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満ちたひととき
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***海(菫)
学校の勉強に慣れていないから朝は出来るだけ早く行って補習を受けるのだと、お母様に嘘をついた。罪悪感で押し潰されそうになりながらも、十夜さんとの約束は何としてでも守りたかった。応援をしてくれると言ってくれたお母様なら、もしかしたら快く送り出してくれるかも、とも思ったのだけれど、せっかく通えるようになった学校なのに不謹慎な気がして、とても本当のことは言い出せなかった。
学校に着くと、生徒はまだ1人もいなくて、静まり返った空間ではドキドキと鳴る胸の音がより大きく感じられた。私は荷物を1度教室に置くべきか悩み、そのまま十夜さんの個室へ向かうことにした。昨日あんな風に別れたから、訪ねて行っても嫌がられるかもしれない。でも、私に何かいけないことがあったのなら尚更、謝って許してもらわないといけないと、と焦燥感に駆られていた。
十夜さんの部屋の前に着いて、大きく息を吸い込みそっとドアを叩いてみた。緊張で、手が震える。 ・・・少し待ってみたけれど反応はなく、もう1度叩こうと腕を上げた。その瞬間、ガチャ、とドアが開き隙間から伸びてきた手に勢いよく引き込まれた。
「ひゃ・・」
「会いたかった。」
「え?」
引っ張られた拍子によろめいた私を、しっかりと抱き止めてくれたのは十夜さんで・・・頭が真っ白になった。
「昨日の態度を誤解されたのではと、気が気じゃなかった。来てくれてありがとう。」
「え?ご、誤解ですか?」
「・・・っ、すまないっ、つい、こんなことを。急がないと言ったばかりなのに。」
「え・・・?」
慌てた仕草で、抱き締められていた肩をグイ、と離された。私は構わないと、そう言いかけると、十夜さんがそれを遮った。
「急がないと言ったのはね、君がここの生徒だから、というのもあったんだ。」
「生徒だと、何かいけないのですか?」
昨日の自分の態度を思い出していた。私は、皆に、十夜さんの特別だと知ってもらいたかった。
「あぁ、同僚には知り合いだと伝えてはいるが、教師である以上、特定の生徒だけを特別視することは出来ないからね。」
言われてサァッと青ざめた。なんて無神経で愚かだったんだろう。自分の考えの足りなさに呆れる。気付かなかったとはいえ、十夜さんを随分と困らせていたのだ。
「ごめんなさい、私・・」
「いや、きちんと説明しなかったのも悪かったんだ。だけどこれからも皆の前では優しく出来ないと思うから、どうか誤解はしないで欲しい。」
「はい、勿論です、大丈夫です。本当にごめんなさい・・」
情けなさと、でも十夜さんが怒っているわけではなかった安堵も入り雑じり、涙が込み上げてきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、気を付けます。けど・・・てっきり嫌われたのかと思ってて・・」
「嫌いになるんんてあり得ないよ。」
ポンポン、と頭を優しく撫でてくれる十夜さんの手は、とても安心する。
**
「おはよう菫さん。」
「おはよう、雫さん、瑠璃さん。」
早めに教室に戻ったのだけれど、雫さんや瑠璃さんと、他にも数名の生徒はもう教室に入っていた。明日はもっと早くに学校へ来ようと密かに思った。もっと十夜さんと一緒に過ごしたいから。
「あれ?目が赤いわよ、どうかしたの?」
「えっ!?」
雫さんが私の顔をまじまじと見てくるから、慌てて目に手をやった。十分に冷やしたつもりだったのに。
「ねぇ瑠璃さん、菫さんの目、赤いわよねぇ?」
「あっ、さっき痒くて掻いてしまったの。」
雫さんが瑠璃さんにまで声を掛けるから困ってしまう、けれど瑠璃さんは荷物の整理に忙しいらしく、振り向かなかった。
「そう?ならいいのだけど。ところで菫さん、どうだった?一緒に帰れそう?」
「ええ。毎日は無理だけれど、時々なら大丈夫よ。」
「わぁ!じゃあさっそく今日はどう?ねぇ瑠璃さん。」
瑠璃さんの方を見ると、まだゴソゴソと荷物を触っていた。
