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…ピーンポーン…
「…ほんとに30分で来たのね…」
「相変わらず狭いとこに住んでんだな。大先生様がよ」
「本田さんはデリカシーというものをもう一度お母さんからもらってきてください」
「お邪魔します!先生、お加減はいかがですか?これ、風邪のときにはレモネードとか飲むといいって聞いたんで、買ってきました!」
「ありがとう…織田くんの優しさが染みて涙が出そうだよ…」
「春ちゃん、この度は〇〇賞受賞、おめでとうございます」
「井上さん、そのことなんですけど、私何も分かってなくて」
玄関先で男3人窮屈そうに並びながら、各々好きなことを言ってくる。レモネードにきゅんときたのは事実だけど、織田くんだって敵陣なんだからな、と威嚇してみた。
「透。紹介してください」
「おお!横峯さん。お久しぶりです。この前原稿を受け取りに来た以来ですね」
「本田さん、こちらこそ、ご無沙汰しております。その説はご心配をおかけしました」
半年ほど前に締め切りだった作品は、スランプにスランプを重ね、字のごとく筆がのらなかった。書けない落とすもう無理だと連日叫び続けて、やっと入稿する頃には屍となっていた、あの恐ろしい記憶が蘇る。
あの時は律が何日も泊まり込みで世話を焼いてくれた。本田さんはその横で、書くスピードが遅いだの、やれつまらないだの、面白くないだの、センスがないだのと罵りながら私に発破をかけていた。それを律がひたすら穏やかに優しく見守りつつ、時に癒やしてくれた。律がいなければ、修羅場は乗り越えられなかっただろうと、未だに身震いする。
「貴方が噂の、『春野徹』先生の数々の修羅場を救い続けてきたと言われる恋人さんですね。はじめまして、IU出版代表取締役の、井上琢磨と申します。貴方のおかげで、春野先生は一度も原稿を落とすことなく、ここまでこれていますよ」
「はじめまして、横峯です。こちらこそ、いつも透がお世話になっております」
「ははは。恋人というよりまるで保護者のようだね。ね、春ちゃん」
「…それ冗談でなくなりそうなので、笑えないことを言わないでもらえますか…」
この井上さんも、なかなか食えないお人で。本田さんと違って優しい笑顔を振りまきながら盛大に煽ってくるので、2人が揃うと作家の寿命がごりごりに削られると噂されるIU書店2大トップなのだ。私も今現在進行形でごりごりに削られている。我が家なのに、気持ちは既に帰りたいモードだ。
「透、彼にも紹介を」
「え?あ、あぁ!織田くん!初めましてだよね。えっと、こちらは横峯律。言われるように彼には数々の修羅場を助けてもらってるの。律、こちらは織田翔平くん。1ヶ月ほど前から、私の担当さんになってくれたの。細かいことに気が利いて、すごく優秀なんだよ」
「初めまして!織田と申します!春野先生にはいつもお世話になっております。これから、原稿の受け取り等でお邪魔させていただくこともあるかと思いますが、よろしくお願いします!」
「横峯です。こちらこそ、よろしくお願いします」
90度腰を曲げて挨拶をする織田くんに、愛想よく微笑む律が丁寧に挨拶を返した。本田さんが狭い狭いと文句を言いながら勝手知ったるかのごとく部屋の中へと入っていき、その後を井上さんも続いていく。
確かに、映画化された後くらいから、作家一本でもそれなりに稼げるようになった身としては、この部屋は狭いのかもしれない。現に本田さんは他の大物作家さんの家にもお邪魔する機会も多いだろうし、1LDKのこじんまりとした部屋に文句をつけたくなる気持ちも分からなくはないけど。いや、でもそもそも私の家なんだから、ほっといてほしい。
「あーもう!勝手に入らないでくださいよ!てゆかいい加減人ん家に文句つけるの、やめてください!」
++++++++++++++++++++++++++++
「…えーっと、じゃあ俺もお邪魔します」
