巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな

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 ルイがベッドでもんどり打って、ついでに足首の鎖が無くなっていることに驚いていた頃。
 アーノルドは昨夜ルイに泣き喚かれたことに僅かに傷心しながらも、王子然として王城の長い廊下を早足に歩いていた。
 向かう先は応接間。そこには今日のアーノルドの卒業を祝う贈り物が山のように届いている。その贈り物を全て確認して、今夜までにお礼を言うべき人を考えておく必要があった。ちゃんとしたお礼は後日改めて文書にて届けるとしても、世間一般の評判が身分に固執しすぎない"優しい"第三王子であるアーノルドはたとえ今日の朝に届いたものでも、差出人を把握しお礼を簡単に言う必要があるのだ。
 そんなわけで、さっさとルイと共に過ごす時間もとりたかったアーノルドは恐ろしい速さで応接間へと辿り着いた。
 そして、扉を開けて中につまれた贈り物の数々を少しばかりげんなりした気持ちで見た後、ここにあるはずのないものを目にとめてしまい、思わず開けた扉をそのまま閉めた。正確に言うと、ここにではあるが。
 どうか見間違いかここ最近の疲れが見せた幻覚であってくれと願いながら、そっと扉を開く。
 アーノルドの願い虚しく、先ほどと変わらない光景が広がっていることにどこか諦めの気持ちを持って、彼は部屋へと余裕があるように優雅に足を踏み入れた。
「……こんなところで会うなんて奇遇ですね?カミル殿。」
「ああ、これは大しただな?アーノルド殿下。」
 アーノルドへとわざとらしく鷹揚に頷き返した青年。
 燃えるような赤髪に太陽のように輝く不思議なトパーズの瞳。鍛えられた体格に彫刻のように整った顔立ち。この国には珍しい褐色の肌を持つその青年は、アーノルドにとって目の上のたんこぶと呼ぶに等しいカミルその人であった。
 確認は一人でしたいからと人を遠ざけていたことが仇となった。今大声で叫んだとしても、目の前の青年がアーノルドを人質に取るなり口を塞ぐなりする方が早い。
「それにしても酷いな。俺を見て扉を閉めるなんて。そんなに殿下に嫌われていたとは思わなかった。」
「……いえ、まさか、あなたがいらっしゃるなんて誰からも聞いておりませんでしたので。予想外のことに取り乱してしまっただけですよ。」
「そうか?それなら良かった。」
 ばちばちとした空気などありもしないとばかりに表面上は穏やかに会話を交わす二人。しかし、会話が進めば進むほど部屋の体感温度は下がりに下がり、ピリピリと空気が緊張で震えているような気さえしてくる。
「ところで、今日はどんなご用でここに?わざわざこんなところまで押しかけてまで。私の卒業祝いに来たわけでもないでしょう?」
 気を取り直したようにカミルへと問いかけるアーノルドではあったが、その口調はどこかトゲトゲとしており、心なしか嫌味っぽく聞こえる。口元はいつも通り微笑んでいるのに、どこか張り詰めたような雰囲気を纏っていた。
 そんなアーノルドからの軽い嫌味など気にもせず、こちらも負けず劣らずの笑みを優雅に浮かべたカミルは、わざとらしく眉を下げて絵に描いたような困ったような顔を作った。
「いいや、今日は少し貴殿に相談があってな。礼儀も何もないが、何せ緊急の相談ごとだったもんで、こうして秘密裏に会いに来た。」
「相談ごと……ですか。」
 カミルの言葉をそっくりそのまま繰り返しながら、どこか考え込むそぶりを見せるアーノルド。おそらくこの茶番の目的まで理解しているアーノルドは、一体どんな手を使ってカミルが自分から情報を奪おうとしているのかと考えを巡らせる。
「ああ、オレはあんたらと違ってそう言った腹芸は苦手なんでな。単刀直入に言わせてもらう。ルイはどこにいる?」
 しかし、そんな考えとは反対に真っ先にルイについて聞いてきたカミルにアーノルドは目を見開く。それと同時に腹を抱えて大笑いしたいような気持ちを抱いた。
 それまでは彼のその豪胆な性格でどうにかなってきたのであろうが、ここは残念ながらそんな方法で渡り合えるほど甘い場所ではない。
 ルイを連れ出したいのならば、カミルはこの会話において容易に彼の名前を口にしてはいけなかったのだ。
