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癒し処リーフ
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色づいてきた街路樹に、秋の気配を感じるようになってきた都内。
そんな街並みをバイクで駆け抜け、手早く魔石を売って回った。すると、『あ、江月さんひさしぶりですねぇ』なんて感じで、何人かの店員に声を掛けられた。そんなに店員と話しこんだ記憶もなかったが、結構な量の魔石を頻繁に売りに来ていたオレはやっぱり目立っていたようだ。
そして午後一時。
待ち合わせ場所に到着すると、スポーツバッグを両手で持ったツナミさんがお店の前で待っていてくれた。
「江月さん、こんにちは!」
「こんにちはツナミさん。待たせてしまいました?」
「いえ!私も今着いたところです!」
待ち合わせのお店は時間でお金を払って利用できるスポーツジム。
昔はスポーツジムというと会員登録をして通わなくても月々利用料を取られたものだが、最近はカラオケ店のようなシステムのジムも増えたのでありがたい。で、ここはツナミさんが調べておいてくれた、そんなスポーツジムのひとつになる。
…。
こうして、オレとツナミさんは二時間ほどトレーニングで爽やかな汗を流した。
トレーニングは大腿筋を鍛えるのを主として、休憩中に他の身体の部位を鍛える為の指導をトレーニング器具などを使って行い、ツナミさんに姿勢や器具の扱い方を覚えてもらった。
なぜオレがジムに通ってもいないのにそんな事を知っているかというと、以前から独りでトレーニングする際には筋肉ムキムキ系動画配信者のネット動画を観て参考にさせて頂いていたから。彼らはダンジョンで強化した訳でもないのにあんなにムキムキになるなんて、その努力には本当に恐れ入る。
「では筋肉を鍛える場所を集中させて、日によってローテーションさせるんですね」
「ええ、その通りです」
今、オレとツナミさんはトレーニングを終え近くの喫茶店で休息を入れていた。そしてその合間に、ツナミさんに部位集中トレーニング法を説明している。
これはまぁ、理屈はカンタンだ。
例えば、一日目には腕をガンガンに鍛える。すると腕の筋肉は疲労しきって、超回復をする為に休息の時間が必要になる。そこで二日目には腕を休め、腹筋をガンガンに鍛える。すると腹筋は疲労しきって超回復をする為に休息時間が必要になるので、三日目には腕も腹筋も休めて、下半身をガンガンに鍛えるといった感じだ。
このように鍛える部位をローテーションさせてやることで、効率的に筋肉を太くできる。
これであれば疲労した筋肉をさらに鍛えるような真似をして痛めてしまうこともないし、身体には常に負荷がかかっている状態になる。なのでその負荷に耐えられるようにと身体は常に成長ホルモンを分泌してくれるという、実に効率的なトレーニング方法なのだ。
オレもこの方法を用いて身体を鍛えるようになってから、一気に筋肉が太くなった。
「じゃあ次に(プルルルル…)あ…」
「どうぞ、構いませんよ」
「ではすみません、すこし外します…」
話の途中で鳴りだしたツナミさんの通信端末。気にせずどうぞと促すと、ツナミさんは席を立ってお店の外へ出た。しかし大きなガラスのはめ込まれた窓があるので、店内にいてもツナミさんの姿はよく視える。
そんなツナミさんの横顔を何とはなしに眺めていると、驚いた顔から次第に肩を落とし暗い表情に…。むむむ、なにか良くない知らせだったのだろうか。
そうして戻ってきたツナミさんが、申し訳なさそうに口を開いた。
「あの…勤め先からで、体調を崩した者が出たから代わりに出勤してくれないかって、急な連絡がありまして…」
「なるほど。それでツナミさんは、これから仕事に行かなくてはならないのですね。ああ、オレの方は気にしないでください。指導を受けられないのは少し残念ですけど、それはまた別の日でも構わないので」
さて、次はオレが指導を受ける番だなんて気持ちを切り替えていたけど、そういう事情なら致し方ない。
「でも…」
「ああ、全然気にしないでくださいツナミさん」
「でも、急にこちらから頼んだのに、こんな風に中途半端になってしまうなんて…」
「大丈夫ですよ。オレの方は時間の都合がつけやすいですから」
見た目はキツい感じのイケイケなのに、すごく律儀なんだよなぁツナミさんて。ま、あんまり悩ませてしまうのも可哀そうだ。オレから帰った方がツナミさんも仕事に行きやすいだろう。
「じゃあ今日はこれで、それじゃあ―」
「あ、待ってください江月さん!私の、私の勤めてるお店でマッサージの指導を行なうっていうのはどうですか??」
(ふぇ?)
