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【本編】アングラーズ王国編
逡巡(カリーナ視点)
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昨夜、皇女殿下の突然の訪問から、ろくに寝られなかった私は頭痛が酷く、こめかみを押さえた。
「カリーナ様、大丈夫ですか?」
私のヘアセットを終えた宮殿の侍女が、心配そうに言った
「ええ。大丈夫」
私は努めて明るい表情を浮かべた。
今日はアングラーズ王国建国記念の祝賀パーティー当日だ。
暗い顔をして、お祝いの場の空気を乱さないように気をつけなければ。
「お茶のご用意が出来ておりますが、いかがなさいますか?」
侍女にそう聞かれ、私はティーポットが置かれているテーブルをチラリと見た。
そのティーポットのそばには、薄紫の可憐な花々が花瓶に生けられている。
昨夜、皇女殿下によって無惨に散らされた花々も、あの後、すぐに入って来た宮殿の使用人達によって、何事もなかったかのように、元に戻された。
でも、私には今でもあの時の光景が、生々しく目に焼きついている。
『ベルレアン王国の侯爵家なんて、潰そうと思えば、いつでも簡単に潰せるわよ』
そう言った皇女殿下の瞳は、恐ろしい程に紅く、その瞳の奥には憎悪が動めいていた。
今は独立国であるベルレアン王国も、元々はフェアクール帝国の従属国だった。
そのせいでフェアクール帝国は未だに、ベルレアン王国に対して大きな影響力を持っている。
皇女殿下が言うように、フェアクール帝国から圧力があれば、ベルレアン王国の王家は、ローレル侯爵家など簡単に見放すだろう。
そうなれば、私のせいでお父様や、侯爵家に使える者、領民たちみんなに迷惑がかかる。
私が──
「カリーナ様?」
その時、侍女に再び声をかけられて、私は我に返った。
「ごめんなさい。お茶は大丈夫よ。ありがとう」
「左様でございますか。では、また御用がありましたら、お呼び下さいませ」
そう言って侍女は深く一礼すると、部屋から出て言った。
誰もいなくなった部屋で、私は深く息を吐いた。
そして目の前の、大きな姿見に映る自分を見つめた。
綺麗に化粧を施された自分の顔は、見違えるほどに華やかになり、ダークブロンドの髪は、見事に編み込まれてアップスタイルにされ、その編み込まれた髪の所々に、薄紫の可憐な生花がちりばめられている。
ドレスは、瞳の色に合わせ、すみれ色のドレスを選んだ。
しかし、いくら化粧やドレスで取り繕うとも、皇女殿下の言う通り、私にレアン殿下の隣は見合わない。
身分も、容姿も何一つ釣り合わない彼に、どうして引かれてしまったのだろう。
今なら、まだ引き返せるだろうか。
少し、夢を見てしまっただけだと。
──コンコン
その時、扉をノックする音が響いた。
さっきの侍女がまた戻って来たのだろうか。
私は返事をして、扉の方を振り向いた。
「とても綺麗だよ。カリーナ」
そう言って、いつものようにほほ笑みながら入って来たのはレアン殿下だった。
「昨日は夜中まで会談があって、来られなかったんだ。大変だったのに、ごめんね」
「私は大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」
私は慌てて立ち上がり、レアン殿下に近づいた。
正装のレアン殿下は、銀糸で見事な刺繍が施された濃紺の詰襟の礼服を着ていた。
その圧倒的なオーラを纏った、煌びやかな姿に、私は余計に引け目を感じた。
「ローズ皇女殿下に、何を言われたの?」
レアン殿下は真っ直ぐこちらを見つめ、私の言葉を待っていた。
「……」
でも、私は言葉が出なかった。
昨日、皇女殿下に言われた事を伝えてしまったら、それこそレアン殿下にまで迷惑がかかる。
彼はきっと、侯爵家を助けようとするだろう。
「いえ、特に何も……」
かろうじて、囁くにように私が言うと、レアン殿下は小さくため息をついた。
「君が何を言われたのかは、その顔色を見れば大体分かるよ。侯爵家を潰すとでも言われたんでしょう?」
