神人

宮下里緒

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8話

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再び喫茶ブルーラへと戻ってきた翼と綾音。
翼はくたびれた様に目頭を抑えうなだれていたが、綾音の方は注文した紅茶を優雅にいただいていた。
よくそんな余裕の態度でいられるものだと翼は理解できない。
綾音に横にある白いバック。
そこからはこの喫茶店を覆うほどの黒いモヤが立ち上っている。
あのバックの中には先程の本を含めた同一作者の本が7冊入っており、その全てから例のモヤが出ている。
あんなものを持ち歩くなんて信じられないが綾音はもっとこの本たちを調べないと、と言い無断で部屋から品を持ち出してきた。
今はその本を一冊ずつ読んでいっている。
本自体が薄くページ数が少ないことと綾音が速読な事もあり先程の4冊目を読み終わったところだ。
翼は見るだけで気分が悪くなる本など読む気もしないので、蓮木昼夜と本の作者、黒絵聖那についてネットで調べるが今のところ全て空振りで終わっている。
黒絵聖那については本を出しているので何か検索で引っかかっても良いはずなのだがこれも中々目につくものがない。
つまり今のところの手がかりは例の本たちだけということだ。
正直なところこんな事首を突っ込むべきではない、それはわかってるのだが綾音はそんな気さらさらない様だ。
となれば翼も綾音をほっとくなんて事は出来ないので必然的に付き添う形になってしまう。
なんとも頭が痛い事だ。
そう翼は頭を抱える。
そうして待つ事2時間ほど、綾音が全ての本を読み終わった。
「ふー中々面白い話でした。話はどれも普通でしたけれど、全ての作品に作者の恨みや妬みそんな負の感情が感じられて、剥き出しの感情。作者はよほど世間を憎んでいたみたいですね」
「なら、この連続自殺はその作者、黒絵聖那が原因か?」
綾音は紅茶を一口含み首を傾げる。
「どうでしょう?どちらかと言えば翼さんの専門でしょ。こういうのは」
翼は手を組み考える。
正直彼自身も今回のようなケースは初めてだ。
そもそも彼は魂は見えるが超常現象のスペシャリストという訳でもない。
綾音はそこら辺を勘違いしているようだが。
かといって分かりませんではこの場にいる大人としてあまりに無責任。
仕方なく自分なりに考えをまとめてみる。
「あくまで俺自身の考えだが、君の話が本当なら原因は蓮木昼夜ではなく黒絵聖那の方だろう。それだけ世間に対して否定的な気持ちを持っていたなら、この本に何か影響を与えた可能性も考えられる」
事実翼の目に見える黒いモヤは負の感情の塊のようにも見えるほど見てて不快なものだった。
「なら取り敢えず一連の自殺事件は黒絵聖那って人が原因って考えていきますか」
はい方針決定と綾音パチパチと拍手をする。
まるでゲーム感覚だ。
「君は本当にこの事件に首を突っ込むきかい?命に関わるかもしれないのになぜ?」
体を少しだけ綾音の方へ近づけ翼が聞く。
その質問に綾音は少し驚くように目を見開く。
そしてフッと笑ってみせた。
「何を今更、そんなの楽しいからに決まってるでしょ。命に関わるって?その方が面白いでしょ」
迷いなくそう答える。
やっぱりこの子はどこかおかしい。
そう思いつつも翼は綾音を止めることが出来ない。
それはなんだかんだ、彼自身もこの事件に興味を惹かれていることが理由の一つだった。
「ふーやはり君はおかしいよ。それに付き合う俺もだけれど。それでどう調べる?この本自主出版みたいで、作者のことなんかネットでも出てないぞ」
「話題にならなかったんでしょうね。そんな本を叔父さんがどう集めたかは気になるけれど、それも知る事は難しいかな」
つまり調査はいきなり暗礁に乗り上げたわけだ。