「今日はお客さんが多くて手が足りないって言ってましたし!江月さんも実地で学べるチャンスだと思うんです!わ、私お店に研修生として江月さんを連れて行っていいか訊いてみますねッ!(ダッ!)」
(なんですと!?)
電話をかけるために再びお店を出ていってしまうツナミさん。呼び止める間もなかったな…。そしてしばらくして戻ってくると、『OKが出ました!』と笑顔で言われてしまった。
なんと。
どうやらオレは、この後ツナミさんの勤めるマッサージ店で研修生として働かなければならないようだ。
…。
ツナミさんのトレーニングコーチを終え、その後は筋トレで疲れたツナミさんのカラダをマッサージすることで、今度はオレがツナミさんから指導を受ける予定だった。
しかし急にツナミさんの職場からヘルプの電話がかかってきたことで、事態は一変。
ツナミさんが突然にマッサージの指導をお店でしますと言い出したのだ。オレとしてはさすがにそれはちょっと…といった気持ちだったのだが、それを言うとオレとの約束を懸命に守ろうとしてくれているツナミさんに申し訳ない気がして、なんか言い出せなかった。
いや、整体の学校に通っていて、ゆくゆくはお店を持ちたいくらいの事は伊豆の浜辺でもサンオイルを塗られながら話したけどね。でもツナミさんはそういった話を聞いていたからか、じゃあお店で実際に働いてみるのもいい経験になるだろうと考えてくれてしまったようだ。。。
(うむ、これはもう仕方ない、行くしかないか)
午後16時。ということで、ツナミさんの勤めるスーパー銭湯のなかにあるマッサージ店癒し処リーフにやってきた。
スタッフさんを紹介され、簡単に挨拶なんかを交わし、ツナミさんから30分ほどのレクチャーを受けたと思ったら、もう実戦。いや早いな。しかし今日は平日なのに客の入りが多いらしい。
ちなみに癒し処リーフのスタッフウェアにオレの着られるサイズが無かった為、皆ワインレッドのスタッフウェアなのに対しオレだけ整体学校で着ている白衣姿である。
受け付けはお店の入り口にあるカウンターでスタッフさんがしてくれる。なので施術をするオレ達は、その指示で任されたお客さんを案内するところからが接客のスタート。
そしてオレの任された最初のお客さんは、もうおじいさんと言っていい感じの年配の男性だった。そこでオレはマッチョで高身長と威圧感があるのを少しでもお客さんに感じさせないよう、腰を低くしてさっさとベッドに寝てもらう作戦に出た。
「いらっしゃいませ。こちらのベッドにどうぞ、さぁさぁ、どうぞどうぞ!」
「ひゃ~ッ、おにいさんまた大きな身体だねぇ…!」
「ええまぁ、鍛えてますから。で、今日は身体のどこがお辛いですか?」
「う~ん、腰と肩が辛くてなぁ…」
「わかりました。では肩と腰を重点的にほぐしていきましょう」
うん。基本、オレは人と話すのが大の苦手なコミュ障。
でも最近はレベルアップで成長出来たこともあり、また社交性の高い女子大生たちと交流を持てたことでかなり改善されてきている。なので接客に対しても緊張などは一切なかった。
まぁ以前であれば、緊張してガッチガチになっていた事だろう。しかしダンジョンでモンスター相手に殺し合いをするという事を繰り返したことで、ものすごく度胸がついたのは確か。なので今は大概のことでは動じないのだ。
…。
