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第4話 『デート②』act.1
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2024年8月中旬、東京は猛暑の渦中にあった。8月に入り、連日のように40度を超える異常な暑さが続き、特にこの10日間は、東京の中心部で最高気温44度を記録するという前代未聞の猛暑が続いていた。
その日も、テレビやラジオ、街頭の大型ビジョンでは、熱中症の危険性を訴えるニュースが流れ、都内の各地で歩く人々はみな無防備に焼けるような陽射しにさらされていた。
吉祥寺の駅前の大画面モニターには「東京、今日の最高気温44度。熱中症警戒レベル4」と大きく表示され、その下で歩く人々がちらりと画面を見上げ、足早にその場を通り過ぎる。池袋や新宿のビルのモニターにも、同じ内容のニュースが流れ、通勤途中の会社員や夏休みを楽しんでいる学生たちの目に入っていた。交差点では、歩行者信号が青に変わるたびに、人々が汗をぬぐいながら急いで渡っていく。東京の夏、今年は例年以上に人々を試す暑さが広がっていた。
その中で、蒼真は一人、自宅の冷房の効いた部屋で、窓から吹き込むわずかな風に頼りながら、暑さをやり過ごしていた。テレビでは、また新たな熱中症の警告が流れている。外の気温がどれだけ異常であろうと、もう体が慣れつつあるのか、それほど驚かなくなっていた。
蒼真は、エリカとのデートのことを考えながら、ふと思い立って携帯を手に取る。
「もしもし?」
電話をかけてきたのは、蒼真の友人である聡だった。彼は、この異常な暑さにちょっと気を使ってくれて、蒼真が元気かどうか確認しようとしたようだ。
「お前、大丈夫か?あの44度、テレビで見たけどさ、外歩くなんて信じられないよな。」
蒼真は笑いながら答えた。
「ああ、まあ、今は家の中だから大丈夫だよ。外に出るのは夜の遊園地デートくらいだし、無理しないよ。」
「それはよかった。こんな暑さじゃ、逆に出かけたら熱中症で倒れるからな。あんまり無理すんなよ。」
その言葉に蒼真は頷きながらも、少し笑って言った。「ありがとうな。でも、デートだから、さすがに気をつけるよ。夜なら涼しくなるだろうし。」
「それなら安心だ。デート楽しんでこいよ! まあ、無理しすぎないようにな。」
電話を切ると、蒼真は一息ついてテレビの画面に目を向けた。再び流れるニュースの中で、44度という数字が何度も繰り返し表示され、そして「熱中症警戒レベル4」の文字が強調されている。蒼真は思わずため息をついたが、エリカとの約束が心の中でしっかりと支えになっていた。
その後、時間が経ち、夕方が近づくと外の気温も少しずつ下がり始めた。蒼真はようやく重い腰を上げ、エリカとの待ち合わせ場所へ向かう準備を始める。気温が少し和らいでも、まだ外はかなり暑かったが、それでも夜の遊園地デートには心が躍る。外に出るのが楽しみになってきた。
そして、待ち合わせの時間、蒼真はエリカと合流するために出発。あの異常な暑さを感じながらも、二人で過ごす夜のひとときを楽しみにしていた。
夕方を過ぎ、夜18時半頃。エリカと会うには珍しく少し早い時間だったが、よみうりランドのイルミネーションが夜8時半までしかやっていない関係で、どうしてもこの時間くらいになってしまう。それでも蒼真は、少し早めに「京王よみうりランド駅に着きました」とエリカにLINEを送った。
蒼真は駅の待機場所で、周りを見渡しながらエリカの到着を待つ。風が少し吹いているものの、昼間の猛暑が嘘のように気温が下がり、涼しくなったものの、それでもまだ汗が背中に流れるような感覚が残っていた。空は次第に暗くなり、夜景が美しくなり始めていた。駅周辺も徐々に賑わいを見せ、カップルや友達同士が行き交う中、蒼真は少しだけ緊張しながら、エリカが来るのを待ち続けた。
早く来過ぎたかな…
蒼真は心の中でつぶやきながら、携帯を手に取って何度もエリカからの返信を確認した。しかし、まだ返事は来ていなかった。少し時間を持て余しながらも、エリカの顔を思い浮かべ、期待感と少しの不安が入り混じった気持ちを抱えて待つ。
しかし、エリカからの返信は一向に来ず、送ったメッセージが既読になることもなかった。蒼真は少し不安を覚え、画面を何度も確認する。最初は軽い心配だと思ったが、待てど待てど彼女の姿は現れず、心の中で次第に焦りが募ってきた。
まさか、どこかで迷ってるのか…?
