの部屋を後にしたのだった。


 ◇◇◇◇◇


 そして約束の日、花咲きさんの部屋を訪れたのだが、「花咲か少年」の表紙クオリティがすさまじかった。
 めちゃくちゃリアルなのだ。これはもう絵本というより絵画。
 いや、それともこの国の絵本は、全部こんなハイクオリティなのか……?
 このクオリティで全編作るとなると、花咲きさんに相当の負担がかかりそうだ。私なんて、元の世界の話をアレンジしただけだというのに。

「どうだ。なかなかの出来だろう?」

 花咲きさんはなんだか得意げだ。疲れた様子も見せずに。

「え、ええ、予想外……いえ、予想以上です」
 
 はたして世のお子様は、この表紙に惹かれるものなのだろうか。確かに美少年が描かれてるけど。
 それとも私が元の世界でのキラキラ二次元に慣れきったせいか、違和感を覚えるだけなんだろうか?


 ともあれ、絵本制作は順調に進み、ついに元絵の完成を迎えた。

「さて、完成したはいいが、これからどうするつもりなのだ?」

 花咲きさんの問いに胸を張って答える。

「それはもちろん、出版社への売り込みです」
「お前はよくそんな事ばかり考えつくな」

 少し呆れたような花咲きさん。と、そこで何か思い出したように部屋の隅から布袋を持ってきた。

「今月のトランプの報酬だそうだ。持っていけ」

 受け取ると、ずしりとした感触。あれ、なんだかちょっと多くない?

「花咲きさんは自分の取り分を確保したんですか?」
「いや、全部その袋の中だ。お前が考案したのだから、お前が受け取るべきだ」
「そんな、花咲きさんだって絵を描いてくれたじゃないですか。共同作業って事で、このお金は半分ずつですよ。これからも」

 半分に分けた硬貨を花咲きさんに差し出す。

「お前はなかなか律儀だな。だが、そういう事ならありがたく貰っておこう」

 花咲きさんこそ絵に関する事以外に、もっと興味を持った方がいいと思う。


 ◇◇◇◇◇


 さて、商業地区にある「マリー出版社」。子供向けの本を主に出版しているそこに、私と花咲きさんは訪れる。相変わらずアポなしで。

 受付で事情を説明すると、「少しお待たせすることになるかもしれませんが」と、前置きされて、応接室のようなところに通される。

「またトランプのようにならねば良いがな」
「でも、花咲きさんは、また絵の中にこっそり自分のサインを入れてるんじゃありませんか?」
「まあな。バレないような場所に入れておいた。あのトランプの件もあったしな」

 そんなことを話していると、ドアが開いて一人の若い女性が入室してきた。

「どうも、この会社で編集の仕事してます。レーナって呼んでください」

 ずいぶんあっさりとしている。第一印象はさっぱりした人だ。でもバリバリ仕事してるオーラが出ててかっこいい。
 私たちも簡単な自己紹介を済ませる。
 
「絵本の持ち込みに来たってききましたけど、早速拝見させて頂けます?」
「は、はい」

 私たちは早速「花咲か少年」の文字だけを書き起こしたものと、それに相対する絵をを渡す。
 しばらくの沈黙と、それに伴う緊張。
 レーナさんは確かめるように何度も原稿をめくったりしている。

 やがて口を開いて出てきた言葉は――

「良いですね。面白いですよこれ。今まで聞いたことのない話だし、絵も綺麗。一旦こちらで預からせて頂いても良いですか?」

 なんだかトランプの時のような流れになってきた。
 でも、今日の私は違う。

「それでは、この書類にサインして頂けますか?」

 私が持ち込んだのは、『花咲か少年』を第三者が勝手に利用することのないように、などの内容を盛り込んだ書類。
 信用してないみたいで感じ悪いかなと思いつつも、レーナさんは快くサインしてくれた。

「では、一週間後にまたお越し頂けますか?」

 レーナさんの問いに私は頷いた。
 よし、これで私たちの本が書店に並ぶ……かもしれない。



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