「どうぞ。…そういえば織田さん。今日はお疲れ様です。先程まで打ち合わせだったのでしょう?」
「?あ、え!うわー俺匂いますか?!すみません!」
「…?」
「さっきまで本田さんと一緒に別の先生のところへあいさつ回りに行ってたんですけど、もーその先生がすんごいヘビースモーカーで!全身タバコの匂いが染み付いちゃって!横峯さんタバコ吸わないって先生も言っていたので!すみません、そのまま来ちゃって!」
「……いいえ。お気になさらず。それは大変でしたね。織田さんも気にしているのなら、少しの間上着を風に当てておきましょうか」
「えええええええ!そんな!すみません!え、いいのかな、あの、ほんと!すみません!」
「いえ。お仕事ご苦労さまでした」
「…いやぁほんと、気が利くっていうか、卒なくスマートというか、横峯さんって、井上さんたちが言ってたようにほんと、できる男!って感じですね!憧れます!」
「そのようなことは」
「先生もいいなぁ!こんな素敵な彼氏さんがいて!あの大雨の日も、先生、結構な高熱が出たけど、看病してくれる人がいるって言ってたので!横峯さんのことですよね?お迎えにもこられてましたし!いやーあの雨の中迎えに来てくれるなんて、本当に優しい人ですね!」
「迎え?」
「ええ!傘を持っていなかったので、お送りしましょうかって聞いたら、迎えに来てもらうからっておっしゃっていたので!にしても先月はエッセイにコラムに本当に忙しい日々でしたので、次の入稿まではゆっくり休んでもらえたらと思っています!」
「…ご丁寧にありがとうございます。いつまでも玄関先で引き止めて申し訳ない。どうぞソファでくつろいでいてください。お飲み物をお持ちしますね」
「あー!そんな、お手数をおかけしてすみません!ありがとうございます!あ、いや俺もむしろ手伝います!!失礼します!」
「…嘘、ね…」
++++++++++++++++++++++++++++
「…にしても先生!〇〇賞受賞、本当におめでとうございます!俺も嬉しいです!あと横峯さん!この紅茶むっちゃ美味しいです!」
「それはよかった」
明らかに受賞のことより紅茶に気を惹かれてる織田くんは、いつにも増して笑顔が輝いていて、私の目を焼き尽くさんとしている。
「…あの、織田くん、あのね?だから、ノミネートの話なんて、私本田さんから聞いてないと思うのですが」
「そうだな。俺も言った覚えはないな」
「えええええ!ちょ、なんで伝えてないんですか本田さん!まず一番に先生に伝えるべきでしょう?!」
「伝えたって、こいつはお断りしますしか言わねぇよ。botかよって俺にからかわれるまでが流れの未来が見えるだろ」
「さすがの先生だって!〇〇賞のノミネートを断ったりなんてしませんよ!作家ならみんな憧れる、偉大なことなんだから!!ねぇ?先生!!」
「謹んでお断りさせていただきます」
「ええええええええ!先生、ちょ、何言ってるんですか!〇〇賞ですよ?!受賞したんですよ?!」
〇〇賞だろうが☓☓賞だろうが、私は受け取る気はない。世間に認められたくて、今まで書き続けてきたわけではないと、そこだけはポリシーを持ってやってきた自負がある。
「…春ちゃんさ、その「お外嫌い」も、そろそろ克服していかない?」
「…井上さん…」
「…え?お外嫌い、って?」
「織田ー。お前自分の担当の作家のことくらいちゃんと知っておけよ。こいつはな、メディアに顔を出すのも関係者に実体を知られるのも、いやだいやだでここまで来てるんだよ!なぁ?井上さん」
「うん。春ちゃんは、恋愛小説を書こうもんなら、世の中の乙女の心を鷲掴みにしちゃうし、ミステリーを書こうもんなら発売日以降、寝不足の人が相次ぎ経済が回らないなんて社会現象を巻き起こしているけれど、年齢も性別も不詳なもんだから、誰がどんな顔で書いてるのかってのが、世の中の人の常な疑問なわけ」
「そういうこと。まぁ俺はその謎のベールに包まれた存在ってのも、ありっちゃーありだと思っていたんだけどな」