蒼真は時計を見つめる。もう少しで待ち合わせの時間が過ぎてしまう。その度に、何度も携帯を確認するが、エリカからの返信は一向にない。周りのカップルやグループが楽しそうに歩いていく中、蒼真はひとりで駅のベンチに腰を下ろし、携帯を手にしたままじっと彼女の姿を探し続けた。
大丈夫かな…?
蒼真は心の中で何度も自問自答しながら、どこかで彼女が何かに遅れていることを願っていたが、どうしても不安が消えなかった。
その不安が募る中、ふと蒼真は一つの考えにたどり着く。もしかして、何かトラブルがあったのか?それとも、急に来られなくなったのか?蒼真の胸の中で、心配と不安が交錯していく。
時間は8時半を回り、蒼真が待つ駅周辺の景色も少しずつ変わり始めた。イルミネーションの時間が終わり、次々とカップルや家族がよみうりランドから出てきて、楽しそうに笑いながら帰路につく。明るくきらめく街灯に照らされた人々が、幸せそうな表情で駅に向かって歩いていくのを見ながら、蒼真はその中にエリカを探していた。しかし、彼女の姿はどこにも見当たらない。
本当にどうしたんだろう…
蒼真は、もはや何度も携帯を手に取って確認していたが、メッセージは既読にもならず、着信音も鳴らなかった。駅周辺のざわめきの中で、彼は一人静かに立ち尽くす。
周りでは、デートを終えたカップルが手を繋いで駅へ向かっていたり、家族連れがにぎやかな声で会話をしていたりして、蒼真の心の中の不安とは裏腹に、街は楽しげに動いている。
時間が過ぎていくたびに、蒼真の胸の中で焦燥感が募ってきた。もしエリカが来られなかった理由があるのだとしたら、それが何であれ、どうしても気になってしまう。
彼はまた携帯を手に取ると、エリカに最後の一度だけメッセージを送ることを決めた。
『エリカ、どうしたの?何かあったの?』
送信ボタンを押すと、何もかもが静まり返ったように感じた。彼女からの返事を待つ間、蒼真はただただその場に立ち続けることしかできなかった。
夜の風が少し涼しく感じられたが、それでも暑さが完全には収まらず、蒼真は汗が背中からじっとりと流れていくのを感じた。さっきまでの猛暑と比べれば幾分過ごしやすいとはいえ、まだその湿気と熱気が体にまとわりついているようだった。駅の周りを歩く人々も、みな汗をぬぐいながら、服の上からも湿った気配が漂っている。
「こんな時間まで暑いなんて…」
蒼真は、額に滲んだ汗を手で拭いながら、空を見上げる。しかし、目の前に広がる星空は、どこか遠く感じられ、何も解決しないまま時間が過ぎていく。
蒼真は不安と暑さで寝苦しい夜を予感しながら、もう一度エリカの姿を探してみるが、やはりどこにも見当たらない。さらに汗が流れ、服が肌にまとわりつく。夜になっても、蒼真の体を包み込む熱気はなかなか収まらなかった。背中に伝わる汗をぬぐい、再び携帯を握りしめながら、彼はひとしきり立ち尽くすしかなかっ
蒼真は、周りの喧騒を耳にしながら、暗い気持ちを抱えたまま駅のベンチに腰を下ろした。イルミネーションの光が、どこか冷たく感じられ、駅を通る人々の笑顔が遠くに見える。カップルたちが手を繋ぎ、楽しそうに会話しながら駅に向かう中、蒼真はひとり、エリカを待ち続けていた。
「…どうして来ないんだろう?」その問いが頭の中で何度も繰り返される。
何度も携帯を確認したが、やはり彼女からのメッセージは届いていなかった。自分が送ったメッセージも、未だに既読にはならない。蒼真はふと肩を落とし、深いため息をついた。
その時、スマートフォンが震える。通知が来たのは、エリカからではなく、友人の聡からだった。
「…今、いいか?」
蒼真は迷った末に、電話をかけた。