「ええ、勿論よ。すごく楽しみにしていたの。」
「私もよ、あぁ、放課後が待ち遠しいわ。」
「ふふ。」
初めての、友人とのお出掛けに心が踊った。そうだ、明日の朝には十夜さんにこのことをお話ししよう。十夜さんが私の話に耳を傾ける様子を想像し、ますます嬉しくなった。
「どうしよう、ノートが無いわ。」
「え?」
突然、ずっと荷物を整理していた瑠璃さんが泣きそうな顔で振り返った。
「何のノートなの?」
すかさず雫さんが聞いた。
「それが・・、数学の・・どうしよう。宿題だってあったのに。」
「宿題!?そんなのあったかしらっ?」
雫さんまで泣きそうになった。
「私はしてきてるから、よかったら見せましょうか?」
「いいの?嬉しい!さすが菫さんだわ。」
「ふふふ、どうぞ。」
誰かにこんなに感謝されるのって、久しぶり。自分の存在に、意味が与えられたようで嬉しくなった。その後の授業では、十夜さんが朝言っていた通りに素っ気なく接してきたけれど、全てが満ち足りている私には2人だけの秘密の合図のように感じた。
***杏奈
「ズンは確かに黒耀の気配がするって言ったのよね。」
独り言を言いながら、私は今日もまた、あの女の監視をしていた。それにしても、疲れるわね・・・。いくら家にいながらに見れるといっても、同じ姿勢で双眼鏡を覗き続けるのは肩が凝る。いっそ私も学校に就職しようかしら?あら!?そうしたら怪しまれずに済むわよね。ふと思い付いた考えが、思いがけず素晴らしくて、気分が舞い上がった。さっそくそのようにしましょう。双眼鏡を覗いたまま、ビスケットを1口齧り、お茶を飲んだ。
「あら、あらあらあら、あ~、またやってる。」
例の女はレンズの向こうで、お節介にもクラスメイトの為にノートを写し始めたようだ。
「あらあら、次から次へと・・全くよくやるわねぇ。」
他人の為に何かやってあげてないと気が済まないように出来ているのかしら?にこにこと愛想を振り撒く姿に嫌悪感を抱いた。
「どうせ最後には裏切られるのにね。はぁ、今日も変化なし、か。」
双眼鏡をケースにしまい、大きく背伸びをした。さて、どういう設定で学校に行こうかしら。考えを巡らせながら、出掛ける為に身支度を整えた。
学校の勉強に慣れていないから朝は出来るだけ早く行って補習を受けるのだと、お母様に嘘をついた。罪悪感で押し潰されそうになりながらも、十夜さんとの約束は何としてでも守りたかった。応援をしてくれると言ってくれたお母様なら、もしかしたら快く送り出してくれるかも、とも思ったのだけれど、せっかく通えるようになった学校なのに不謹慎な気がして、とても本当のことは言い出せなかった。
学校に着くと、生徒はまだ1人もいなくて、静まり返った空間ではドキドキと鳴る胸の音がより大きく感じられた。私は荷物を1度教室に置くべきか悩み、そのまま十夜さんの個室へ向かうことにした。昨日あんな風に別れたから、訪ねて行っても嫌がられるかもしれない。でも、私に何かいけないことがあったのなら尚更、謝って許してもらわないといけないと、と焦燥感に駆られていた。
十夜さんの部屋の前に着いて、大きく息を吸い込みそっとドアを叩いてみた。緊張で、手が震える。 ・・・少し待ってみたけれど反応はなく、もう1度叩こうと腕を上げた。その瞬間、ガチャ、とドアが開き隙間から伸びてきた手に勢いよく引き込まれた。
「ひゃ・・」
「会いたかった。」
「え?」
引っ張られた拍子によろめいた私を、しっかりと抱き止めてくれたのは十夜さんで・・・頭が真っ白になった。
「昨日の態度を誤解されたのではと、気が気じゃなかった。来てくれてありがとう。」
「え?ご、誤解ですか?」
「・・・っ、すまないっ、つい、こんなことを。急がないと言ったばかりなのに。」
「え・・・?」
慌てた仕草で、抱き締められていた肩をグイ、と離された。私は構わないと、そう言いかけると、十夜さんがそれを遮った。
「急がないと言ったのはね、君がここの生徒だから、というのもあったんだ。」
「生徒だと、何かいけないのですか?」
昨日の自分の態度を思い出していた。私は、皆に、十夜さんの特別だと知ってもらいたかった。
