神人

宮下里緒

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9話

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三丸町、かつて惨劇の舞台となったその町は例の事件の後、町民は軒並みこの地を離れ事件当時2000人程いた人口も今や500人程まで減っていた。
桐切町から船で移動する事5時間バス移動も含めれば合計移動時間7時間の長旅だと言うのに、街に降り立った綾音は見たい場所がると予約した旅館を後回しに荷物を持ったままナビを頼りに何処かへ歩き出す。
楽しそうな綾音に対し翼の顔は酷く疲れきっている。
長旅の疲れはもちろんだが、何よりもこの町は見ていられない。
空は爽やかな日本晴れだというのに町は黒く澱んでいる。
街の隅々で薄黒いスライムがモゾモゾと動いては形を崩して地べたで蠢いている。
翼にしか見えないそれはもう自分の形すら思い出すことができなくなった人の魂。
通常は長い年月経っても成仏出来なかった魂が劣化の末なるものだが、この町のものは違う。
生前、悲惨な死に方をして魂まで壊れた亡者たち。
それが今この町に巣食ってる。
もはや町そのものが心霊スポットのような状態だ。
こんな状態では町から人が出て行くのも頷ける。
この地は生きているものにとっては毒だ。
長く住み着く事は難しいだろう。
元からそうだったとは考えにくい。
おそらく断罪事件がこの町を死者の国へ変貌せてしまったのだろう。
綾音は気づいていないが彼女の体にも亡者が絡み付いている。
薄黒いスライムのようなものが足にしがみついている。
健康な体を本能的に求めしがみついているのだろう。
人によってはそれだけで体調を崩す人もいるが、綾音は幸い強大な魂を持っているので絡みつかれていることなど気づかずどんどん道を進んでいく。
翼の方は彼らには触れないように避けながら進んでいる。
「綾音。宿には16時までに着かないといけないから、それまでに戻れるようにな」
先を進む綾音に呼びかける。
「りょーかい」
振り向く事なく返事をする綾音はまた亡者の一体を足で踏み潰したところだった。
もちろん見えていない綾音は無自覚だが。
それにしてもと、翼は周囲を確認する。
民家の壁に囲まれた小道。
そこにウヨウヨと蠢く亡者の数が先程より多くなったように感じる。
それも綾音の進む方角へ行くほどに。
この先に何かあるのか?
翼の足も次第に早まっていった。


「到着。ここがこの町で最大の惨劇が起こった場所。三丸刑務所。もう機能してないので元ですけどね」
途中買った炭酸飲料を飲みながら綾音が説明をする。
「着たかった場所ってここか?」
「ええ。元々気になってた場所だったんでいい機会かなって」
そう言いながら綾音はまるで観光地にでも来たように写真を撮り出す。
「これはまたとんでもない事故物件だな」
翼はそう言いながら顔を顰める。
「あーやっぱりなんか見えます」
そんな分かりきったことを綾音は聞いてくる。
「見えるのもそうだが、ここは何よりうるさくてしょうがない。断末魔っ言えば分かりやすいか。言葉にならない無数の声が刑務所中から響き渡ってる」
翼がそう言うと綾音もその声を聞こうと手を耳に当て耳を澄ませてみるが、聞こえるのは忙しい蝉の声だけ。
「ダメ。全然聞こえません」
綾音はどうしても聴きたいのかサビついた門に耳をさらに近づけようとし、翼に止められる。
「やめとき。君の体質でこんな場所に近づいたらそれこそ何が起きるかわからない」
綾音の体質、それは非日常を呼び寄せるという異能。
そんな力を持ったものがここにへ入りでもしたらそれこそ大怨霊が出てもおかしくない事態になりそうだ。
「今回はあくまで本の調査だろ?寄り道はここまでだ」
肩を掴まれた綾音はひどく不満げだがやがて「はいはい」と踵を返してくれた。
「まぁ、次回があればまた来たらいいか。その時は付き合ってもらいますよ翼さん」
ニタリと嗤う綾音に翼は顔を顰め聞かなかったことにするのだった。
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