うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ

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浜辺の戦慄

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「い、いま水で流しますから!すこしの間ジッとしててください…」

そう言うどこか聞き覚えのある女性の声に身体の動きを止めていると、目元にチョロチョロと水が掛けられ砂が洗い流されていく。その間に瞼を瞬かせて目に入った砂も洗い流すと、ようやく痛みから解放された。

「ふぅ…治まった」
「そうですか、よかった…」

目を開けると、圧し掛かってオレの顔を間近に覗きこんでいる女性。でも顔が近すぎるのと強い陽射しのフラッシュバックで顔の判別がつかない。しかし鼻をくすぐるこの女性の香りは、もちろん嗅ぎなれた瑠羽たちとは別の香りだ。

「え、え~と、どいてもらっても…?」

そう声を掛けると、オレの上に乗っていた女性は「すみませんっ!」と声をあげワタワタとオレから降りる。悪いね。いや、ずっと乗ってくれててもいいんだけど、瑠羽たちもいるし見られたら困るんだ。

「ああ…!あなたは!」

道理で知った感じがした訳だ。

瞑想中のオレにタックルかましてきた女性は、あのスーパー銭湯のマッサージ店にいるお姉さんスタッフさんだった。勿論今日はマッサージ店のスタッフの服装ではなく、海辺らしく鮮やかなピンクの水着をつけている。



「ど…どうも、奇遇ですね(テレテレッ)」

胸まである長い金髪のソバージュをしきりに撫でつけながら、お姉さんスタッフさんはオレとは目を合わせずにペコペコと頭を下げた。きっと急にぶつかったことを気にしているのだろう。

「あ~いや、ほんと奇遇ですねぇ。お姉さんも今日はお休みで?」

オレはまさかの桂名急襲ではなくて、ホッと胸を撫で下ろした。

「…ツナミです。今日はオフなんで、鳴人さんもツナミって呼んでください…」

え…なぜオレの名を?…ってマッサージ店で会員カード作ったんだったか。そりゃあんな美人女子大生を三人も連れて豪遊みたいな真似していれば、名前も憶えられるよな。

「ツナミさんか。大丈夫?派手に転んだみたいだったけど、足挫いたりはしなかったです?」
「ええ、ほんとにすみません。砂に足をとられちゃって…」

「そうか。あ、おっきなボストンバッグですね…あれツナミさんの?…と、あれ、結構重い…??」

ちょっと手を伸ばして取ろうとした砂地に転がったボストンバッグだったが、思っていたよりも重量がある。

「あ、すみません。商売道具なんかも入っているもので…」
「ああ、そうだったんですか」

ふたりで手を伸ばしてボストンバッグを引き寄せると、中でガチャガチャと液体の入った瓶のぶつかり合うような音が聞こえた。

「割れちゃってないかな…」
「ああ、ならレジャーシートの上を使うと良いですよ。砂の上だとバッグの中身が汚れてしまうでしょう」

バッグの中身が無事かと心配するツナミさんに、レジャーシートを使う事を提案。彼女のマッサージはとても気持ちが良かったのでオレも客として、また同業者としても一目置いて尊敬の念を抱いている。故に優しく接するのだ。

「ありがとうございます。では場所をお借りしますね」
「どうぞどうぞ」

『カチャ…カチャ…カチン…』

ツナミさんがレジャーシートにボストンバックから荷物をひとつづつ取り出していく。興味はあるがさすがに女性の私物をジロジロと見ている訳にもいかないので、オレはリクライニングチェアのほうに移って遠くに広がる水平線に目を向ける。ふぅ…。銀色に煌く海原に、心洗われるようだ。

「「………」」

「な、鳴人さんはどうやってそんなに身体を鍛えられたんですか?(ゴクリッ)」
「え?ああ、この身体ですか。ネットで動画を上げている方を参考にですね。主には加圧トレーニングで、チューブトレーニングをやってますよ」

「そ…そうなんですかぁ(ゴクリッ)」

うん、ホントは粘液ネバネバトレーニングだけど。でもアレ、自分の身体もきつく締めて拘束するから、加圧トレーニング的効果もあるみたいなんだ。

「わ、私もさいきん身体鍛えようかなって思ってまして!よ、よければ鳴人さん、今度トレーニングのコーチおねがいできませんか!?」
「えと、それは構いませんけど…オレも誰かにしっかりと習った訳じゃなくて、ほとんど自己流ですよ?」

「でもそれでこんな身体になれるなんて…!(うっとり)ほんとに鳴人さんのカラダは凄いですよ!(ふんすっ!)」
「はぁ…まぁ、ありがとうございます」

そんなに身体のことを考えているなんて。きっと自分の身体を鍛えるのも、どんなところに疲労が蓄積するかを身を持って学ぶ為なんだろうな。さすが、ツナミさんは意識が高いなぁ。オレなんかいっつもエッチな事ばかりに思考が向いちゃうのに。

