巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな

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 ふわふわと沈み込む雲より柔らかいベッドにサラサラと手のひらからこぼれ落ちていく上等な絹のシーツ。控えめだが、よくよく見ればルイの自室よりも二回りほど広いこの部屋の至る所に滅多にお目にかかれない上等な家具が置かれていた。ベッドサイドにある呼び鈴を鳴らせばすぐさま使用人が部屋を訪れ、ルイの要望に何でも答えてくれる。喉が渇いたと言えば王都でも指折りの高級店の茶葉で入れられた紅茶がすぐに用意され、お腹が空いたと言えば晩餐会でも開くのかと言うほど豪勢な食事が目の前に並ぶ。
 そんな至れり尽くせりの空間で、ルイの左足に繋がれたジャラリと音を立てる鎖だけが異質な存在感を放っていた。
「……何で、こんなことになったんだっけ……?」

 時は少し前に遡る。
 まるでルイがミカエルへと手を挙げたように仕立て上げられた現場を少なくはない生徒たちに目撃されてしまったルイは、あれよあれよと複数人のミカエルの取り巻きたちに拘束された。
 ミカエルが必死にルイを庇おうとしていたが、その発言すらアーノルドのいかにもな口先に丸め込まれて、ミカエルの株を上げることにはなれど、ルイの冤罪を晴らすことにはならなかった。
 ミカエルがそれでもなお何かを叫びながら、段々と遠のいていく姿を呆然と見つめていたルイは、何かをアーノルドから嗅がされたかと思うとストンと意識を失った。
 そして目を覚ますと、何でもある至れり尽くせりな空間で足首を拘束されていた。
 この状況にルイは大変混乱した。
 想定よりも早く処刑されてしまうかもとは恐れていたが、まさか牢屋ではなくこんな贅沢な一室で目を覚ますとは思わなかった。ルイの身につけていたものも全て取り払われており、服もワンピース型のこれまた極上の肌触りの寝巻きのようなものに変わっていた。
 混乱しながら無意識に首元へと手を持っていったルイはすっかり馴染んだ革の感覚が手先に無かったことに顔を青くした。
 とりあえず、この部屋から脱出してチョーカーを探さなければと自分を奮い立たせたるいはそれはもう彼なりに精一杯の抵抗をした。
 ご丁寧にもあざができないように内側が柔らかな布で覆われている足首の鎖を力任せに引っ張ってみたり、うろうろとこの部屋から脱出するために道具を探して歩き回ってみたり。
 その結果は惨敗。
 徹底的にルイの脱出を防ぐために整えられたこの部屋で役に立ちそうなものなど何もなく、頑丈にベッドへと固定されていた鎖もびくともしなかった。
 そうして体力を使い果たしベッドへと寝転んだルイは、一旦この状況に甘んじてみることにした。
 どうも体感からして意識を失ってから1日も経っていないようだし、そもそも誰がこんなことをしているのかもよくわからない。とにかく何より、ルイには情報が足りなかった。
 そんなわけで、公爵家でも滅多に出ないような上品な紅茶を飲み、パーティー会場にでもきたのかと錯覚するほどのご馳走に舌鼓を打ったルイは、食後に入った風呂でこれでもかと顔やら体やら髪やらに塗り込まれたもので艶々としていた。
 メイドたちにも色々と話しかけてみたが、全くの無反応。まるで言葉が通じなくなってしまったのかと思うほどの無視っぷりにルイがちょっと泣きそうになってしまったのは秘密である。
 色々ありすぎて疲れ切っていたルイがついうとうととしていると、ガチャと内側から開けることのできない部屋の鍵の開く音がした。
 その音に眠気も吹き飛び、ばっと素早く上体を起こし部屋の入り口へと目を向けると、そこには1人の男が立っていた。
 この部屋でしばらく過ごすうちに、その人物に全くもって心当たりが無かったかと言えば嘘になるが、ルイの中では絶対にこんなことをする人では無かったために、確定することができなかった人であった。
「……殿下。」
「……嫌だなあ。アーノルドって呼んでよ、ルイ?」
 そう言って相変わらず穏やかに微笑んでいるルイの元婚約者はゆっくりとルイの寝ているベッドへと近づいてきた。
「殿下、どうしてこんなことを?」
「うん?こんなことって?」
 思わず無言のままに睨みつけてしまいそうになるが、ゆっくりと、しかし確実にルイへと近づいてくるアーノルドになんとも言えない不安を感じて、率直に疑問を投げつける。
 そんなルイの問いかけに、とぼけるように首を傾げたアーノルドにルイの中で何かが弾けた。ここ数時間で感じた不安だったり緊張だったりが一気に溢れ出したようだった。
