碧の海

ともっぴー

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十夜さん

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**海(菫)

引っ越した事で、家庭教師の先生も新しい方に変わった。今度の先生はお母様のお友達の息子で、名前は十夜さん。もう成人していて、普段は学校の先生をしているらしい。お父様以外で 会話を許された初めての男の人で、初めはとても緊張したけれど十夜さんはとても親切で優しく、すぐに打ち解けることが出来た。教え方も上手で、私はますます勉強が好きになった。

そんなある日、いつものように勉強を教えに来てくれた十夜さんは、休憩時間に、ある提案をしてきた。

「学校、ですか?」

机の上を片付けながら、1人卦けのソファーに座っている十夜さんを振り返ると、足の上に手を組んで、じっとこちらを見ていた。そんな風に見詰められると、恥ずかしい。つい、目をそらした。すぐに片付いてしまう机の上をいつまでも片付け続ける。

「ああ、菫君は勉強が出来るだろ。このまま僕が教えるのでもいいのだけどね、それじゃあ勿体ないと思うんだ。学校ではそれぞれ専門の先生いるし、もっと深くまで教える事が出来る。それにね、菫君はずっと家に籠っているから、そろそろ外の世界を知ってみるのもどうだろう?」
「外の、世界・・ですか・・・ 」
「うん。興味はない?」

外の世界・・興味が無いわけない。どちらかというと私は、部屋の中より外で遊ぶ方が好きだ。ただ、お母様が望む「菫さん」はそうではない。いつでも目の届くところにいなくてはいけないのだ。

「いえ、いえ・・でも、私なんかが、って思って。お母様も心配するでしょうし。」
「ははっ、君はおかしな事を言うね。学校に行くのは当たり前なことだから、そんなに構える必要はないよ。それにいくらなんでも、学校に行くのを反対する親なんていないだろう。」
「そうでしょうか?」
「ああ。もし反対されるのが心配なら、僕の母から言ってもらおうか?」

どうしよう。いいのかしら?もじもじしていたら、十夜さんは了承だと解釈した。

「よし、じゃあそうしよう。あ、君のお父さんの方には僕から話しておくよ。」
「え・・・あ、はい。あの、ありがとうございます。」

何だか悪いことしているような気持ちになった。ドキドキする。本当に、私が学校になんて行ってもいのかしら?

「いいんだ。それにこれは、僕の為であるからね。」
「え?ひゃっ」

後ろを振り返ると、いつのまにか十夜さんが真後ろにいて驚いた。少し動けばぶつかってしまいそうな距離に、緊張する。トクン、と胸が鳴った。

「いや、何でもないよ。」

優しく、頭を撫でられた。十夜さんは、優しい・・・胸のドキドキが、いつまでも消えなかった。




***

数日後、いつものようにお父様からの暗号が届き、私は少し緊張しながら指定された地下室へ向かった。あの後十夜さんはお父様に何と言って説明したのだろう。お母様とはお話されたのかしら?つい先日に、お母様はしぶしぶながら、学校行くことを許してくれた。だからきっと、お父様だって許してくれるのだろうと思う。思うのだけど、今回の手紙は、何というか・・筆跡がほんの少しだけ乱暴に思えたのだ。時間がなくて慌てて書いたのかしら、それだったらいいのだけど。不安になる気持ちを抑えながら、私はゆっくりと地下へと繋がる細い階段を降りていった。

この屋敷の地下室は、以前、使用人のお仕置き部屋として使われていたと引っ越しの日に聞いた。でも、お父様もお母様もそんな恐ろしいことはしないので、今はワイン等を置いておく部屋として使用している。

階段を降りた先に、重たそうな扉があった。半分程開かれてあり、隙間からは光が漏れている。一瞬だけ、施設の折檻部屋を思い出して恐くなったけれど、入ってみると部屋は明るく、待ち構えていたお父様がいつもと変わらない様子で抱き締めてくれた。良かった、杞憂だったのだわ。

「お父様、会いたかったです。」
「私もだ。」

きつく、きつく抱き締めてくるから私もそれに応えた。久しぶりだけど、私達はこんな風にお互いにきつく抱き締め合って、片方が降参するまで競って遊んだりする。本当に久しぶりだけど・・・あれ?でも・・・

「お父様、もういいわ、降参よ。私の負けだわ。」

いつまでも離してくれないお父様の背中をポンポンと叩くのに、微動だにしない。

「お父様?お父さ・・  んんっっ・・」

突然解放されたと思えば、次の瞬間、唇を塞がれていた。何事かと胸を叩いて抵抗するとそのまま壁に押し付けられた。

「ん、    ・・・お、お父様!?」
「あの家庭教師は何だ?親しいのか?」
「え?」

私を壁に押し付けたまま、お父様は真剣な眼差しで見詰めた。近すぎて目をそらすことが出来ない。返事をしなければと、懸命に聞かれたことを思い出そうした。

「家庭教師が男だとは聞いていなかったぞ。いつからだ?」
「ええと・・えっと、十夜さんは、お母様の紹介で・・」
「勝手な事をっ」
「ごごご、ごめんなさいっっ」

恐くて声が震える。

「どれ程親しくなったんだ?」
「え、え、ええと・・」
「返事に困る程親しいのか?」
「違っ、あの、ごめんなさいっ、あの、ええと・・親しいとか親しくないとか、十夜さんは、先生ですから、わ、私が親しいなんて、言える方では」
「親しくないということか?」
「ええと、は、はい。先生ですから。」

何に対して怒っているのか分からず、でも間違いなく物凄く怒っていて、恐くて不安で心臓はドクドクと音を鳴らした。

「学校のことは?」
「え?」
「学校に行きたいと頼んだのか?」

ハッとした。学校のことで怒っているんだ。

「ご、ごめんなさい。やっぱり私には学校なんて、駄目ですよね。」
「違う。駄目とは言っていないだろう。だがなぜだ?なぜわざわざ家庭教師なんかに頼んだ?学校に行きたいなら私に言えばよかっただろう。」
「え? え? ごご、ごめんなさいお父様。たまたま十夜さんから学校の話を聞いて興味を持っただけですの。だから、十夜さんがお父様にお話するっておっしゃったときも、その方が詳しくお伝えできるかと思って。ごめんなさい、お父様にはきちんと私からお願いするべきでした。」

お父様に言われてやっと気付いた。自分のことなのに人任せにしてはいけなかったのだ。必死に説明するとお父様は、苛立った表情を見せつつも、どうにか怒りを静めてくれた。

「・・次からは気をつけなさい。それで、海はそいつに好意を持っているのか?」
「こっ、好意だなんてお父様っ、私、そんな風に見ていませんっ」

急に何を言い出すのかと思えば。恥ずかしくて顔が熱くなった。

「本当だな?」
「はい、勿論です。」
「分かった。ではもう、家庭教師は必要ないね。学校に行くのだから。」
「・・・はい、お父様。」

お父様はふっ、と肩の力を抜いた。よかった、私はすり抜けるように壁から逃げもう一度謝った。「ああ。」という返事を聞いて、胸を撫で下ろし、ドアに向かおうとした。

「待ちなさい。どこに行く?」

次の瞬間、捻りかけた身体を掴まれていた。まだ他にも何か怒っているの?自然と身体が強張った。

「え、ええと、部屋へ・・」
「まだ話は終わっていないだろう。」
「話・・・」
「ああ、私を怒らせたんだ。罰を与える。」
「罰・・・ですか・・?」

一変して、小刻みに身体が震え出した。恐い、恐い、恐い・・・
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