「おう、どうした?」
聡の元気な声が電話の向こうから聞こえる。
「俺…ダメだったかも。」
蒼真は少し、声を震わせた。
聡は一瞬、黙った後、心配そうに問いかけた。
「どういうことだよ?」
「エリカが…来なかった。」
蒼真は言葉を絞り出すように続けた。
「ずっと待ってたんだけど、返信もなくてさ…」
聡の声が少しだけ優しくなった。「なんだよ、それは。何か理由があるんじゃないのか?」
「でも、俺が送ったメッセージも未読だし…」
蒼真は思わず涙をこらえきれずに声が震えた。
「もしかしたら、俺なんかじゃ足りなかったのかなって、いろいろ考えちゃって」
聡はしばらく静かに聞いていたが、深い息をついてから言った。「そっか…そんなに好きになれる人に出会えたんだな、お前。」
その言葉に、蒼真は思わず涙がこぼれそうになった。今まで、何度も笑顔で答えてくれた友人の聡が、こんなにも優しい言葉をかけてくれることが、心に響いた。
「でもさ、今お前が泣いてるの、俺も辛いよ。」
聡の声が少し強くなり、何かを決意したように続けた。
「こんな時は、無理に抱え込まずに、気分転換しようぜ」
「気分転換?」
蒼真は驚いたように聞き返した。
「おう、そうだ。一緒に飲みに行こうぜ。今、ちょうどいい時間だし、辛い時はやっぱり酒だろ?」
聡は少し笑いながら提案した。
蒼真はその言葉に、少しだけ安堵感を覚えた。
「うん、ありがとう…でも、行ってもいいのかな?」
「お前を悲しませるやつなんかのために時間使うなよ。俺がドンと相手してやっから」
聡は軽く笑いながら答えた。
「ありがとう、聡…今、少し楽になった」
蒼真は、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったのを感じた。
「それなら良かった。」
聡はそう言うと…
「じゃあ、行こう。お前が元気を取り戻すまで、俺が付き合ってやるから。」と、力強く言った。
蒼真は、再び携帯をしまい、駅を出て歩き始めた。聡の言葉が頭の中で響き、少しだけ心が楽になった気がした。今日のことをすぐに忘れるわけにはいかないだろうけれど、少なくとも今は、友達と一緒に少しでも前向きになれることを信じて、歩き出すことができた。
鼻を啜りながら、蒼真は吉祥寺の居酒屋の扉を押し開けた。中からは賑やかな声や笑い声が漏れ、少しだけその音に圧倒されるような気がした。だが、扉が閉まると、その温かな空気が一気に蒼真を包み込む。どこかほっとするような、そして少しだけ心が軽くなるのを感じた。
「おっ、蒼真!こっちこっち!」
振り向くと、聡が明るい表情で手を振っていた。周りの同期たちもすでに座っており、蒼真を見て微笑んでいる。それに応えるように、蒼真も少しだけ顔を上げて歩み寄った。
「お疲れ、蒼真。さあ、こっちに座れよ。」聡は蒼真を迎え入れると、席を空けて手を差し伸べた。
蒼真は少し戸惑いながらも、足を一歩踏み出すと、同期たちが温かく声をかけてくれた。
「蒼真、辛かったな…」
「なんとかなるよ。」
「お前にはいい人だっているって!」
優しい言葉が飛び交う中で、蒼真は少し照れ臭くも、なんだかありがたく感じた。
席につくと、すぐに一人の同期が蒼真の背中に手を添えた。
「蒼真、辛かったな…。」
その言葉とともに、背中を軽くさすってくれる。蒼真は鼻をすするように言った。
「ありがとう…。」
周りの仲間たちも、どこか心配そうに見守っているのが分かった。その中の一人は、少し涙ぐみながら蒼真の肩に寄りかかり、声をかけてくれた。
「本当に辛いよな…」
