うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ

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Ocean Adventure 2

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港を出た漁船は、まだ暗いなか白波を蹴って速度をあげる。

しかし伊豆出身で幼い頃より海に慣れ親しんできたシャークは、元気100倍。その持てる若さを弾けさせつつも持て余し、唇を尖らせながら不満をこぼす。


「ちぇ~ッ、アタシも自分の道具があれば、海に潜れたのになぁ~」
「おいおい無茶を言うな。まだどんなモンスターがいるのかだって、分かってないんだぞ?」

漁師さん達の話では仕掛けておいた網を引き揚げてみると、恐ろしいほど穴だらけにされているという。そんな状況でもすすんで海に潜りたいなんて言うヤツは、おまえくらいのモンだ。

「でもジャングは潜るじゃんか!」
「オレとて好きで潜る訳じゃない。それにこうして過剰なくらいの準備をしてるんだから、そこを間違えてくれるなよ?」


「う~、わかってるってばもぉ~!」

アーマード蟲王スーツに加えて、水中用の装備。コレはオレ史上かつてないほどの重装備となっている。つまり今が過去一の防御力であり、並みのモンスターであればまったく歯が立たないだろう。

ま、今のオレにダメージを通せるモンスターがいるとすれば、キングゴキの体当たりに、蠅女王の蛆津波に、巨大赤蠍のバカデカ鋏に、巨大黒蜘蛛の牙…って、なんだよおい。よく考えて数えてみたら、いまくりじゃねぇかよ。

「「……」」

と、もし海中でもそんなボス級モンスターに出会ったらどうしようと不安を感じ、船上で早くも言葉少なになっている結月ちゃんと並んで座ってたら、どうやらブイの浮いている辺りに到着したのかエンジン音が低くなり船がゆっくりと速度を落とした。

「兄ちゃん、到着だ。あの浮いてるブイが網に繋がってんだ」
「…なるほど。では引き上げる前に、網に異常がないか潜って見てきましょう」

波間に揺れるオレンジ色をしたブイを確認すると、海に潜るため手足にアタッチメントを装着していく。下水の調査点検で酸素ボンベでの呼吸にはすっかり慣れているし、新装備に関しても完成させてから何度もテストし微調整を施した。

(うむ、やれることは全てやったのだから、恐れることなど何もない…)

そうだ、自分を信じろ。この装備であれば、20メートルを超えるタコとかイカなんかが現れない限りは、きっとなんとかなるはず。そうして船上でグリングリンと増設アームも伸ばして回すと、そのまま海に入るため船べりを掴ませる。

「各部動作確認、異常なし。よし、では行ってくる」

「ガンバレよな!」
「気をつけてください」

「ああ、無事に戻れるよう祈っててくれ」

そのセリフと共に、船上にいる面々の顔を一度見回し、頷く。それに頷いて返してくれるのを踏ん切りに重心を崩すと、オレは自ら海に落ちたのだった。

…。

着水すると同時に、ザンブと波の下へと沈み込む。

しかし体脂肪率激低なオレに加え、この重装備なのだからそれも当然。自然と沈降していくので、浮上するにはそれ以上の推力で泳いでみせるか、装備をパージするほかない。

それに海水に沈み込んだ瞬間に、スーツの外殻越しに感じるわずかな圧迫感。

コレは水圧によるモノであるが、いつもいる世界とはまた別の世界にきたような、そんな不思議な感覚を心に覚えさせる。そして当然、ゆらぐ海水を通して視える景色はほの暗い。

(しかし、海に対して抱くこの恐怖心とは、いったいなんなのだろうな…)

同じ怖いにしても、速度や高度といったモノに対して抱く恐怖とは、また別格。海に対して抱く『なにか恐ろしいモノが潜んでいそう』といった恐怖の感覚は、人のDNAに深く刻み込まれているような気がする。

だがそんな状況も塩の精霊である塩太郎にはまったく気にならないらしく、おおいに喜んでいた。

(…ッ…ッッ…。ッ…)
(ふふ、楽しいか塩太郎…?)

(…ッッ…ッ…!)
(うむ、海は塩分だらけだからな。おまえにとっては居心地がいいか)

地底湖から東京湾に出て来た時もそうだったが、塩太郎は海が好き。なので今の状況もまた、面白がって楽しんでいる。

(さて、だがそろそろ粘液を出すからひっこんでいろ。それ…酸粘液膜、展開ッ!)

