【完結】夜に駆けた一夏/春巡る縁

夢見 鯛

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 私たちは何も悪いことをしていない。ただ、父はこの血のことを隠して生きてきた。私たち家族以外の誰にも話せなかったその事実。私も、またその血がもたらすものを理解するにつれて、だんだんと周囲の目を避けるようになっていきました。

 学校に通うことも、最初は楽しみにしていたはずなのに、次第に足が遠のいていった。あの日焼けのことがあったからこそ、周りと少しずつ距離を感じていた。昼間の強い日差しが、私を苦しめていた。あの頃から私は、どうしても他の人と同じように過ごせなくなった。普通の子どもたちと同じように外で遊んだり、昼間に外出することができなかったのです。

 中学校に進学したころには、すでに通学時間が苦痛になっていました。朝の冷たい空気に包まれながらも、気温が上がるにつれて体が重く感じ、次第に動きが鈍くなる自分に気づきました。だから、自然と登校することが難しくなり、次第に自宅で過ごす時間が増えていったのです。

 最初は、通信制の学校に通うことを父が提案してきたとき、少し抵抗がありました。でも、他に選択肢がないことを感じていた私は、迷うことなくその道を選んだのです。義務教育課程を終え、高校卒業資格を得ることができたのも、そうするしかなかったから。普通の学校生活を送ることは、私にはできなかった。それでも、これが私にとって最良の選択だと信じるしかありませんでした。

 周りと違っていることを恐れ、隠さなければならない自分を、どこかで受け入れるようになっていました。自分の中に潜む吸血鬼の血が何を意味するのか、それをどう扱えばいいのか。答えは出ませんでした。ただ、何も言わずに自分を守ることが一番だと感じていたのです。

 その間も、家族だけが私を支えてくれていました。父も、母も、あの頃からずっと私を見守り続けてくれていた。その優しさが私を支え、時には涙をこらえて笑っていたこともありましたが、誰にも打ち明けられないその秘密が、どこか心の中に重くのしかかっていました。

 それでも、私は家族の愛を胸に、ただひとりでその道を歩み続けていたのです。

【一年前~】

 ある日の出来事です。私は久しぶりに外の世界に足を踏み出しました。普段は山に囲まれた家から出ることが少なく、街に向かうというのもとても久しぶりでした。雪は激しく降りしきり、世界が白く覆われていく様子は、まるで夢の中にいるようでした。

 母は、親戚の訪問をとても楽しみにしていたようで、道中もずっと嬉しそうに話していました。私もなんとなく、家族と過ごすこの日常が心地よいように感じ、久しぶりに外の空気を吸うことに少しワクワクしていました。けれども、心のどこかで、私が他の人たちと同じように過ごせる日は来ないという思いが、うっすらと存在していたのです。

 そんな私を見て、お母さんは少し心配そうに私の顔を見ました。「大丈夫?」と聞かれ、私は小さくうなずきました。その時、何も考えずに山を降りるのが少し怖い気もしていましたが、母が安心させてくれたので、私はただその言葉を信じて、家を出ることにしました。

 街に着くと、雪はますます激しくなり、車の屋根や道路がどんどん白くなっていきました。街の喧騒もあまり感じられず、何となく静かな雰囲気が漂っていました。私は歩きながら、雪の結晶が風に舞う様子に見とれていました。その美しい景色を見ていると、少しだけ心が落ち着きました。

 でも、その日の出来事が、私にとっては大きな転機となるとは、まだその時は思ってもいませんでした。

 母の親戚との会食が終わった帰り道、突然、事故が起きました。雪道でスリップした車が、私たちの車に接触してきたのです。その衝撃で、私は気を失い、しばらくして目を覚ました時には、目の前にあったのは、血だらけになった父と母でした。

 私が目を覚ました時には、すでに父も母も命を落としていました。強い衝撃を受けたせいで、私はしばらくその現実を受け入れることができませんでした。震える手で父と母を揺さぶりながら、ただ叫び続けたのです。

 その夜、あたりは真っ暗で、私一人だけが取り残されたように感じました。雪は降り続き、世界がひっそりと静まり返っているような気がして、私は自分が『ひとり』になったことを実感しました。