初めて映画化の話をもらったときも、別の賞だがノミネートの話があがった。でも私はその頃から、絶対に表には出ないと固く誓っていたので、丁重にお断りしたのだ。本田さんも井上さんも、もったいないとしきりに訴えてくれたが、まだ経験も浅い若者であることから、上層部の方々は私の辞退を受け入れたので、結局ノミネートされることはなかった。
「…何度も言いますが、私は静かに、心穏やかに小説が書けたら満足なんです。今、皆さんが守ってくださっているからこそ、この穏やかな環境でのびのびと書かせてもらっていることも、十分承知していますし、感謝しています。わがままなのは分かっていますが、これからもこの環境を維持していけたらと、そう思うんです」
「…先生…」
織田くんのひどく寂しそうで残念がる声が聞こえる。わかる、わかってる。でも私はやっぱり前に出ていけるような性格でもないし、なにより今の環境が崩れたら、きっと律との関係も…
「…とまぁな。お前のわがままを叶えてやりたいのもそうなんだが、現にノミネートの段階で、お前が嫌だとダダ捏ねても、今回ばかりは上も認めなかったよ。だからどっちみちノミネートはされていたんだ。そしてこの度受賞が決まった。まぁ、受賞されるだろうと俺は思っていたけどな」
「…本田さん…」
「あれは面白い。世に出すだけじゃ勿体ない出来だ。だから営業にもかけあって、無茶な部数発行も通したし、それでも現に結果がついてきている。世間が面白いって認めてるんだよ。だからお前は自信をもって、前向いて突っ走ればいいんだ。今までのように」
本田さんの言葉は、人の心を揺り動かすだけの力をもっていて、私は単純だからいつもこの「面白い」って言葉に背中を押されてきた。
「、!あの!先生!ほんとに、あの作品はほんとに、面白かったです!奥深く、繊細で、でも大胆なストーリー展開には心を打たれました!先生の作品に少しでも携われたことは、俺の誉れなんです!ほんとに、面白かったです!」
「…織田くん…」
「まぁだまし討ちみたいなことしたのはさ、僕らも悪かったなって思ってるよ。でも、もう受賞は確定だし。夕方のニュースでは速報で読まれることになってる。僕たちはこれからも、春ちゃんの心身ともに穏やかな生活を守れるように精一杯頑張るから。今は作品が選ばれたこと、世間がおのちゃんを認めていることを、まずは実感して喜んでほしいな」
「…井上さん…」
だめだ。ただでさえ傷心中なのに、わがままばかりの私にそんなに優しい言葉をかけないでほしい…
「透。私も、透の頑張りがこのような形で実ったことは自分のように嬉しいですよ。受け入れてみてはどうですか?大丈夫。私もついていますよ」
「…律…」
律の声が今まで以上に温かく感じて、胸がきゅっと痛くなる。
「…まぁ、ね。今まで秘密のベールで大事に隠してきたうちの秘蔵っ子を、簡単に世間に出すつもりはないから。おのちゃんの都合を無視してメディアに出すつもりはないことを伝えたくて、今日は来たんだよ。だから安心してね」
「…井上さん…ありがとうございます」
「まぁただ、どんな形で情報が漏れてしまうかも分かんねーって心配もあるから、その時のためにも…おい、春野、お前引っ越せ」
「…は?引っ越し?いきなりなにを」
「前々から思ってたことだよ。こんなオートロックもない、防犯カメラもなければ未だに玄関は小窓から外を確認するしかできない、カメラ機能のついてない呼び鈴のオンボロアパートに、いつまでも住んでんじゃねーよって話だよ。もっとセキュリティのしっかりしたとこ住め。万が一にもマスコミが嗅ぎつけてきたとき、あっという間に家まで入ってこれるぞ」
「そ、そんな恐ろしいこと言わないでよ!」
「そうだいっそ横峯さんと一緒に暮らせよ。ねぇ?どうです?横峯さん」
「ちょ!待ってください本田さん!律は、」
待って、待って。律を巻き込まないで。
「私は構いませんよ」
……は?