しかし二時間ほどが経ち、ツナミさんからアドバイスを貰いつつ三人ほどお客さんをマッサージした後で、オレの気を動転させる事態が起きた。
なんと、元会社の同僚でオレの大嫌いな桂名が、女連れでマッサージ店に来店してきたのだ。
桂名は黙っていても目立つオレにすぐ気がつくと、いらっしゃいませと頭を下げるカウンターの受付スタッフを無視しズカズカと店内に入ってきてオレの前に立った。
「なんだ江月じゃないか。こんな所でなにしてるんだ?もしかしてバイトか?」
二種類選べる館内着のうち、桂名と連れの女性は浴衣をチョイスして身に着けている。風情ある浴衣の館内着を選んだのは高評価だが、相変わらずチャラチャラとネックレスやピアスも身に着けている点が癇に障る。まったく、それでは風情が台無しだろうに。
(コイツめ、会って二秒でイキリムーブか。相変わらずだな)
桂名は気に入らない相手にはマウント取らずにはいられない性格だ。会社にいた頃も、しょっちゅうオレに絡んできていたし。
あれ、しかし…まだ19時半だよな。
それでよく平日に、女連れでスーパー銭湯なんぞに来れたもんだ。おまえら営業が『〇×社打ち合わせ、後直帰します』なんてボードに書くだけでさっさと帰った後でも、オレのいた事業部は延々と残業させられてたんだぞ。
「いらっしゃいませ。まずはカウンターで受付をどうぞ」
ま、言いたいことは山ほどあるがオレはもう会社を辞めた身。過去に囚われずに、スマイルかつ定型文で桂名に返事を返してやる。
「クッ…!(ギリッ)」
するとそんなオレの態度が気に入らなかったのか、桂名は湯上りの顔をまた赤くしてカウンターに戻ると、「なんであんなヤツを雇って使ってるんだ!」などと受付スタッフさんに向け大声でクレームをつけ始めた。
あ~あ、大成功だよ桂名。おまえのおかげでオレは今、ものすごく居心地が悪くなった。
マッサージを受けているお客さんも何事かとベッドに俯せになっている姿勢から顔を上げているし、他のスタッフさんも困った顔してるじゃないか。
と、そんな中でふとオレの事を見つめている視線に気付いた。
『(じぃ~…ッ)』
見れば、オレの前には桂名が連れていた女性が立っていて、彼女がジッとオレを見上げていたのだ。
(ん、なんだこの子?ああ、もしかして会社にいた子か。そういえば経理か総務部だったかな)
眠たそうな半眼でオレを見上げていた桂名の連れの女性。よく見れば彼女もまた元会社の同僚だ。ただ特に接点もなかったし、職場で遠目に見かけて『あ、あの子ちょっとカワイイなぁ』なんて思った程度で、特に話したことも無い。
(しかし改めて見ると、会社にいた頃ほどカワイイとは思わないな…)
まぁそれは、最近のオレの交友関係に関係しているのだろう。
昔はボッチだったオレが、今やこうしてスタイリッシュ美人のツナミさんに誘われ同じ場所で働いていたり、麗しの美人女子大生三人ともお泊りで旅行に行ったりもしているのだ。なのでかつてより普段から目にしている美人度が、格段にアップしている。
「ああ…!やっぱり江月くんなんだ!えぇ~あんなにヒョロヒョロだったのにぃ!こんなにムキムキになってるなんておかし~!マジウケるぅ!キャハハハ…!」
おっと、オレが彼女に気付いたように、彼女もまたオレの事を思いだしたようだ。でもだからってヒョロヒョロ言うな。ちょっと身長に対して、細身だっただけだぞ。
それに、キミとはそんなに親しくなかったろ?
