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フィブリス城、玉座の間にて

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 城下の喧騒は、フィブリス城にまで届いていた。

「……申し訳ありません。私の力不足です」

 玉座の間。
 その玉座の前に立つ少女に、光杖騎士団副団長、アンナは跪き頭を垂れていた。
 そんなアンナに玉座の前に立つ少女は静かに首を横に振ってみせる。

「いいえ、アンナ。貴女は出来る限りの事をしてくれています」
「しかし、エルアーク守備騎士団に私の指示が伝わっていなかったのは明らか。現状を鑑みても、恐らく……」
「恐らく、エルアーク守備騎士団の要所要所に裏切り者がいるでしょうね」

 アンナの言葉を、少女の隣に立つメイドナイトが引き継ぐ。
 メイドナイトの名は、レイナ。
 伝説のメイドナイトと謳われる者であり、少女の友人としてフィブリス城に滞在する者である。
 そして、少女の名はセリス。
 この国、キャナル王国の第三王女である。

「裏切り者……そうですね、チェスターも結局、私よりナリカ姉様を選んだのです。エルアーク守備騎士団の中にそれと同じ考えの者が、いないはずもない……」
「セリス様、それは……!」

 一度セリスについておきながら出奔した光杖騎士団長の男の名を聞き、アンナは慌てたように声をあげる。

「あの男は……チェスターはきっと元々、そのつもりだったのです! セリス様が気になさることではありません! そうでしょう、レイナ殿!」
「そうですね。あの男には邪悪なものを感じました。ここを出奔したのも、私がいては目的を達成できないか……何かの不都合があったからでしょうね」
「そ、そうです。その通りです! ですからセリス様のお気になさるようなことでは!」

 アンナの必死のフォローに、セリスは小さくクスリと笑う。
 
「……ありがとうございます、アンナ。けれど、私は自分の責任から逃げようとは思いません。この内戦の発端を作ったのは、間違いなく私なのですから」
「なるほど、理解はされているようだ」
「なっ!?」
 
 部屋の隅に現れた黒装束の姿に、アンナが思わず立ち上がる。
 フィブリス城の警備は完璧にしたはずだし、この部屋にはレイナもいる。
 それをくぐりぬけ、今まで潜んでいたというのだろうか。
 それを考え、黒装束の男の手腕に戦慄したのだ。

「セリス様、貴女が死ねば内乱は終わる。責任を自覚しているというのならば、当然その贖罪も覚悟しておいででしょう」
「ええ、覚悟は最初から出来ています」
「ならば」
「なればこそ、私はナリカ姉様を認めることはできません」

 黒装束の男が、動く。
 アンナが、腰から短杖を引き抜き……セリスの手が、それを制する。

「セリス様。私を、貴女の配下にお加えください」

 跪き、黒装束は自らの顔を隠す覆面をとる。
 覆面の下から出てきた赤髪の美丈夫の顔は、苦悩に歪んでいる。

「は、配下だと……!? 貴様、どの面下げてそのような世迷言を!」
「世迷言であることは承知しています。しかし、違和感無く接近するにはこのタイミングしかございませんでした」
「何が違和感だ! エルトリンデ様を裏切っておいて、貴様……!」
「この戦いが終われば、罰は受けましょう! しかし、もはやナリカ様はマゼンダの操り人形も同然……!」

 涙すら流してみせる赤髪の男に、セリスは悲しげに笑いかける。

「……そうですか。では、貴方は今後は、私に忠誠を誓ってくれるのですね」
「勿論です、セリス様。私を信じてくださるのですね!」
「ええ……出来れば、信じたかったです」

 その言葉と同時に赤髪の男は隠し持っていた黒塗りの短刀を構え飛び出し……レイナの剣が、男を斬り裂く。
 同時に、アンナが男の腕を掴み地面に引き倒す。
 
「が、あ……」

 倒れて悶絶する男を一瞥すると、レイナはアンナへと視線を向ける。

「致命傷ではないはずです。玉座の間をこれ以上の死で汚しては、あの爺も良い顔をしないでしょうしね……後は任せて構いませんね?」
「か、感謝します……おい、誰か! 不審者だ! 運べ!」

 慌てたように駆け込んでくる光剣騎士達が黒装束の姿を見つけ、驚きの声をあげる。

「こ、これは……セリス様、ご無事ですか!」
「セリス様は無事だ! いいからこいつを縛り上げろ!」
「は、はっ!」

 黒装束の男を光剣騎士達が拘束して引き摺っていくのを見ながら、アンナはセリスに向かって一礼する。

「申し訳ありませんが、私も一度失礼します。奴から情報を引き出さねば」
「ええ、分かりました」

 アンナ達が玉座の間を出て行ったのを確認すると、レイナはセリスに向き直る。

「……さて、これでアンナにある程度の手柄もたてさせましたね」
「ありがとうございます、レイナ。アンナは責任感が強いですから……あのままだと辞めると言い出しかねませんでした」
「全てが終わった後にまた言い出しかねませんけどね」

 レイナの言葉に、セリスが苦笑する。
 しかし、セリスはすぐに表情を引き締め……その手の中の長杖をぎゅっと握る。

「……そうですね。全て、終わらせなければいけません」
「出来ますか? アレは、そう簡単な魔法ではありませんよ」
「やらなければなりません。今この時の為に、テリア様が残したものなのですから」

 セリスは、手の中の長杖をぶんと振るう。
 そうすると、長杖の姿はぐにゃりと歪み……パンという音を立てて光となって弾ける。
 そうしてセリスの手の中に残ったものは……黄金色に輝く、短杖であった。

「このエルアークを守る為の魔法……極光殲陣ラティル・レイル。アルトルワンドの継承者として……必ず、発動させてみせましょう」
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