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プラスアルファ7.8
新製品審査会3
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午後。
新製品審査会の「一般部門」は、一階の大広間で行われることになっている。
これは武器部門と比べて数が多いのと、各自の秘伝が冴え渡る武器部門と比べると互いに刺激し合い伸びる部分があるからだ。
あるいは発想の似通った者、まったく違う者同士で共鳴しあい協力することで新たな物が生まれることもあるだろう。
たとえ此処で採用されずともザダーク王国内で流通するであろう製品の卵とその職人達には、必要な刺激というわけだ。
さて、そんなわけで大広間に所狭しと並べられた新製品達。
ザワザワとざわめいていた職人達は、階段の前に立つ魔操鎧が槍で床を叩く音に静まり返る。
「静粛に! 魔王ヴェルムドール様を最大の敬意をもって迎えよ!」
その言葉に疑問を持つ者など居ない。
その行為を躊躇う者など居ない。
その場にいる者全てが階段に向け、一斉に片膝をつく礼をとる。
頭を上げる者は居ない。
その行為の意味は知らずとも。
そうするものだと誰に教わらずとも。
自然と頭を垂れている。
コツン、コツンと。
階段を静かに降りてきた彼等の主は……魔王ヴェルムドールは、静かな口調で語りだす。
「午前に居た者も……午後からの参加の者もいるだろう。これ程の数が我が国の代表の職人たらんと全力を尽くしてくれていることに礼を言う。お前達が居る限り、我等魔族は発展の道を歩み続けるだろう。願わくば、今日此処に力作を持ち込んだ時の心を忘れぬよう。そうである限り、お前達は俺とザダーク王国の誇る宝だ」
一瞬の静寂の後……何処かから、力の限りを尽くした声が上がる。
「御心のままに!」
「我等、常に魔王様と共に!」
「ザダーク王国万歳!」
「ザダーク王国に栄光あれ!」
一つの声を切っ掛けに、叫び声は連鎖していく。
嗚咽と、それを吹き飛ばすかのような叫び声。
宝であると、敬愛する魔王に言われた喜び。
魔王の誇りであることの出来る幸福。
それは自然と、喝采に繋がる。
「……静まれ」
ピタリと。
終わることがないかにも思えた熱狂が、止まる。
「では、午後の一般部門を始めよう。各自の発想と腕に期待する」
イチカとイクスラースを両隣に従え、ヴェルムドールは歩く。
コツン、コツンと。
並べられている新製品達の……その最初の一つの前で、ヴェルムドールは止まる。
そこに置いてあるものを摘み上げ、興味深そうに作成者のノルムへと話しかける。
「ほう……これは……器か?」
「は、はい。穀物酒用の器にございます」
「穀物酒……というと確か、最近輸入を始めた酒だったか?」
果物で作る酒とは違い、様々な穀物を使い作る酒のことを指すが、勇者リューヤの提案により作られ始めたものであるらしい。
勇者と聞くと微妙な顔をする魔族も多いが、酒には罪は無い。
果物酒とは違う味わいが、静かな人気である……らしい。
らしい、というのはヴェルムドールは酒は付き合いでしか飲まないせいなのだが。
「はい。酒を少しでも旨く飲みたいと願うのは酒飲み共通の心。しかし、石や水晶、木のコップではどうにも違う気がしておりました。そこで、コレでございます」
「……ほう。しかしまあ、酒専用というのも新しい気はするか。実際に試してはみたんだろう?」
ヴェルムドールが問いかけると、ノルムは満足そうに頷く。
「はい! しかも、まだまだ改良の余地もあると考えております!」
「そうか。期待している」
そう告げて、次へと歩き出す。
今のように発想で勝負しているものもあれば、細かい竹細工も多数ある。
どう加工したのか、竹を細い線や板のようにしたものを編みこんだカゴ。
食事を入れて持ち運ぶための箱を編んだものもいる。
「ふむ……編むというのが主流なのか?」
「加工しやすい形にしようとした結果、同じ手法に行き着いたのだと思われます」
