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こつこつ学徒編
◆22.僕の趣味2(カルシウス視点)
しおりを挟む翌朝起床すると、やっぱり寮の食堂が騒がしくなっていた。
これは、ウィル君が帰って来たからに違いない。
「あれ? ウィル君が帰って来たんじゃないの?」
平常心を保ちつつ食堂にたどり着いたが、あたりを見回してみてもウィル君の姿が見当たらない。
思わず首を傾げながら呟くと、先に食堂についていたキオロが僕に気が付いて顔を上げた。口の端にパン屑がついている。
面白いから指摘はしない。
「ああ、ウィルならサンたちに引き摺られていったぞ」
「ひきづられて?」
「よほどヴァリーノ先公に大目玉食らうのが怖いみたいだったな。顔真っ青にして、必死に抵抗してたぞ」
そのときの様子を思い出したのか、心底面白そうに『くっしっし』と笑うキオロ。
正直、パン屑をつけながら年下の不幸を笑っている君もたいがい面白いと思うのだけど。
「それは災難だったねえ」
僕は指摘しない。
一緒になってふふっと笑った。だって、そうでしょう?
きっとヴァリーノ先生のことだから、一応きちんと休んだ理由も尋ねるはずだ。僕の予想じゃ、ウィル君は絶対にそれに答えられないし、これはお説教が伸びることは確定だ。
その日の午後、学園ではあのウィル君が、あのヴァリーノ先生にお説教を受けたらしい、という話で持ち切りだった。
よっぽどのことを起こさない限り、優しい先生だが、怒らすとそれはもう恐ろしいのだ。
しかも、その先生の、吹雪を浴びた、だとかいう噂まで流れている。
お説教しているのに、真面目に受け取らない生徒など、もう最悪の最低なことをすると、ぶちぎれた先生から氷のような視線を向けられ、身体がガタガタと震え、まるで吹雪のなかにいるような状態になるのだという。僕はまだ体験したことはないけど、低学園生だったときのキオロなどは何度か食らっていて、その後一週間は『ヴァ』という一文字を聞くだけで顔を青くして飛び上がっていた。一度目でやめないあたりさすがキオロだけど。
……ウィル君もかわいそうに。
そりゃあ、さぼった理由なんて言えないよねえ。同情すると同時に、某国のスパイを捕まえたときには、その吹雪で情報を吐かせたこともあるらしいという噂もあるヴァリーノ先生の吹雪を受けても、口を割らなかったというウィル君を尊敬してしまう。
そして、やっぱり父さんと仕事をするだけはあるのだなぁ、と思ってしまう。
さいしょからただモノじゃないとは思っていたけど、その実力も気構えもすでに国の中枢レベルだとは思わなかったよ。
年上だっていうのに、僕には全然追いつけない域にいるということだけはわかる。
ちょっと嫉妬してしまうな。
といっても、僕の実力がまだまだというだけの話だ。ウィル君がどうこうなろうとどうにかなる話ではない。
だから、僕は今日も訓練を兼ねた趣味をはじめる。
授業が終わると、僕はすぐに天井裏に入り込み、面白そうなことが起きそうな雰囲気を探す。
この一週間の観察でわかったことと言えば、サン君が図書館に行くたびへこんだ顔になっていったことと、その手にあった参考書が中学園三年生向きのものだったということ。サン君ってば、ウィル君と一緒に飛び級の勉強をしているという話だったけど、それにしても随分と進んでいるなあ……。このままでは、彼が僕と同じ学年になるなんてことも……いや、その前に僕が卒業してしまうね。
ウィル君たちと同じ学年になるなんていろいろ事件が起こりそうで楽しそうだと思ったのに。ちょっと残念。
他には、メリアちゃんが何かそわそわしているのを廊下で見かけた。ウィル君いわく『聖母』だったっけ? 確かに彼女の雰囲気は優しいうえ、包み込むようなものがある。でも親が商人というだけあって、意外と計算高い面もあるみたいだ。ウィル君がそのことに気が付かないあたり、彼もまだ8歳ということなんだな。
後は会議室を借りて話し合いの場を設けた『ウィル君を愛でる会』の皆さんが三交代制で外出届を取り、ウィル君の居場所を突き止めようという動きが見られた。
こうしてみると、騒動はウィル君の周りでばかりで起きている気がする。
これだから、ウィル君ってば面白いんだよなあ。
と、廊下で張り込みをしている間に、夕方近くになっていた。
期待していたウィル君たちの気配は見つけられなかった。もう僕が張り込みを始めたころには部屋に戻ってしまっていたのだろう。さすがに他人のプライバシーなエリアに侵入する変態ではないので、そうなると今日の観察はもう望めそうにない。
そうだ、夕方になってしまう。
今日は朝に余裕がなかったから、屋敷の掃除をできていないのだ。
そんなわけで、僕は天井裏を歩き、学園の壁際まで移動する。なんと壁の中に空間があり、その空間が天井裏と繋がっているのだ。
その壁の中を通って、下へ下へと降りていく。
そして僕は、学園の地下へと降りたった。
学園には天井裏と壁の中の隠し空間、さらには地下に隠し通路があるんだ。これらを見つけた僕はものすごく驚いたよね。でも、この学園をつくったのは、伝承によると国王陛下とのことだから、これはこういう目的のためにつくられたんだな、とか想像が膨らんできて、わくわくしちゃう。
大昔から、隠密たちが学園でも展開される貴族界の闇を見ていたのか……。
それとも、稀代の英雄となる人物を見極めていったのか。
王家の影となって、動いていたことは確かだろう。何しろ、僕の父親であるジルコさん――王属の黒騎士団情報部隊長をしているんだけど――もこの学園内で情報部隊としての仕事を行うときはこれらの隠し通路を使っているというし。
学園での隠密の歴史に思いを馳せながら、隠し通路を通っていると、なぜか前方から人の気配がしはじめた。
そんなまさか。
この隠し通路はちょうどうち、ニンジア家の屋敷の真下に通じていたから、家のリビングに回転床をつくっておいたはず。
ということは、前からやってくる人たちは家の方からやってきた人たちということだ。
誰だろう? ……もしかして、父さんかな?