「惚けないでください!ミカエルにあんなことをしたことも、僕のこの状況も全部です!殿下は僕をどうしたいの!?罪人にしたいなら罪人らしく牢にでもぶち込めばいいんじゃないですか!それをこんなことして、わけが分からない!」
「だから、アーノルドって呼んでよ。」
「っ!今はそんなことどうでもっ……!?」
 気づいたら天井を見上げていた。繊細な彫刻を施された天井に状況も忘れて感心するより前に、ルイの視界にルビーの瞳と大層整った顔が入り込んできて、どうやらアーノルドに押し倒されていることに気づく。
 必死になりすぎて、アーノルドが近づいてきていたことを忘れていたルイは、一旦色々考えていた怒りとか疑問とかを全て吹っ飛んだ。
「え、ちょ、でん……アーノルド殿下!?」
「……やっと呼んでくれた。」
 殿下は余計だけどね、と言ってふふっと今にもルイと顔がくっついてしまいそうな距離にいるアーノルドが笑う。
 その笑い方がかつての婚約者としての顔合わせの時にルイへと微笑みかけてくれたその笑い方と似ていて、状況も忘れて思わずルイはアーノルドのことを見つめてしまった。
 そして、その笑みを浮かべたまま鼻同士が触れ合うほどの距離は変わらず、アーノルドは話し始める。
「さっきも言ったでしょ?俺はただルイに俺のものになって欲しいだけ。そのために婚約破棄までしたって言うのに、あのガキのせいで計画は崩れるし、ルイは俺から離れていくしで、ちょっと躾も兼ねてぶっただけだよ。安心して。顔に傷は残らないし。……まあ、もし残ってもそんなことでメソメソするような繊細な性格してないでしょ、アレ。」
「躾って……。」
 物腰穏やかで人当たりのいいこの国の第三王子。それが今までルイが知っているアーノルドであったし、ルイが幼少期から見てきた婚約者のアーノルドであった。
 そんな彼がその鮮やかな赤色の瞳を暗く濁らせ、躾だとかルイが欲しいだとかそんなことを言う。ルイが知っているアーノルドと目の前でニコリと笑う男がうまく重ならなくて、息も忘れるほど緊張する。
 そんなルイの様子に気づいたが気づいていないかは分からないがアーノルドの話は止まらない。
「うん。やっぱりルイにはあの安物の装飾品なんか似合わないね。何にもつけてない方が君の魅力が引き出せるって言うのに。君の首元を見るたびにイライラしちゃって、つい当たってしまったよ。ごめんね。」
「……僕のチョーカーはどこにありますか。あれは友人からもらったものです……返して。」
 アーノルドが満足げにルイの首元を撫でながら言う言葉になんだか寒気がして、思わず震えてしまいそうになる体を押さえ込む。今にも逃げ出したくなる気持ちを抱きながらも一切それを表情には出さずにルイはあくまでも淡々とそう聞く。
 その問いに少しだけ眉に皺を寄せたアーノルドは不快さを隠すこともせずにその瞳を苛立ちに染めた。
「返す?悪いけど、どこにやったか忘れちゃった。それにルイはこれからこの部屋にずっといるんだから、そんなものいらないでしょ?」
「は?ずっと、って……。」
 口先だけで謝ったアーノルドがかけらもルイに悪いと思っていないことに気づいたルイは、激昂のままに彼へと怒鳴ろうとしたが、その後に続いた言葉に再びポカンと間抜けに口を開くことしかできなかった。
「ルイはこれから卒業パーティーが終わるまでここにいてもらうんだ。あ、逃げ出そうとは考えない方がいいよ。まあ、ここ王宮だから、逃げ出すことなんてできないとは思うけど。」
 その言葉に、だんだんと血の気が引いていくのをルイは感じる。さっきまで抑え込めていたはずの震えが抑えきれない。得体の知れない目の前の男の言っていることをルイは理解することができなかった。
「ふふ、そんなに怖がらないで。卒業パーティーが終わったら君の望み通り罪人として牢屋に連れていってあげる。大丈夫、痛みなんて感じないくらい一瞬で殺してあげるから。」
 そう言って、頬を染めて恍惚とした表情でルイに向かって笑いかけたアーノルドはするりとルイの首元に手を滑らせる。するり、するり、と大事なものを触るように何度か撫でたあと、ぐっと皮膚の柔らかさを確かめるように手を押し込んでくる。
 息が詰まるような気がして思わず眉を寄せてしまったルイを見て一層蕩けたような表情になったアーノルドは、ボソリとこう呟いた。
「……とっても似合ってるよ、ルイ。。」
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