「まあ、そうなるでしょうね。あとは発想の差というところかしら」
イチカとイクスラースに頷き、ヴェルムドールは考える。
なるほど、編み細工という形が偶然とはいえ主流となったならば、それを新しい輸出商品に加えてもいいかもしれない。
「ふむ……ん? これは編み細工じゃないな」
そこにあったのは、ドラゴン……それもアースドラゴンを模した人形であった。
どうやら、竹を細かく切ったものを組み合わせた精巧な細工であるらしい。
その細かさは思わず感心の声をあげるほどであり、作った者の腕の高さを感じさせる。
ヴェルムドールが細工から顔をあげると、そこには午前にも見た狸のビスティアが立っている。
「お前は確か……午前の部にもいたな」
「は、はい! 覚えて頂けたなんて光栄です!」
「発想は面白かったからな。そういえば、午後の部にも参加していると言っていたな」
何度も首を振って頷く狸のビスティアの前で、ヴェルムドールはアースドラゴンの人形を指差してみせる。
「これは午前の剣もどきの技法を使ったものだな?」
「はい。しかもこちらに関しては、部品同士の重なり合う部分が大きく固定がしっかりと出来ているので、多少のことでは壊れないようにもなっております!」
「ふむ。アースドラゴンを題材に選んだ理由は?」
「輸出用ということでしたので、馴染みの深いであろうものを選びました」
なるほど、確かにアースドラゴンは現在、ドラゴンロードサービスが観光計画の一部に組み込まれている影響で「馴染みの深い」ものとなっている。
どうにもドラゴンに乗るというのは、シルフィドにとって格別に楽しいものであるように思える。
それともあるいは、人類全体がそうなのだろうか。
そのあたりに関しては、現在は観光対象者がシルフィド限定なので分からないのだが。
「輸出だけでなく、土産物としても使えるかもしれんな」
無論値段次第ではあるだろうが、これだけ精巧ならば多少高くでも出す者はいるだろう。
ヴェルムドールが頷いていると、イクスラースがその袖をくいと引っ張る。
「ん? なんだ?」
「乗り気な所悪いんだけれども。わざわざ置物を欲しがる人なんて、早々居ないわよ? 大体の置物っていうのは魔除けだのなんだのっていう、あるかどうか分かんない有難みと付加価値をつけて売ってるんだから。魔族の売ってる魔除けとか、洒落にもなってないわよ」
「……む」
言われてみれば、その通りだ。
たとえばこのアースドラゴンの人形を購入したとして、何処に飾るのか。
たとえばヴェルムドールの部屋でいえばどうだろう。
机の上だろうか?
「……なるほど。難しいな」
「買う人の気持ちを考えなさいな。技術の高さにばっかり着目するものじゃないでしょうが」
「ううっ、確かに……」
ショボンとする狸のビスティアの前に、イチカが進み出る。
「しかし、技術の高さに関しては今ヴェルムドール様が仰った通りです。慢心する事無く磨きなさい。少なくとも私は貴方をある程度認めましょう」
「え? は、はい……はい!」
戸惑った様子の狸のビスティアは思わぬイチカからの賛辞らしきものに元気を出し、拳を握る。
その様子を小さく笑みを浮かべながら見ていたヴェルムドールは前へと向き直り、次の商品へと視線を向けていく。
やはり、編み細工がとても多い。
作っているものや細かい技法こそ違うが、そこだけは共通のようだった。
「やはり編み細工か……しかし、こうも同じ発想のものが出てくるとなると、すでに人類領域に同じ物がないか気になるな」
「ないわよ。そもそも竹が珍しいもの。ジオル大森林にだって生えてないのよ?」
ぶっちゃけ、どれでもある程度は物珍しさで売れると思うわよ……などと身も蓋もないことを言うイクスラースに苦笑すると、ヴェルムドールは次の商品へと足を進める。
結局、午後の「一般部門」は編み細工を作った職人共通の受賞となり……竹で作った編み細工が、新しい輸出品目として追加されることになったのだった。