「あぁ、同僚には知り合いだと伝えてはいるが、教師である以上、特定の生徒だけを特別視することは出来ないからね。」
言われてサァッと青ざめた。なんて無神経で愚かだったんだろう。自分の考えの足りなさに呆れる。気付かなかったとはいえ、十夜さんを随分と困らせていたのだ。
「ごめんなさい、私・・」
「いや、きちんと説明しなかったのも悪かったんだ。だけどこれからも皆の前では優しく出来ないと思うから、どうか誤解はしないで欲しい。」
「はい、勿論です、大丈夫です。本当にごめんなさい・・」
情けなさと、でも十夜さんが怒っているわけではなかった安堵も入り雑じり、涙が込み上げてきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、気を付けます。けど・・・てっきり嫌われたのかと思ってて・・」
「嫌いになるんんてあり得ないよ。」
ポンポン、と頭を優しく撫でてくれる十夜さんの手は、とても安心する。
**
「おはよう菫さん。」
「おはよう、雫さん、瑠璃さん。」
早めに教室に戻ったのだけれど、雫さんや瑠璃さんと、他にも数名の生徒はもう教室に入っていた。明日はもっと早くに学校へ来ようと密かに思った。もっと十夜さんと一緒に過ごしたいから。
「あれ?目が赤いわよ、どうかしたの?」
「えっ!?」
雫さんが私の顔をまじまじと見てくるから、慌てて目に手をやった。十分に冷やしたつもりだったのに。
「ねぇ瑠璃さん、菫さんの目、赤いわよねぇ?」
「あっ、さっき痒くて掻いてしまったの。」
雫さんが瑠璃さんにまで声を掛けるから困ってしまう、けれど瑠璃さんは荷物の整理に忙しいらしく、振り向かなかった。
「そう?ならいいのだけど。ところで菫さん、どうだった?一緒に帰れそう?」
「ええ。毎日は無理だけれど、時々なら大丈夫よ。」
「わぁ!じゃあさっそく今日はどう?ねぇ瑠璃さん。」
瑠璃さんの方を見ると、まだゴソゴソと荷物を触っていた。
「ええ、勿論よ。すごく楽しみにしていたの。」
「私もよ、あぁ、放課後が待ち遠しいわ。」
「ふふ。」
初めての、友人とのお出掛けに心が踊った。そうだ、明日の朝には十夜さんにこのことをお話ししよう。十夜さんが私の話に耳を傾ける様子を想像し、ますます嬉しくなった。
「どうしよう、ノートが無いわ。」
「え?」
突然、ずっと荷物を整理していた瑠璃さんが泣きそうな顔で振り返った。
「何のノートなの?」
すかさず雫さんが聞いた。
「それが・・、数学の・・どうしよう。宿題だってあったのに。」
「宿題!?そんなのあったかしらっ?」
雫さんまで泣きそうになった。
「私はしてきてるから、よかったら見せましょうか?」
「いいの?嬉しい!さすが菫さんだわ。」
「ふふふ、どうぞ。」
誰かにこんなに感謝されるのって、久しぶり。自分の存在に、意味が与えられたようで嬉しくなった。その後の授業では、十夜さんが朝言っていた通りに素っ気なく接してきたけれど、全てが満ち足りている私には2人だけの秘密の合図のように感じた。
***杏奈
「ズンは確かに黒耀の気配がするって言ったのよね。」
独り言を言いながら、私は今日もまた、あの女の監視をしていた。それにしても、疲れるわね・・・。いくら家にいながらに見れるといっても、同じ姿勢で双眼鏡を覗き続けるのは肩が凝る。いっそ私も学校に就職しようかしら?あら!?そうしたら怪しまれずに済むわよね。ふと思い付いた考えが、思いがけず素晴らしくて、気分が舞い上がった。さっそくそのようにしましょう。双眼鏡を覗いたまま、ビスケットを1口齧り、お茶を飲んだ。
「あら、あらあらあら、あ~、またやってる。」
例の女はレンズの向こうで、お節介にもクラスメイトの為にノートを写し始めたようだ。
「あらあら、次から次へと・・全くよくやるわねぇ。」
他人の為に何かやってあげてないと気が済まないように出来ているのかしら?にこにこと愛想を振り撒く姿に嫌悪感を抱いた。
「どうせ最後には裏切られるのにね。はぁ、今日も変化なし、か。」
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