蒼真はその温かい手のひらを感じながら、少しずつ気持ちがほぐれていくのを感じた。涙がこぼれるのを必死に堪えようとしたが、ついにその涙が零れ落ち、テーブルの上にぽたぽたと音を立てて落ちた。
「大丈夫だって。お前がこんなに好きになれる人、絶対にいい人だって、俺たち信じてるから。」
聡が真剣な表情で蒼真に言った。
その言葉に蒼真はさらに涙が溢れそうになったが、今はそれを受け入れるしかないと思えた。仲間たちが、自分のためにこんなにも温かい気持ちを持ってくれていることが、どれほど心強いことか、身に染みて感じていた。
「ありがとう…みんな。」
蒼真は絞り出すように言った。
「こんなに優しくしてくれて、感謝してる。」
同期たちはみんな、蒼真を見守りながら答えてくれる。
「何言ってんだよ、気にすんな。」
「お前が元気になれるまで、俺たちがついてるからな。」
その後、みんなで乾杯をして、少しずつ会話が弾み、居酒屋の空気が明るくなっていった。蒼真もビールを一口飲み、少しだけ気分が楽になった。料理が次々と運ばれ、みんなでワイワイと楽しんでいた。
「さて、どうする?何か食うか?」
聡が、蒼真の様子を見て気を使いながら問いかけた。
「うん、なんでもいいよ」
蒼真は少しほっとしたように言い、周りを見渡した。普段の落ち着いた自分を取り戻しつつある気がした。
食事をしながら、少しずつ楽しい雰囲気に包まれてきたが、ふと聡が真剣な表情で話しかけてきた。
「なあ、その~エリカちゃん?のこと、どうすんの?」
その言葉に蒼真は、少し目を伏せた。自分でもまだ整理しきれていない感情に、どう答えるべきか迷った。
「…どうするって言われてもな。」
蒼真は言葉を選びながら続けた。
「俺、まだ諦めてない。でも、待ってても何も変わらない気がして、なんだか虚しくてさ。」
聡はじっと蒼真を見つめ、軽く肩をすくめた。
「まあ、それならそうだろうな。でもさ、エリカちゃんに気持ちを伝えないと始まらないだろ?」
聡の言葉に、蒼真は顔を上げ、ほんの少し考える。
「そうだけど…でも、もう一度ちゃんと伝える勇気がないんだ。」
蒼真はその言葉を口にした後、ふと顔を赤らめて目を伏せた。
聡は少し間を置いてから、真剣な表情で言った。
「勇気がないって、そんなの当たり前だろ。でもさ、やらなきゃ絶対後悔するぞ。エリカちゃんがどう思ってるか分からないけど、少なくともお前の気持ちは伝えたほうがいい。」
聡は力強く言った後、少しだけ優しい笑みを浮かべた。
「お前が後悔しないようにやればいいさ。」
蒼真はその言葉を聞いて、胸の中で何かが少しずつ変わり始めた。勇気を持って、自分の気持ちを伝えなければ、前には進めないのだと。
「ありがとう、聡。」
蒼真は少し照れくさそうに言い、目を潤ませながら続けた。
「なんか、少し元気が出たよ。」
聡は軽く蒼真の肩を叩いて笑った。
「よし、それでこそだ。お前が立ち上がれるように、俺たちもいるからな。」
同期たちもそれぞれ言葉をかけてくれて、蒼真は少しずつその温かい気持ちを感じながら、心を軽くしていった。その瞬間、エリカに気持ちを伝える決意が固まった。
「もう一度、ちゃんと伝えてみるよ。」
蒼真は小さく、でもしっかりと言った。心にある不安も、少しずつ薄れていった。
同期たちの笑顔に支えられながら、蒼真は再び、前を向くことができた。
その日も、テレビやラジオ、街頭の大型ビジョンでは、熱中症の危険性を訴えるニュースが流れ、都内の各地で歩く人々はみな無防備に焼けるような陽射しにさらされていた。
