夢守りのメリィ

どら。

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35.マリオドールの悪夢(後編)

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昔——この街に、一つの小さな家族が暮らしていました。
貧しかったけれど、それでも日々笑い合い、慎ましく生きていました。

人形師の父と、病弱な一人娘。

二人きりの家族。

母は既に他界しており、父が昼は掃除などの下働きに出かけ、夜はランプの下で人形を作る——そんな生活が続いていました。

ですがある日、不慮の事故が娘を奪いました。
父は悲しみに打ちひしがれ、それでも最後の願いを込めて一体の人形を作りました。
——亡き娘の“夢の結晶”をその左目に埋め込んで。

それはとても美しく、まるで生きているかのような人形でした。
父はその人形を「娘の代わり」として可愛がり、語りかけ、抱きしめ、夜ごと語り合いました。

ですが、やがて父も寿命でこの世を去りました。

残された人形は、その瞳に埋められた“娘の夢”の欠片により——意思を持っていました。

「父さま……どこ……?」

人形は探し続けました。朝も、昼も、夜も。
けれどどこにも父の姿は何処にも見当たりません。

父はもういない。
誰も教えてくれない。
誰も面倒を見てくれない。

メンテナンスをする者もなく、人形の身体は次第に綻び、歯車が狂い、糸が切れ、目は濁っていきました。
ボロボロになっても、それでも探し続ける人形の姿を、街の人々は次第に「気味悪い」と囁くようになりました。

「早くあの人形を壊してしまおう」
「災いを呼ぶぞ」
「捨てろ、捨てろ……」

やがて——人形は街の者たちの手によって壊され、ゴミ処理場へと投げ捨てられました。

静かで、冷たい、廃棄物の山。
その中で、人形の“夢”はゆっくりと“悪夢”へと変貌していきました。

——父さまは、どこ……。
——父サまに、会いたイ……。
——父サマヲ……作レバ、イインダ。

人形は、周囲に転がる廃材、古びた歯車、錆びた腕、捨てられた人形たちのパーツを取り込みました。
木の腕、鉄の脚、革の顔、布の髪。
異形の怪物——巨大な歪な姿へと変わりながら。

怪物は先ず人形を作りました。作られた人形達は、

——父サマ、作ル。
——父サマ、作ル。
——父サマ、作ル。

壊れた声でそう呟きながら、街の人々を捕らえ、素材として集め始めはじめました。
骨を軋ませ、肉を裂き、魂すら抜き取って——“父”を作り直そうとしました。
ですが、いくら集めても、いくら繋げても、父は戻って来ませんでした。


これ、この人形の記憶…?
だとしたらなんて、なんて悲しいーー

心に刺さるほどの寂しさと狂気が、静かに、じわりと胸を締めつける——。

「——父サマヲ、作ル。
父サマヲ、作ル……」

それはもう、夢ではない。
純粋な“悪夢”そのものとなってしまっていた——。

歪な巨体から響く声。
捨てられた人形の腕、割れた歯車、錆びた金属、腐りかけた布。
——その全てを喰らい、取り込み、膨れ上がった異形の怪物。

「……アナタ位ガ、チョウドイイ」

蜘蛛のような脚で軋む音を立て、
ノコギリのような刃を持つ両腕がギラリと光り、タカチホへと迫る。

「待ってェ!!小生は人形師ではなく薬師ですからァ!!!」

タカチホが後ずさるが糸状のものに絡めとられる。

「軽口叩いてんじゃねぇ!!」

ワノツキの大槌が唸り、怪物となった人形の脚を叩き折る。
続けてネロの短剣が、絡みつく糸を一気に断ち切った。

「……ちゃんと働け、タカチホ」

「仕方ありませんねェ……小生、基本非戦闘員なのですが……」

渋々と言いつつも、タカチホの手が迷いなく動く。
白銀の針が次々と放たれ、関節部——歪んだ膝、肩、首の隙間に正確に突き刺さっていく。

「ギ……ギギギ……」

身を捩ろうとする巨体が軋む音を立てたまま、動きを鈍らせる。

「悪ぃな」

ワノツキが低く呟く。
振り下ろされた渾身の一撃。

——ドゴン!!

大槌の一閃が、人形の頭部を砕いた。

「ギ…ィ……」

左目——赤黒く濁った“悪夢の結晶”が床へと落ちる。
石のように転がり、ひと跳ね。
次の瞬間——パキン、と砕け散った。

「……父サ……マ……」

人形の口が、最後にか細く呟く。
虚ろな瞳が、天井に浮かぶ巨大なスクリーン——そこに映る老人の幻影に向け、最後の力で手を伸ばす。

——ぷつり。

何かの糸が切れたように、その身体はガクンと動かなくなった。
スクリーンの映像も、砂嵐のようになり、プツンと消え去る。


「……んにゃ……」

気を失っていた双子——マヌルとメルルが、目を開けた。

「マヌル、メルル!
よかった、目が覚めて……!」

涙目の双子が飛び起き、側にたメリィにぎゅっと抱きつく。

「……もう、姉さま以外のもふもふふわふわは信じません!!」

「本当にです!!姉さまだけ!!」

「ふふ……もう、大丈夫だよ」

メリィは優しく双子の頭を撫でる。
その傍らでネロとワノツキがほっと息を吐き、タカチホもため息をついた。

「フゥー!!いやー!しましたネ!一仕事!小生非戦闘員ながらも超絶頑張りましたぞ!さぁワノツキさん、小生を褒めて下さっても良いのですヨ!」

「……ったく。最後まで軽口叩くな」

苦笑する一行。


——やがて。

“ハリボテの城”を後にすると、外はいつの間にか静かな朝に包まれていた。
灰色だった空の向こうに、薄く光が差し込み始める。


司令塔だった人形が倒されたことで、街中の人形たちは全て、ピタリと動きを止めていた。
まるで時間が止まったかのように、音一つ無い世界。

「……この街は……」

ネロが呟く。

「……いずれ……地図から消えてしまうのかな」

メリィが、少し寂しそうに観覧車を見上げる。
軋みながら、空しく揺れるだけの鉄の輪。
そこにはもう、笑い声も明かりもない。

「……でも……」

メリィは小さく微笑む。

「きっと……あの人形も、もう……探さなくていいんだよね」

静かな風が吹き抜ける。
冷たいけれど、どこか安らぎのある風だった。

——静かに、夜が終わろうとしていた。

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