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番外 ※ジェラルド視点
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俺の名はジェラルドという。
ホーキング男爵家の長男ではあるが、生粋の貴族ではない。
平民だった祖父が武勲で騎士爵を授かり、父が王宮騎士団長に就任する際に準貴族のままでは、と男爵位になっただけの領地も引退した祖父が隠居した生まれ故郷の小さな町一つという、名ばかりもいいところな家である。
しかし腐っても貴族、第一王子と同い年というだけで将来の側近や王子妃を見繕う茶会などには幼少時から強制参加させられていた。
まあ王都にいる時は毎日父についていき王宮騎士団の訓練所に入り浸っていた手前、堂々と休憩と間食ができる大義名分があったのでそれほど苦でもなかったが。
いや、身分差からそう思ってはいけないと抑えていただけで、正直楽しみでさえあった。
リィン・・・幼馴染のロザリーヌが、必ずいたから。
祖父の隠居した町は元々グラント侯爵が治めていた土地で、書類上は祖父が領主だが実質ただの町長だ。
だからグラント侯爵は娘のロザリーヌを連れてよく町に視察に来ていたし、俺も町に祖父母がいる故よく訪れていた。
一桁の年齢の頃から愛称で呼び合うほど仲良くしていた俺たちの転機はアーサー第一王子殿下の婚約者がロザリーヌに決まったことで、それ以来呼び名も改め必要最低限にしか会わなくなった。
それまでは騎士になりたいと思ってはいても、剣が好きだから、父が騎士団長だから、という漠然としたものだったが、ロザリーヌと明確な線引きで以て離れて自分を見つめ直した時湧き上がったのは、ロザリーヌを・・・未来の王子妃を、守りたいという想いだった。
伴侶にはなれないけれど。
元より王子の婚約者にならずとも手が届かない相手、ならば俺にできる形で側に。
まず俺は、アーサー殿下の近衛になろうと決めた。
そうすれば必然的にロザリーヌと顔を合わせる機会が増えるし、と。
ロザリーヌの側にいるための足掛かりだと失礼なことを思っていたが、アーサー殿下は思いの外良い奴だった。
王族としてのカリスマや能力は充分に有しながらも、性格は朗らかで真っ直ぐで、きっと自身が相手にそうして欲しいと根底で願っているのだろう、目の前の人間の爵位などではなく本質を見ようとする。
あの射抜くような強い眼差しは、さぞ後ろ暗い貴族達には子供と馬鹿にできない居心地の悪さを感じたことだろう。
そして例え目の前で婚約者と接するのを見せつけられようとも想い人の側にいたいという愚直な俺のことを、アーサー殿下は友人として大層気に入ってくれたようだ。
それ故か、アーサー殿下のロザリーヌへの態度は友好的ではあるものの、どこか義務感漂う他所他所しいものだった。
それが変わったのは王立学園に入学してから。
アーサー(学園にいるうちはそう呼べと言われた)は入学後すぐにカレンデュラ・レヴィという最近まで平民だった子爵令嬢と知り合った。
間を置かずして俺もその令嬢と知り合い、彼女はアーサーと俺によく話しかけてくるようになった。
学園の中では皆平等を謳ってはいるが、そんなものは建前でしかないことは貴族の端くれも端くれの俺ですら承知している。
身分差もさることながら公に婚約者のいる王子に気さくに接する子爵令嬢は、アーサーの目には魅力的に映るのだろうが周囲はそうはいかない。
そしてそれを諌めるべき立場というと、必然的に婚約者であり学内で身分もかなり上位のロザリーヌになってしまう。
ロザリーヌは仕方ない、と諦めたような表情で度々苦言を呈するようになった。
そうしてしばらく経った頃。
徐々に子爵令嬢に傾きながらも中立を保っていたアーサーは、ついに子爵令嬢を擁護する言葉をロザリーヌに放った。
これはロザリーヌとアーサーと子爵令嬢の問題。
俺が口を挟むわけにはいかないとは思いつつもロザリーヌを案じてしまう。
しかし、ロザリーヌの返答は思いもよらないものだった。
そして。
「カレンデュラが今度は大商会の息子と二人で中庭にいたんだ!」
「普通にお友達としてのお付き合いだと思いますわよ。あの商会にはわたくしもお世話になっておりますから」