あれだね、女の子って自分の男の価値観とか権力を、よく自分のモノとして振る舞うよね。今の場合だと桂名がオレに対しマウント取るような発言をしたのを見ていて、自分も同様の態度で接していいものだと判断したようだ。
「ねぇねぇ、こんな所でなにしてるのぉ?転職ぅ?」
話したことは無かったが、彼女はかなりのおしゃべりさんのよう。でも失礼だよな。元同僚でもほぼ初対面なのに。と、そんな事を思っているとそこに不機嫌な桂名が戻ってきた。その背後では受付スタッフさんがクレーマーから解放され、ホッと胸を撫で下ろしているのが見える。
うん、悪かったねとばっちりで。コイツ営業で舌がよく回るうえに、文句言う時は女性並みの早口で捲し立てるから。話聞いてるだけでムカついたでしょ。
「由香ぁ、なにコイツとなんか話してるんだ。もう江月のいる店なんて出ようぜ」
「えぇ~、でもマッサージうけた~い」
ちくせう。でもなんだかんだで、こういう桂名みないなヤツがモテるのが今の世の中。
無駄に身を飾りつけて変に気取った自分語りが上手くて、そして在る事ない事ベラベラと並べてでも女の子をいい気分にさせられるヤツが、モテるんだ。あ~あ、まったく嫌になるね。う~ん、でもそこまで言うと偏見かな?でもまぁオレにはそう見えるのだから、偏見だろうがしょうがない。
「それにどうせなら、江月くんにマッサージしてもらおうよ」
「「エッ!?」」
由香という桂名の連れていた女性が、突然変なことを言い出した。それにオレと桂名の驚いた声がハモる。あら、珍しい事もあるもんだ。って、そうじゃなくてなぜに…!?
「は?コイツのマッサージを受けたいって、どういう事だよ由香?」
うん、そうそう。オレも桂名が彼女に問いかけた内容に相槌をうつ。
「え~、だってめちゃくちゃムキムキだよ。どんなマッサージするんだろうって興味湧いたし。それにただ会っただけじゃなくて、マッサージも受けたほうが会社で話のネタになるジャン」
おうふ、そういう事ね。会社を辞めた後でもオレを笑い者にしたいと。なんだよ、二人そろって性格悪いなオイ。
「く…くくく、そうだな、それは面白いかもなぁ~…(ニチァ)」
おいおい桂名よ。お前、今ものすごい悪人面だぞ。それでよく自分は優しい奴だとか言えるよな。まぁいいや、もう好きにしろおまえら。
「はい、ご新規さま二名~!受付おねがいしまぁす!」
「エェ!?」
なかばヤケクソになったオレがそう声を掛けると、「え!あんなに煩くクレームつけてたのに、なにをどうやったらそこからマッサージを受ける話になったの!?」と、受付スタッフさんが在り得ない展開に目を白黒させている。
いやはや、面倒かけて申し訳ない。
そんな街並みをバイクで駆け抜け、手早く魔石を売って回った。すると、『あ、江月さんひさしぶりですねぇ』なんて感じで、何人かの店員に声を掛けられた。そんなに店員と話しこんだ記憶もなかったが、結構な量の魔石を頻繁に売りに来ていたオレはやっぱり目立っていたようだ。
そして午後一時。
待ち合わせ場所に到着すると、スポーツバッグを両手で持ったツナミさんがお店の前で待っていてくれた。
「江月さん、こんにちは!」
「こんにちはツナミさん。待たせてしまいました?」
「いえ!私も今着いたところです!」
待ち合わせのお店は時間でお金を払って利用できるスポーツジム。
昔はスポーツジムというと会員登録をして通わなくても月々利用料を取られたものだが、最近はカラオケ店のようなシステムのジムも増えたのでありがたい。で、ここはツナミさんが調べておいてくれた、そんなスポーツジムのひとつになる。
…。
こうして、オレとツナミさんは二時間ほどトレーニングで爽やかな汗を流した。
トレーニングは大腿筋を鍛えるのを主として、休憩中に他の身体の部位を鍛える為の指導をトレーニング器具などを使って行い、ツナミさんに姿勢や器具の扱い方を覚えてもらった。
なぜオレがジムに通ってもいないのにそんな事を知っているかというと、以前から独りでトレーニングする際には筋肉ムキムキ系動画配信者のネット動画を観て参考にさせて頂いていたから。彼らはダンジョンで強化した訳でもないのにあんなにムキムキになるなんて、その努力には本当に恐れ入る。
「では筋肉を鍛える場所を集中させて、日によってローテーションさせるんですね」
