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英雄会談2
しおりを挟む朝食を済ませたルーティとファイネルが部屋に戻ってくると、驚きの光景がそこにあった。
「こ、これは……」
「あー、やっぱり……」
驚きに言葉を失うルーティとは対照的に、ファイネルは「やっぱりか」という顔をしている。
徹底的に片付けられた部屋。
かといって何かが捨てられたというわけではなく、しかもルーティの癖を把握した完璧な配置にされている。
壁も床も窓も輝かんばかりに磨かれ、神殿もかくやという厳かさすら醸し出している。
よくある自己満足的「片付け」ではなく、部屋の主に合わせながらも徹底的なやり方に、しかしファイネルは苦笑するだけだ。
「だが、随分と気合を入れたものだ。この調子だと、二日もあれば屋敷の外壁まで磨きかねんな」
「やろうと思えば今日中には完成しますが」
部屋の外の廊下を通りがかったイチカがそう答えると、ファイネルは振り返って意外そうな顔を向ける。
「やらないのか?」
「客人が来るまでに終わる見込みがありません。半端なものほど見苦しいものはないでしょう?」
だから終わる程度の磨きを入れてきました、というイチカに部屋を見回していたルーティが感嘆の息を吐き視線を向ける。
「過去形ってことは……まさか、もう全体を終えたということですか?」
「一応は。とはいえ、軽い掃除と磨き程度のものです」
「それは……なんというか……ありがとうございます」
「礼には及びません。今回はこちらが迷惑をかける身でもあります」
そのまま歩き去っていくイチカを見送ったルーティは再び部屋の中を見回し、早速綺麗になったベッドに飛び込んだファイネルに近づき小突く。
「何してるんですか、貴女は」
「だって、気持ち良さそうじゃないか」
「だってじゃありません。ほら、起きなさい」
ぐいと押されたファイネルは仕方無さそうに起き上がり、ソファーにぼふりと音を立てて座る。
「ああ、もう貴女は……」
「別にいいだろ。本番はこれからなんだ」
お前も座れよ、と手招きするファイネルの様子に額で手を押さえ溜息をつきながらも、ルーティもテーブルを挟んだ向かい側のソファに座る。
すると、テーブルに暖かい湯気をたてるお茶が音もなく置かれる。
最初にルーティ、それからファイネル。
何処からともなく現れて二人分のお茶を並べたイチカは再び何処かへと消え、その様子をルーティはぽかんとした様子で見送る。
「え……っと」
「ああいう奴なんだよ。すぐ慣れる」
「はあ……そうですか」
「でもまあ、私一人で此処にどれだけ座ってもアイツは茶を出さなかったと思うぞ。酷い奴だろう?」
同意を求めてくるファイネルにルーティは答えず、カップを持ち上げ苦笑することで誤魔化す。
爽やかな香りのするハーブのお茶は屋敷には無かった物のはずだが、この時期に出回り始める旬のものであった。
その香りを楽しんでいる間にも、ファイネルはゴクリと呑んで幸せそうな顔をする。
「うん、旨い。流石だなアイツは」
同意を求めてくるファイネルにルーティも一口お茶を口に含み、その味を楽しむ。
成程、確かに美味しいと僅かに顔をほころばせ……自分で淹れてもこうは上手くいかないだろうなどと考える。
いや、自分どころか屋敷の使用人達が淹れたとしてもこうはいくまい。
そう思わせるものがあった。
「……そうですね」
だから、ルーティはそうとだけ答える。
これに比肩するであろう達人は、過去一人だけ覚えがあった。
その人物もまたメイドナイトであったが……ひょっとすると、メイドナイトは皆似たようなレベルで技術を収めているのだろうか。
そんなことを考え手の中のカップを見つめていると、再びイチカが近くに現れる。
「どうか、されましたか?」
「いえ……、美味しいと思いまして」
「恐縮です」
無表情のままそう答えて下がろうとするイチカを、ルーティは僅かに手を伸ばす事で押し留める。
「……何か?」
「あ、その……このお茶の淹れ方ですが」
「独自に研鑽を積みました。詳しいやり方については秘密です」
口元に人差し指を立てて答えるイチカに、ルーティは懐かしいような感覚を覚え……しかし、すぐにそれを振り払う。
誰かに他人の面影を重ねる事が失礼だと知っているが故だ。
メイドナイト・リア。
かつての仲間とイチカの姿が被り、振り払いながらもその所作にルーティは「リア」を思い出す。
ふと気付けば、イチカは視界から消えており……何を考えているのかとルーティは軽く頭を振る。
礼儀作法というものには当然「型」があり、同じメイドナイトである「リア」と「イチカ」の動きが似るのもある種当然のことだ。
そうやって自分を納得させながらルーティはお茶をもう一口飲み……ふと視線を感じて、視線の主を見つめ返す。
すると、そこには少しばかり表情を曇らせたファイネルの姿があった。
「どうした、ルーティ。悩み事か? これから来る奴のことか?」
「え? えっと……そ、そうですね。何を言われるのか、と心配ではあります」
「そうか。気にするな。あんまり妙な事を言うようなら、私がなんとかしてやる」
「殴ったらダメですよ」
念の為釘を刺すと、ファイネルはさっと顔を逸らして「当然だろう」などと答えてみせる。
その様子に苦笑しながらも……ルーティは、なんとなくそれを口に出す。
「ファイネル。あのイチカという人のことなんですが」
「ご歓談中失礼します」
ルーティが言いかけた直後に、再びイチカがテーブルの横に現れる。
「客人がお出でになりました。今他の使用人が応接室に案内している最中です」
その言葉に、ルーティはすぐに意識を切り替える。
今の今まで考えていた事を一端「余計な事」として隅に追いやり、思考をこれからの事へと向ける。
「分かりました。私も向かいます」
そう言ってソファーから立ち上がると、それを先導するようにイチカも部屋を出て……更にその後を、ファイネルが追いかける。
ファイネルもルーティが言いかけた事は気になりはしたが、やはり同様に意識を完全に切り替える。
此処から先は、何があるか分からない。
解決策のひとまず無い事項に思考を割く余裕など、ありはしないのだから。
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