 その後、私は葬儀が終わるまで、何もすることができませんでした。家族を失ったその悲しみ、孤独を感じる日々の中で、ただひたすら時間が過ぎていくのを見守ることしかできませんでした。あの日の事故が、私の人生を完全に変えてしまったのです。

 あの日、葬儀が終わって家に戻ると、母の親戚である赤松さんから声をかけられました。彼らは私を引き取ってくれると言ってくれたのです。私には他に頼るところもなく、心の中で一縷の希望を感じました。赤松家は、都会に住む家庭で、広い家に住んでいるという話を聞いていました。私の家とは全く違う、どこか遠い世界のように感じました。

「エリカちゃん、私たちができることがあれば、何でも言ってね」

 赤松さんの言葉は、温かさを感じさせました。それに、赤松家には年齢が近い娘さんもいると聞いていました。名前は美咲ちゃん、私とほとんど同じ年齢で、彼女がどんな人なのか、とても気になっていました。お母さんとお父さんが優しくて、何でも話せるような家庭だと聞いていたので、少し安心した部分もありました。

 私が本当に安心できるのは、もしかしたらこの新しい環境の中でかもしれないと思う反面、家族を失った悲しみが深くて、すぐに心が落ち着くわけではありませんでした。

「お姉ちゃん、よろしくね!」

 それが、美咲ちゃんの第一声でした。彼女は私を見て、にっこり笑いながら、手を差し伸べてきたんです。その瞬間、私はどこか不思議な安心感を感じました。美咲ちゃんの笑顔が、どこか明るくて、温かかったからです。

 その後、私は赤松家での生活が始まりました。

 赤松家での暮らしは、何不自由なく、私を温かく迎えてくれました。ご夫婦も、美咲ちゃんも、私に優しく接してくれて、もしかしたらこの人たちには心の中で抱えている孤独を理解してくれるかもしれない、そんな淡い期待を抱きながら日々を送っていました。でも、やっぱり都会の生活は、私の体には合わなかったのです。

 北海道での生活は、空気も澄んでいて静かで、山に囲まれた自然の中で過ごす日々が当たり前だったけれど、ここでは何もかもが違っていました。日差しが強すぎて、私は外に出ることができず、体がだるくて仕方がない時も多かった。空気も、人も、あまりに多すぎて、居心地が悪く感じてしまったのです。毎日何時間も閉じ込められているような気がして、心の中で息が詰まるような思いが募っていきました。

 そんなある晩、私はついに家を抜け出して、吉祥寺の街に足を踏み入れました。日中のあの強い陽射しから解放される夜は、私には心地よく感じられました。
 
 夜の吉祥寺は、昼間の喧騒とは裏腹に、まるで別世界のように静かで、まるで山道を歩いているかのような感覚を覚えました。暗闇に包まれた街は、北海道の山道のように、私を誰にも気づかれずに、ひっそりと過ごさせてくれる場所に思えたのです。

 深夜の街を歩きながら、私はこの静けさがどれだけ心地よいのかに気づきました。だれも私を見ていない。日中のように周りに気を使う必要もない。街灯の灯りが柔らかく、歩道を照らしていて、私はその光に包まれながら、ただひたすら歩き続けました。

 しばらく歩くと、見覚えのあるカフェが見えてきました。それは、赤松家の近くにある、落ち着いた雰囲気のカフェで、昼間は賑やかな場所ですが、夜になるとひっそりと静まり返る、そんな場所でした。私が一人で座り込んでいると、ふと周囲の静けさがより強く感じられて、少し心が落ち着くのを感じました。

 あの時の私には、この一人の時間が必要だったのだと思います。誰とも話さず、ただ静かな夜を感じて、少しずつ自分と向き合う時間が求められていたのでしょう。その夜、街の静けさに包まれた私の心は、少しだけ軽くなったような気がしました。

 それからというもの、私は度々夜の街に出かけるようになりました。昼間はあまりにも多くの人が行き交い、太陽の光に圧倒されるような気がしていたけれど、夜は違いました。夜のカフェ、夜のラーメン屋、夜のコンビニ、そして夜の井の頭公園。どこも静かで、私は自分を取り戻せるような気がしました。