「お、見つけたんだ、ジルコさん」
その姿を確認したとき、思わず口に出してしまった。
「お前えぇー! 此処は何だ何をやってるのだ! それにジルコさんと呼ぶな! いつも父上と呼べと申しておるではないか」
すると、案の定父さんが吠えて来る。
いや、だってさ……。
「なにって改造だけど? ……いやです恥ずかしい。今時そんなしゃべり方して恥ずかしくないの? ジルコさんいい年になってまともな言語も話せないなんて非常識」
思わずジト目になって責めてしまう。
だって、本当に変な話し方なんだ。幸い、国王陛下は『いいキャラづけだと思うぞ』とか言って気に入ってくれているからいいけど。
正直にいって、『なんとかであるぞ! ほにゃほにゃなのである!』という変な口調でいい年した――それも自分の父親がしゃべっているのを想像してみてほしい。
とても痛々しい。
「この口調はだな、ニンジア家に伝わる由緒正しきものなのであるぞ。それをっ」
「……初代国王陛下に賜ったとかいう?」
「とかいう? ではないわ! その言葉を使うことにより、ニンジアの正統派らしくなり情報部隊としてそれらしくぱわーあっぷできるという素晴らしい力を持つ口調なのであるぞ! それをお前は! ……大体なんなのだ、不肖が口調に文句をつけるというのならば、屋敷の客間にあのような罠を仕掛けるなどと、お前の方がよほど非常識である!」
「でも、それってもう本来の語尾が失われてるんだよね? 意味あるの?」
「……ぐぅッ」
「それにさー父さんが家にいない間誰が家の管理してると思ってんの? 母さんにやれとでもいうの? 全然家にいないくせに」
「……ぐうぅッ!」
これを機に父さんの口調を改めさせる勢いで言い争っていると、父さんの後ろから人が現れた。
「あのー……お取り込み中失礼致します……?」
……え?
ウィル君? 誰もいないと思っていただけに、驚きが大きかった。
だって、全然気配を感じなかったし。先は真っ暗だったし。父さんは暗めのあかりの魔道具をつけていたけど。
驚きのあまりウィル君を見つめたまま固まっていると、ウィル君が困ったようにはなしかけてきた。
「あー…そのー……、カルシウス先輩、ここは?」
「隠し通路だよ。ちょっと床下散歩してたらこの通路を見つけたからちょうど真上の客間に回転床付けておいたんだ。学園からすぐ来れて便利だよ?」
「……便利ですね。ウラヤマシイデス。で、そこのジルコさん」
ウィル君の最もな質問に答える。おおよそ父さんと一緒にいたところ、回転床に巻き込まれたのだろう。
そして、僕だけに話しかけて父さんを無視するのもかわいそうだと思ったのか、ウィル君が一応といった感じで話題を振った。
「その、ニンジア家の失われた語尾って?」
あー、その話題は……。
「ニンジア家は初代国王陛下からある言葉を語尾につけろと賜っていたのだ。しかしそれを拒否したけしからぬ二代目の所業により、その語尾も失われてしまったのである……」
「その語尾は三文字で『ご』で始まって『る』で終わったらしいんだけど、もう今は分からないからそこのジルコさんは古風な喋り方に、辛うじて最後の一文字が合ってる『である』をつけてるんだ、この年で恥ずかしいよねぇー」
やっぱり勢いよく語りだそうとするジルコさんを何とか止めるため、僕は途中で話に割り込んだ。
ウィル君もジルコさんのあまりの勢いに驚いたのか、引き攣った笑みを見せた。
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