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13(アイラスside)
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「彼女はどう過ごしている?」
屋敷に戻ると俺は必ずティアラの様子をシリルに尋ねた。
「いつもと変わらずゼスティリア王国の歴史書を読んでおられますよ」
「そうか。ならば今度彼女に好きな本を聞いてみてくれ。歴史書ばかりじゃつまらないだろう」
「はい……」
「足の具合は?もう痛みはないのだろうか」
「おそらく……」
シリルは言い淀むと物言いたげな視線をこちらに寄越した。
「不躾な事を申し上げますが……ティアラ様の事がそんなに気になるのでしたら、ご自身で直接聞いてみてはいかがですか?」
至極最もな指摘をされ、俺は何も返せずに黙り込んだ。
自分で聞けるものなら始めからそうしていた。
しかしティアラは話しかけても下を向くばかりで、俺の顔を見る事はなかった。
彼女にとって好きでも何でもない奴の顔など、見たくもないのだろう。
もしかしたら、俺が無理やりレオンハルトに婚約破棄させたと思い込み恨んでいるのかも知れない。
そう思うと気軽に話しかけられなくなってしまった。
「貴方がそのように及び腰だから、ティアラ様はいつまでもジェミリオン国王を忘れられないのではないですか?彼女は毎日青い服ばかり着ておられますよ」
気に病むような険しい顔でシリルは言った。
ティアラがレオンハルトを忘れられないのも無理なかった。
自分ではあいつの代わりは務まらない。
レオンハルトの前では花開くように明るく笑っていた彼女が、俺の前で笑う事は一切なかった。
自分と一緒では、ティアラは幸せになれないのかもしれない──そんな懸念が日に日に増していくが、彼女を手放す事など出来なかった。
ティアラの想い人が自分でなくても構わない。
ただ、そばにいてくれるのならそれだけで。
その日、屋敷に戻るとティアラは侍女と庭園を散歩していた。
彼女が纏うドレスの色を見て、小さく落胆の吐息が漏れる。
また、青か──レオンハルトを連想させるその色に、ティアラはいつも包まれていた。
彼女の心は未だに囚われたまま。
様々な種類の花が咲き乱れる中を、ゆっくりとした足どりで歩いていた彼女がふと足を止めた。
そして恋焦がれるような瞳で、足元の花をじっと見詰めていた。
それはネモフィラの花だった。
その澄んだ空色の花を、俺はティアラから貰った事がある。
その当時俺はジェミリオン王国に留学したばかりで、隣にはレオンハルトがいた。
『レオンハルト様!』
アストレア城の庭園にある噴水の縁に腰かけながら友と話し込んでいると、ティアラが手を振って駆けて来た。
子犬が尻尾をふるように弾ける笑顔で走って来た彼女の瞳には、レオンハルトしか映っていなかった。
『伯爵家で綺麗に咲いたんです』
そう言って可愛らしいリボンで結ばれたネモフィラの花束をレオンハルトに渡した。
その時、隣に俺がいた事に気がついた彼女は、残っていたネモフィラを一輪くれたのだ。
『良かったらどうぞ』
と言って。
自尊心を深く傷つけられた俺は、そんなものはいらないと突き返せば良かった。
しかし、それは出来なかった。
その時には既に、ティアラが好きだったから。
彼女から初めて貰ったその花を、突き返す事など出来なかったのだ。
馬鹿な俺はその時貰ったネモフィラを押し花にして、ロケットペンダントに入れ後生大事に持っている。
そんな花、持っていても嫉妬で苦しいだけなのに。
ネモフィラを見つめていた彼女の背後から俺は静かに近づいた。
ネモフィラのすぐ隣には深紅のサンブリテニアが咲いていたが、彼女の瞳には映っていない。
きっと名前も知らないだろう。
「ティアラ」
声をかけると、彼女はネモフィラから素早く視線をそらした。
「お帰りなさいませ」
こちらへゆっくり振り向くと、落ちついた声音で形式的に一礼した。
嬉々として駆け寄っていたレオンハルトの時とは大違いだった。
「ネモフィラを見ていたんです。綺麗に咲いていたので……」
言い訳でもするかのようにティアラは言った。
「君は義妹を選んだレオンハルトを恨んでいないのか」
自らを捨てた婚約者を未だ忘れられない彼女に苛立ち、つい思いが口に出てしまった。
レオンハルトを恨んで欲しい。
憎んで、憎んで、嫌いになって、早く忘れて欲しかった。
「レオンハルト様が選んだ人が私でなくても良いんです。それで彼が幸せになれるのなら」
自分とは真逆の価値観を持つ彼女に衝撃を受けた。
俺はティアラのようにはとても思えない。
友を見捨てたとしても。
愛する人を不幸にしてしまったとしても。
俺は何を犠牲にしてでも手に入れたかった。
それは自分勝手で我が儘な欲望なのだと良く分かっていたが、ティアラを諦める事など到底出来なかった。
「レオンハルト様はお元気でしょうか?」
レオンハルトの友である俺に、何気なく訪ねたティアラの言葉が、心に深く突き刺さった。
