巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな

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 「え。」
 アーノルドの言葉にルイは目を見開く。
 混乱で鈍っていた思考が急速にぐるぐると回っていく感覚がした。
 これまでの話を聞く限り、アーノルドにはルイの首の傷が見えているらしい。そして、あの口ぶり的にどうやら前回のことも覚えている。
 そこまで考えてルイは一つ疑問が浮かび、そのまま流れるように口から疑問が飛び出そうとした。
「あの、アーノルドでん、」
「ああ、そうだ。ルイ、この部屋は居心地が悪くはない?ルイが来てくれるんだったらもっといいものを用意したのに、いかんせん急なことだったからこのくらいしか整えることができなくて……。何か不満があったら言って欲しいな。ルイのためならなんでも叶えるよ。」
「いえ、別に不満はありません。それより、聞きたいことが……」
「それならよかった。けれど、ルイがいるにこのままなんて俺が許せないから、近々色々と運び込もうとは思ってるんだ。ルイも欲しいものがあったらなんでも言うんだよ?」
 ルイに口を挟ませる隙など与えず一方的に話しかけてくるアーノルドにルイは段々と腹が立ってきた。
 今日はいろんなことを聞かされて疲れている上に、押し倒されているとはいえ、こんな極上のふわふわの上に寝っ転がっているせいでなんだかさっきから眠気が少しずつルイを襲ってきている。
 ぶっちゃけ、ルイはおねむだった。
 ふんっと気合を入れて頭を振ったルイはゴツっと言う音と共に見事にアーノルドの額へと自分の頭をぶつけた。
 かなり近い距離であったため、アーノルドにとってたいしたダメージにはならなかったであろうが、ルイから頭突きをされたと言う衝撃にアーノルドは目を見開いてルイの上からようやく退いた。
 ふかふかの誘惑を振り払って何とか体を起こしたルイは、いまだにポカンとしているアーノルドへとピシリと指を突きつける。常時であればルイはそんな人を指差すなんて品のないことはしなかったのだが、いかんせんこの時のルイはおねむな上にルイの話を聞こうともしないアーノルドに怒っていた。
 何だかよく分からないが、僕のことを気にかけているなら、話の一つでも聞くべきだとおおよそ軟禁されている張本人とは思えない考えのもと、すうっと息を吸うと先ほどのアーノルドにも負けない勢いで話し始めた。
「殿下にはいつから記憶があるんですか?……と言うか何でこの傷が見えてるんですか?それにしても、この際この状況には一旦目を瞑るとしても、人のものを取り上げて挙げ句の果てには無くすって言うのはちょっと人としてどうかと思います。何でも欲しいものをくれるって言うんだったら、僕のチョーカーを返してください。チョーカーをくれたエミリーと会えないことと、人からもらったものを粗末に扱うことは関係ないです。あと、人のことをガキだとかアレだとか呼ぶのは王族としてはゼロ点です。話の流れ的にミカエルのことだと思いますが、どれだけ苛立ってても、周りに人がいなくてもちゃんと名前で呼んでください。ふとした時にそう言った癖が出たらどうするんですか、評判落ちちゃいますよ。あ、あと、僕の状況もちゃんと説明してください。さっきから殿下が何言ってるのかさっぱりです。」
「ご、ごめんね……?」
 かつて鎖に繋がれて軟禁されているはずの被害者がこんなにも大きな顔をしたことがあるだろうか。ルイの人生でもトップレベルに入るその怒涛の演説は、思わず勢いに押されてアーノルドが謝ってしまうほど。
 しかし、アーノルドから謝罪を受けても、波に乗ったルイは止まらない、否、止まれない。
「意味もわからず王族が気安く謝罪しないでください。そんな軽いものじゃないでしょ。まあそれは今は置いといて。僕に悪いと少しでも思っているんだったら、ちゃんと一から十まで懇切丁寧に説明をしてください。あと、チョーカー返して。」
 怒りと眠気で支配されたルイの頭の中にはもはやチョーカーのことと、この状況のことしか無かった。
 すん、と表情を落とした顔で時々敬語すらどこかに放り投げながら、べらべらとよく回る口を全力で回しているルイに対して、先ほどまで何とも不穏な雰囲気を纏っていたアーノルドは今は気まずそうに縮こまっている。
 彼の心の中ではふえぇと小さな自分が涙目になっていたが、貴族としての意地で口から情けない声を上げることは無かった。何せ彼は尊い生まれの王子様なので。ついでに好きな子の前ではカッコつけたいお年頃の男の子なので。
 今の状況がかっこいいかと問われればいささか疑問に思うところが多いが。
