ある因習村に関する考察

赤紫

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第2節:糸を引く者

第3話:拡散希望

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――あるSNSにて――

【拡散希望】妹が10月3日から行方不明です!

 最後に確認されたのは東京都杉並区の自宅アパートです。身長158cm、やせ型、髪は黒のセミロング。心当たりのある方はDMかリプライをお願いします。警察にも届けていますが手がかりがありません。

 添付された写真には、大学のキャンパスらしき場所で笑っている若い女性が映っていた。 秋の光の中、銀杏並木を背にしてカメラの方を向いている。笑ってはいるのだけれど、目だけがどこか遠くを見ているような、少し不思議な表情だった。視線の焦点がレンズの向こう側を突き抜けて、もっとずっと遠い場所に合っている。そういう顔だ。

 投稿者は @haru_stream_ch。都市伝説系の配信を行うYouTuber「はる」こと宮城遥人《みやぎはると》のアカウントだった。登録者数は三万人台で、心霊スポット訪問や失踪事件をはじめとした未解決事件の考察を主なコンテンツにしている。
 最近の動画タイトルは「【閲覧注意】某廃村で聞こえた声の正体」「失踪者が最後に検索した言葉がヤバい」。
 他人の失踪を「ネタ」にしてきた男が、今度は自分の妹の失踪を投稿している。

 リプライ欄には善意のコメントの間に「配信のネタだろ」「妹の顔晒して再生数稼ぎか」という声も混じっていた。
 善意を集めれば悪意もついてくる。そしてどちらも、本当に探している人間にとっては等しく無力だ。遥人はこの投稿後配信を止めている。新しい動画は十日以上アップされていなかった。

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 ある男が、中央線の車内でその投稿をスクロールしていた。見た目四十代半ばくらい、くたびれたジャケットに色の褪せたカーキのパンツ。
 疲れた顔をしているが、目だけは妙に鋭い。写真を拡大して女性の顔をしばらく眺め、次に視線を足元に落とした。影のあたりで指が止まる。ほんの一瞬。

 男は小さくつぶやいた。「おいおい。妹の顔、晒して大丈夫なのか、これ」

 スマートフォンをポケットに戻して、窓の外に目を向けた。電車はまもなく中野駅に着く。

 その男の名は桐生晃一《きりゅうこういち》。駅から線路沿いを歩いてしばらく行った雑居ビルの三階で「桐生調査事務所」を一人で営んでいる。ビルの一階はインドカレー屋で、二階は空きテナント、三階の奥の一室。

 ビルにはカレー屋の看板が大きく掲げられているものの、事務所のそれはない。事務所の存在を知らしめるものは、ドアに付けられた小さなプレートが一枚あるだけ。ウェブサイトも広告もない。名刺の裏に「失せ物・人探し」と書いてあるのが唯一の営業行為だった。依頼はすべて紹介経由。知る人ぞ知る、という類の探偵。
 それでも、彼への依頼は途絶える事はない。なぜなら、失踪者の発見率が異常に高いからだ。
 警察がさじを投げた案件でも、桐生に頼めば何かしら手がかりが出てくる。警察OBや弁護士の一部が、内々に桐生の名前を出すことがある。『変わった探偵だが腕は確かだ』と。

 なぜそんなことができるのか。桐生自身にもうまく説明できない。

 子供の頃からそうだった。迷子の犬を見つけるのが異様に上手い小学生だった。落とし物は拾うより先にどこにあるか分かった。

 大人になってそれが『失踪者が最後にいた場所に立つと、その人間がどちらの方角に引かれていったかが分かる』という形に落ち着いた。匂いに近いが匂いではない。方角と、微かな感情の色合い――恐怖なのか、安堵なのか――が、皮膚を通じて伝わってくる。

 霊感と呼ぶ人もいた。桐生は「勘がいいだけです」で通してきた。自分でもそう思いたかった。だがたまに、この勘が通常の範疇を超えたものを拾うことがある。

 四年前、多摩川の河川敷で失踪者の匂いを追っていたとき、その人間がすでにこの世にいないと分かった。匂いが途中で地面の下に潜ったからだ。警察に「あの場所を掘ってみてください」と言ったとき、自分が何を言っているのか分かっていた。

 遺体は見つかった。以来、桐生はあの感覚を信じている。信じているが、怖れてもいる。必要以上に深入りはしない。それが桐生の唯一の自衛手段だった。

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 SNS投稿から数日後、桐生の事務所を一人の男が訪ねた。

 宮城遥人、二十代後半。例の配信者だ。

 目の前の遥人には、配信で見せるような軽い口調の面影はない。目の下に隈があり、頬がこけていた。数日まともに寝ていない顔だ。元刑事の知り合いから桐生の名を聞いたという。桐生はその元刑事の名を確認してから、パイプ椅子を勧めた。事務所にはまともな応接セットがない。

「妹が消えました」

 妹の名は宮城蒼。W大学文学部の四年生。杉並区で一人暮らし。十月三日を最後にアパートに帰っておらず、大学にも行っていない。警察には届けたが、成人の自発的失踪の可能性があるとして動いてくれない。部屋に争った形跡がなく、荷物を持って出ていて、スマートフォンだけが残されていた。

 桐生が状況を聞いていくと、遥人は少し言い淀んでからこう語った。

「ここ一年くらい、あの子、色々あったみたいで。去年から付き合ってた男と今年の春に別れて、引きずってたみたいで。それと就活もうまくいってなくて。文学部の民俗学ゼミなんですよ。面接で研究内容を聞かれると空気が変わるって。同級生がどんどん内定もらう中、あの子だけ決まらなくて。夏に電話したら、『私、何やってるんだろう』って。すごく疲れた声でした」

 遥人は目を伏せた。テーブルの上に置いた両手の指が組まれたり離れたりしている。

「うちは山形の田舎の出で、両親が早くに亡くなって、あの子は中学から東京の叔母のところにいたんです。その叔母もその後亡くなって。あの子、根っこがないんですよね。どこにいても仮住まいみたいな顔してる。俺も東京に出てきてからは配信ばっかりで、月に一回電話するくらいで。あの子も俺に心配かけたくない性格だから、辛いことほど言わないんです。正直、あの頃のあの子のこと、俺はちゃんと見てやれてなかった」

 他人の失踪を動画のネタにしてきた男が自分の妹の失踪に直面している。そのことを遥人自身が一番噛み締めている顔だった。拡散投稿のリプライ欄で「ネタだろ」と叩かれていることも知っているのだろう。知った上で投稿した。藁にもすがるとはこういう顔のことだ。

 桐生は蒼の写真をもう一度見た。スマートフォンの小さな画面の中の、銀杏並木の前で笑う女性。目がどこか遠くを見ている。この写真が撮られたのは去年の秋だという。まだ彼氏がいた頃。まだ就活が始まる前。まだ何も崩れていなかった頃。だがこの目は、すでにどこか遠い場所を見ている。

 失恋。就活。疎遠な家族。二十代の女性が消える理由としてはありふれている。ありふれているから警察も動かない。だが、桐生の中で何かが引っかかっていた。条件が揃いすぎている。社会との繋がりが薄くなる要素が一年で全部出揃っている。恋人なし、就職先なし、家族は遠い。消えても誰も大騒ぎしない人間。偶然だろうか。

 いや、偶然だと思いたかった。

「この件、引き受けましょう。まず、妹さんのアパートを見せてください」
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