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第3節:蚕糸(さんし)
第10話:界隈の噂
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翌日から、中澤はネタ探しに奔走した。奔走といってもデスクの上で連絡先リストを引っ張り出し、片端から電話とメールを入れるという、足と言うよりは指の仕事だったのだが。
オカルト業界の知り合いは、五年もいれば嫌でも増える。心霊系の配信者、都市伝説をまとめるフリーライター、元同業で今はWebメディアに移った編集者、地方の郷土史研究家、自称霊能者の中で唯一まともに会話ができる人物。
中澤が「何か面白い話ないですか」と聞くと、大抵は同じ反応が返ってくる。「ないねえ」。ネットが普及して以来、怪異も心霊も都市伝説も、発生した瞬間にSNSで消費され、翌週には忘れられる。雑誌の月刊サイクルで扱う頃にはもう古い。業界全体が緩やかに干上がっていた。
心霊スポット系の配信者は「最近はどこも管理が厳しくて入れない」と愚痴をこぼした。
フリーライターは「オカルトより陰謀論のほうがPV取れる時代になった」と嘆いた。元同業の編集者は電話に出なかった。折り返しもなかった。
三日目の夕方、ようやく一件だけ引っかかった。
ヤマシンこと山科信也、三十四歳。都市伝説系のYouTubeチャンネルを運営しており、登録者は五万弱。派手さはないが、資料の読み込みが丁寧で、取り上げる都市伝説の選球眼がいい。
中澤とは二年ほど前に取材を通じて知り合い、以来、互いの守備範囲で拾った情報をときどき交換する間柄だった。山科からの返信は短かった。「面白い話あるけど電話で」。テキストに残したくない話だということだ。
---------------------------------------------------------------
その夜、中澤は自宅のアパートから山科に電話をかけた。
「宮城遥人って知ってる?」
山科の声はいつもの軽い調子だったが、どこかに慎重さが混じっていた。話題を切り出す前の、値踏みするような間があった。
「はるチャンネルの? 聞いたことはある」
「去年の秋、いきなり全アカウント消して消えたじゃないですか。動画も全削除、SNSも全部」
中澤はパソコンを開いて検索した。宮城遥人、はるチャンネル。確かに名前は見たことがある。心霊スポット探訪系のチャンネルで、登録者は二万ほどだったはずだ。
検索結果にチャンネルは表示されなかった。完全に消えている。キャッシュすら残っていない。
「彼、アカウント削除する前、妹さんの失踪を公開捜索してたんだよ。妹がどこかに消えて、それを【拡散希望】として動画で流してた。再生数は正直そんなに回ってなかったけど、ガチの捜索だってのは伝わってた。やらせじゃない緊迫感があった」
「それで?」
「急だったんだ。ある日を境に全部消えた。チャンネルごと全部。知り合いの配信者が連絡取ろうとしたけど、電話もLINEも繋がらない。最後に連絡がついた奴の話だと、遥人は電話口でこう言ったらしい。『田舎に帰る。もう大丈夫だから』」
中澤はメモを取った。「それで帰ったんじゃないの」
「どこに帰るんだよ。あいつ、両親早くに亡くしてるんだ。実家なんか既にない。知り合いが何人か連絡を試みたけど、電話もLINEも全部繋がらない。もう半年以上だ」
「警察には」
「届けは出てるらしい。でも成人の自発的な失踪だから、積極的な捜査にはならない。本人が『帰る』って言ってるし、事件性を示す証拠もない。警察からすれば家出の延長だ」
山科は一拍置いてから続けた。声のトーンが少し下がった。
「界隈でちょっと噂になってるのは『何かの宗教団体に取り込まれたんじゃないか』って話。根拠は薄いよ。ただ、最後の電話の声がさ、妙に穏やかだったらしいんだ、別人みたいに。それまで妹を探して必死で、声もいつもどこか切羽詰まってた奴が、急に落ち着いて『もう大丈夫だから』って。聞いた奴が言ってたよ、洗脳された人間特有の平坦さだって」
配信者の失踪、それ自体は珍しくもない。燃え尽きて引退する者、スキャンダルで逃げる者、精神を病んで消える者。業界にいれば何人も見てきた。
だが山科の次の一言で中澤のペンが止まった。
「遥人だけじゃないんだよ。妹が先に消えて、兄が探して、兄も消えた。二人連続ってのが引っかかるんだよな。しかも兄のほうは、探してる最中に消えてる。何かを見つけて、そのまま呑まれたみたいにさ」
沈黙が流れた。電話越しに山科の部屋のエアコンの音が聞こえる。
「ヤマシン、その話、記事にしていいか」
「固有名詞は出すなよ、俺の名前も。ネタ元が俺だってバレると面倒だ」
「わかってる」
「あとさ、中澤」
「何?」
「俺がこの話を人に振るのは初めてだ。界隈の連中はみんな知ってるけど、誰も記事にしようとしない。扱いにくい話だから。失踪なのか、自発的な引退なのか、線引きができない。書き方を間違えると関係者を傷つける。だから誰も触らない」
中澤は黙って聞いた。
「お前に振ったのは、お前なら扱えると思ったからだ。雑に消費しないでくれ」
