うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ

文字の大きさ
617 / 660

Giving back

しおりを挟む
銚子は痺れに似た感動の余韻に浸りつつ、夕暮れに染まる緩い斜面を歩いていた。枯れ始めた下生えにもダンジョンへの往来で獣道が出来、そこだけは硬い地面が露出している。そこでふと自身の長く伸びた影が目につき、背に浴びていた夕陽に振り返った。

(ああ、あれが選択の時。決断の瞬間というヤツなのだな…)

そう思い返すのは、つい先ほどのやりとり。

『銚子、小間と須藤を呼んできてくれないか』
『え、小間さんに須藤さんといえば、ふたり揃ってコマスドーと呼ばれるほど他チームから恐れられている、ウチの主力じゃないっスか。まさか、あの二人を出すつもりですか!?』

そう銚子が驚くのも無理はなかった。銚子が開発部の部長なら、年上にあたる30代の小間と須藤は素材回収部の部長と副部長。サバイバルゲームでの実力もさることながら、今やダンジョンで実戦部隊の指揮を執るバリバリの現場指揮官である。

『そう逸るな。この状況を伝えてな、まずあのふたりからも意見を聞こうというのだ』
『あ、そうでしたか。じゃあ―』

『しかし、俺のなかでは八割がた出陣で決している。…それも踏まえて、おまえが二人を呼んできてくれ』

そう言われると、銚子は息が詰まってすぐには返事が返せなかった。

銚子から見て夕暮れを背に立った提督は、逆光で黒い人影になっていた。だのにその瞳だけがヤケにギラついて、刺すように鋭かったから。

(う、カッコイイ…!)

普段は温厚で朗らかな人柄。とはいえ銚子もまたサバイバルゲームなどを趣味としている人間。なので戦争もしくはそういった戦いの場に、男の浪漫を感じてしまうタイプには違いなかった。そんな男の前でこれまた熟年いぶし銀の男がそれを焚きつけるようなセリフを吐いたのだから、当然これに酔わない筈は無かった。

しばらくは地に足がついていないような、そんなフワフワとした足取りで緩い坂道を登っていく。しかし立木の向こうから濃い藍色のコンテナ―自分達が管理を委託している植物ダンジョンが見えてくると、流石にその表情を引き締め気合を入れ直した。

ふたりを呼んできてくれ。という事はまず自分にさきほどの説明をさせ、小間さんと須藤さんにも考える時間―余裕を与えようというのだろう。そうすれば提督の前にふたりが来た時には、すぐに意見の交換が可能となる。

そう指示された内容の意図を汲み取った銚子は、終了ミーティングの後もコンテナ脇で談笑している素材回収班に向かうと声をかけた。

「どうも、お疲れっス」

すると他の者達の返事に混じって、小間も銚子に笑顔を向けてくれた。

「おう、お疲れ。おまえがこの時間コッチに来るなんて、珍しいな。あれか、ニンニクの方か?」
「今日は違うっス。実は小間さんと須藤さんを提督が呼んでまして、すぐにふたりで来て欲しいんスけど」

するとヘルメットを小脇に抱えていた小間の表情が曇り、探るような上目の眼差しで銚子に問いかけてきた。

「なんだ、もしや回復薬の使い過ぎだって、それでまた小言じゃなかろうな…」

その言に周りにいた社員たちも怪訝そうに顔を見合わせるが、ソレを銚子はすぐに否定する。

「あ~、使い過ぎも困るっちゃあ困るんスけど…、ソレじゃないっス」
「じゃあ、なんだってんだ?コッチは今さっき、ダンジョンからあがったばかりだぞ」

ここにいる面々。つい先ほどまでダンジョンで素材回収―つまりは戦闘を行なっていた。その為に埃っぽくなった装備も解いておらず、まだだいぶ気が昂ぶっている様子。そこで銚子は相手の気分を害さぬよう、なるべく丁寧に頼み込むことに。

「なんでも提督がおふたりに相談があるとかで。なんで疲れてるのは承知してるんスけど、ご足労願えないっスか」
「ふ~む、提督が俺達に相談事か…」

そこへ思案顔で腕を組んだ小間の背後から、長身な須藤がヌッと顔をみせた。どうやら話を聞いた他の社員が、コンテナ内から姿の見えなかった須藤を呼んでくれたらしい。

「お、須藤。なんでも提督が、俺達に相談があるのだと」
「…」

このふたり、性格から外見までが両極端。比較的小柄でも豪放な性格の小間に対し、細身で長身な須藤はどこまでも寡黙で慎重。しかしフラッグ戦でふたりが前衛後衛をそれぞれ率いて戦うと、これが滅法強かった。