「ええ、その通りです」
今、オレとツナミさんはトレーニングを終え近くの喫茶店で休息を入れていた。そしてその合間に、ツナミさんに部位集中トレーニング法を説明している。
これはまぁ、理屈はカンタンだ。
例えば、一日目には腕をガンガンに鍛える。すると腕の筋肉は疲労しきって、超回復をする為に休息の時間が必要になる。そこで二日目には腕を休め、腹筋をガンガンに鍛える。すると腹筋は疲労しきって超回復をする為に休息時間が必要になるので、三日目には腕も腹筋も休めて、下半身をガンガンに鍛えるといった感じだ。
このように鍛える部位をローテーションさせてやることで、効率的に筋肉を太くできる。
これであれば疲労した筋肉をさらに鍛えるような真似をして痛めてしまうこともないし、身体には常に負荷がかかっている状態になる。なのでその負荷に耐えられるようにと身体は常に成長ホルモンを分泌してくれるという、実に効率的なトレーニング方法なのだ。
オレもこの方法を用いて身体を鍛えるようになってから、一気に筋肉が太くなった。
「じゃあ次に(プルルルル…)あ…」
「どうぞ、構いませんよ」
「ではすみません、すこし外します…」
話の途中で鳴りだしたツナミさんの通信端末。気にせずどうぞと促すと、ツナミさんは席を立ってお店の外へ出た。しかし大きなガラスのはめ込まれた窓があるので、店内にいてもツナミさんの姿はよく視える。
そんなツナミさんの横顔を何とはなしに眺めていると、驚いた顔から次第に肩を落とし暗い表情に…。むむむ、なにか良くない知らせだったのだろうか。
そうして戻ってきたツナミさんが、申し訳なさそうに口を開いた。
「あの…勤め先からで、体調を崩した者が出たから代わりに出勤してくれないかって、急な連絡がありまして…」
「なるほど。それでツナミさんは、これから仕事に行かなくてはならないのですね。ああ、オレの方は気にしないでください。指導を受けられないのは少し残念ですけど、それはまた別の日でも構わないので」
さて、次はオレが指導を受ける番だなんて気持ちを切り替えていたけど、そういう事情なら致し方ない。
「でも…」
「ああ、全然気にしないでくださいツナミさん」
「でも、急にこちらから頼んだのに、こんな風に中途半端になってしまうなんて…」
「大丈夫ですよ。オレの方は時間の都合がつけやすいですから」
見た目はキツい感じのイケイケなのに、すごく律儀なんだよなぁツナミさんて。ま、あんまり悩ませてしまうのも可哀そうだ。オレから帰った方がツナミさんも仕事に行きやすいだろう。
「じゃあ今日はこれで、それじゃあ―」
「あ、待ってください江月さん!私の、私の勤めてるお店でマッサージの指導を行なうっていうのはどうですか??」
(ふぇ?)
「今日はお客さんが多くて手が足りないって言ってましたし!江月さんも実地で学べるチャンスだと思うんです!わ、私お店に研修生として江月さんを連れて行っていいか訊いてみますねッ!(ダッ!)」
(なんですと!?)
電話をかけるために再びお店を出ていってしまうツナミさん。呼び止める間もなかったな…。そしてしばらくして戻ってくると、『OKが出ました!』と笑顔で言われてしまった。
なんと。
どうやらオレは、この後ツナミさんの勤めるマッサージ店で研修生として働かなければならないようだ。
…。
ツナミさんのトレーニングコーチを終え、その後は筋トレで疲れたツナミさんのカラダをマッサージすることで、今度はオレがツナミさんから指導を受ける予定だった。
しかし急にツナミさんの職場からヘルプの電話がかかってきたことで、事態は一変。
ツナミさんが突然にマッサージの指導をお店でしますと言い出したのだ。オレとしてはさすがにそれはちょっと…といった気持ちだったのだが、それを言うとオレとの約束を懸命に守ろうとしてくれているツナミさんに申し訳ない気がして、なんか言い出せなかった。
いや、整体の学校に通っていて、ゆくゆくはお店を持ちたいくらいの事は伊豆の浜辺でもサンオイルを塗られながら話したけどね。でもツナミさんはそういった話を聞いていたからか、じゃあお店で実際に働いてみるのもいい経験になるだろうと考えてくれてしまったようだ。。。
(うむ、これはもう仕方ない、行くしかないか)