「え?」
「ほらー!横峯さんもそう言ってるし。その方が原稿もはかどるだろ。一緒に住んじまえよ」
「いや、あの」
「横峯さんと一緒に住んでるなら、諸々の心配、主に身の安全は確保されるから、会社的にはありがたいね。春ちゃん、いい話じゃない」
「あの、その」
「お、俺も!このアパートのセキュリティは俺も気になっていましたし、受賞が決まった以上、悠長に部屋探ししてる時間もあまりないですし、素敵な提案だと思います!」
「いや、だからさ、あの」
「私のマンションは、エントランスにコンシェルジュがいますし、防犯はそれなりにしっかりしています。部屋も余っているので執筆部屋も用意できますし、高層階なので騒音等もむしろ改善するかと。立地的にも今より書店と近くなるので、仕事面でのご面倒をおかけすることもないかと思います」
「…律、何言ってるの、」
「すげー!先生!彼氏さんすげーっすね!え、何してる人ですか?」
「しがないサラリーマンですよ」
「いやいや!ただのサラリーマンがコンシェルジュ付きマンションなんて住めませんから!億ションってやつでしょ?!いやもーほんとすげー!」
「織田ー、横峯さんは家だけじゃねぇぞ?前回の校了が無事迎えられたのは横峯さんの献身的な支えあってのことだ。家事全般引き受けて介護してくれたおかげで、執筆できたんだから」
「ええええええ!イケメンで仕事もできて家事もできるとか、なんてスパダリ…惚れるっす!かっこいい!」
「まぁ織田くんの言うとおり、早く引っ越すにはこしたことないから。検討する価値はありだね、ねぇ、春ちゃん」
「あの、いい加減にしてください」
場が、空気が凍るのがわかった。机を挟んで前に座る3人はもちろん、お茶を用意してくれた後、私の隣に座って成り行きを聞いていた律は特に。体が強張ったのが横目で感じられた。決して傷つけたいわけじゃないのに、それでも私は、覚悟を持って、けじめをつけなければならない。そう思うのだ。
「…ほんとに30分で来たのね…」
「相変わらず狭いとこに住んでんだな。大先生様がよ」
「本田さんはデリカシーというものをもう一度お母さんからもらってきてください」
「お邪魔します!先生、お加減はいかがですか?これ、風邪のときにはレモネードとか飲むといいって聞いたんで、買ってきました!」
「ありがとう…織田くんの優しさが染みて涙が出そうだよ…」
「春ちゃん、この度は〇〇賞受賞、おめでとうございます」
「井上さん、そのことなんですけど、私何も分かってなくて」
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「透。紹介してください」
「おお!横峯さん。お久しぶりです。この前原稿を受け取りに来た以来ですね」
「本田さん、こちらこそ、ご無沙汰しております。その説はご心配をおかけしました」
半年ほど前に締め切りだった作品は、スランプにスランプを重ね、字のごとく筆がのらなかった。書けない落とすもう無理だと連日叫び続けて、やっと入稿する頃には屍となっていた、あの恐ろしい記憶が蘇る。
あの時は律が何日も泊まり込みで世話を焼いてくれた。本田さんはその横で、書くスピードが遅いだの、やれつまらないだの、面白くないだの、センスがないだのと罵りながら私に発破をかけていた。それを律がひたすら穏やかに優しく見守りつつ、時に癒やしてくれた。律がいなければ、修羅場は乗り越えられなかっただろうと、未だに身震いする。
「貴方が噂の、『春野徹』先生の数々の修羅場を救い続けてきたと言われる恋人さんですね。はじめまして、IU出版代表取締役の、井上琢磨と申します。貴方のおかげで、春野先生は一度も原稿を落とすことなく、ここまでこれていますよ」
「はじめまして、横峯です。こちらこそ、いつも透がお世話になっております」