 アーノルドはこの会話において自分が主導権を握ったことを確信し、それまでの何処か緊張と警戒を孕んだ空気を緩め、優雅に微笑んでみせた。
「おや、いかにもルイがここにいると確信しているような口ぶりですね。……ですが、残念。私では貴方のお力にはなれないようですね。彼は今、ここにはいません。」
 急に雰囲気の変わったアーノルドへと今度はカミルが警戒するような視線を向けながら、それでも彼がルイのことなど知らないと誤魔化すことなど織り込み済みであった。
「へえ、とぼける気か?悪いが貴殿がなんと言おうとルイは返してもらう。どこにいるかの目星も大体付いてるしな。」
 そう言って、さっさとこの応接間から出て行こうと入り口付近にいたアーノルドへと向かって歩いてくるカミル。
 アーノルドも鍛えていないわけではないが、そもそもの骨格から筋肉量などの何から何まで力においてはカミルの方が上である。彼をこの部屋に力づくで押し留めることはアーノルドには不可能であった。
 しかし、このまま何も言わずにカミルをこの部屋から出すほどアーノルドも愚かではない。
 何やらルイの居場所に心当たりでもあるそうだし、このままおとなしくこの城から出ていってくれれば、それほどアーノルドにとって都合が良いことはなかった。
 そう考えたアーノルドは奥の手と考えていた方法を使ってでもカミルをこの部屋に留めようとした。
「……仮に、ルイがこの城のどこかにいたとしても貴方が無断で彼を連れ出すことなどできませんよ。
 ここがどこだか、分からないとは言わせませんよ、カミル殿。」
 アーノルドのその言葉にピタリと足を止めたカミルがその太陽の瞳をすうっと細めた。
 その瞬間、アーノルドの背筋をぞわりと悪寒が走る。
 狙いをつけた肉食獣のような目つきに喉笛に噛みつかれたような心地しながらも、決してアーノルドは表情を変えない。会話の主導権は確かにこちらが握っていたはずなのに、たったひと睨みでこの場の空気を全てカミルが掌握してしまった。まさに王者の風格と呼んでしまうほどのその瞳の強さに、アーノルドはもはや意地だけでその場に立っていた。
 カミルが口を開くその一挙一動から目が離せない。少しでも背を向けてしまったら、そのまま自分が食い殺されてしまいそうな気がした。
「はっ、それは脅しか?カルタナの第三王子殿下?外交問題にも何にでも好きにしろ。ルイをオレの国に連れていけば、もうこの国に用はないからな。」
 小馬鹿にしたようにアーノルドを呼んだ後、もう用はないとばかりに部屋を出ていこうとするカミル。
 わざとらしくぶつけられた肩に思わずよろめいてしまったアーノルドは、カミルを城から追い出すどころか苦心して閉じ込めたルイを奪われてしまうと本能的な部分で悟ってしまった。
 しかし、それに気づいたところでカミルをこの場に繋ぎ止めておくことなどどう頑張っても無理であった。
 それでもカミルをただで見送るなど到底できなかったアーノルドは負け惜しみのように、その背中へと脈路もなく言葉を投げかけた。
「……ところで、貴方はルイと付き合ってるんですか?」
「は?」
 あんまりにも場違いな問いかけに思わずと言った風にカミルが反応する。それまで頑なにルイのことを口にしなかったアーノルドが急にルイのことについて話し出したことが気になったためでもある。
「ああ、いや、少し気になったもので。何せルイがベッドで泣きながら貴方の名前を呼んでいたものですから。」
 そう言って笑うアーノルドにカミルは全身の血が沸騰したように熱くなる。思わず振り向いて早足で詰め寄り、アーノルドの胸ぐらを掴み上げる。
「おい、あんた!!ルイに何を……!」
 カミルの大人でも怯んでしまうほどの怒鳴り声にアーノルドは何も言わない。されるがままに胸ぐらを掴まれてもなお、表情を崩さずに笑みを浮かべ続けるアーノルドにぶちりとカミルの中で何かが切れる音がした。
 先ほどの言葉がたとえ嘘であったとしても怒りを抑えることなどできなかった。
 カミルが衝動のままに振り上げた拳。それを振り下ろそうとしたその瞬間。
 パリーンッ!!
 どこかで窓ガラスが割れる音がした。
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