うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ

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パワーフード

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まさに今、万感の思いを胸に糧品宅のキッチンへと向かったオレ。だがそこには、圧倒的存在感で白く聳えるお高い高級冷蔵庫が待ち構えていたのだった。

ズゴゴゴゴゴゴゴ…。

(ごくり…)

スゴい…、うちのショボくれた2ドア冷蔵庫とはまるで存在感が違う…。

だが怯んではいけない。今のオレは『流離(さすらい)の料理人』、包丁一本と自身の腕だけでこの厳しい世の荒波を渡ってきた男なのだ。

なんてな。

これはオレがよくやるマインドアップ法。大概は『絶対なになにするマン』として登場するが、なにもふざけてばかりいる訳ではない。そう自身の気持ちに強くイメージを植え付けることで、無意識下のパフォーマンスを上げているのだ。

もし『なんのこっちゃ?』と思ったのであれば、何かしら有名な自己啓発本でも読んでみるといい。

大抵の本にはコレと似たことが書いてある。例えば『自分が成功した姿をイメージする』とか、『そのためにはどういった道筋を辿るのがベストか考える』などと書かれているはずだ。

つまり今、オレは上手く料理をする為に『流離(さすらい)の料理人』というキャラクターを生み出し、そのペルソナを被り精神的コスプレをすることによって、自身を高めているのだ。

「江月さん…どうしたの?冷蔵庫なんかジッと見つめて…?」
「あぁ、いや。随分と立派な冷蔵庫だなぁ~と思っただけさ」

いかん、つい考え事をしていたら瀬来さんに不審に思われてしまった。ではグズグスしていないで、パパッと食事を準備をしよう。

『がちゃ…(どきどき)』

でも人の家の冷蔵庫を確認する時って、なんかどきどきワクワクするのはオレだけだろうか?

まぁそんな感じで開いた冷蔵庫の中には、納豆のパックや漬物を入れた容器。卵、それにチーズやバターといったモノしか入ってはいなかった。

「ほんとにすみません、今日は買い物に行けなくて大したものは…」

おっと、リビングにいた瑠羽ママが気になってキッチンに姿をみせた。やっぱり他人に冷蔵庫のなかを見られるのって恥ずかしいですもんね。オレもですよお母さん。

「いえいえ、納豆があるじゃないですか。コレは良い!それに卵も!さらに漬物や梅干しもあるなんて最高ですよ!」
「まぁ…、それは最近瑠羽が急に納豆や卵を食べたいって言いだしたものですから。あ、若い方にはそっちの棚にあるレトルトのカレーなんかが…』

ふふふ、瑠羽にはオレとのメッセージのやりとりで、丈夫な身体を作るのに良い食品を色々と教えたからな。それを真面目な瑠羽はきちんと実行してくれていたようだ。

「いえ、瑠羽のお母さん。これで充分ですよ。いやむしろコレが良い!コレ等と、あとは野菜室の野菜をすこし使わせてください」
「え?そうですか?じゃあ…お任せしますね」

瑠羽ママがリビングへと戻っていくと、瀬来さんもまた冷蔵庫の中を覗きこみつつ疑問を口にした。

「ねぇ江月さん、納豆ごはんのシンプルメニューでも作るつもり?」
「ああ。だが、タダの納豆ごはんじゃないぞ。納豆をベースにしたスペシャルパワーフードだ。手伝ってくれるなら、お鍋に湯を沸かしてくれるかい?」

「おっけ~。なんだかんだで、私もおなか空いてたんだよね」
「ハハハ、そうかそうか」

さて、ではオレの方は、まず納豆を冷蔵庫から出し常温にさらしておく。こうすることで、寒くて眠っていた納豆菌が目を覚ますのだ。

「(がさごそ…)ん~チルドルームの野菜はキャベツにタマネギか。ならキャベツを塩揉みにして、タマネギは味噌汁にしよう」
「エッ?タマネギのお味噌汁??」

「ああ。タマネギは茹でるとしんなりと甘くなって、美味しい味噌汁になる。溶け出した栄養素もそのまま頂けるし、とっても滋養のあるお味噌汁だぞ」
「へぇ~、そうなんだ」

「(ガチャ…)ただいま…」

と、そこにずっと心配して無事の帰りを待っていた瑠羽のお父さんが、帰って来たようだ。

「あ!お父さんだッ!ねぇおとうさん…キャア!どうしたのおとうさん!!」

む!お父さんを迎えに玄関に向かった瑠羽が、悲鳴をあげている。いったいなにがあった?

「まぁ!あなたどうしたのその傷!」
「ハハハ…ちょっと人に押されてね。転んでしまったんだ…おっと」

「キャッ!だいじょうぶおとうさん?」

オレと瀬来さんも気になってキッチンから顔を覗かせると、玄関でふらついて倒れそうになったお父さんを瑠羽が支えていた。

ああ見えて瑠羽はかなりの頑張り屋さんだ。オレの提案したトレーニングメニューもコツコツとこなし、女子大生三人のなかでは一番成長の状態が良い。

そんな瑠羽に身体を支えられて玄関マットの上に座り込んだのは、紺の背広を着た背の低い年配男性。というか瑠羽のお父さんだな。だがその右の額は切れて流血し、その血が白いYシャツの襟を赤く染めメガネまでもがヒビ割れてしまっている。