「ははは。恋人というよりまるで保護者のようだね。ね、春ちゃん」
「…それ冗談でなくなりそうなので、笑えないことを言わないでもらえますか…」
この井上さんも、なかなか食えないお人で。本田さんと違って優しい笑顔を振りまきながら盛大に煽ってくるので、2人が揃うと作家の寿命がごりごりに削られると噂されるIU書店2大トップなのだ。私も今現在進行形でごりごりに削られている。我が家なのに、気持ちは既に帰りたいモードだ。
「透、彼にも紹介を」
「え?あ、あぁ!織田くん!初めましてだよね。えっと、こちらは横峯律。言われるように彼には数々の修羅場を助けてもらってるの。律、こちらは織田翔平くん。1ヶ月ほど前から、私の担当さんになってくれたの。細かいことに気が利いて、すごく優秀なんだよ」
「初めまして!織田と申します!春野先生にはいつもお世話になっております。これから、原稿の受け取り等でお邪魔させていただくこともあるかと思いますが、よろしくお願いします!」
「横峯です。こちらこそ、よろしくお願いします」
90度腰を曲げて挨拶をする織田くんに、愛想よく微笑む律が丁寧に挨拶を返した。本田さんが狭い狭いと文句を言いながら勝手知ったるかのごとく部屋の中へと入っていき、その後を井上さんも続いていく。
確かに、映画化された後くらいから、作家一本でもそれなりに稼げるようになった身としては、この部屋は狭いのかもしれない。現に本田さんは他の大物作家さんの家にもお邪魔する機会も多いだろうし、1LDKのこじんまりとした部屋に文句をつけたくなる気持ちも分からなくはないけど。いや、でもそもそも私の家なんだから、ほっといてほしい。
「あーもう!勝手に入らないでくださいよ!てゆかいい加減人ん家に文句つけるの、やめてください!」
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「…えーっと、じゃあ俺もお邪魔します」
「どうぞ。…そういえば織田さん。今日はお疲れ様です。先程まで打ち合わせだったのでしょう?」
「?あ、え!うわー俺匂いますか?!すみません!」
「…?」
「さっきまで本田さんと一緒に別の先生のところへあいさつ回りに行ってたんですけど、もーその先生がすんごいヘビースモーカーで!全身タバコの匂いが染み付いちゃって!横峯さんタバコ吸わないって先生も言っていたので!すみません、そのまま来ちゃって!」
「……いいえ。お気になさらず。それは大変でしたね。織田さんも気にしているのなら、少しの間上着を風に当てておきましょうか」
「えええええええ!そんな!すみません!え、いいのかな、あの、ほんと!すみません!」
「いえ。お仕事ご苦労さまでした」
「…いやぁほんと、気が利くっていうか、卒なくスマートというか、横峯さんって、井上さんたちが言ってたようにほんと、できる男!って感じですね!憧れます!」
「そのようなことは」
「先生もいいなぁ!こんな素敵な彼氏さんがいて!あの大雨の日も、先生、結構な高熱が出たけど、看病してくれる人がいるって言ってたので!横峯さんのことですよね?お迎えにもこられてましたし!いやーあの雨の中迎えに来てくれるなんて、本当に優しい人ですね!」
「迎え?」
「ええ!傘を持っていなかったので、お送りしましょうかって聞いたら、迎えに来てもらうからっておっしゃっていたので!にしても先月はエッセイにコラムに本当に忙しい日々でしたので、次の入稿まではゆっくり休んでもらえたらと思っています!」
「…ご丁寧にありがとうございます。いつまでも玄関先で引き止めて申し訳ない。どうぞソファでくつろいでいてください。お飲み物をお持ちしますね」
「あー!そんな、お手数をおかけしてすみません!ありがとうございます!あ、いや俺もむしろ手伝います!!失礼します!」
「…嘘、ね…」