ここで海中に沈みつつ、スキル【強酸】と【超粘液】のミックス発動により酸粘液膜を展開。程よい厚みを持ちつつも表面はヌルリと滑る滑性の高い酸性粘液で、自身のカラダをヌルリと覆い包む。

鱗のない魚が自身をそういった粘液で包んでいるのと同じように、粘液を纏う事で水の抵抗を減らすことが出来るのだ。さらにその粘液に酸性を持たせているのは、万が一にもデカイのが現れバクリとやられた時でも、あまりの酸っぱさに驚いて吐き出してくれるかもという保険のため。

ただ、水に入ってからするのはあまり効率が良くない。

しかし船上でヌルヌルになってしまっては、後でほかの者が滑って転んでしまう。出航前にも、船上での転倒による怪我は多いので気を付けてくれと漁師さん達から注意を受けたばかり。それ故、使うタイミングが今という訳。

そしてこの技はスキルを保有しているのは勿論のこと、酸に強い蟲王スーツを着用していればこそ、できる芸当。もしスーツがなければ、自分の生み出した酸でも酷い化学火傷を負ってしまう。

(酸粘液膜…、展開完了。各部も異常なし。お、視えてきたな、アレがそうか…)

罠である魚の網は、刺し網漁といわれるタイプ。

海中でも上の部分はだいぶ空いていて、航行の邪魔にはならない作り。でも海底近くを泳いでいる魚がその網目に嵌ると、抜け出せずに捕えられてしまうといった仕組み。しかも網目よりも小さければスルリと通り抜けられるので、無駄に乱獲してしまうことはないという優れものだ。

そんな刺し網が、海底付近にゆるく波に揺られた状態で長く続いている。

と、網の作りに感心しながらブイの繋がったロープを伝っていくと、前方にヌラリと長い銀色の魚影を確認。刺し網にはチラホラ魚がかかっていたが、 それらとは明らかにサイズが違う。

(む、アレは…。リュウグウノツカイか?いや、なんだアリャ!?)

その体長は優に5メートルを超えている。 しかしそもそもこんな浅い海に、リュウグウノツカイがウロウロしているはずもない。そこで静かに近づいていくと、ソイツは二度三度と往復しながらも、網にかかった魚をガツガツ食べていた。恐ろしい形相をした顔で。

うん、魚体はだいぶリュウグウノツカイ。なのでほぼリュウグウノツカイであろうと確信したところで、コチラに向いた頭には、痩せて骨ばった老婆の顔がついていたのだ。


(ウゲゲ、なんだコイツ!)

顎周りはこけたようにゲッソリと細いが、頬骨はやけに突き出ている。なので正面から見ると、凸を逆さにしたような顔の輪郭。さらにその顔の上下には刃物のような鋭い棘があり、かかっている魚を食べる際にそれで網を破っているようだ。トドメはいかにも捕食者然とした、上下の顎から犬歯のように長く伸びた鋭い牙。これはどうみても間違いなく、モンスター。

 ノノ  皿皿皿皿皿
婆□□□□□□□□□□□□□}
 щ

全体図としては、こんな感じ。

(人面魚?う~む、よもやこんなのを人魚とは思いたくないな…)

とはいえ今も網にかかった魚をガツガツと食べている。このままではドンドン魚が食われてしまう。故にここは、漁師さん達の生活の為にも排除せねばなるまい。そこで網を掴んでゆっくりと接近を試みる。

(よし、そろそろ間合いに…今だ!)

だがそうして繰り出した弓矢攻撃は、偽リュウグウノツカイに容易く躱されてしまう。

左腕部にとりつけたなんちゃって水中銃による攻撃だったが、取り回しの関係上その矢はそれほど長くない。そんな射程の短い矢と撃ちだす瞬間に生じたゴムチューブが水を弾く音に反応され、矢の届く前に躱されてしまった。

ともあれ相手からの反撃がくるだろうと警戒しカウンター態勢で身構えていると、偽リュウグウノツカイはその場を離れユラリと遠くへ泳いでいってしまった。

(む、逃げたか…。お、でもまだ先にもいるな。では今度はアイツに…)

しかしそちらもまた、近づき攻撃を加えると容易く躱され逃げられてしまう。

(あれれ…、食い意地は張ってるけど、随分と消極的なモンスターだな。これじゃちっとも狩れないじゃないか)

なにやら想定と違ってたので、ひどく肩透かしを食った気分。

とはいえ現在の状況を報告し船にいる漁師さんとも相談して対策を練ろうと、網とブイを繋げているロープを頼りに海上へ戻り始めた。

だがこの時、オレは逃げ出した偽リュウグウノツカイが仲間を引き連れ戻ってきているとは、まるで気が付けてはいないのだった。
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