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軽くサクッとしたお話でした。
新製品審査会の「一般部門」は、一階の大広間で行われることになっている。
これは武器部門と比べて数が多いのと、各自の秘伝が冴え渡る武器部門と比べると互いに刺激し合い伸びる部分があるからだ。
あるいは発想の似通った者、まったく違う者同士で共鳴しあい協力することで新たな物が生まれることもあるだろう。
たとえ此処で採用されずともザダーク王国内で流通するであろう製品の卵とその職人達には、必要な刺激というわけだ。
さて、そんなわけで大広間に所狭しと並べられた新製品達。
ザワザワとざわめいていた職人達は、階段の前に立つ魔操鎧が槍で床を叩く音に静まり返る。
「静粛に! 魔王ヴェルムドール様を最大の敬意をもって迎えよ!」
その言葉に疑問を持つ者など居ない。
その行為を躊躇う者など居ない。
その場にいる者全てが階段に向け、一斉に片膝をつく礼をとる。
頭を上げる者は居ない。
その行為の意味は知らずとも。
そうするものだと誰に教わらずとも。
自然と頭を垂れている。
コツン、コツンと。
階段を静かに降りてきた彼等の主は……魔王ヴェルムドールは、静かな口調で語りだす。
「午前に居た者も……午後からの参加の者もいるだろう。これ程の数が我が国の代表の職人たらんと全力を尽くしてくれていることに礼を言う。お前達が居る限り、我等魔族は発展の道を歩み続けるだろう。願わくば、今日此処に力作を持ち込んだ時の心を忘れぬよう。そうである限り、お前達は俺とザダーク王国の誇る宝だ」
一瞬の静寂の後……何処かから、力の限りを尽くした声が上がる。
「御心のままに!」
「我等、常に魔王様と共に!」
「ザダーク王国万歳!」
「ザダーク王国に栄光あれ!」
一つの声を切っ掛けに、叫び声は連鎖していく。
嗚咽と、それを吹き飛ばすかのような叫び声。
宝であると、敬愛する魔王に言われた喜び。
魔王の誇りであることの出来る幸福。
それは自然と、喝采に繋がる。
「……静まれ」
ピタリと。
終わることがないかにも思えた熱狂が、止まる。
「では、午後の一般部門を始めよう。各自の発想と腕に期待する」
イチカとイクスラースを両隣に従え、ヴェルムドールは歩く。
コツン、コツンと。
並べられている新製品達の……その最初の一つの前で、ヴェルムドールは止まる。
そこに置いてあるものを摘み上げ、興味深そうに作成者のノルムへと話しかける。
「ほう……これは……器か?」
「は、はい。穀物酒用の器にございます」
「穀物酒……というと確か、最近輸入を始めた酒だったか?」
果物で作る酒とは違い、様々な穀物を使い作る酒のことを指すが、勇者リューヤの提案により作られ始めたものであるらしい。
勇者と聞くと微妙な顔をする魔族も多いが、酒には罪は無い。
果物酒とは違う味わいが、静かな人気である……らしい。
らしい、というのはヴェルムドールは酒は付き合いでしか飲まないせいなのだが。
「はい。酒を少しでも旨く飲みたいと願うのは酒飲み共通の心。しかし、石や水晶、木のコップではどうにも違う気がしておりました。そこで、コレでございます」
「……ほう。しかしまあ、酒専用というのも新しい気はするか。実際に試してはみたんだろう?」
ヴェルムドールが問いかけると、ノルムは満足そうに頷く。
「はい! しかも、まだまだ改良の余地もあると考えております!」
「そうか。期待している」
そう告げて、次へと歩き出す。
今のように発想で勝負しているものもあれば、細かい竹細工も多数ある。
どう加工したのか、竹を細い線や板のようにしたものを編みこんだカゴ。
食事を入れて持ち運ぶための箱を編んだものもいる。
「ふむ……編むというのが主流なのか?」
「加工しやすい形にしようとした結果、同じ手法に行き着いたのだと思われます」
「まあ、そうなるでしょうね。あとは発想の差というところかしら」
イチカとイクスラースに頷き、ヴェルムドールは考える。