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「…にしても先生!〇〇賞受賞、本当におめでとうございます!俺も嬉しいです!あと横峯さん!この紅茶むっちゃ美味しいです!」
「それはよかった」
明らかに受賞のことより紅茶に気を惹かれてる織田くんは、いつにも増して笑顔が輝いていて、私の目を焼き尽くさんとしている。
「…あの、織田くん、あのね?だから、ノミネートの話なんて、私本田さんから聞いてないと思うのですが」
「そうだな。俺も言った覚えはないな」
「えええええ!ちょ、なんで伝えてないんですか本田さん!まず一番に先生に伝えるべきでしょう?!」
「伝えたって、こいつはお断りしますしか言わねぇよ。botかよって俺にからかわれるまでが流れの未来が見えるだろ」
「さすがの先生だって!〇〇賞のノミネートを断ったりなんてしませんよ!作家ならみんな憧れる、偉大なことなんだから!!ねぇ?先生!!」
「謹んでお断りさせていただきます」
「ええええええええ!先生、ちょ、何言ってるんですか!〇〇賞ですよ?!受賞したんですよ?!」
〇〇賞だろうが☓☓賞だろうが、私は受け取る気はない。世間に認められたくて、今まで書き続けてきたわけではないと、そこだけはポリシーを持ってやってきた自負がある。
「…春ちゃんさ、その「お外嫌い」も、そろそろ克服していかない?」
「…井上さん…」
「…え?お外嫌い、って?」
「織田ー。お前自分の担当の作家のことくらいちゃんと知っておけよ。こいつはな、メディアに顔を出すのも関係者に実体を知られるのも、いやだいやだでここまで来てるんだよ!なぁ?井上さん」
「うん。春ちゃんは、恋愛小説を書こうもんなら、世の中の乙女の心を鷲掴みにしちゃうし、ミステリーを書こうもんなら発売日以降、寝不足の人が相次ぎ経済が回らないなんて社会現象を巻き起こしているけれど、年齢も性別も不詳なもんだから、誰がどんな顔で書いてるのかってのが、世の中の人の常な疑問なわけ」
「そういうこと。まぁ俺はその謎のベールに包まれた存在ってのも、ありっちゃーありだと思っていたんだけどな」
初めて映画化の話をもらったときも、別の賞だがノミネートの話があがった。でも私はその頃から、絶対に表には出ないと固く誓っていたので、丁重にお断りしたのだ。本田さんも井上さんも、もったいないとしきりに訴えてくれたが、まだ経験も浅い若者であることから、上層部の方々は私の辞退を受け入れたので、結局ノミネートされることはなかった。
「…何度も言いますが、私は静かに、心穏やかに小説が書けたら満足なんです。今、皆さんが守ってくださっているからこそ、この穏やかな環境でのびのびと書かせてもらっていることも、十分承知していますし、感謝しています。わがままなのは分かっていますが、これからもこの環境を維持していけたらと、そう思うんです」
「…先生…」
織田くんのひどく寂しそうで残念がる声が聞こえる。わかる、わかってる。でも私はやっぱり前に出ていけるような性格でもないし、なにより今の環境が崩れたら、きっと律との関係も…
「…とまぁな。お前のわがままを叶えてやりたいのもそうなんだが、現にノミネートの段階で、お前が嫌だとダダ捏ねても、今回ばかりは上も認めなかったよ。だからどっちみちノミネートはされていたんだ。そしてこの度受賞が決まった。まぁ、受賞されるだろうと俺は思っていたけどな」
「…本田さん…」
「あれは面白い。世に出すだけじゃ勿体ない出来だ。だから営業にもかけあって、無茶な部数発行も通したし、それでも現に結果がついてきている。世間が面白いって認めてるんだよ。だからお前は自信をもって、前向いて突っ走ればいいんだ。今までのように」