レオンハルトは──死ぬかもしれない。
自分のせいで。
俺はその言葉を呑み込んだ。
屋敷に戻ると俺は必ずティアラの様子をシリルに尋ねた。
「いつもと変わらずゼスティリア王国の歴史書を読んでおられますよ」
「そうか。ならば今度彼女に好きな本を聞いてみてくれ。歴史書ばかりじゃつまらないだろう」
「はい……」
「足の具合は?もう痛みはないのだろうか」
「おそらく……」
シリルは言い淀むと物言いたげな視線をこちらに寄越した。
「不躾な事を申し上げますが……ティアラ様の事がそんなに気になるのでしたら、ご自身で直接聞いてみてはいかがですか?」
至極最もな指摘をされ、俺は何も返せずに黙り込んだ。
自分で聞けるものなら始めからそうしていた。
しかしティアラは話しかけても下を向くばかりで、俺の顔を見る事はなかった。
彼女にとって好きでも何でもない奴の顔など、見たくもないのだろう。
もしかしたら、俺が無理やりレオンハルトに婚約破棄させたと思い込み恨んでいるのかも知れない。
そう思うと気軽に話しかけられなくなってしまった。
「貴方がそのように及び腰だから、ティアラ様はいつまでもジェミリオン国王を忘れられないのではないですか?彼女は毎日青い服ばかり着ておられますよ」
気に病むような険しい顔でシリルは言った。
ティアラがレオンハルトを忘れられないのも無理なかった。
自分ではあいつの代わりは務まらない。
レオンハルトの前では花開くように明るく笑っていた彼女が、俺の前で笑う事は一切なかった。
自分と一緒では、ティアラは幸せになれないのかもしれない──そんな懸念が日に日に増していくが、彼女を手放す事など出来なかった。
ティアラの想い人が自分でなくても構わない。
ただ、そばにいてくれるのならそれだけで。
その日、屋敷に戻るとティアラは侍女と庭園を散歩していた。
彼女が纏うドレスの色を見て、小さく落胆の吐息が漏れる。
また、青か──レオンハルトを連想させるその色に、ティアラはいつも包まれていた。
彼女の心は未だに囚われたまま。
様々な種類の花が咲き乱れる中を、ゆっくりとした足どりで歩いていた彼女がふと足を止めた。
そして恋焦がれるような瞳で、足元の花をじっと見詰めていた。
それはネモフィラの花だった。
その澄んだ空色の花を、俺はティアラから貰った事がある。
その当時俺はジェミリオン王国に留学したばかりで、隣にはレオンハルトがいた。
『レオンハルト様!』
アストレア城の庭園にある噴水の縁に腰かけながら友と話し込んでいると、ティアラが手を振って駆けて来た。
子犬が尻尾をふるように弾ける笑顔で走って来た彼女の瞳には、レオンハルトしか映っていなかった。
『伯爵家で綺麗に咲いたんです』
そう言って可愛らしいリボンで結ばれたネモフィラの花束をレオンハルトに渡した。
その時、隣に俺がいた事に気がついた彼女は、残っていたネモフィラを一輪くれたのだ。
『良かったらどうぞ』
と言って。
自尊心を深く傷つけられた俺は、そんなものはいらないと突き返せば良かった。
しかし、それは出来なかった。
その時には既に、ティアラが好きだったから。
彼女から初めて貰ったその花を、突き返す事など出来なかったのだ。
馬鹿な俺はその時貰ったネモフィラを押し花にして、ロケットペンダントに入れ後生大事に持っている。
そんな花、持っていても嫉妬で苦しいだけなのに。
ネモフィラを見つめていた彼女の背後から俺は静かに近づいた。
ネモフィラのすぐ隣には深紅のサンブリテニアが咲いていたが、彼女の瞳には映っていない。
きっと名前も知らないだろう。
「ティアラ」
声をかけると、彼女はネモフィラから素早く視線をそらした。
「お帰りなさいませ」
こちらへゆっくり振り向くと、落ちついた声音で形式的に一礼した。
嬉々として駆け寄っていたレオンハルトの時とは大違いだった。
「ネモフィラを見ていたんです。綺麗に咲いていたので……」
言い訳でもするかのようにティアラは言った。
「君は義妹を選んだレオンハルトを恨んでいないのか」
自らを捨てた婚約者を未だ忘れられない彼女に苛立ち、つい思いが口に出てしまった。
レオンハルトを恨んで欲しい。
憎んで、憎んで、嫌いになって、早く忘れて欲しかった。
「レオンハルト様が選んだ人が私でなくても良いんです。それで彼が幸せになれるのなら」
自分とは真逆の価値観を持つ彼女に衝撃を受けた。
俺はティアラのようにはとても思えない。
友を見捨てたとしても。
愛する人を不幸にしてしまったとしても。
俺は何を犠牲にしてでも手に入れたかった。
それは自分勝手で我が儘な欲望なのだと良く分かっていたが、ティアラを諦める事など到底出来なかった。
「レオンハルト様はお元気でしょうか?」
レオンハルトの友である俺に、何気なく訪ねたティアラの言葉が、心に深く突き刺さった。
レオンハルトは──死ぬかもしれない。
自分のせいで。
俺はその言葉を呑み込んだ。
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