電話を切った後、中澤はしばらくメモを見つめていた。ノートの上に自分の字で「二人連続」「自発的失踪」「穏やかな声」と並んでいる。
足で稼いだ一次情報。黒田の声がまた頭の中で鳴った。
オカルト業界の知り合いは、五年もいれば嫌でも増える。心霊系の配信者、都市伝説をまとめるフリーライター、元同業で今はWebメディアに移った編集者、地方の郷土史研究家、自称霊能者の中で唯一まともに会話ができる人物。
中澤が「何か面白い話ないですか」と聞くと、大抵は同じ反応が返ってくる。「ないねえ」。ネットが普及して以来、怪異も心霊も都市伝説も、発生した瞬間にSNSで消費され、翌週には忘れられる。雑誌の月刊サイクルで扱う頃にはもう古い。業界全体が緩やかに干上がっていた。
心霊スポット系の配信者は「最近はどこも管理が厳しくて入れない」と愚痴をこぼした。
フリーライターは「オカルトより陰謀論のほうがPV取れる時代になった」と嘆いた。元同業の編集者は電話に出なかった。折り返しもなかった。
三日目の夕方、ようやく一件だけ引っかかった。
ヤマシンこと山科信也、三十四歳。都市伝説系のYouTubeチャンネルを運営しており、登録者は五万弱。派手さはないが、資料の読み込みが丁寧で、取り上げる都市伝説の選球眼がいい。
中澤とは二年ほど前に取材を通じて知り合い、以来、互いの守備範囲で拾った情報をときどき交換する間柄だった。山科からの返信は短かった。「面白い話あるけど電話で」。テキストに残したくない話だということだ。
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その夜、中澤は自宅のアパートから山科に電話をかけた。
「宮城遥人って知ってる?」
山科の声はいつもの軽い調子だったが、どこかに慎重さが混じっていた。話題を切り出す前の、値踏みするような間があった。
「はるチャンネルの? 聞いたことはある」
「去年の秋、いきなり全アカウント消して消えたじゃないですか。動画も全削除、SNSも全部」
中澤はパソコンを開いて検索した。宮城遥人、はるチャンネル。確かに名前は見たことがある。心霊スポット探訪系のチャンネルで、登録者は二万ほどだったはずだ。
検索結果にチャンネルは表示されなかった。完全に消えている。キャッシュすら残っていない。
「彼、アカウント削除する前、妹さんの失踪を公開捜索してたんだよ。妹がどこかに消えて、それを【拡散希望】として動画で流してた。再生数は正直そんなに回ってなかったけど、ガチの捜索だってのは伝わってた。やらせじゃない緊迫感があった」
「それで?」
「急だったんだ。ある日を境に全部消えた。チャンネルごと全部。知り合いの配信者が連絡取ろうとしたけど、電話もLINEも繋がらない。最後に連絡がついた奴の話だと、遥人は電話口でこう言ったらしい。『田舎に帰る。もう大丈夫だから』」
中澤はメモを取った。「それで帰ったんじゃないの」
「どこに帰るんだよ。あいつ、両親早くに亡くしてるんだ。実家なんか既にない。知り合いが何人か連絡を試みたけど、電話もLINEも全部繋がらない。もう半年以上だ」
「警察には」
「届けは出てるらしい。でも成人の自発的な失踪だから、積極的な捜査にはならない。本人が『帰る』って言ってるし、事件性を示す証拠もない。警察からすれば家出の延長だ」
山科は一拍置いてから続けた。声のトーンが少し下がった。
「界隈でちょっと噂になってるのは『何かの宗教団体に取り込まれたんじゃないか』って話。根拠は薄いよ。ただ、最後の電話の声がさ、妙に穏やかだったらしいんだ、別人みたいに。それまで妹を探して必死で、声もいつもどこか切羽詰まってた奴が、急に落ち着いて『もう大丈夫だから』って。聞いた奴が言ってたよ、洗脳された人間特有の平坦さだって」
配信者の失踪、それ自体は珍しくもない。燃え尽きて引退する者、スキャンダルで逃げる者、精神を病んで消える者。業界にいれば何人も見てきた。
だが山科の次の一言で中澤のペンが止まった。
「遥人だけじゃないんだよ。妹が先に消えて、兄が探して、兄も消えた。二人連続ってのが引っかかるんだよな。しかも兄のほうは、探してる最中に消えてる。何かを見つけて、そのまま呑まれたみたいにさ」
沈黙が流れた。電話越しに山科の部屋のエアコンの音が聞こえる。
「ヤマシン、その話、記事にしていいか」
「固有名詞は出すなよ、俺の名前も。ネタ元が俺だってバレると面倒だ」
「わかってる」
「あとさ、中澤」
「何?」
「俺がこの話を人に振るのは初めてだ。界隈の連中はみんな知ってるけど、誰も記事にしようとしない。扱いにくい話だから。失踪なのか、自発的な引退なのか、線引きができない。書き方を間違えると関係者を傷つける。だから誰も触らない」
中澤は黙って聞いた。
「お前に振ったのは、お前なら扱えると思ったからだ。雑に消費しないでくれ」
電話を切った後、中澤はしばらくメモを見つめていた。ノートの上に自分の字で「二人連続」「自発的失踪」「穏やかな声」と並んでいる。
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