午後16時。ということで、ツナミさんの勤めるスーパー銭湯のなかにあるマッサージ店癒し処リーフにやってきた。
スタッフさんを紹介され、簡単に挨拶なんかを交わし、ツナミさんから30分ほどのレクチャーを受けたと思ったら、もう実戦。いや早いな。しかし今日は平日なのに客の入りが多いらしい。
ちなみに癒し処リーフのスタッフウェアにオレの着られるサイズが無かった為、皆ワインレッドのスタッフウェアなのに対しオレだけ整体学校で着ている白衣姿である。
受け付けはお店の入り口にあるカウンターでスタッフさんがしてくれる。なので施術をするオレ達は、その指示で任されたお客さんを案内するところからが接客のスタート。
そしてオレの任された最初のお客さんは、もうおじいさんと言っていい感じの年配の男性だった。そこでオレはマッチョで高身長と威圧感があるのを少しでもお客さんに感じさせないよう、腰を低くしてさっさとベッドに寝てもらう作戦に出た。
「いらっしゃいませ。こちらのベッドにどうぞ、さぁさぁ、どうぞどうぞ!」
「ひゃ~ッ、おにいさんまた大きな身体だねぇ…!」
「ええまぁ、鍛えてますから。で、今日は身体のどこがお辛いですか?」
「う~ん、腰と肩が辛くてなぁ…」
「わかりました。では肩と腰を重点的にほぐしていきましょう」
うん。基本、オレは人と話すのが大の苦手なコミュ障。
でも最近はレベルアップで成長出来たこともあり、また社交性の高い女子大生たちと交流を持てたことでかなり改善されてきている。なので接客に対しても緊張などは一切なかった。
まぁ以前であれば、緊張してガッチガチになっていた事だろう。しかしダンジョンでモンスター相手に殺し合いをするという事を繰り返したことで、ものすごく度胸がついたのは確か。なので今は大概のことでは動じないのだ。
…。
しかし二時間ほどが経ち、ツナミさんからアドバイスを貰いつつ三人ほどお客さんをマッサージした後で、オレの気を動転させる事態が起きた。
なんと、元会社の同僚でオレの大嫌いな桂名が、女連れでマッサージ店に来店してきたのだ。
桂名は黙っていても目立つオレにすぐ気がつくと、いらっしゃいませと頭を下げるカウンターの受付スタッフを無視しズカズカと店内に入ってきてオレの前に立った。
「なんだ江月じゃないか。こんな所でなにしてるんだ?もしかしてバイトか?」
二種類選べる館内着のうち、桂名と連れの女性は浴衣をチョイスして身に着けている。風情ある浴衣の館内着を選んだのは高評価だが、相変わらずチャラチャラとネックレスやピアスも身に着けている点が癇に障る。まったく、それでは風情が台無しだろうに。
(コイツめ、会って二秒でイキリムーブか。相変わらずだな)
桂名は気に入らない相手にはマウント取らずにはいられない性格だ。会社にいた頃も、しょっちゅうオレに絡んできていたし。
あれ、しかし…まだ19時半だよな。
それでよく平日に、女連れでスーパー銭湯なんぞに来れたもんだ。おまえら営業が『〇×社打ち合わせ、後直帰します』なんてボードに書くだけでさっさと帰った後でも、オレのいた事業部は延々と残業させられてたんだぞ。
「いらっしゃいませ。まずはカウンターで受付をどうぞ」
ま、言いたいことは山ほどあるがオレはもう会社を辞めた身。過去に囚われずに、スマイルかつ定型文で桂名に返事を返してやる。
「クッ…!(ギリッ)」
するとそんなオレの態度が気に入らなかったのか、桂名は湯上りの顔をまた赤くしてカウンターに戻ると、「なんであんなヤツを雇って使ってるんだ!」などと受付スタッフさんに向け大声でクレームをつけ始めた。
あ~あ、大成功だよ桂名。おまえのおかげでオレは今、ものすごく居心地が悪くなった。
マッサージを受けているお客さんも何事かとベッドに俯せになっている姿勢から顔を上げているし、他のスタッフさんも困った顔してるじゃないか。
と、そんな中でふとオレの事を見つめている視線に気付いた。
『(じぃ~…ッ)』
見れば、オレの前には桂名が連れていた女性が立っていて、彼女がジッとオレを見上げていたのだ。
(ん、なんだこの子?ああ、もしかして会社にいた子か。そういえば経理か総務部だったかな)