「あ…じゃあそういうことでしたらオレからもひとつお願いが。実はいま整体師を目指してまして、その勉強中なんです。よかったらツナミさんも、オレにマッサージのコツなんかを教えてもらえませんか?」
「まぁ!?そうだったんですか!じゃあ同業者といっても差し支えないんですね!(ズイッ)私で良ければなんでも教えますから!いつでも言ってくださいッ!(ズズイッ)」

「え?ああ、では是非おねがいします」
「ええ!是非っ!(がしっ)」



ツナミさんはオレの右手を持つと、ギュッと両手で包み込む。そんなに喜んでくれるなんて嬉しいな。それに、これなら教え合いっこだ。オレは期せずして、浜辺でマッサージの先生を手に入れた。


………。


「では塗っていきますねェ♪」
「はい、おねがいしま~す」

まっ平らに伸ばした海の家のリクライニングチェアに寝たオレに、ツナミさんがサンオイルを塗りこんでいく。そのサンオイルはツナミさんの持っていた私物らしい。

『とろーり…ヌロ~…ヌロロ~ッ…』
(うぉぉ~!き、気持ちいい!こ、こういうのもあるのか…!)

サンオイルとは、こんがり小麦色の肌になるために使うオイルとのこと。もちろんオレがそんなモノを使うのは初めて。そして普通のオイルマッサージともまた一味違う。そんなサンオイルを金髪ソバージュにパッションオレンジのビキニを着たすこしキツイ印象を受ける美人のお姉さんに、いやツナミさんに塗ってもらえるとは…。

「(ヌロ~…ヌロロ~ッ…)どう…?きもちいいですか?(ハァ…)」
「ああ…。すごく…いい…です」

でもツナミさん、耳元で吐息混じりに囁かないでほしい。

「「「ざわ…ざわざわ」」」

「おい…あれ…」
「スゲ~、いいなぁ…」

あれ、なにやら周囲がざわついている。

だがそれもそうだろう。海の家のリクライニングチェアに寝たオレに対し、パッションオレンジのビキニ姿のツナミさんが本職ガチのオイルマッサージをこれでもかと披露してくれているのだから。それを受けているとなんだか今いるここは伊豆の浜辺ではなくて、地中海でバカンスを愉しむアラブの石油王にでもなったような気分がしてくる。

「ああ~…すごく気持ちいい、流石ですよツナミさん…」

ツナミさんの施術にメロメロになったオレの瞼には、エメラルドグリーンの海とそびえ立つ白亜の宮殿が幻視される。ただ地中海どころか一度も海外に行ったことはないので、それは外国人から見た日本みたいに非常に雑なイメージなのは否めない。

『ヌロ~…ヌロロ~ッ…ヌッ……』
(ん…?あれ?なんで止まったんだろ?)

「あれ…?ツナミさん?」

不審に思って顔を上げると、そこにはいつの間にか怖い顔をした美人女子大生たち三人が腕を組んで並んで立っていた。いや…瑠羽だけはこの暑いのにまっ青な顔をしている。

「コォチ…、随分とごきげんな様子やねェ…」
「師匠…。私たちに遊びに行けって言ってたのって、もしかしてこれが理由ッ!?」
「コーチ…(グズッ)」

「えっ!?いやちょっと待って!ルック・イズ・ディス!これを見てください!じゃなかった!彼女の顔をよく見て!ほらキミらもよく知ってる人だから!」

「「んんぅ~…?ああッ!」」
「ど、どうも。いつもご利用ありがとうございます…」

起き上がったオレはあたふたと瑠羽たちに偶然スーパー銭湯にあるマッサージ店のスタッフであるツナミさんと出会い、話しているうちにマッサージの先生になってもらったことを説明した。

「はあ…、ほんでオイルマッサージのレクチャーを受けていたっていうんやね」

良かった、仁菜さんは理解が早くて助かる。

「師匠ぅ~ホントにぃ??瑠羽を泣かせたら私がただじゃおかないんだからねッ!」

うん、なんで瀬来さんは疑うかな。そこは信用してよ。彼女といっしょに旅行に来てるのに、浮気なんてするわけないでしょ。

「なんだか誤解を招いたみたいですみません…。先生になって欲しいなんて言われて、つい調子に乗ってしまった私が悪いんです」
「あ、いやいやツナミ…先生が謝る事は。オレがもっと彼女たちの心情に配慮していれば良かったんです。申し訳ない」

「コーチ…」
「うん、そういう訳だから。誤解を招くような真似をしてゴメンな瑠羽」

スキンシップも恥ずかしがる瑠羽だが、唯一頭を撫ぜるのだけは嫌がらないのでポンポンと軽く髪を撫ぜて謝罪の意を表す。

それでなんとか許してもらえたけど、なんとも嫌な汗が全身からドッと噴き出た。だってオレ嫉妬なんてされたこと今まで生きてきて一度もないんだもん。マジでビックリだよ。
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