 ある晩、井の頭公園を散歩していると、ふと空を見上げました。夜空に浮かぶ月と星々は、どこか遠く感じて、それでも心が落ち着く気がしたその時、一羽のコウモリが飛んでいくのを見つけました。

「あっ、コウモリ。東京にもいるんだ」

 思わず声に出してしまいました。普通なら真っ暗で何も見えないような夜空の下でも、吸血鬼だからか、山育ちだったからか、私は他の人よりもずっと鮮明に夜の生き物たちを感じ取ることができたのです。コウモリが翼を広げ、優雅に舞いながら夜空を飛んでいる姿を見て、私は少し羨ましい気持ちになりました。彼らは自由で、空を駆けるように生きているのだから。

 その瞬間、私は自分も翼があれば、もっと自由に生きられるのかもしれないと思ったりして、手を広げてみたこともありました。風を感じ、静かな夜の世界に身を委ねるひととき。そんな夜の吉祥寺が、だんだんと私の大切な場所になっていきました。

 街の喧騒や日中の強い日差しから逃れられる、私だけの小さな楽園。それが、この街で過ごす一番の安らぎだったのです。

 そして、出会ってしまったのです。吉祥寺の商店街、サンロードの路地裏にひっそりと佇む一雫の灯りに。

『古本屋・縁』

 金の看板にデカデカと「縁」と書かれたそのお店は、古本の買取売買をするお店で、店主は老後を迎えたお爺さんが一人で切り盛りしていました。店の外観は、どこか懐かしくもあり、ひっそりとした佇まいが、通り過ぎる人々を惹きつけることはなく、まるで見過ごされることが前提のような空気を放っていました。

 私も最初は何気なくその道を歩いていたのですが、足が自然とその店へと向かっていました。路地裏に小さな灯りを放つその場所に足を踏み入れると、温かい空気と共に、古本の香りがふんわりと漂ってきました。店の外には扉もなく、ただ低い木製の棚が並び、その中にぎっしりと詰められた本たちが静かに並んでいます。

 店内にはお爺さんが一人、目を細めながら古びた本を眺めていました。彼は小さな眼鏡をかけ、白髪交じりの髪をなびかせているが、どこか威厳と温かさが感じられる人物でした。

 店内に入ると、すぐにお爺さんが顔を上げて、少し驚いたような顔をしましたが、すぐに優しく微笑んでくれました。

「いらっしゃい。こんな夜遅くに珍しいお客様だね」

 その声は、年齢を感じさせるけれど、どこか温かくて、心に染み込むようでした。私は軽く頭を下げながら、お店の中を見渡しました。棚には本がぎっしりと並んでおり、その中には普段見かけるような新しい本ではなく、どこか古びた、時を重ねたものばかりが置かれていました。

「何かお探しですか?」

 お爺さんの問いかけに、私は少し戸惑いながらも、素直に答えました。

「いえ、特に…。ただ、なんだか引き寄せられるように来てしまっただけです」

 お爺さんは微笑んで、そっと本棚を指さしました。

「ここにある本たちは、どれも昔のものだが、きっと君にとっても大切な本があるだろう。人生の中で何かを探しに来たときに、偶然出会う本こそ、君にとっての『縁』になるんだよ」

 その言葉が、なんだか心に響きました。私はふと、本棚の一番奥に目が行きました。そこには見覚えのない本が一冊、無造作に置かれていたのです。表紙は古びていて、ところどころ色あせていましたが、その本から何かしら引き寄せられるような感覚を覚えました。

 私は手を伸ばし、その本を手に取ると、ページをめくる前にお爺さんが静かに言いました。

「それは特別な本だよ。君が手に取ったその瞬間から、きっと君の人生に大きな変化が訪れるだろうね」

 その言葉に、私は少し驚きましたが、同時に不思議と心が落ち着くのを感じました。

「あの…この本、借りてもいいですか?」
「借りる?購入してちょうだいよ。50円にまけとくからさ」
「あ…えっと…あの、私、お金、持ってなくて」

 お爺さんはしばらく私をじっと見つめ、ふっと笑いました。

「お金がないのか。それなら、まあ、仕方ないね」

 私は困ったように頭をかきながら、小さな声で続けました。

「でも、どうしても気になるんです。この本、なんだか…私に必要な気がして」

 その言葉を聞いたお爺さんは、しばらく無言で考え込んだ後、静かに頷きました。

「じゃあちょいとばかし手伝ってくれるかの。裏にあるエプロンつけて、そこのポンポン持って、テキトーに棚の埃でも落としながら店中立っててくれりゃ、好きなだけ読ませたるよ」
「それでいいんですか?!」