吉祥寺の駅前の大画面モニターには「東京、今日の最高気温44度。熱中症警戒レベル4」と大きく表示され、その下で歩く人々がちらりと画面を見上げ、足早にその場を通り過ぎる。池袋や新宿のビルのモニターにも、同じ内容のニュースが流れ、通勤途中の会社員や夏休みを楽しんでいる学生たちの目に入っていた。交差点では、歩行者信号が青に変わるたびに、人々が汗をぬぐいながら急いで渡っていく。東京の夏、今年は例年以上に人々を試す暑さが広がっていた。
その中で、蒼真は一人、自宅の冷房の効いた部屋で、窓から吹き込むわずかな風に頼りながら、暑さをやり過ごしていた。テレビでは、また新たな熱中症の警告が流れている。外の気温がどれだけ異常であろうと、もう体が慣れつつあるのか、それほど驚かなくなっていた。
蒼真は、エリカとのデートのことを考えながら、ふと思い立って携帯を手に取る。
「もしもし?」
電話をかけてきたのは、蒼真の友人である聡だった。彼は、この異常な暑さにちょっと気を使ってくれて、蒼真が元気かどうか確認しようとしたようだ。
「お前、大丈夫か?あの44度、テレビで見たけどさ、外歩くなんて信じられないよな。」
蒼真は笑いながら答えた。
「ああ、まあ、今は家の中だから大丈夫だよ。外に出るのは夜の遊園地デートくらいだし、無理しないよ。」
「それはよかった。こんな暑さじゃ、逆に出かけたら熱中症で倒れるからな。あんまり無理すんなよ。」
その言葉に蒼真は頷きながらも、少し笑って言った。「ありがとうな。でも、デートだから、さすがに気をつけるよ。夜なら涼しくなるだろうし。」
「それなら安心だ。デート楽しんでこいよ! まあ、無理しすぎないようにな。」
電話を切ると、蒼真は一息ついてテレビの画面に目を向けた。再び流れるニュースの中で、44度という数字が何度も繰り返し表示され、そして「熱中症警戒レベル4」の文字が強調されている。蒼真は思わずため息をついたが、エリカとの約束が心の中でしっかりと支えになっていた。
その後、時間が経ち、夕方が近づくと外の気温も少しずつ下がり始めた。蒼真はようやく重い腰を上げ、エリカとの待ち合わせ場所へ向かう準備を始める。気温が少し和らいでも、まだ外はかなり暑かったが、それでも夜の遊園地デートには心が躍る。外に出るのが楽しみになってきた。
そして、待ち合わせの時間、蒼真はエリカと合流するために出発。あの異常な暑さを感じながらも、二人で過ごす夜のひとときを楽しみにしていた。
夕方を過ぎ、夜18時半頃。エリカと会うには珍しく少し早い時間だったが、よみうりランドのイルミネーションが夜8時半までしかやっていない関係で、どうしてもこの時間くらいになってしまう。それでも蒼真は、少し早めに「京王よみうりランド駅に着きました」とエリカにLINEを送った。
蒼真は駅の待機場所で、周りを見渡しながらエリカの到着を待つ。風が少し吹いているものの、昼間の猛暑が嘘のように気温が下がり、涼しくなったものの、それでもまだ汗が背中に流れるような感覚が残っていた。空は次第に暗くなり、夜景が美しくなり始めていた。駅周辺も徐々に賑わいを見せ、カップルや友達同士が行き交う中、蒼真は少しだけ緊張しながら、エリカが来るのを待ち続けた。
早く来過ぎたかな…
蒼真は心の中でつぶやきながら、携帯を手に取って何度もエリカからの返信を確認した。しかし、まだ返事は来ていなかった。少し時間を持て余しながらも、エリカの顔を思い浮かべ、期待感と少しの不安が入り混じった気持ちを抱えて待つ。
しかし、エリカからの返信は一向に来ず、送ったメッセージが既読になることもなかった。蒼真は少し不安を覚え、画面を何度も確認する。最初は軽い心配だと思ったが、待てど待てど彼女の姿は現れず、心の中で次第に焦りが募ってきた。
まさか、どこかで迷ってるのか…?