ズバリ言い当てられて、私は言葉に詰まり、否定する事も出来ずにうつむいた。
「侯爵家は心配ないよ。私が侯爵家に近づく事を、面白くないと思う輩が、遅かれ早かれ出てくるだろう事は分かっていたからね。既に手は打ってある。フェアクール帝国がいくら圧力をかけて来ようと、ベルレアン王国がローレル侯爵家を見捨てる事は決してないよ。それに、エアリスがいると分かった時点で、侯爵家と領地周辺は極秘で兵を派遣して常時警護させてある。フェアクール帝国に手出しはさせない」
そう言うと、レアン殿下は私の手を両手で包むと、目線を合わせた。
「君の大切なものは、私が必ず守る。だから私を信じて」
レアン殿下は力強く言った。
どうして彼は、こんなにも私のためにしてくれるのだろう。
「レアン殿下に、そこまでしていただく必要はありません。私は貴方にとって、何の役にも立たないのですから」
「役に立つ、立たないは関係ない。そんな損得勘定でカリーナを選んだ訳じゃないよ」
レアン殿下は私の手を離すと、悲痛な面持ちで目を伏せた。
「不安にさせて、本当にごめん。君にそんな顔をさせたくて、一緒になりたい訳じゃないんだ。明日、ゆっくり話そう」
レアン殿下はそう言うと、懐から紫色をしたベルベットの小箱を取り出し、私の前に差し出した。
「貰ってくれる?カリーナ」
私は、明らかに高級な何かが入っていそうなその小箱を見つめ、受け取るべきか、どうするべきか、しばらく葛藤していた。
レアン殿下の顔を見ると、恐ろしく真剣な表情でこちらを見つめていたので、私は思わずそれを受け取った。
「あ、ありがとうございます……」
「良かった。開けて見て」
一転して、笑顔になったレアン殿下に促され、私は小箱の蓋を開けた。
「これは──」
私は一瞬固まった。
そこには薄紫に光輝くダイヤモンドのネックレスが入っていた。しかも大粒の。
こんな大粒のダイヤモンドなど見たことがなかった。
一体いくらするのだろう。
そら恐ろしくなった私は、怖じ気づいた。
「こんな高価なもの、私にはとても似合いません」
私は慌てて小箱の蓋を閉じて、レアン殿下に返した。
「何を言っているの。君ほど似合う人はいないよ。カリーナ」
レアン殿下は小箱からネックレスを取り出すと、私の後に回り込み、素早い動作で私の首にネックレスをつけた。
「レ、レアン殿下?」
首元には、私の瞳と同じ薄紫のダイヤモンドが、目映い光を放っていた。
「やっぱり、とても似合っているよ。君の瞳と同じ色を選んだんだ」
レアン殿下はニッコリとほほ笑んだ。
「貰ってくれるよね?」
そう言って、レアン殿下は私の頬に優しく触れ、顔を近づけじっと見つめてきた。
あまりに近いその距離に、私は思わず一歩退いた。
すると、レアン殿下はフッと小さく笑うと、私の頬から手を離した。
「では、私はそろそろ行くね。今日は色々と立て込んでいて、ゆっくりしていられないんだ。後で迎えに、エアリスを寄越すから」
私はレアン殿下を見送るため、一緒に扉の外へ出た。
「あ、もう戻るんですか?」
扉の外に立っていたアルが言った。
その顔にはテープが貼られている。
実は昨夜、私と皇女殿下が話をしていた扉の外では、アルが皇女殿下の配下たちといざこざを起こし、大騒ぎになっていたのだった。
「アルフレート、君は祝賀パーティー会場への出入りは禁止だから」
「は?なんで??」
アルは驚いて叫んだ。
「当たり前だよ。祝いの場で、ローズ皇女の配下に、また喧嘩を吹っ掛けて貰っては困るからね」
「いやいや。元々、挑発してきたのは向こうですよ?」
「だからって、殴りかかるのは良くないよね?君はもう少し自制心を養おうか。アルフレート」
「いや、でも、カリーナ様の護衛は……」
「大丈夫。私の方で優秀な者をつけるから心配ないよ。アルフレートはゆっくり休んで」
レアン殿下はにこやかにそう言い放つと、「じゃあ、またね。カリーナ」と言って、去って行った。
「やっぱり、いけ好かない奴ですよ。あいつは」
アルはそう言って、ガシガシと髪を掻きむしった。
その隣で、私はレアン殿下に貰ったダイヤモンドのネックレスにそっと触れた。
──何よりも強い、永遠の絆。