なるほど、編み細工という形が偶然とはいえ主流となったならば、それを新しい輸出商品に加えてもいいかもしれない。
「ふむ……ん? これは編み細工じゃないな」
そこにあったのは、ドラゴン……それもアースドラゴンを模した人形であった。
どうやら、竹を細かく切ったものを組み合わせた精巧な細工であるらしい。
その細かさは思わず感心の声をあげるほどであり、作った者の腕の高さを感じさせる。
ヴェルムドールが細工から顔をあげると、そこには午前にも見た狸のビスティアが立っている。
「お前は確か……午前の部にもいたな」
「は、はい! 覚えて頂けたなんて光栄です!」
「発想は面白かったからな。そういえば、午後の部にも参加していると言っていたな」
何度も首を振って頷く狸のビスティアの前で、ヴェルムドールはアースドラゴンの人形を指差してみせる。
「これは午前の剣もどきの技法を使ったものだな?」
「はい。しかもこちらに関しては、部品同士の重なり合う部分が大きく固定がしっかりと出来ているので、多少のことでは壊れないようにもなっております!」
「ふむ。アースドラゴンを題材に選んだ理由は?」
「輸出用ということでしたので、馴染みの深いであろうものを選びました」
なるほど、確かにアースドラゴンは現在、ドラゴンロードサービスが観光計画の一部に組み込まれている影響で「馴染みの深い」ものとなっている。
どうにもドラゴンに乗るというのは、シルフィドにとって格別に楽しいものであるように思える。
それともあるいは、人類全体がそうなのだろうか。
そのあたりに関しては、現在は観光対象者がシルフィド限定なので分からないのだが。
「輸出だけでなく、土産物としても使えるかもしれんな」
無論値段次第ではあるだろうが、これだけ精巧ならば多少高くでも出す者はいるだろう。
ヴェルムドールが頷いていると、イクスラースがその袖をくいと引っ張る。
「ん? なんだ?」
「乗り気な所悪いんだけれども。わざわざ置物を欲しがる人なんて、早々居ないわよ? 大体の置物っていうのは魔除けだのなんだのっていう、あるかどうか分かんない有難みと付加価値をつけて売ってるんだから。魔族の売ってる魔除けとか、洒落にもなってないわよ」
「……む」
言われてみれば、その通りだ。
たとえばこのアースドラゴンの人形を購入したとして、何処に飾るのか。
たとえばヴェルムドールの部屋でいえばどうだろう。
机の上だろうか?
「……なるほど。難しいな」
「買う人の気持ちを考えなさいな。技術の高さにばっかり着目するものじゃないでしょうが」
「ううっ、確かに……」
ショボンとする狸のビスティアの前に、イチカが進み出る。
「しかし、技術の高さに関しては今ヴェルムドール様が仰った通りです。慢心する事無く磨きなさい。少なくとも私は貴方をある程度認めましょう」
「え? は、はい……はい!」
戸惑った様子の狸のビスティアは思わぬイチカからの賛辞らしきものに元気を出し、拳を握る。
その様子を小さく笑みを浮かべながら見ていたヴェルムドールは前へと向き直り、次の商品へと視線を向けていく。
やはり、編み細工がとても多い。
作っているものや細かい技法こそ違うが、そこだけは共通のようだった。
「やはり編み細工か……しかし、こうも同じ発想のものが出てくるとなると、すでに人類領域に同じ物がないか気になるな」
「ないわよ。そもそも竹が珍しいもの。ジオル大森林にだって生えてないのよ?」
ぶっちゃけ、どれでもある程度は物珍しさで売れると思うわよ……などと身も蓋もないことを言うイクスラースに苦笑すると、ヴェルムドールは次の商品へと足を進める。
結局、午後の「一般部門」は編み細工を作った職人共通の受賞となり……竹で作った編み細工が、新しい輸出品目として追加されることになったのだった。
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軽くサクッとしたお話でした。
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