 私は本を無料で読ませて貰えることに感激を覚え、お爺さんの言うとおり、お店のお手伝いしました。それからです。夜の『縁』に通うようになり、店員の格好をしながら本を読ませてもらうようになったのは。いつしかそれがアルバイトという形に変わり、お店のシャッターを開け閉めする鍵を貰い、深夜帯を任されるようになりました。そんな出会いをくれた『縁』で初めて読んだ本をいまだに覚えています。

「『レッサーパンダの生態』ふふっ」

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「それって?!」

 それは蒼真が二度目に『縁』に来店した時に、酔っ払いながらも購入した250円の本であった。

「へへ、そうだよ!蒼真が二冊目に買った本だよ。惜しかったね、二冊目で」
「教科書はノーカンにしてくれよ~」

 エリカが嬉しそうに笑いながら言うと、蒼真も照れくさそうに顔を赤らめながら返した。あの日、二人とも偶然に出会った本が一緒だったという事実が、どこか運命的に感じられて、思わず二人は目を合わせて笑ってしまった。

「あの時、酔っ払ってて本当に何を買ったか覚えてなかったけど、まさかこんな偶然があるなんてな。」

 蒼真は少し恥ずかしそうに頭をかきながら言った。エリカも頷き、軽く笑う。

「でも、なんだか嬉しいね。『縁』で出会った本が同じだなんて。」
「本当に。こういう偶然って、なんだか運命を感じるよな。」

 二人はしばらく笑いながら、まるでお互いのことを新たに知るかのように楽しげに話していた。エリカの顔には少し照れたような微笑みが浮かんでいた。こんな風に、普段から打ち解けることが少ない蒼真とエリカが、自然と心を通わせているのを感じる瞬間だった。

「そういえば、あの本読んでどうだった?」
「うん、結構面白かった。あのレッサーパンダが、あんなにも生きるために頑張ってるって思うと、なんだか考えさせられた。」
「私も。見た目は可愛いけど、実は必死で生きてるんだよね。」
「うん。結構、俺たちにも通じるものがある気がする。」

 蒼真は少し黙ってから、また視線をエリカに向けて言った。

「…まあ、俺も必死で生きてるけど、こうしてエリカと一緒にいると、少し楽になれる気がするよ。」

 その言葉に、エリカは驚きながらも少し笑顔を見せた。

「そう?じゃあ、これからもたまには一緒にこうして本を読んだり、話したりしていこうか。」
「うん、もちろん。」

 二人の間に流れる、穏やかで温かな空気。その時、蒼真はふと思い立ったように言った。

「そうだ、あの本の続きも読まなきゃな。」
「続き?もう読み終わったんじゃないの?」
「いや、実はまだだったんだ。続きはエリカと一緒に読んだほうが面白いかもしれないし。」

 その一言が、まるで二人の関係が少しずつ深まっていく予感を感じさせた。

 こうして、若い二人の運命は少しずつ前向きに進み始めた。エリカと蒼真はお互いにまだ知らないことが多かったけれど、それでも確かな何かが芽生えていったような気がしていた。お互いに過去の傷を抱えながらも、少しずつその重さを軽くしていけるような、そんな予感が二人の間に流れていた。

 それは決して派手な展開ではなく、目立つものではないけれど、二人の心が少しずつ近づいていく、そんな静かな時間が積み重なっていった。

 夜の吉祥寺の街並みも、二人にとってはただの背景ではなくなり、その一歩一歩が意味を持って進んでいることを感じていた。

 そして、二人はこれからも続けて、互いのペースで歩み寄りながら、きっとその先に待っている新しい未来へと進んでいくのだろう。
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