 しかし、アーノルドだって言われっぱなしではいられない。何とかルイに言い返そうと意気込んだ彼の口から出てきたのは、本人も思っていないほどか弱い懇願であった。
「わ、分かった、分かったから!説明もするし、チョーカーもちゃんと探す!だから、そんな目で俺を見ないで欲しいんだけれど!」
 実質的な白旗宣言にルイはどこかに表情を全て取り落としてきてしまったような顔から満足げなものに変わる。ふんっと小さく鼻を鳴らして勝ち誇った得意げな表情のルイはそれはそれは可愛らしいものだったのだが、がくりと項垂れていたアーノルドはそんなルイの顔を見ることはなかった。
「分かればいいんですよ、分かれば。というか、そんな目って何ですか?」
「……わがままな幼い子どもを見るような目、かな……。」
「ええー、まさか。僕はいつでも殿下のことを尊敬の念を込めて見ていますよ?」
 しらっとした顔でそう言って、誰がどう見ても綺麗な作り笑いを完璧に浮かべたルイに、アーノルドは肺が口からまろび出るかと思うほど深いため息をついた。
「ああ、そう。……とりあえず、話は明日でいいかな?今日はもう一旦自室に戻らせて欲しいのだけれど。」
「ええ、構いません。僕ももう眠いですし。」
 ひとまず今日の攻防はルイが白星を上げたことで、改めて眠気が襲ってきたルイは一つ小さくあくびをして、ベッドへと舞い戻った。ふんわりとルイの体を受け止めてくれる極上の柔らかさを持つベッドに触れていないのかと錯覚させるほどの肌触りのシーツ、もこもこと体をちょうどいい温度に温めてくれる最高級の掛け布団、眠くならないはずがない。
 ガチャとドアの閉まる音がして、アーノルドの足音が遠ざかっていく音を聞きながら、ルイはあっという間に眠りの世界へと旅立った。

 チピチピと小鳥の鳴く声に、うっすらと差し込んでくる朝の日差し。爽やかな朝の気配に似つかわしくない嵌め殺しの窓と内側から開けることのできない鍵。
 そんな人を閉じ込めるために作られたような部屋で、閉じ込められている真っ最中であるルイは目覚めた。
 目を開いて、寝ぼけていたルイは自分がどこにいるのか分からなかったが、体を捻るように動かした際にチャリ、と微かに足元で金属の音がしたことでハッと眠気がどこかへ飛んでいった。
 寝起きがいい方ではないルイにしては珍しくパッと体を起こして、毛布を跳ね除けた先に見えた自分の足首に繋がれた足枷と鎖に昨日の出来事を一気に思い出す。
 眠気と急に環境の変わったストレスで、誰かが聞いていれば即断頭台行きが確定してしまいそうなことを王族であるアーノルド相手にべらべらと喋ったような気がするルイは、一旦思い出すことを放棄した。
 どうせ遅かれ早かれ断頭台へと向かうのだから、とにかく今はこの状況をどうにかする方が先であると無理やり自分を納得させる。
 身支度を整えるために鳴らしたベルにすぐさま駆けつけた使用人たちにおとなしく身を預けながら、朧気な昨夜の記憶でアーノルドから今の状況を説明すると言質をとったことを思い出した。
「……あの、殿下に用があるのですが、彼は今どこに?」
 こんな部屋ではルイが自分でアーノルドの部屋へと突入することなど不可能に近いため、わずかな希望に縋って昨日はガン無視であった使用人たちに恐る恐るそう尋ねてみた。
「殿下は学園へと向かわれました。お帰りは早くても夕方ごろになるかと思われます。」
 昨日は全くルイに答えなかった使用人がすんなりとそう言ってくれたことに少し嬉しくなりながらも、その言葉にルイは固まる。
 そういえば今日は休日でも何でもない。学園だって当たり前にある。
 そのことに思い至ったルイはダメ元ではありながらも、使用人へと再び問いかけた。
「……僕も、学園に行きたいなあ……なんて。」
「申し訳ありませんが、殿下よりルイ様をこの部屋から出すなとご命令を受けております。いかにルイ様からのご要望であれど、この部屋からは殿下の許可が降りない限り自由に出入りをすることはできません。」
 そう言って再度申し訳ありませんと言いながら深く腰を曲げてルイへと頭を下げる使用人に、ルイは慌てて頭を上げるように言いながらも、心の中で何となく納得していた。
 多分アーノルドはどれだけルイの願いを叶えると言っても、ルイをこの部屋から出すことはしない。彼の言っていた通り、ルイを卒業パーティーが終わるまでここで飼い殺すつもりなのであろう。
「どうしようかなあ……。」
 何とも閉塞感を覚えながら、意味もなく半日をこの状況に甘んじたルイは、気がつくとうたた寝をしてしまっていた。
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