「というかアーサー。今はお前の愚痴を聞く時間じゃないんだがな」
事の発端となったあの部屋は、いつの間にか身分差恋愛に悩む学園生の相談室のようになってしまっていた。
相談者のいない時にはのんびりと過ごすために使っているのだが、リィン・・・ロザリーヌと二人でいたらアーサーが飛び込んできてのさっきの発言だ。
「俺が婚約解消したから付き合えるようになったくせに!ちょっとは取り合えよ!」
「確かに切欠はあの時の殿下の発言ですけれど遅かれ早かれいずれ解消されてましたわ。時期が早まったことは多少感謝しないでもないですが・・・」
「辛辣!目線が辛辣!俺と婚約してた時より取り繕ってる感がないところは好ましいけどあまりにも!」
「好ましい?アーサーお前・・・」
「違うから!ロザリーヌ嬢には今も昔も友情しかないから殺気出すな。婚約解消してから呼び捨てもやめただろ」
「もう、ラルってば心配性ね」
「いや、これは嫉妬深いと言うんだと思うぞ・・・」
「アーサー」
余計なことをリィンに言うなと目で軽く牽制したら、アーサーは少しだけバツの悪そうな顔をした。
本当は立場も気質もこの程度のことで威圧されているわけはない。
らしく見えなくても、やっぱりこの男は王族なのだ。
俺は軽く息を吐いた。
「カレンデュラさんにも困ったものね。まだ諦めてないのかしら・・・」
そう言って眉を下げるリィン。
女同士だからなのか違う理由があるのか、リィンとレヴィ子爵令嬢は俺とアーサーにはわからない何かで通じていて、主にリィンがレヴィ子爵令嬢を窘めるような関係でまあそこそこ良い友人のようだ。
時折、リィンは俺が彼女に気持ちを傾けてしまうのではないかとありえないかわいい嫉妬をしている。
「リィン」
「何?ラル・・・」
俺を見上げるリィンのこめかみに、リップ音を立ててキスを落とした。
「なっ!急にっ、ラル?!」
「すまない、リィンがかわいくてついしたくなった」
「かわっ、ついっ?も、もう!」
「凹んでる俺の前でいちゃつくな!」
悔しそうなアーサーはしれっと無視する。
俺、ジェラルド・ホーキングは、身分差恋愛を推奨するかわいい恋人のおかげで今日も幸せだ。
*****
ホーキング男爵家の長男ではあるが、生粋の貴族ではない。
平民だった祖父が武勲で騎士爵を授かり、父が王宮騎士団長に就任する際に準貴族のままでは、と男爵位になっただけの領地も引退した祖父が隠居した生まれ故郷の小さな町一つという、名ばかりもいいところな家である。
しかし腐っても貴族、第一王子と同い年というだけで将来の側近や王子妃を見繕う茶会などには幼少時から強制参加させられていた。
まあ王都にいる時は毎日父についていき王宮騎士団の訓練所に入り浸っていた手前、堂々と休憩と間食ができる大義名分があったのでそれほど苦でもなかったが。
いや、身分差からそう思ってはいけないと抑えていただけで、正直楽しみでさえあった。
リィン・・・幼馴染のロザリーヌが、必ずいたから。
祖父の隠居した町は元々グラント侯爵が治めていた土地で、書類上は祖父が領主だが実質ただの町長だ。
だからグラント侯爵は娘のロザリーヌを連れてよく町に視察に来ていたし、俺も町に祖父母がいる故よく訪れていた。
一桁の年齢の頃から愛称で呼び合うほど仲良くしていた俺たちの転機はアーサー第一王子殿下の婚約者がロザリーヌに決まったことで、それ以来呼び名も改め必要最低限にしか会わなくなった。
それまでは騎士になりたいと思ってはいても、剣が好きだから、父が騎士団長だから、という漠然としたものだったが、ロザリーヌと明確な線引きで以て離れて自分を見つめ直した時湧き上がったのは、ロザリーヌを・・・未来の王子妃を、守りたいという想いだった。
伴侶にはなれないけれど。
元より王子の婚約者にならずとも手が届かない相手、ならば俺にできる形で側に。
まず俺は、アーサー殿下の近衛になろうと決めた。
そうすれば必然的にロザリーヌと顔を合わせる機会が増えるし、と。
ロザリーヌの側にいるための足掛かりだと失礼なことを思っていたが、アーサー殿下は思いの外良い奴だった。
王族としてのカリスマや能力は充分に有しながらも、性格は朗らかで真っ直ぐで、きっと自身が相手にそうして欲しいと根底で願っているのだろう、目の前の人間の爵位などではなく本質を見ようとする。