小間率いる前衛が、素早い移動で苛烈果敢に攻め立て敵の注意を釘付けに。するとその煩い寄せ手を嫌った相手チームが、迂回してこちらの拠点を攻めようとする。が、そこを何処に潜んでいるのかまるで分からないといった須藤率いるスナイプ部隊が、恐ろしいまでの命中率で狙撃するのだ。そんなふたりが、今はダンジョンで素材回収班を率いている。

と、ここで小間・須藤・銚子。三人の視線が、互いの思考を探るように交錯する。しかし他の社員の耳もあるため、銚子もここでは笑顔で頭をさげるに留め、詳しい内容は明かさない。

「どうか、お願いっス」

…。

そうして三人で事務所へ向かう段になって、銚子はようやくふたりに話の内容を打ち明けた。

「なに、芸能事務所から依頼だと!?」
「そうっス。テレビでやる企画みたいなんスけど、どうも大事なアイドルを守る能力者は番組制作会社でなく、事務所側で探してるみたいなんスよ」

するとそのやりとりを聞いて、今までずっと無言で最後尾を歩いていた須藤がはじめて口をひらいた。

「…フッ、ということは受けるとなれば、任務はその護衛というわけか」

そして唇の左端だけを上げると、可笑しそうにクックと笑ってみせる。

その様子を好感触と捉えた銚子は、さらに情報を開示。

「ええ。で、驚きなのはそれを依頼してきたのが、なんとあのファングレディが所属する播磨プロダクションって事なんスよ」
「なに!?バカお前、それを先に言え!」

それを受け、先頭を歩いていた小間が振り返って銚子を怒鳴りつけた。

「いいか、俺達がまだモンスターと碌に戦えなかった時、救援に駆けつけてくれたのは彼女達だぞ!それに、愛車の仇も討ってくれた!」

かつて暴れ竹が地上に現れた時、一番最初に破壊されたのは小間の愛車だった。

「フ…、だがそれだけではあるまい。その後の炊き出しでも、彼女たち自らが腕を奮ってくれた。あの時の料理の味、あれは随分と心に沁みたものさ…」

そして須藤は、ここぞというタイミングでイイ女ムーブをしてみせる仁菜静絵の妙技に、すっかり絆されていた。

(あ~、これは説得の必要とか、まったくなさそうっスね…)

あの提督ですら、八割がたで出るものと決めていた。それだけトライデントのメンバーにとって、拠点の危機にワルキューレが駆けつけてくれたという出来事は鮮烈だったのだといえよう。

(なんて。かくいう自分も、これで仲間の命が懸かってなきゃ諸手で賛成したんスけどね…)

そんな銚子の不安をよそに、小間と須藤はどちらともなく事務所へと向かう足を速めるのだった。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風
ファンタジー
御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。 ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。 しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。 奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。 そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。

異世界帰還者の気苦労無双録~チートスキルまで手に入れたのに幼馴染のお世話でダンジョン攻略が捗らない~

虎柄トラ
ファンタジー
 下校帰りに不慮の事故に遭い命を落とした桜川凪は、女神から開口一番に異世界転生しないかと勧誘を受ける。  意味が分からず凪が聞き返すと、女神は涙ながらに異世界の現状について語り出す。  女神が管理する世界ではいま魔族と人類とで戦争をしているが、このままだと人類が負けて世界は滅亡してしまう。  敗色濃厚なその理由は、魔族側には魔王がいるのに対して、人類側には勇者がいないからだという。  剣と魔法が存在するファンタジー世界は大好物だが、そんな物騒な世界で勇者になんてなりたくない凪は断るが、女神は聞き入れようとしない。  一歩も引かない女神に対して凪は、「魔王を倒せたら、俺を元の身体で元いた世界に帰還転生させろ」と交換条件を提示する。  快諾した女神と契約を交わし転生した凪は、見事に魔王を打ち倒して元の世界に帰還するが――。

処理中です...