本田さんの言葉は、人の心を揺り動かすだけの力をもっていて、私は単純だからいつもこの「面白い」って言葉に背中を押されてきた。
「、!あの!先生!ほんとに、あの作品はほんとに、面白かったです!奥深く、繊細で、でも大胆なストーリー展開には心を打たれました!先生の作品に少しでも携われたことは、俺の誉れなんです!ほんとに、面白かったです!」
「…織田くん…」
「まぁだまし討ちみたいなことしたのはさ、僕らも悪かったなって思ってるよ。でも、もう受賞は確定だし。夕方のニュースでは速報で読まれることになってる。僕たちはこれからも、春ちゃんの心身ともに穏やかな生活を守れるように精一杯頑張るから。今は作品が選ばれたこと、世間がおのちゃんを認めていることを、まずは実感して喜んでほしいな」
「…井上さん…」
だめだ。ただでさえ傷心中なのに、わがままばかりの私にそんなに優しい言葉をかけないでほしい…
「透。私も、透の頑張りがこのような形で実ったことは自分のように嬉しいですよ。受け入れてみてはどうですか?大丈夫。私もついていますよ」
「…律…」
律の声が今まで以上に温かく感じて、胸がきゅっと痛くなる。
「…まぁ、ね。今まで秘密のベールで大事に隠してきたうちの秘蔵っ子を、簡単に世間に出すつもりはないから。おのちゃんの都合を無視してメディアに出すつもりはないことを伝えたくて、今日は来たんだよ。だから安心してね」
「…井上さん…ありがとうございます」
「まぁただ、どんな形で情報が漏れてしまうかも分かんねーって心配もあるから、その時のためにも…おい、春野、お前引っ越せ」
「…は?引っ越し?いきなりなにを」
「前々から思ってたことだよ。こんなオートロックもない、防犯カメラもなければ未だに玄関は小窓から外を確認するしかできない、カメラ機能のついてない呼び鈴のオンボロアパートに、いつまでも住んでんじゃねーよって話だよ。もっとセキュリティのしっかりしたとこ住め。万が一にもマスコミが嗅ぎつけてきたとき、あっという間に家まで入ってこれるぞ」
「そ、そんな恐ろしいこと言わないでよ!」
「そうだいっそ横峯さんと一緒に暮らせよ。ねぇ?どうです?横峯さん」
「ちょ!待ってください本田さん!律は、」
待って、待って。律を巻き込まないで。
「私は構いませんよ」
……は?
「え?」
「ほらー!横峯さんもそう言ってるし。その方が原稿もはかどるだろ。一緒に住んじまえよ」
「いや、あの」
「横峯さんと一緒に住んでるなら、諸々の心配、主に身の安全は確保されるから、会社的にはありがたいね。春ちゃん、いい話じゃない」
「あの、その」
「お、俺も!このアパートのセキュリティは俺も気になっていましたし、受賞が決まった以上、悠長に部屋探ししてる時間もあまりないですし、素敵な提案だと思います!」
「いや、だからさ、あの」
「私のマンションは、エントランスにコンシェルジュがいますし、防犯はそれなりにしっかりしています。部屋も余っているので執筆部屋も用意できますし、高層階なので騒音等もむしろ改善するかと。立地的にも今より書店と近くなるので、仕事面でのご面倒をおかけすることもないかと思います」
「…律、何言ってるの、」
「すげー!先生!彼氏さんすげーっすね!え、何してる人ですか?」
「しがないサラリーマンですよ」
「いやいや!ただのサラリーマンがコンシェルジュ付きマンションなんて住めませんから!億ションってやつでしょ?!いやもーほんとすげー!」
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「まぁ織田くんの言うとおり、早く引っ越すにはこしたことないから。検討する価値はありだね、ねぇ、春ちゃん」
「あの、いい加減にしてください」
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