勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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今こそ、今だからこそ2

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 転移光が弾け、イクスラースの姿が顕現する。
 同時に香ってくるのは強い潮の香り。
 そう、此処は海の側……具体的には、西方に存在する「襲来の海岸」である。
 今でこそ静かな砂浜だが、かつて勇者がこの海岸から見渡せる水平線の向こうから聖竜に乗って現れたという因縁の場所でもある。
 荒れ狂う「最果ての海」を好んで見ていたいと考える物好きなどいるはずもなく、ザダーク王国の海岸というものは巡回の兵士が見回ったり訓練をしたりという場所でしかない。
 故に、今この場所にいるのはイクスラースただ一人。
 ざくりと音を立てて踏みしめた砂の独特の感触を楽しみながら、イクスラースは砂浜に足跡をつけながら歩く。
 その視線の先にあるのは、この襲来の海岸を臨む崖の上に立つ古城。
 かつて「次元城」と呼ばれていた、イクスラースの居城だった場所である。
 今ではただの古城と化したソレは、かつて次元の狭間からこの暗黒大陸へと転移してやってきた……というのが最初のヴェルムドール達の認識だった。
 しかしその実際は、次元の狭間を通り暗黒大陸の任意の場所に出ていただけである。
 つまり、次元城の元々持っていた能力はたった一つ。
 次元の狭間と世界を行き来することだけだったのだ。
 それすら失った次元城がただの古城と化しているのは当たり前で……しかし何が起こるか分からない以上、現在は西方軍の兵士が交代で見張りに付いていた。
 そしてそれは「現在」も、変わってはいない。
 あのクロード襲来の後、かなり盛大に壊れたはずの次元城はその姿を一夜のうちに元の通りに戻していた。
 事後処理の為に西方軍の監視から一時外れていた時の出来事だったが……それ故に再度重要な監視対象として「次元城」は西方軍の管理下に置かれている。
 やはり何をしても次元城は「ただの古城」以上の反応は示さないのだが……修復機能らしきものを見せた以上、「ただの古城」であるなどという判定は間違っても出せはしない。
「何か」を警戒し、西方軍兵士の警備が行われているのである。

 次元城の正面扉の前で警備をしていた西方軍兵士達は海岸から上がってくるイクスラースの姿を見ると、タイミングの完璧に揃った敬礼をしてみせる。

「イクスラース様。今日はどのようなご用件で?」
「やめてよ。私は様付けされるような身分じゃないわ」

 不快だとでも言うように眉をひそめるイクスラースに西方軍の兵士達は顔を見合わせる。
 彼等からしてみれば魔王にしてザダーク王国の国王であるヴェルムドールと気軽かつ気安く話を出来るイクスラースは雲の上の存在だ。
 それでいて重要な役職についているわけではないというのだから、ヴェルムドールのお気に入りなのではないかという推測も当然ある。
 少なくとも、同僚の魔族にするような対応は出来ない。

「と言われましても」

 本気で困ったような顔をする西方軍兵士達にイクスラースは溜息をつくと、早々に説得を諦める。
 サンクリードの徹底した教育によって洗練された所作を可能とする西方軍兵士達ではあるが、元々が粗雑でいい加減で飽きっぽくて力の信奉者たる魔族である。
 具体的には、あまり融通が利かないのだ。
 特に対人関係においてはそれが顕著で、イクスラースのような微妙な要求に対する回答手段を持ち合わせていない場合が多い。
 結果がこの、イクスラースの目の前で「お前がなんか言えよ」と互いを目立たぬように突き合う二人の兵士である。

「あー、うん。もういいわ。それより通して頂戴」
「あ、はい。どうぞお入りください」

 明らかにほっとした顔をして扉の前からどく西方軍兵士達。
 どくと同時に扉を開ける辺りは流石に教育されているだけはあるが、もう少しあの男は柔軟性について教育するべきではないか……とイクスラースは思う。
 まあ、魔族をここまでの兵士に仕上げたのは驚嘆すべき成果なのだろう。
 暢気な東方軍や脳筋を更にこじらせている南方軍よりはずっと良い方だ。
 これを越える統率となれば、魔王軍一の超堅物のアルテジオ率いる北方軍くらいのものだろう。

「ありがと」

 手をひらりと振ってイクスラースは次元城の中に足を踏み入れる。
 清掃の行き届いた次元城内部は意外にも埃臭くは無く、嵌っている水晶の窓からは薄ぼんやりとした光が差し込んでくる。
 しかし、当然ながらそれでは次元城の中を照らすには足りない。
 
「……照明ライト

 上に向けた手の平の中に小さな光が生まれ、辺りを照らし始める。
 それと同時にイクスラースは先ほどの兵士達がこちらを見ているのに気付き、「閉めていいわよ」と告げる。
 あまり防犯上開けっ放しはよろしくないのだが、室内が暗いからと気遣っていたのだろう。
 一礼し扉を閉める兵士達の姿にクスリと笑うと、扉の閉まる音を背にイクスラースは次元城の中を歩き始める。
 城というだけあって、次元城はそれなりに大きいし部屋数も多い。
 まともに探索すればそれなりの時間がかかるだろうが……イクスラースが目指しているのは、たった一つの部屋だ。

「ええっと、まずは……」

 二階の階段へと繋がる部屋への扉にイクスラースは手をかける。
 まともに稼動していた頃の次元城であれば、この扉を開けるには相応の手順が必要だった。
 イクスラースの意思で自由に開け閉めもできたのだが……ただの古城と化している今では、鍵のかからない普通の扉に過ぎない。
 だからこそ、魔族としては非力なイクスラースの手でも簡単に開いてしまう。

「……?」

 一瞬、何か違和感を感じて。
 イクスラースは扉に触れかけていた手を離す。
 少し考えて……気のせいだったかともう一度、イクスラースは扉に手をかける。
 ガチャリ、と。
 扉は開けようとするイクスラースに確かな感覚でもって抵抗する。

「鍵……? まさかあの男、改装したの?」
 
 呆れたような声をあげつつも、イクスラースの中で何かが警鐘を鳴らす。

「イクスラース様!」

 先程表に居た兵士の一人が入り口の方角から走ってきたのは、その時だった。
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