あの射抜くような強い眼差しは、さぞ後ろ暗い貴族達には子供と馬鹿にできない居心地の悪さを感じたことだろう。
そして例え目の前で婚約者と接するのを見せつけられようとも想い人の側にいたいという愚直な俺のことを、アーサー殿下は友人として大層気に入ってくれたようだ。
それ故か、アーサー殿下のロザリーヌへの態度は友好的ではあるものの、どこか義務感漂う他所他所しいものだった。
それが変わったのは王立学園に入学してから。
アーサー(学園にいるうちはそう呼べと言われた)は入学後すぐにカレンデュラ・レヴィという最近まで平民だった子爵令嬢と知り合った。
間を置かずして俺もその令嬢と知り合い、彼女はアーサーと俺によく話しかけてくるようになった。
学園の中では皆平等を謳ってはいるが、そんなものは建前でしかないことは貴族の端くれも端くれの俺ですら承知している。
身分差もさることながら公に婚約者のいる王子に気さくに接する子爵令嬢は、アーサーの目には魅力的に映るのだろうが周囲はそうはいかない。
そしてそれを諌めるべき立場というと、必然的に婚約者であり学内で身分もかなり上位のロザリーヌになってしまう。
ロザリーヌは仕方ない、と諦めたような表情で度々苦言を呈するようになった。
そうしてしばらく経った頃。
徐々に子爵令嬢に傾きながらも中立を保っていたアーサーは、ついに子爵令嬢を擁護する言葉をロザリーヌに放った。
これはロザリーヌとアーサーと子爵令嬢の問題。
俺が口を挟むわけにはいかないとは思いつつもロザリーヌを案じてしまう。
しかし、ロザリーヌの返答は思いもよらないものだった。
そして。
「カレンデュラが今度は大商会の息子と二人で中庭にいたんだ!」
「普通にお友達としてのお付き合いだと思いますわよ。あの商会にはわたくしもお世話になっておりますから」
「というかアーサー。今はお前の愚痴を聞く時間じゃないんだがな」
事の発端となったあの部屋は、いつの間にか身分差恋愛に悩む学園生の相談室のようになってしまっていた。
相談者のいない時にはのんびりと過ごすために使っているのだが、リィン・・・ロザリーヌと二人でいたらアーサーが飛び込んできてのさっきの発言だ。
「俺が婚約解消したから付き合えるようになったくせに!ちょっとは取り合えよ!」
「確かに切欠はあの時の殿下の発言ですけれど遅かれ早かれいずれ解消されてましたわ。時期が早まったことは多少感謝しないでもないですが・・・」
「辛辣!目線が辛辣!俺と婚約してた時より取り繕ってる感がないところは好ましいけどあまりにも!」
「好ましい?アーサーお前・・・」
「違うから!ロザリーヌ嬢には今も昔も友情しかないから殺気出すな。婚約解消してから呼び捨てもやめただろ」
「もう、ラルってば心配性ね」
「いや、これは嫉妬深いと言うんだと思うぞ・・・」
「アーサー」
余計なことをリィンに言うなと目で軽く牽制したら、アーサーは少しだけバツの悪そうな顔をした。
本当は立場も気質もこの程度のことで威圧されているわけはない。
らしく見えなくても、やっぱりこの男は王族なのだ。
俺は軽く息を吐いた。
「カレンデュラさんにも困ったものね。まだ諦めてないのかしら・・・」
そう言って眉を下げるリィン。
女同士だからなのか違う理由があるのか、リィンとレヴィ子爵令嬢は俺とアーサーにはわからない何かで通じていて、主にリィンがレヴィ子爵令嬢を窘めるような関係でまあそこそこ良い友人のようだ。
時折、リィンは俺が彼女に気持ちを傾けてしまうのではないかとありえないかわいい嫉妬をしている。
「リィン」
「何?ラル・・・」
俺を見上げるリィンのこめかみに、リップ音を立ててキスを落とした。
「なっ!急にっ、ラル?!」
「すまない、リィンがかわいくてついしたくなった」
「かわっ、ついっ?も、もう!」
「凹んでる俺の前でいちゃつくな!」
悔しそうなアーサーはしれっと無視する。
俺、ジェラルド・ホーキングは、身分差恋愛を推奨するかわいい恋人のおかげで今日も幸せだ。
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