勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

文字の大きさ
586 / 681
連載

世界会議の前に15

しおりを挟む

 カインの問いに、トールは「見た」と言いかけて……しかし、言葉に詰まる。
 カインの言う事は確かに理解できる。
 悪人とされる者には彼等なりの理があり、しかしそれが許容されないが故に断罪されてきた。
 しかし逆に言えば、それは世間では理解されないから「悪」とされるのだ。
 個人個人の正義が全て是とされるのであれば、社会は成り立たない。
 だからこそ、トールは「見た」とは言わずにこう返す。

「お前が言おうとしているのは理想論だ。理想じゃ何も解決できないから法があるんだし、俺はこの世界の法に則った行動をしている。お前の理想を貫こうとするなら……悪はいつまでだってのさばる」
「そうかもな」

 だが、カインはトールの言葉を意外にも肯定する。

「僕の言ってることはただの理想だ。僕自身、全部実行できてるだなんて言わない」
「なら……!」
「でも」

 トールの言葉を遮って、カインは剣を構えなおす。
 
「僕は、僕自身が正義だなんて宣言するつもりもないんだ」
「……!」

 カインの言葉を受けて、トールは気付く。
 カインの宣言する立ち位置は、トールの立ち位置とは違う。
 トールは「勇者」という「正義」としてこの場に立っているが、カインは「自分は正義ではない」という立ち位置からトールの「正義」を糾弾しているのだ。

「……お前、俺が悪だって言うつもりか」
「どうだろうね」
「ふざけんなっ……!」

 トールは地面が爆発するような踏み込みでカインの眼前まで迫り、その首筋に剣を突きつける。

「俺は何一つだって間違えてるつもりはない。この世界の慣習に従って、この世界の法律に従って、助けを求める声に答えてる! それの何処が悪か言ってみろ!」
「決まってるだろ」

 トールの眼前からカインの姿が掻き消える。
 いや、一瞬の隙をついて体勢を低くしたのだ。
 そのまま槍のような蹴りを放ち、カインはトールを数歩分吹き飛ばす。

「お前が動く事……それ自体がどんなに恐ろしいか、お前は分かってない。強いて言うなら、それが悪だ」
「あ?」

 当然だが、蹴りの一発くらいではトールはひるまない。
 再び距離をつめ、しかし今度はカインの剣に弾かれる。
 そのまま数度の剣戟の音が響き、激しく鋼がぶつかりあう音と共に二人の動きが静止する。

「ワケわかんねえ事言って誤魔化す気か……! 強い奴が動かないでどうすんだ!」
「強すぎるんだよ! 勇者に与えられた力は、文字通り世界を変える……捻じ曲げる! 分からないのか、望んだ方向に世界が変わる恐怖を……こんな、こんな力は!」

 カインの中から何かが弾けるような音が聞こえ、力が一気に増す。

「人が……一人で持っていていいようなものじゃない!」

 その急激な均衡の崩れはトールの体勢を崩し……その隙を突いて、カインの剣がトールの剣を弾く。
 手に伝わる痺れるような衝撃にもトールは剣を離さず……しかし、「元の世界」に居た頃では考えられないような身体能力任せに跳んで後ろに下がる。

「……お前、その力……まさか。いや、そんなわけがない」

 トールは自分の中に浮かんだ考えを振り払うと、剣を再び構えなおす。
 これでは埒が明かない。
 恐らくだが、剣の腕ではカインのほうが上だ。
 今トールがなんとかなっているのは単純に勇者としての肉体性能でカインより早く反応できているからに過ぎない。
 殺さずになんとかしようというのは……無理かもしれない。

「人の手に余る力だってことくらい、俺にだって分かってる」

 トールは剣を軽く下ろし、息を整える。
 戦いをやめようというのではない。
 むしろ、その逆だ。決着をつけようとしているのだ。

「でもだからこそ、やらなきゃいけないんだ。力を持った者は、それを振るう義務と責任がある。俺は、この世界の人達の為に剣を振るうと決めたんだ。その為に俺はこの剣……硬剣フェルムソードを握っているんだ」
「その結果が、コレかよ」
「そうだ」

 トールの剣に嵌った魔法石に、強い輝きが宿る。
 透明に変わった魔法石は剣全体にその輝きを行き渡らせ……眩いばかりの輝きを剣の周囲に撒き散らす。

「キースをこの街まで連れてきたのは俺だ。その死の責任は、俺にもある。だからせめて、俺はキースの為に命をかけて戦わなきゃならない。ここで、そいつを逃がす事だけはあってはならないんだ!」
「アインの言う事を信じないって言うのか!」
「どうやって信じろってんだ! 情報を扱うのが専門の諜報員で! 俺の目の前でキースの首を刎ねたそいつの言葉を……!?」

 トールの剣が溜め込んだ魔力に震え、激しく振動を始める。
 空気すらも歪むような魔力の高まりにアインは思わず息を呑み……トールを睨みつけるカインの前に出る。

「アイン……!?」
「おい、勇者」

 アインが一歩前に進むと、トールの眼光は強くなり……しかし、アインは全く怯まずにいつもどおりの口調でトールへと語りかける。

「私が死ねば、お前は満足か」
「なんだと……?」
「私がお前に殺された後で、お前がカインと……それと、私の国と争う理由はあるかと聞いている」
「おい、アイン……!」
「黙っていろ」

 カインの抗議の声をアインが一喝して黙らせると、トールは構えを解かぬままに静かに答える。

「……とりあえずは、無い」
「そうか」

 そう呟くと、アインは短剣を地面へと捨てる。

「ならば、私の命一つで全て収めろ。そしてアルヴァクイーンの討伐に全力を注げ」
「……こっちを油断させる作戦か?」
「さてな。お前の眉間くらいなら撃ち抜けるかもしれんが……あまりいい手とは言えまい」

 そう言って小さく笑うと、アインはカインへと振り向く。

「そういうわけだ。お前は裏の森を抜けて街に帰れ。あの姫には……そうだな、私は外せぬ急用でパーティを抜けたと」
「……見捨てろってのか」
「私は諜報員として失敗した。私の命一つで丸く収まるのであれば、投げ出さねばならん」
「収まるわけないだろ」
「おい……」

 聞き分けの無い子供を見るような目でアインがカインを見ると……カインは、今まで見たこともないほど怒りに満ちた目でアインを睨み返す。

「こんなことで、アインが死んでいいはずが無い」

 カインの中で、連続で何かが弾けていく音がする。
 それは例えるなら拘束具を外すような……そんな音。
 その音が鳴り響く度に、カインの中で何かが膨れ上がっていく。

「勇者トール。僕はもう、お前を説得しようなんて思わない」

 カインの剣が、トールへと向けられる。
 それは、カインからの宣戦布告。

「僕の自分勝手な正義で、お前の正義を塗り潰す」

 一際大きな音が、弾けた後に……其処には圧倒的な存在感を持つ「何か」が顕現していた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。