その石に込められた意味のように、私はレアン殿下と永遠の絆を結べるのだろうか。
果たして、私にその資格はあるのだろうか。
「カリーナ様、大丈夫ですか?」
私のヘアセットを終えた宮殿の侍女が、心配そうに言った
「ええ。大丈夫」
私は努めて明るい表情を浮かべた。
今日はアングラーズ王国建国記念の祝賀パーティー当日だ。
暗い顔をして、お祝いの場の空気を乱さないように気をつけなければ。
「お茶のご用意が出来ておりますが、いかがなさいますか?」
侍女にそう聞かれ、私はティーポットが置かれているテーブルをチラリと見た。
そのティーポットのそばには、薄紫の可憐な花々が花瓶に生けられている。
昨夜、皇女殿下によって無惨に散らされた花々も、あの後、すぐに入って来た宮殿の使用人達によって、何事もなかったかのように、元に戻された。
でも、私には今でもあの時の光景が、生々しく目に焼きついている。
『ベルレアン王国の侯爵家なんて、潰そうと思えば、いつでも簡単に潰せるわよ』
そう言った皇女殿下の瞳は、恐ろしい程に紅く、その瞳の奥には憎悪が動めいていた。
今は独立国であるベルレアン王国も、元々はフェアクール帝国の従属国だった。
そのせいでフェアクール帝国は未だに、ベルレアン王国に対して大きな影響力を持っている。
皇女殿下が言うように、フェアクール帝国から圧力があれば、ベルレアン王国の王家は、ローレル侯爵家など簡単に見放すだろう。
そうなれば、私のせいでお父様や、侯爵家に使える者、領民たちみんなに迷惑がかかる。
私が──
「カリーナ様?」
その時、侍女に再び声をかけられて、私は我に返った。
「ごめんなさい。お茶は大丈夫よ。ありがとう」
「左様でございますか。では、また御用がありましたら、お呼び下さいませ」
そう言って侍女は深く一礼すると、部屋から出て言った。
誰もいなくなった部屋で、私は深く息を吐いた。
そして目の前の、大きな姿見に映る自分を見つめた。
綺麗に化粧を施された自分の顔は、見違えるほどに華やかになり、ダークブロンドの髪は、見事に編み込まれてアップスタイルにされ、その編み込まれた髪の所々に、薄紫の可憐な生花がちりばめられている。
ドレスは、瞳の色に合わせ、すみれ色のドレスを選んだ。
しかし、いくら化粧やドレスで取り繕うとも、皇女殿下の言う通り、私にレアン殿下の隣は見合わない。
身分も、容姿も何一つ釣り合わない彼に、どうして引かれてしまったのだろう。
今なら、まだ引き返せるだろうか。
少し、夢を見てしまっただけだと。
──コンコン
その時、扉をノックする音が響いた。
さっきの侍女がまた戻って来たのだろうか。
私は返事をして、扉の方を振り向いた。
「とても綺麗だよ。カリーナ」
そう言って、いつものようにほほ笑みながら入って来たのはレアン殿下だった。
「昨日は夜中まで会談があって、来られなかったんだ。大変だったのに、ごめんね」
「私は大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」
私は慌てて立ち上がり、レアン殿下に近づいた。
正装のレアン殿下は、銀糸で見事な刺繍が施された濃紺の詰襟の礼服を着ていた。
その圧倒的なオーラを纏った、煌びやかな姿に、私は余計に引け目を感じた。
「ローズ皇女殿下に、何を言われたの?」
レアン殿下は真っ直ぐこちらを見つめ、私の言葉を待っていた。
「……」
でも、私は言葉が出なかった。
昨日、皇女殿下に言われた事を伝えてしまったら、それこそレアン殿下にまで迷惑がかかる。
彼はきっと、侯爵家を助けようとするだろう。
「いえ、特に何も……」
かろうじて、囁くにように私が言うと、レアン殿下は小さくため息をついた。
「君が何を言われたのかは、その顔色を見れば大体分かるよ。侯爵家を潰すとでも言われたんでしょう?」
ズバリ言い当てられて、私は言葉に詰まり、否定する事も出来ずにうつむいた。
