【完結】私は最後にあなたの幸せを願う

今川みらい

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【本編】アングラーズ王国編

苦慮(レアン視点)

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『ローズ皇女殿下と婚約する』

 どうして、あんな事を言ってしまったのだろう。
 言ってしまった後で、私は激しい自己嫌悪に陥った。
 国王陛下からも、ローズ皇女からも否定され、ただでさえ自信を失っている彼女に、言うべき言葉ではなかった。

 分かっていたのに、冷静でいられなかった。

 エアリスの想いに、気づいてしまったから──

 祝賀パーティー会場で、カリーナとローズ皇女が険悪な雰囲気になっていた時、私はカリーナのもとに戻る途中で、2人からは離れた場所にいた。

 距離がある場所からでも、ローズ皇女が発する憎悪が見えるようだった。
 私はカリーナの身を案じ、早く戻らなければと足を速めたその時、近くにいたエアリスがそれに気がつき、招待客との談笑を中断し、2人の間に割って入った。
 そしてローズ皇女を上手く誘い出し、カリーナから遠ざけた。

 あの、面倒な事には絶対に首を突っ込んだりしないエアリスが、自ら迷いなく、カリーナを助けた。
 それほどまでに、カリーナを大切に想っているのであろう事が、嫌でも分かった。

 私は昔から、エアリスに対する対抗意識が異様に強かった。

 いや、彼を恐れていたと言うべきだろう。

 私の中の本能が、エアリスに気をつけろと、常に警鐘を鳴らしていた。
 エアリスが本気になったら最後、私が苦労して築き上げて来たもの全て、掻っさらっていくと。

 エアリスはそれだけの潜在能力を秘めていた。

 器用で要領が良く、頭の回転が早い。
 努力次第では、いくらでも私の上に立つ事が出来たのに、エアリスは努力が苦手で、諦めるのも早かった。
 私に敵う筈がないと、初めから決めてかかっていた。

 そのおかげで、必死に努力を重ねた私は、唯一無二の存在となったものの、何時しか私を越えて行くであろう弟の影に、いつも怯えていた。

 だから、エアリスが宮殿からいなくなったと聞いた時、正直、私は少し安堵したのだ。
 これで私の存在を脅かす者が、いなくなったのだと。

 実弟の存在を疎ましく思う私は、卑屈で、みっともない、ただの臆病者だ。
 上部だけ綺麗に取り繕っているだけの私に対し、カリーナが劣等感を抱く必要は、微塵もなかった。