蒼真は時計を見つめる。もう少しで待ち合わせの時間が過ぎてしまう。その度に、何度も携帯を確認するが、エリカからの返信は一向にない。周りのカップルやグループが楽しそうに歩いていく中、蒼真はひとりで駅のベンチに腰を下ろし、携帯を手にしたままじっと彼女の姿を探し続けた。
大丈夫かな…?
蒼真は心の中で何度も自問自答しながら、どこかで彼女が何かに遅れていることを願っていたが、どうしても不安が消えなかった。
その不安が募る中、ふと蒼真は一つの考えにたどり着く。もしかして、何かトラブルがあったのか?それとも、急に来られなくなったのか?蒼真の胸の中で、心配と不安が交錯していく。
時間は8時半を回り、蒼真が待つ駅周辺の景色も少しずつ変わり始めた。イルミネーションの時間が終わり、次々とカップルや家族がよみうりランドから出てきて、楽しそうに笑いながら帰路につく。明るくきらめく街灯に照らされた人々が、幸せそうな表情で駅に向かって歩いていくのを見ながら、蒼真はその中にエリカを探していた。しかし、彼女の姿はどこにも見当たらない。
本当にどうしたんだろう…
蒼真は、もはや何度も携帯を手に取って確認していたが、メッセージは既読にもならず、着信音も鳴らなかった。駅周辺のざわめきの中で、彼は一人静かに立ち尽くす。
周りでは、デートを終えたカップルが手を繋いで駅へ向かっていたり、家族連れがにぎやかな声で会話をしていたりして、蒼真の心の中の不安とは裏腹に、街は楽しげに動いている。
時間が過ぎていくたびに、蒼真の胸の中で焦燥感が募ってきた。もしエリカが来られなかった理由があるのだとしたら、それが何であれ、どうしても気になってしまう。
彼はまた携帯を手に取ると、エリカに最後の一度だけメッセージを送ることを決めた。
『エリカ、どうしたの?何かあったの?』
送信ボタンを押すと、何もかもが静まり返ったように感じた。彼女からの返事を待つ間、蒼真はただただその場に立ち続けることしかできなかった。
夜の風が少し涼しく感じられたが、それでも暑さが完全には収まらず、蒼真は汗が背中からじっとりと流れていくのを感じた。さっきまでの猛暑と比べれば幾分過ごしやすいとはいえ、まだその湿気と熱気が体にまとわりついているようだった。駅の周りを歩く人々も、みな汗をぬぐいながら、服の上からも湿った気配が漂っている。
「こんな時間まで暑いなんて…」
蒼真は、額に滲んだ汗を手で拭いながら、空を見上げる。しかし、目の前に広がる星空は、どこか遠く感じられ、何も解決しないまま時間が過ぎていく。
蒼真は不安と暑さで寝苦しい夜を予感しながら、もう一度エリカの姿を探してみるが、やはりどこにも見当たらない。さらに汗が流れ、服が肌にまとわりつく。夜になっても、蒼真の体を包み込む熱気はなかなか収まらなかった。背中に伝わる汗をぬぐい、再び携帯を握りしめながら、彼はひとしきり立ち尽くすしかなかっ
蒼真は、周りの喧騒を耳にしながら、暗い気持ちを抱えたまま駅のベンチに腰を下ろした。イルミネーションの光が、どこか冷たく感じられ、駅を通る人々の笑顔が遠くに見える。カップルたちが手を繋ぎ、楽しそうに会話しながら駅に向かう中、蒼真はひとり、エリカを待ち続けていた。
「…どうして来ないんだろう?」その問いが頭の中で何度も繰り返される。
何度も携帯を確認したが、やはり彼女からのメッセージは届いていなかった。自分が送ったメッセージも、未だに既読にはならない。蒼真はふと肩を落とし、深いため息をついた。
その時、スマートフォンが震える。通知が来たのは、エリカからではなく、友人の聡からだった。