「侯爵家は心配ないよ。私が侯爵家に近づく事を、面白くないと思う輩が、遅かれ早かれ出てくるだろう事は分かっていたからね。既に手は打ってある。フェアクール帝国がいくら圧力をかけて来ようと、ベルレアン王国がローレル侯爵家を見捨てる事は決してないよ。それに、エアリスがいると分かった時点で、侯爵家と領地周辺は極秘で兵を派遣して常時警護させてある。フェアクール帝国に手出しはさせない」
そう言うと、レアン殿下は私の手を両手で包むと、目線を合わせた。
「君の大切なものは、私が必ず守る。だから私を信じて」
レアン殿下は力強く言った。
どうして彼は、こんなにも私のためにしてくれるのだろう。
「レアン殿下に、そこまでしていただく必要はありません。私は貴方にとって、何の役にも立たないのですから」
「役に立つ、立たないは関係ない。そんな損得勘定でカリーナを選んだ訳じゃないよ」
レアン殿下は私の手を離すと、悲痛な面持ちで目を伏せた。
「不安にさせて、本当にごめん。君にそんな顔をさせたくて、一緒になりたい訳じゃないんだ。明日、ゆっくり話そう」
レアン殿下はそう言うと、懐から紫色をしたベルベットの小箱を取り出し、私の前に差し出した。
「貰ってくれる?カリーナ」
私は、明らかに高級な何かが入っていそうなその小箱を見つめ、受け取るべきか、どうするべきか、しばらく葛藤していた。
レアン殿下の顔を見ると、恐ろしく真剣な表情でこちらを見つめていたので、私は思わずそれを受け取った。
「あ、ありがとうございます……」
「良かった。開けて見て」
一転して、笑顔になったレアン殿下に促され、私は小箱の蓋を開けた。
「これは──」
私は一瞬固まった。
そこには薄紫に光輝くダイヤモンドのネックレスが入っていた。しかも大粒の。
こんな大粒のダイヤモンドなど見たことがなかった。
一体いくらするのだろう。
そら恐ろしくなった私は、怖じ気づいた。
「こんな高価なもの、私にはとても似合いません」
私は慌てて小箱の蓋を閉じて、レアン殿下に返した。
「何を言っているの。君ほど似合う人はいないよ。カリーナ」
レアン殿下は小箱からネックレスを取り出すと、私の後に回り込み、素早い動作で私の首にネックレスをつけた。
「レ、レアン殿下?」
首元には、私の瞳と同じ薄紫のダイヤモンドが、目映い光を放っていた。
「やっぱり、とても似合っているよ。君の瞳と同じ色を選んだんだ」
レアン殿下はニッコリとほほ笑んだ。
「貰ってくれるよね?」
そう言って、レアン殿下は私の頬に優しく触れ、顔を近づけじっと見つめてきた。
あまりに近いその距離に、私は思わず一歩退いた。
すると、レアン殿下はフッと小さく笑うと、私の頬から手を離した。
「では、私はそろそろ行くね。今日は色々と立て込んでいて、ゆっくりしていられないんだ。後で迎えに、エアリスを寄越すから」
私はレアン殿下を見送るため、一緒に扉の外へ出た。
「あ、もう戻るんですか?」
扉の外に立っていたアルが言った。
その顔にはテープが貼られている。
実は昨夜、私と皇女殿下が話をしていた扉の外では、アルが皇女殿下の配下たちといざこざを起こし、大騒ぎになっていたのだった。
「アルフレート、君は祝賀パーティー会場への出入りは禁止だから」
「は?なんで??」
アルは驚いて叫んだ。
「当たり前だよ。祝いの場で、ローズ皇女の配下に、また喧嘩を吹っ掛けて貰っては困るからね」
「いやいや。元々、挑発してきたのは向こうですよ?」
「だからって、殴りかかるのは良くないよね?君はもう少し自制心を養おうか。アルフレート」
「いや、でも、カリーナ様の護衛は……」
「大丈夫。私の方で優秀な者をつけるから心配ないよ。アルフレートはゆっくり休んで」
レアン殿下はにこやかにそう言い放つと、「じゃあ、またね。カリーナ」と言って、去って行った。
「やっぱり、いけ好かない奴ですよ。あいつは」
アルはそう言って、ガシガシと髪を掻きむしった。
その隣で、私はレアン殿下に貰ったダイヤモンドのネックレスにそっと触れた。
──何よりも強い、永遠の絆。
その石に込められた意味のように、私はレアン殿下と永遠の絆を結べるのだろうか。
果たして、私にその資格はあるのだろうか。
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