ある因習村に関する考察

赤紫

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第3節:蚕糸(さんし)

第11話:勧誘の手口

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 翌週の月曜日、中澤は黒田に企画書を出した。

「新興宗教・カルトの勧誘手口―実態と手法―」

 宮城遥人の件は具体名を伏せて「近年のSNS時代における信者獲得の変容」という文脈に組み込み、取材先として宗教問題専門の弁護士、脱会支援カウンセラー、元信者を挙げた。

 黒田は企画書を三度読み返し、「裏取り次第で」と言った。条件付きの承認。中澤にとっては久しぶりの前進だった。

 取材は六月の後半から始まった。

 最初に会ったのは、脱会支援カウンセラーの橋本という五十代の女性だった。元教員で、自身も若い頃にある新興宗教団体に三年間在籍した経験を持つ。

 現在はNPOに所属し脱会希望者とその家族の相談を受けている。取材場所は新宿のファミリーレストラン。橋本は穏やかな口調で、しかし正確な言葉を選んで話した。

 「勧誘の手口は団体によって表面上は全然違います。街頭で声をかけるところもあれば、ヨガ教室や自己啓発セミナーを入口にするところもある。でも構造を抽出すると驚くほど共通しているんです」

 中澤はICレコーダーを回しながらノートにも要点を書き取った。

 橋本が言う勧誘の四段階。

 第一段階、接近。ターゲットの生活圏に自然な形で入り込む。職場、学校、趣味のサークル、SNS。この段階では宗教や信仰の話は一切しない。世間話をし、悩みを聞き、頼れる存在として信頼を築く。一週間で済む場合もあれば、数ヶ月かける場合もある。急がない。急ぐ勧誘は下手な勧誘だと橋本は言った。

 第二段階、依存の構築。ターゲットの悩みや孤立感を正確に把握した上で、精神的な拠り所になる。同時に、ターゲットの既存の人間関係――家族、友人、同僚――との距離をさりげなく広げる。「あの人たちはあなたのことを本当には理解していない」。直接そう言う場合もあるし、言わなくても、新しい関係のほうが心地よくなるように環境を調整する場合もある。

 第三段階、転換。十分な依存が形成された段階で、初めて「居場所」を提示する。集会、セミナー、合宿、施設訪問。「あなたに合う場所がある」「一度だけ来てみないか」。ここで初めてターゲットは集団に触れる。集団の中で歓迎され、承認され、「ここが自分の居場所だ」と感じる体験が設計されている。

 第四段階、囲い込み。体験に感動したターゲットが自ら戻ってくる。そこから段階的に外部との接点を減らしていく。携帯電話の解約、退職、引越し、資産の譲渡。重要なのは、これらのすべてを本人の意志で行わせるということだと橋本は強調した。

「強制は絶対にしないんです。暴力も、監禁もない。全部本人が『自分で決めた』形になる。そうすれば法的に追及できない。家族が連れ戻そうとしても、本人が『自分の意志でここにいる』と言えばそれまでです」

 中澤はノートにペンを走らせた。

「一番巧妙な団体は」と橋本は続けた。「勧誘された本人が、自分で選んだと心の底から信じているんです。外から見ると明らかに誘導されているのに、本人はまったくそう思っていない。自発性の偽装、これがプロの手口です」

 中澤はその言葉をノートに書き取り二重線で囲んだ。『自発性の偽装』。

 山科の声が頭の中で重なった。遥人の最後の電話「もう大丈夫だから」。自分で選んだと思っている穏やかな声。

 次に取材したのは、別の脱会者支援団体の代表を務める男性と、実際にカルト団体を脱会した三十代の女性だった。女性は名前の非公開を条件に取材に応じた。

 女性の証言は橋本の解説を裏書きするものだった。彼女は大学卒業後の就職がうまくいかず、孤立していた時期に声をかけられた。最初は読書会だと思っていた。半年かけて徐々に深く関わるようになり、気づいたときには団体の施設で暮らしていた。外の友人とは連絡を断っていた。

「自分で選んだと思っていました、本当に。今思い返すと、あらゆる選択肢が一つの方向にしか向かないように整えられていた。でも当時の私にはそれが見えなかった。見えないように設計されていたんだと思います」

 取材を重ねるほど、中澤の中で輪郭がはっきりしてくるものがあった。構造だ。個々の団体の名前や教義は違っても、人を取り込む構造は同じ。接近し、依存させ、居場所を与え、囲い込む。そして最後まで、本人には「自分で歩いてきた」と信じさせる。

 六月が終わる頃、中澤のノートには取材メモが三冊分溜まっていた。記事の骨格は見えてきた。しかし同時に、骨格の向こう側に、もう一つ別の何かがうっすらと透けて見え始めてもいた。

 橋本の言葉が頭に残っていた。「自発性の偽装」。これがプロの宗教団体の手口だと彼女は言った。

 だが、そもそも宗教団体という言葉が前提にしているのは、名前のある組織、配布されるパンフレット、教祖の顔写真、そういったものを持つ集団だ。では、そのどれも持たない何かがいるとしたら。組織の名前すらなく、それでも何十年、いや何百年も人を呑み込み続けてきたものがあるとしたら。

 そんなものがあるはずがない。

 中澤はノートを閉じた。ないはずだ、と思った。
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