「万智ちゃん!おねがいッ!」
「うん!救急バッグね!」

瑠羽は傍に来てアワアワしている母親越しに、瀬来さんの名を呼ぶ。

その意を受けて瀬来さんも瑠羽の部屋においてあった救急ポーチを取りに走る。それはまさに以心伝心、親友ならではの阿吽の呼吸だ。

ふむ、オレが行ってお父さんの傷を診ようかともチラリと思ったが、ここはよく知らぬオレよりも愛娘に手当された方がお父さんも嬉しいだろう。うむ…お父さん、どうも口のなかも切ってしまったらしく口元にも血が滲んでいる。

では料理には一工夫加えて、対応することにいたしましょう。


…。


瑠羽のお父さんが帰ってきたことで、部屋の空気がすこし和んだ。瑠羽は玄関でお父さんを手当てしているので、オレ達は調理に戻ることに。

お鍋を二つ用意し、一つは火にかけて細く刻んだタマネギを入れて茹でる。これはお味噌汁用だ。そしてもう一つは火を止め、沸いた湯の中に卵を入れて余熱でゆっくりと加熱する。

「ふ~ん、卵を茹でるんじゃないのね」
「そうだね、こうしてゆっくりと加熱することで、トロトロの温たまを作るんだ」

「へぇ~…でもあれ?前に江月さんが納豆卵かけご飯が最高だって言ってたの聞いたことあるけど、その時は温たまにするなんて言ってなかったよね?」
「ああ、そうだ。実はオレも最近になって知ったんだが、卵を生食した場合、含まれるたんぱく質の半分ほどしか人の身体というのは吸収できないらしいんだ」

「エッ!半分も無駄になっちゃうの!?」
「うん。さらに卵と納豆を一緒に食べると、食べ合わせの関係でビオチンと呼ばれる栄養素の吸収も阻害されてしまうという。だから温たまにしてやることで、いっしょに食べても無駄なく卵の栄養を摂ることができるようなる」

これはまぁ常人ならば、という話なので、ダンジョンで強化され超人と化したオレ達の胃腸ならば、すでになんでもかんでも分解吸収してくれそうではあるが。

「じゃあ今から塩揉みキャベツを作るから、瀬来さんはそうだな…このすり鉢にパックから納豆を移して潰しておいてくれる?」
「は~い。とすると…、ぜんぶいっぺんに混ぜちゃうんだね。え、でも潰すって??」

「瑠羽のお父さんが口の中も切っているようだから、それほど噛まなくても済むようにね。あと…その方が後で面白い事になるから」
「えぇ~、だいじょうぶかなぁ…。ほんとに潰しちゃうよ??」

「うん、遠慮なく潰しちゃって」

こうしてオレがパウチのなかにざく切りにしたキャベツを入れ、そこにスキル【塩】で生み出した塩も混ぜてもみもみしている間に、瀬来さんがすり鉢で納豆を潰しておいてくれた。

「よし、ありがとう瀬来さん。茹でてたタマネギの方ももういいようだから、お味噌を溶いて完成だ」
「うん、それじゃそれは私がやっとくね」

さて…、ではこのすり鉢の中で潰されて原型を失くした納豆のなかに、出来たばかりの温たまを割り入れ、さらに菜箸を差し入れ高速で練る!

するとアラ不思議。

納豆菌が酸素と卵の栄養も摂りこんで、モリモリと増殖するのだ。なので見た目的には、ほわっほわのムースのような状態になる。

「わぁ♪なにそれすごい!!私もそれやりたい♪」

ふははは!どうだ凄かろう!これが納豆菌のパワーだ。納豆菌が腸内環境を整えてくれることは言うまでもない事。その納豆菌をこうして爆増させてやることで、その効果もまた爆増なのだ。

「よしよし、では納豆は瀬来さんにパス。で、オレは梅干しとゴマを用意するよ」
「は~い♪でも今度は梅干しとゴマ…?」

「うむ。梅干しに含まれるクエン酸と、ゴマに含まれるセサミンは疲労回復にも効果的。梅干しは納豆に梅肉を練り込んで味のアクセントに、納豆をオンザライスした上にさらに温たまをオンしてゴマを散らせば、スタミナ満点のスペシャルNTKGの完成だ!」
「そ…それが江月さんのスペシャルNTKG…!(ごくり…)」

「そうだ、タンパク質はなにも筋肉の為だけに必要な訳じゃない。人の身体のほとんどはタンパク質で出来ている。だからこのスペシャルNTKGを食べることで、納豆菌で腸内環境が整い、皮膚の状態も、抜け毛も、怪我にだって効くこと請け合いだ。即ちこれパワーフード也ッ!」
「すごい…普段何気なく食べてた納豆ごはんに、そんな秘密が隠されていたなんて!」

「ハハハ!まぁそれはともかく、早くみんな出してやろう」
「は~い♪」


こうして、オレ達は激動の一日のシメをスペシャルNTKGを食べることで終えた。

口の中を切っていた瑠羽のお父さんも、すっかり元気をなくしてしまった仁菜さんも、この一風変わった納豆卵かけご飯を食べることで少しは元気を取り戻してくれたようだ。

だがしかし、ダンジョンからモンスターが溢れ出てくるという異常事態に、このスーパーシェフJの腕を持ってしても皆をいつものような笑顔にすることは出来なかったのだった。
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