「…今、いいか?」
蒼真は迷った末に、電話をかけた。
「おう、どうした?」
聡の元気な声が電話の向こうから聞こえる。
「俺…ダメだったかも。」
蒼真は少し、声を震わせた。
聡は一瞬、黙った後、心配そうに問いかけた。
「どういうことだよ?」
「エリカが…来なかった。」
蒼真は言葉を絞り出すように続けた。
「ずっと待ってたんだけど、返信もなくてさ…」
聡の声が少しだけ優しくなった。「なんだよ、それは。何か理由があるんじゃないのか?」
「でも、俺が送ったメッセージも未読だし…」
蒼真は思わず涙をこらえきれずに声が震えた。
「もしかしたら、俺なんかじゃ足りなかったのかなって、いろいろ考えちゃって」
聡はしばらく静かに聞いていたが、深い息をついてから言った。「そっか…そんなに好きになれる人に出会えたんだな、お前。」
その言葉に、蒼真は思わず涙がこぼれそうになった。今まで、何度も笑顔で答えてくれた友人の聡が、こんなにも優しい言葉をかけてくれることが、心に響いた。
「でもさ、今お前が泣いてるの、俺も辛いよ。」
聡の声が少し強くなり、何かを決意したように続けた。
「こんな時は、無理に抱え込まずに、気分転換しようぜ」
「気分転換?」
蒼真は驚いたように聞き返した。
「おう、そうだ。一緒に飲みに行こうぜ。今、ちょうどいい時間だし、辛い時はやっぱり酒だろ?」
聡は少し笑いながら提案した。
蒼真はその言葉に、少しだけ安堵感を覚えた。
「うん、ありがとう…でも、行ってもいいのかな?」
「お前を悲しませるやつなんかのために時間使うなよ。俺がドンと相手してやっから」
聡は軽く笑いながら答えた。
「ありがとう、聡…今、少し楽になった」
蒼真は、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったのを感じた。
「それなら良かった。」
聡はそう言うと…
「じゃあ、行こう。お前が元気を取り戻すまで、俺が付き合ってやるから。」と、力強く言った。
蒼真は、再び携帯をしまい、駅を出て歩き始めた。聡の言葉が頭の中で響き、少しだけ心が楽になった気がした。今日のことをすぐに忘れるわけにはいかないだろうけれど、少なくとも今は、友達と一緒に少しでも前向きになれることを信じて、歩き出すことができた。
鼻を啜りながら、蒼真は吉祥寺の居酒屋の扉を押し開けた。中からは賑やかな声や笑い声が漏れ、少しだけその音に圧倒されるような気がした。だが、扉が閉まると、その温かな空気が一気に蒼真を包み込む。どこかほっとするような、そして少しだけ心が軽くなるのを感じた。
「おっ、蒼真!こっちこっち!」
振り向くと、聡が明るい表情で手を振っていた。周りの同期たちもすでに座っており、蒼真を見て微笑んでいる。それに応えるように、蒼真も少しだけ顔を上げて歩み寄った。
「お疲れ、蒼真。さあ、こっちに座れよ。」聡は蒼真を迎え入れると、席を空けて手を差し伸べた。
蒼真は少し戸惑いながらも、足を一歩踏み出すと、同期たちが温かく声をかけてくれた。
「蒼真、辛かったな…」
「なんとかなるよ。」
「お前にはいい人だっているって!」
優しい言葉が飛び交う中で、蒼真は少し照れ臭くも、なんだかありがたく感じた。
席につくと、すぐに一人の同期が蒼真の背中に手を添えた。
「蒼真、辛かったな…。」
その言葉とともに、背中を軽くさすってくれる。蒼真は鼻をすするように言った。
「ありがとう…。」
周りの仲間たちも、どこか心配そうに見守っているのが分かった。その中の一人は、少し涙ぐみながら蒼真の肩に寄りかかり、声をかけてくれた。