けれど綾音の顔に曇りはない。
「大丈夫、あてはあります」
そういって彼女は七冊のうちの一冊をテーブルの上に置く。
先程の本を、首斬り姫と同じく真っ黒な表紙の本、そのタイトルは。
『断罪への道』
「翼さん断罪事件って知ってる?」
知らないわけがなかった。
小学生でも習う近年の大事件。
犯罪者を撲滅しろ。
それをスローガンに始まった暴動は三丸町という小さな町から始まりやがて全国へ広がり内戦へと発達してしまった。
主犯格の少年の逮捕後も事は完全に沈黙するまで二年の月日を費やしたという。
事件の収束から十八年経つがいまだに多くの人が当時のことを覚えているだろう。
「ああ。君はまだ生まれていなかったから分からないだろうけど、あの時この国は狂ってた。人の死が殺人がまるで隣人のようにそばに居たからね」
「そう、ひどい事件だったんだね」
そう呟き綾音は顔を伏せる。
わずかに震える体。
泣いているわけじゃない事はわかっている。
「くふふ、ふふふ」
ついに耐えきれないと綾音は笑い出す。
おかしくておかしくてたまらないと言わんばかりに。
「あー笑った。ひどい事件そうですね。できれば二度と起きてほしくないですよね。でも残念、このままだと起きますまた酷いことが!」
ニマニマと下品な笑みを浮かべる綾音がトントンと本を指さす。
「まさか?」
綾音がコクリと頷く。
「そのまさか。この断罪への道は断罪事件をなぞってる。いや、この本を事件がなぞったって事だね」
あの事件もこの作者の本から来てるのか。
一体何が何だか。
「他の五冊の本は私が知る限り現実では起きていないですが時間の問題かもしれませんね。取り敢えず今言える間違いない事は、この黒絵聖那の書いた物語のうち二つが既に現実に起きているという事」
まさに呪いだなと翼は笑いたくなる。
「首斬り姫の話はどうなるだこの先どういう結末へ向かう?」
そう話通りに進むなら結末さえ知れば対策ができるはず。
少なくとも何も知らないよりは心構えができる。
だが綾音は残念でしたと言うように首を振る。
「さぁ?わからないです」
戯けるように肩をすくめて見せる綾音に苛立ちが募る。
「ふざけてるわけじゃないですよ。ほら!」
首斬り姫のページをめくり見せつけてくる綾音。
それを見て翼は目を丸くする。
「なんだこれ?」
それは墨の様だった。
ありったけの墨汁を無茶苦茶に塗りまくった様に、それ以降のページが黒く塗りつぶされていた。
文字もほとんどが読めない。
「途中までは読めます。けれどそのページ以降は全てこの状態。面白いのはこうなってるのはこの本だけで、読める部分の最後は、呪いの調査に二人の男女が腰を上げたという部分で終わり」
信じられない話だった。
もう気持ちが悪いなんてもういってられないと
翼もその最後の記述を読むが、綾音の言う通り村の神社の神主と巫女が事件について調べようと惨殺された娘の家へ訪問しようとしたところで終わっていた。
「この男女ってのは俺たちなんだろうな」
「この話が現実に沿って進んでいるならそうですね」
だとしたらこれはもう予言だ。
けれどその予言はこれ以上見る事はできない。
恐ろしいと翼は思う。
自分の行動が誰かに操れているかも知れないその事実に戦慄する。
「私たちがこの件に首を突っ込むのは既に決められていた。ならこの話の流れに乗るのも手かと私は思います。うまくいけば真相に近づけるかも」
話に組み込まれた以上逃げるのは無理か。
翼も覚悟を決める。
「だとしたら、まず調べるべきは既に完結した物語。断罪への道だな」
綾音もコクリと頷く。
「三丸町へ行きましょう。何か手がかりが残ってるかも。この黒絵聖那の」
翼たちは早速、旅路の準備を始めることにした。
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