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対決
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私は咄嗟に花咲さんを守るように前に出る。
「近寄らないで! もしもこの人に危害を加えるような事をしたら、私は首をかき切って死にます!」
果物ナイフを自分の首筋に当てる。
さすがに食事用のナイフでは説得力がない。だから圧倒的に殺傷能力の高いであろう果物ナイフを拝借してきたのだ。
私の言葉に、周囲がざわめく。
「愚かな真似はよせ。それならばその男の命は保証しよう。だからナイフを捨てるのだ!」
ジーンさんが良く通る声で宣告する。
が、私はナイフを首元に近づけたままかぶりを振る。
「残念ながらそれはできません。なかば脅しのような形で私をここまで連れてきたあなたを、どうやって信用しろと言うんですか?」
「聞き分けのない娘だな。良いからナイフを捨てるのだ」
お互い睨みあったまま膠着状態が続く。
「皆の者、よく聞け!」
その時、花咲きさんが大きな声を上げた。皆の視線が集まる。
「いかにして我輩が、衛兵の目をかいくぐってこの城の敷地内に侵入する事が出来たのか知りたくは無いか?」
「何を言い出すかと思えば。どうせ塀をよじ上ってきたのだろう?」
花咲きさんはジーンさんを見据える。
「東側の茂みの陰」
その途端、ジーンさんが目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。
「なぜ……なぜそれをお前が知っている」
「何を言う。お前にあの場所を教えたのは我輩ではないか。あそこにだけ城壁の一部に穴が開いていて、正門を通らずとも外へと行き来できる。お前もあの場所を使っているのだろう?」
確かフリージアさんが言っていた。このお城にはジーンさんにしか知らない抜け道があって、時々そこから城外へ出て行ってしまうと。
でも、どうして花咲きさんがそれを……?
「ユキ、そのナイフを貸せ」
「え……でも……」
「良いから貸すのだ」
私からナイフを取り上げた花咲きさんは、自身の後ろ髪を掴んだかと思うと、ナイフでざくざくと切り始めた。
呆気に取られていると、やがて髪を短く切り終えた花咲きさんが、背中をジーンさん達に向ける。
「さすがにこの印が何かわかるだろう?」
自身のうなじを指で示す花咲きさん。そこには、赤い紋章のようなものが浮かび上がっていた。
周囲からどよめきが起こる。
「まさか……聖印?」
「どうしてあの者が……?」
『聖印』。その言葉に聞き覚えがあった。確かジーンさんの手の甲にもあったものだ。あれと同じ模様が花咲きさんのうなじに現れている。
確か、王家の血を引いている者には、身体のどこかに必ずその聖印が現れるという。
それが花咲きさんのうなじに浮かび上がっている。
いつかの朝、花咲きさんのうなじに赤いものが見えたことがあった。あの時花咲きさんは「絵の具がついた」と言っていた。けれどそうじゃなかったんだ。あれはもともとの花咲きさんの体にあった聖印。という事は、花咲きさんは……。
「まさか、兄上……?」
ジーンさんが放心したように呟く。
花咲きさんがジーンさんの兄!?
そういえば、クロードさんが言っていた。幼い頃に庶民に引き取られた第二王子がいると。まさかそれが花咲きさん……?
周囲がどよめく中、唐突にジーンさんの背後から声が響いた。
「この騒ぎは何事だ」
見ればそこには初老の男性。豪奢な服を着て、口元に立派な髭を蓄えている。それに圧倒的な存在感。それだけで特別な人間なのだとわかる。
「父上……!」
ジーンさんのお父さん……? ということは、この国の国王!?
私は思わず声を上げる。この人なら何とかしてくれるかもしれないという希望を込めて。
「た、助けてください! 私、脅されて無理やりここに連れてこられて……」
「陛下の御前であるぞ。無礼であろう!」
兵士からの鋭い言葉に私は身を縮める。
だが、花咲きさんは臆することなく国王陛下の前に進み出る。
「お久しぶりです。父上」
「うん? お前は一体……」
言いかけた国王陛下が、花咲きさんの頭の花に目を留める。その瞬間、はっと息を呑んだ気配がした。
「その頭の花……もしや、ヴィンセントか……!?」
「随分とご無沙汰しておりました。無礼をお許しください」
「なぜ……なぜ、お前がここにいるのだ?」
花咲きさんは私の腕を掴むと、傍へと引き寄せる。
「我が弟ジーンが、我輩の大切なこの女性を拉致したので、連れ戻しに参りました」
「嘘だ! その娘は自ら進んで我が元に来たのだ!」
「だが、先程この娘は『脅されて無理やり連れてこられて』と言っていたが?」
花咲きさんの言葉に、ジーンさんは言葉を詰まらせる。
その様子を見つめながら、国王陛下は口を開いた。
「実はな、ジーン。お前の提案した『要望箱』に告発の文が入っていたのだ。お前が亜人の娘を無理矢理側室にしようとしているという内容のな。この有様を見るに、どうやら真実だったようだな」
「なっ……」
ジーンさんは絶句する。
告発文? 誰がそんなものを……
考えてはっとした。
まさか、レオンさん達が……? だって、私が本当の事を話したのはあの二人だけなんだから。
「ジーンよ。民を脅してまで我を通そうとするとは王家の末席にも置けぬ。お前には人の上に立つ資格はまだ無いようだな。暫く王都を離れて多くを学んでくるが良い」