 人は私を完全無欠だと言うけれど、私ほど多くを欠落した王太子は、他にいないと思う。

 そんな欠落した私は、光に吸い寄せられるかのように、カリーナを好きになった。
 薄汚れた私には、優しく穢れのない彼女が必要だった。

 そんな彼女を、エアリスに奪われるのではないか。
 想像するだけで、嫉妬、執着、憎悪、どす黒い感情が私の身体中に這い回り、汚染していく。

 エアリスにだけは、カリーナを奪われる訳にはいかない。
 そうなれば、今まで私が築き上げて来たもの全て、崩壊する。

 私は深く息を吐いて、ベッドから身を起こした。

 昨夜からほとんど眠る事が出来ずに、朝を迎えた。
 ここ最近多忙を極め、ただでさえ睡眠不足と疲労が蓄積されているのに、自己嫌悪と後悔に苛まれ、眠れなかった。

 鉛のように重い身体に、無理やり気合を入れ、私は出かける準備を始めた。




 ***




「私を置いて、2人でどこへ行くのですか。私はレアン殿下の婚約者です。そんな事、絶対に認めません」

 私とカリーナが出かけようとした時、庭園で待ち伏せしていたローズ皇女に見つかった。
 彼女は必死の形相で、私の腕にすがりついてきた。

 彼女の緋色の瞳と、その背後に咲く真っ赤な大輪の薔薇が重なり、私を落ち着かない気持ちにさせる。

 赤い薔薇は苦手だった。
 血を連想させるから。

「いつから君は私の婚約者になったの?婚約が正式に決定してない事くらい、分かっているよね」

 すがりつくローズ皇女を、冷ややかに見下しながら私は言った。

 そんな私とローズ皇女を、カリーナは不安そうに見つめている。

「フェアクール帝国の皇帝陛下も、婚約を認めるに決まっています。それなのに、レアン殿下は私よりもそんな女を選ぶのですか」
「──そんな女?」

 自分でも驚くほど、冷酷な声が響き、ローズ皇女はビクッと身を縮めた。

「私は、レアン殿下の事がずっと好きなのです。貴方の笑顔、声音、佇まい、全部好きなのです。レアン殿下ほど完璧な人は、他にいません」

 そんなの全て上部だけの、張りぼてなのだと教えてやりたい。
 冷たくあしらえば、あしらうほど、彼女が余計すがりついてくるのは分かっているのに、冷静に対処が出来ない。

「私は必ず、レアン殿下のお役に立ちます。ですから、どうか行かないで下さい!」

 ローズ皇女の甲高い声が頭に響き、頭が割れるように痛い。

 もう、限界だ──

 すがりついてくるローズ皇女を、私は無理矢理振り払おうとした。

「ここにいたのですね。ローズ皇女殿下」

 その時、落ち着いた声が響いた。

 声のする方を振り向くと、爽やかなほほ笑みを浮かべたエアリスが立っていた。

「ずっと探していたのですよ。これからアングラーズ王国の王都を、ローズ皇女殿下にご案内しようかと思いまして。構わないですよね?お兄様」
「ああ……」

 私が了承すると、エアリスは「お兄様の許可も下りたので行きましょう。ご案内したい所が、たくさんあるのです」と言って、ローズ皇女の手を優しく引いて、私から引き離した。

「あの、私はレアン殿下と……」
「お兄様の婚約者として、この国の王都を知っておく事は、とても大切ですよ。それとも、私と行くのが、そんなに嫌なのでしょうか?」
「い、いえ。嫌という訳では……」
「では、早速行きましょう。お兄様、カリーナ様、お気をつけて」

 エアリスはそう言って私たちに一礼すると、ローズ皇女の手を引いて宮殿へ歩いて行った。

「エアリスは、ローズ皇女殿下と仲良くなったのですね」

 2人が遠ざかって行く後ろ姿を、黙って見つめていたカリーナは、少し驚いたようにそう言った。
 エアリスの本心には、気づいてはいなかった。

「そうだね。2人は歳も近いから」

 私は笑顔で答えた。
 カリーナがそう思っているのなら、それで良い。
 エアリスの本心を、わざわざ教えられるほど、私は聖人でも何でもなかった。

 エアリスなら、時間をかければ、カリーナを振り向かせる事が出来たはずだ。
 エアリスの優しさや誠実さに、私はとても敵わない。

 生まれ持った性格は、どんなに努力したって変えられない。

 だから、私は急がなければならなかった。
 カリーナがエアリスを好きになる前に、私は彼女を手に入れる。

 卑怯だろうが、関係ない。
 私に余裕など、最初からないのだから。

「じゃあ、私たちも行こうか。カリーナ」

 私は穏やかに笑って、カリーナの手をとった。

 彼女の透き通ったすみれ色の瞳も、それを引き立てる柔らかなダークブロンドの髪も、少しふっくらとしたその頬も、全て、私は愛している。

 エアリスに渡すなど、考えられなかった。





 そして、その後に起きた出来事によって、私はエアリスの覚悟を知る事になる。

 彼のあまりに強い想いに、私は嫉妬心さえ覚えた。

 やっぱり、君には敵わないよ。エアリス。

 カリーナを助け、幸せにしたのは君だ。
 私では、それが出来なかった。
 ありがとう。

 そして、本当にごめん──

 不甲斐ない兄を、どうか許して欲しい──
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