「本当に辛いよな…」
蒼真はその温かい手のひらを感じながら、少しずつ気持ちがほぐれていくのを感じた。涙がこぼれるのを必死に堪えようとしたが、ついにその涙が零れ落ち、テーブルの上にぽたぽたと音を立てて落ちた。
「大丈夫だって。お前がこんなに好きになれる人、絶対にいい人だって、俺たち信じてるから。」
聡が真剣な表情で蒼真に言った。
その言葉に蒼真はさらに涙が溢れそうになったが、今はそれを受け入れるしかないと思えた。仲間たちが、自分のためにこんなにも温かい気持ちを持ってくれていることが、どれほど心強いことか、身に染みて感じていた。
「ありがとう…みんな。」
蒼真は絞り出すように言った。
「こんなに優しくしてくれて、感謝してる。」
同期たちはみんな、蒼真を見守りながら答えてくれる。
「何言ってんだよ、気にすんな。」
「お前が元気になれるまで、俺たちがついてるからな。」
その後、みんなで乾杯をして、少しずつ会話が弾み、居酒屋の空気が明るくなっていった。蒼真もビールを一口飲み、少しだけ気分が楽になった。料理が次々と運ばれ、みんなでワイワイと楽しんでいた。
「さて、どうする?何か食うか?」
聡が、蒼真の様子を見て気を使いながら問いかけた。
「うん、なんでもいいよ」
蒼真は少しほっとしたように言い、周りを見渡した。普段の落ち着いた自分を取り戻しつつある気がした。
食事をしながら、少しずつ楽しい雰囲気に包まれてきたが、ふと聡が真剣な表情で話しかけてきた。
「なあ、その~エリカちゃん?のこと、どうすんの?」
その言葉に蒼真は、少し目を伏せた。自分でもまだ整理しきれていない感情に、どう答えるべきか迷った。
「…どうするって言われてもな。」
蒼真は言葉を選びながら続けた。
「俺、まだ諦めてない。でも、待ってても何も変わらない気がして、なんだか虚しくてさ。」
聡はじっと蒼真を見つめ、軽く肩をすくめた。
「まあ、それならそうだろうな。でもさ、エリカちゃんに気持ちを伝えないと始まらないだろ?」
聡の言葉に、蒼真は顔を上げ、ほんの少し考える。
「そうだけど…でも、もう一度ちゃんと伝える勇気がないんだ。」
蒼真はその言葉を口にした後、ふと顔を赤らめて目を伏せた。
聡は少し間を置いてから、真剣な表情で言った。
「勇気がないって、そんなの当たり前だろ。でもさ、やらなきゃ絶対後悔するぞ。エリカちゃんがどう思ってるか分からないけど、少なくともお前の気持ちは伝えたほうがいい。」
聡は力強く言った後、少しだけ優しい笑みを浮かべた。
「お前が後悔しないようにやればいいさ。」
蒼真はその言葉を聞いて、胸の中で何かが少しずつ変わり始めた。勇気を持って、自分の気持ちを伝えなければ、前には進めないのだと。
「ありがとう、聡。」
蒼真は少し照れくさそうに言い、目を潤ませながら続けた。
「なんか、少し元気が出たよ。」
聡は軽く蒼真の肩を叩いて笑った。
「よし、それでこそだ。お前が立ち上がれるように、俺たちもいるからな。」
同期たちもそれぞれ言葉をかけてくれて、蒼真は少しずつその温かい気持ちを感じながら、心を軽くしていった。その瞬間、エリカに気持ちを伝える決意が固まった。
「もう一度、ちゃんと伝えてみるよ。」
蒼真は小さく、でもしっかりと言った。心にある不安も、少しずつ薄れていった。
同期たちの笑顔に支えられながら、蒼真は再び、前を向くことができた。
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