「そ、そんな……」
父王からの言葉に、ジーンさんはがくりと膝をついてうなだれた。
「近寄らないで! もしもこの人に危害を加えるような事をしたら、私は首をかき切って死にます!」
果物ナイフを自分の首筋に当てる。
さすがに食事用のナイフでは説得力がない。だから圧倒的に殺傷能力の高いであろう果物ナイフを拝借してきたのだ。
私の言葉に、周囲がざわめく。
「愚かな真似はよせ。それならばその男の命は保証しよう。だからナイフを捨てるのだ!」
ジーンさんが良く通る声で宣告する。
が、私はナイフを首元に近づけたままかぶりを振る。
「残念ながらそれはできません。なかば脅しのような形で私をここまで連れてきたあなたを、どうやって信用しろと言うんですか?」
「聞き分けのない娘だな。良いからナイフを捨てるのだ」
お互い睨みあったまま膠着状態が続く。
「皆の者、よく聞け!」
その時、花咲きさんが大きな声を上げた。皆の視線が集まる。
「いかにして我輩が、衛兵の目をかいくぐってこの城の敷地内に侵入する事が出来たのか知りたくは無いか?」
「何を言い出すかと思えば。どうせ塀をよじ上ってきたのだろう?」
花咲きさんはジーンさんを見据える。
「東側の茂みの陰」
その途端、ジーンさんが目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。
「なぜ……なぜそれをお前が知っている」
「何を言う。お前にあの場所を教えたのは我輩ではないか。あそこにだけ城壁の一部に穴が開いていて、正門を通らずとも外へと行き来できる。お前もあの場所を使っているのだろう?」
確かフリージアさんが言っていた。このお城にはジーンさんにしか知らない抜け道があって、時々そこから城外へ出て行ってしまうと。
でも、どうして花咲きさんがそれを……?
「ユキ、そのナイフを貸せ」
「え……でも……」
「良いから貸すのだ」
私からナイフを取り上げた花咲きさんは、自身の後ろ髪を掴んだかと思うと、ナイフでざくざくと切り始めた。
呆気に取られていると、やがて髪を短く切り終えた花咲きさんが、背中をジーンさん達に向ける。
「さすがにこの印が何かわかるだろう?」
自身のうなじを指で示す花咲きさん。そこには、赤い紋章のようなものが浮かび上がっていた。
周囲からどよめきが起こる。
「まさか……聖印?」
「どうしてあの者が……?」
『聖印』。その言葉に聞き覚えがあった。確かジーンさんの手の甲にもあったものだ。あれと同じ模様が花咲きさんのうなじに現れている。
確か、王家の血を引いている者には、身体のどこかに必ずその聖印が現れるという。
それが花咲きさんのうなじに浮かび上がっている。
いつかの朝、花咲きさんのうなじに赤いものが見えたことがあった。あの時花咲きさんは「絵の具がついた」と言っていた。けれどそうじゃなかったんだ。あれはもともとの花咲きさんの体にあった聖印。という事は、花咲きさんは……。
「まさか、兄上……?」
ジーンさんが放心したように呟く。
花咲きさんがジーンさんの兄!?
そういえば、クロードさんが言っていた。幼い頃に庶民に引き取られた第二王子がいると。まさかそれが花咲きさん……?
周囲がどよめく中、唐突にジーンさんの背後から声が響いた。
「この騒ぎは何事だ」
見ればそこには初老の男性。豪奢な服を着て、口元に立派な髭を蓄えている。それに圧倒的な存在感。それだけで特別な人間なのだとわかる。
「父上……!」
ジーンさんのお父さん……? ということは、この国の国王!?
私は思わず声を上げる。この人なら何とかしてくれるかもしれないという希望を込めて。
「た、助けてください! 私、脅されて無理やりここに連れてこられて……」
「陛下の御前であるぞ。無礼であろう!」
兵士からの鋭い言葉に私は身を縮める。
だが、花咲きさんは臆することなく国王陛下の前に進み出る。
「お久しぶりです。父上」
「うん? お前は一体……」
言いかけた国王陛下が、花咲きさんの頭の花に目を留める。その瞬間、はっと息を呑んだ気配がした。
「その頭の花……もしや、ヴィンセントか……!?」
「随分とご無沙汰しておりました。無礼をお許しください」
「なぜ……なぜ、お前がここにいるのだ?」
花咲きさんは私の腕を掴むと、傍へと引き寄せる。
「我が弟ジーンが、我輩の大切なこの女性を拉致したので、連れ戻しに参りました」
「嘘だ! その娘は自ら進んで我が元に来たのだ!」
「だが、先程この娘は『脅されて無理やり連れてこられて』と言っていたが?」
花咲きさんの言葉に、ジーンさんは言葉を詰まらせる。
その様子を見つめながら、国王陛下は口を開いた。
「実はな、ジーン。お前の提案した『要望箱』に告発の文が入っていたのだ。お前が亜人の娘を無理矢理側室にしようとしているという内容のな。この有様を見るに、どうやら真実だったようだな」
「なっ……」
ジーンさんは絶句する。
告発文? 誰がそんなものを……
考えてはっとした。
まさか、レオンさん達が……? だって、私が本当の事を話したのはあの二人だけなんだから。
「ジーンよ。民を脅してまで我を通そうとするとは王家の末席にも置けぬ。お前には人の上に立つ資格はまだ無いようだな。暫く王都を離れて多くを学んでくるが良い」
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