勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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たとえ、この身は滅ぶとも12

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「姉……さん?」

 レルスアレナの言葉に、イクスラースがキョトンとした顔をする。
 妹。
 そんなものは、イクスラースの中にある「霊王イースティア」の記憶には無い。
 しかし、ヴェルムドールの手によって呼び起こされた記憶は完全ではない。
 元より、遠い過去の……言ってみれば「かつての自分」の一人の話だ。
 圧制を敷き、処刑を繰り返し……最後にはレジスタンスによって討たれた「悪逆王」アラベルク。
 暴力と血に酔い、最後には守るべき民にも手をかけた「串刺騎士」エルトラト。
 国内外を問わず気に入った相手を篭絡し、世界中を混乱の渦に叩き落した「傾国の令嬢」シャルロッテ。
 金のみを信じ、その為ならばどんな相手でも殺した「狂刃」ファング。
 世界中に不信の種を蒔いた、魔王シュクロウス。
 生まれては倒されてきた。
 その最後は、常に「断罪」であった。
「倒されるべき悪」であった運命の中の一つ。
 霊王イースティア。
 それは、恐らくは「始まり」の記憶。
 断片と化した記憶の中でも、もっとも大切な記憶。
 それでも、その中には。

「……ごめんなさい。貴女の事は、分からないわ」

 レルスアレナという名前の妹のことは……いや、妹が居たという記憶自体が、ない。
 
「そうでしょうね。あるはずがない。念入りに消去されているに決まっています。ですが、私には分かる。何度姿を変えようと……何度生まれ変わろうと、私には分かる」

 イクスラースは、気付く。
 黒い闇のようなレルスアレナの瞳。
 それが、薄く輝いている事に。

「絆の魔眼。大切な人が生まれ変わっても分かるという……たったそれだけの魔眼。生涯で一人しか登録できず、あらゆる魔眼の中でもっとも役に立たないと言われるこの眼が、貴女が姉さんだと私に教えてくれる。姉さんが素敵だと言ってくれたこの眼は、絶対に姉さんを見間違えない」

 無表情な瞳の奥にある激情を向けられ、イクスラースはたじろぐ。
 だが、イクスラースの記憶の中には……やはり、彼女の事は無いのだ。
 それでも、向けられる激情はイクスラースを揺さぶり……その眼前に、見知った背中が立つ。

「そのくらいにしろ。消えた記憶は俺がある程度掘り起こしたが、完璧ではない。お前とて姿も違うのだし、名前だってそうなのだろう?」
「いいえ。私の名前は過去も現在も、未来も一つだけ。レルスアレナ。かつては賢者ともゴーレムマスターとも呼ばれたこの名前こそが、私にたった一つ残された私の証。いつか姉さんと再び出会う為に名乗り続けていた、私だけの名前」

 レルスアレナ。
 イクスラースの記憶を掘り起こしたヴェルムドールも、やはりその名前に覚えは無かった。
 エレメントに関する事項が御伽噺程度でしか残っていない現状では、霊王イースティアに妹がいたかどうか調べる事すらも難しい。

「……どきなさい、魔王ヴェルムドール。今の姉さんがどんな役回りかは知りませんが、貴方にも……いいえ、貴方の国にも必ず害が降りかかる。平和主義者と言われる貴方なら、それは望む事ではないでしょう?」
「残念だが、そんなものを名乗った覚えはない。友好を進め平和を構築していくことこそが、俺のとるべき手段だと思ってはいるが、な」
「同じ事です。それを望むなら」
「だが」

 レルスアレナの言葉を、ヴェルムドールが遮る。

「それは、大切な何かを譲り渡してまで続けることではない。戦うことこそが守る為の最良の手段であるならば、俺はいつでも切り替えるぞ」

 そう、友好による平和は「手段」であって「目的」ではない。
 ヴェルムドールと、ザダーク王国に生きる者達の幸福。
 今のヴェルムドールの目指す「目的」はそこにある。
「手段」に固執するのは、本末転倒でしかないのだ。

「姉さんが、その大切な何かであると?」
「そうだな」
「……ヴェルムドール」

 イクスラースが、ヴェルムドールの服の裾を掴む。

「部下ではないが、大事な友人だ。結果論だが、お前の言う「役割」からも解き放っている。お前の述べた理由では、到底引き渡せんな」
「……姉さんもそんな事を言っていましたね」
「ああ。生贄の檻とかいうものをつけられていてな。俺が壊している」

 悪役の運命。
 正義によって倒され、滅びる運命を背負う者の証。
 世界の歪みを抱いて怨嗟の海に沈む生贄。
 誰にも未来永劫理解される事など無い、「悪の化身」という名前の供物。
 それを産み出す「生贄の檻」はすでに、ヴェルムドールが破壊した。
 だからこそ、イクスラースにはもう「次」は無い。
 イチカがそうであったように、今度こそ何にも縛られる事は無い。
 何故ならば。

「命の神も、俺が倒す。だから、お前の心配は杞憂だレルスアレナ」
「……信じられません」

 ヴェルムドールの説得を、レルスアレナは一言で切って捨てる。

「そういう物語を組んだのかもしれない。神に挑もうとした魔王という物語。それは確実に悪として語られるでしょう。姉さんを、そんなものに巻き込まないで」

 周囲の建物から、四体の子供ほどの大きさのクレイゴーレムが現れる。
 それぞれが抱えているのは、違う色の宝珠。
 色は……緑、黄、白、黒。
 先程ゴーレムを産み出した宝珠と同じ物に見えるそれを、ゴーレム達は空中へと放り投げる。

「……グリーンオーブガーディアン、イエローオーブガーディアン、ホワイトオーブガーディアン、ブラックオーブガーディアン……皆、来てください」

 そうして広場へと地響きをたて降り立ったのは、新たな四体の半透明の巨人であった。
 ヴェルムドール達を囲むように展開したそれらを、ヴェルムドールは嘆息と共に見回す。

「困ったな。どうすれば俺達を信用する?」
「それは余裕ですか? 私とガーディアン達ごとき、簡単にあしらえると?」
「否定はしない。だが、お前がイクスラースの妹であるならば……説得の努力はしておきたいのでな」
「そうですか」

 レルスアレナは小さく息を吐くと、杖の石突きで地面を叩く。

「私は二度と誰も信用しません。故に、私の提案が受けられないというのならば話はそこまでです。姉さんの魂は、此処で私が救います。邪魔をするのなら……たとえ魔王といえど、屠ってみせましょう」
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