眠たそうな半眼でオレを見上げていた桂名の連れの女性。よく見れば彼女もまた元会社の同僚だ。ただ特に接点もなかったし、職場で遠目に見かけて『あ、あの子ちょっとカワイイなぁ』なんて思った程度で、特に話したことも無い。
(しかし改めて見ると、会社にいた頃ほどカワイイとは思わないな…)
まぁそれは、最近のオレの交友関係に関係しているのだろう。
昔はボッチだったオレが、今やこうしてスタイリッシュ美人のツナミさんに誘われ同じ場所で働いていたり、麗しの美人女子大生三人ともお泊りで旅行に行ったりもしているのだ。なのでかつてより普段から目にしている美人度が、格段にアップしている。
「ああ…!やっぱり江月くんなんだ!えぇ~あんなにヒョロヒョロだったのにぃ!こんなにムキムキになってるなんておかし~!マジウケるぅ!キャハハハ…!」
おっと、オレが彼女に気付いたように、彼女もまたオレの事を思いだしたようだ。でもだからってヒョロヒョロ言うな。ちょっと身長に対して、細身だっただけだぞ。
それに、キミとはそんなに親しくなかったろ?
あれだね、女の子って自分の男の価値観とか権力を、よく自分のモノとして振る舞うよね。今の場合だと桂名がオレに対しマウント取るような発言をしたのを見ていて、自分も同様の態度で接していいものだと判断したようだ。
「ねぇねぇ、こんな所でなにしてるのぉ?転職ぅ?」
話したことは無かったが、彼女はかなりのおしゃべりさんのよう。でも失礼だよな。元同僚でもほぼ初対面なのに。と、そんな事を思っているとそこに不機嫌な桂名が戻ってきた。その背後では受付スタッフさんがクレーマーから解放され、ホッと胸を撫で下ろしているのが見える。
うん、悪かったねとばっちりで。コイツ営業で舌がよく回るうえに、文句言う時は女性並みの早口で捲し立てるから。話聞いてるだけでムカついたでしょ。
「由香ぁ、なにコイツとなんか話してるんだ。もう江月のいる店なんて出ようぜ」
「えぇ~、でもマッサージうけた~い」
ちくせう。でもなんだかんだで、こういう桂名みないなヤツがモテるのが今の世の中。
無駄に身を飾りつけて変に気取った自分語りが上手くて、そして在る事ない事ベラベラと並べてでも女の子をいい気分にさせられるヤツが、モテるんだ。あ~あ、まったく嫌になるね。う~ん、でもそこまで言うと偏見かな?でもまぁオレにはそう見えるのだから、偏見だろうがしょうがない。
「それにどうせなら、江月くんにマッサージしてもらおうよ」
「「エッ!?」」
由香という桂名の連れていた女性が、突然変なことを言い出した。それにオレと桂名の驚いた声がハモる。あら、珍しい事もあるもんだ。って、そうじゃなくてなぜに…!?
「は?コイツのマッサージを受けたいって、どういう事だよ由香?」
うん、そうそう。オレも桂名が彼女に問いかけた内容に相槌をうつ。
「え~、だってめちゃくちゃムキムキだよ。どんなマッサージするんだろうって興味湧いたし。それにただ会っただけじゃなくて、マッサージも受けたほうが会社で話のネタになるジャン」
おうふ、そういう事ね。会社を辞めた後でもオレを笑い者にしたいと。なんだよ、二人そろって性格悪いなオイ。
「く…くくく、そうだな、それは面白いかもなぁ~…(ニチァ)」
おいおい桂名よ。お前、今ものすごい悪人面だぞ。それでよく自分は優しい奴だとか言えるよな。まぁいいや、もう好きにしろおまえら。
「はい、ご新規さま二名~!受付おねがいしまぁす!」
「エェ!?」
なかばヤケクソになったオレがそう声を掛けると、「え!あんなに煩くクレームつけてたのに、なにをどうやったらそこからマッサージを受ける話になったの!?」と、受付スタッフさんが在り得ない展開に目を白黒させている。
いやはや、面倒かけて申し訳ない。
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「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
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ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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