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第1章  伏龍

記念閑話  御使いの小雛鳥Ⅱ

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 ここはエルフが集う店ネスリングス。

 今日も今日とて、リオンとティルが連れ立って訪れている。

「クローエ。今日の”まかない”は?」リオンが尋ねる。

 色白で青黒い髪の少女クローエが生真面目に答える。

「今日の”まかない”はとんかつです。森で飼われている猪豚に衣をつけて揚げたものです」

「ふ~ん。お肉かぁ」

「オーナーからエルフの方が見えられたら、本日の日替わりを薦めて欲しいと指示されています」

「へぇ。日替わりは何なの?」

「はい。本日の日替わりはシイタケの豆腐ハンバーグ詰めです。豆腐と鳥肉のハンバーグをシイタケに詰めて焼いたものと、衣をつけて揚げたもの二種類の組み合わせになります」

「ふ~ん。シイタケってなに?」

「この頃ケンさんが作るようになったキノコです」

「え? キノコが食べられるの? 凄い! あたしそれにする」

 隣で聞いていたティルも反応する。

「んっ! わたしもそれで!」

「はい。日替わり二丁入りました!」クローエが厨房にオーダーを通す。

「それでノアちゃんは食べたの?」

「はい。味見に食べていました」

「どうだった?」

「オーナーの意識が飛びかけていて、私には何を言っているか理解できませんでした。多分レシピが下りかかっていたんだと思います。オーナーの言葉を記憶の通り表すなら『生シイタケのグルタミン酸と鳥肉のイノシン酸で十分旨い。干しシイタケのグアニル酸を加えるとやりすぎか?』です。目が青く明滅していました」

「あぁ~。例の聖人認定未遂事件の時と同じなのね。パオラがなんとか阻止した」

「はい。普段はパオラさんが隠蔽の魔法で青く光る目を隠してくれているんですが、折り悪く教会の方に見られてしまって、聖人が現れたと騒ぎになったんです。目が光るのは聖女様しか確認されていませんから。職業が農家と分かり事なきを得ました」

「パオラが心配しているわ。目を離したら何するか分からないって」

 そう言ってリオンは苦笑いする。

「他に変わった物はないのかしら?」ティルが尋ねてくる。

 言いよどむクローエ。

「あるにはあるんですが……一つしかないんですよ」

「あらどんなの?」リオンが言う。

「あんぽガキとオーナーは言ってました。オレンジ色の果物を燻蒸? して干したそうです」

「へぇ。美味しいの?」

「甘くてトロッとした食感でとっても美味しかったですよ」

 どうする? と言うようにリオンがティルに目配せをする。

「リオンさん。私も食べたい。半分個にしましょうよ」

「良いわね! きっとルルもまだ食べていないわ! 後で自慢しなくちゃ。それもお願い出来る?」

「それでは食後に用意します。失礼します」クローエがパントリーに消えてゆく。

 ちょうどエステラが日替わりを配膳にやって来て二人の前に料理を置いた。

「おまたせ。本日の日替りシイタケの肉詰め。ソテーには塩味が付いている。フライはソースをかけて食べて」

 シイタケの香りがあたりに漂う。

 大ぶりで肉厚なシイタケが十字に飾り包丁を入れられて皿に盛られている。

 三つはソテーされて、三つはパン粉と共に揚げられていて芳ばしい匂いがする。

 ノアが見れば立派などんこだなと言っただろう。

 付け合わせはキャベツの千切りと差し色の刻んだニンジン。スライスされたキュウリが緑を添える。

 白いスープが小ぶりの器に盛られており、クローエが焼いたパンが付いている。

 それはリオンにとって初めて眼にするキノコだ。真っ黒で美味しそうには見えない。
 
(まぁ。キノコなんて食べてみないと分らないからね)

 ソテーされたキノコにナイフを入れ切り分ける。そして、ゆっくりと口に入れる。
 
 シイタケ特有のくにゅんとした食感とともに旨味があふれ出す。

 香ばしいような特有の香りが口いっぱいに広がり鼻から抜ける。

 肉詰めも淡泊な味ながら鳥のコクとシイタケの旨味が混ざり合いこの上ない美味しさだ。

 ナイフが止まらずあっという間に一つ目を食べ終えた。

 続いてはフライだ。

 ノアがよくやっているように初めは何もつけないで食べてみよう。

 ナイフを入れた瞬間にサクッと音が鳴る。

 切り分けて口へ運ぶ。

 口に入れると衣の香ばしい風味とザラつく舌触り、歯を入れるとサクッと軽やかな歯ごたえの後くにゅんときて旨味があふれ出す。

 次はソースをかけて食べてみる。

 五味が複雑に絡まった真っ黒なソースは初めは毒か何かかと思ったものだ。

 ノアが美味しそうに食べていなければ二の足を踏んでいただろう。

 ソースが掛かると味が更に鮮明になった。

 シイタケの肉詰めの旨味とソースが口の中で絡み合い、そこで初めて完成する料理のようだ。

 リオンは初めて食べた見た事もないキノコをいつの間にか飲み込んでいた。

(パンを食べるのも忘れてしまったわ。あれ? このスープ。ケンが初めて作ったあれよね)

 そのスープは真っ白でとろみがあり、真ん中にパセリがかけられ彩をそえていた。

 リオンがふとティルを見ると年下の彼女も一心不乱に料理を食べている。

 リオンは自分もこんな感じだったのかしらと苦笑しながら残った料理を食べ進めた。
 
 リオンとティルが食後の談笑をしているとクローエがデザートを運んでくる。

 そして、二人の前に配膳する。

「お待たせしました。焼きあんぽガキの豆乳アイス添えです」

 オーブンで焦げ目がつく程カリっと焼かれ、中まで熱々のあんぽ柿を八等分にし、一人用の小さな皿にオレンジの柿が四つ整然と並び、丸い豆乳アイスが添えられている。

 その上には香りの良い赤い木の実がちょこんとのり全体印象を締めていた。

「あんぽガキが熱いのでアイスと一緒に召し上がって下さい。熱い物は熱いうちに冷たい物は冷たいうちに早く食べ終えて頂くのが肝だとオーナーは言っておりました」

 そう言われては急がなければならない。

 リオンはアイスと柿を一緒に食べる。

 熱いが、熱くない。そして冷たい。

 熱さと冷たさが同時に口の中にある頭が混乱する不思議な感覚。

 柿の熱さをアイスの冷たさが支え、アイスの冷たさを柿の熱さが補っている。

 熱せられることで感じる柿の強い甘さと芳醇な匂い。

 カリっとした表面とトロッとした中身のコントラストも面白い。

 焦げた香ばしさもアイスの滑らかな豊かさも実に美味しい。

 二人はあっという間に完食した。

「いかがでしたか?」クローエが尋ねる。

「とても美味しかったが、不思議な食べ物だったわ。どういう思考をするとこんなヘンテコな料理ができるのかしら」

 クーロエは少し困った顔で独白する。

「オーナーは私をカシ職人にしようとしてるみたいなんです」クローエがあの時の言葉を回想する。

『クーロエ。いいか。和菓子の始まりは果子かしに遡る。まぁ。果物や木の実だな。その中で一番の甘さが干し柿だ。だから、和菓子は干し柿の甘さを超えちゃいけない。越えたらそれは駄菓子だ』

『今日食べた熱したあんぽ柿の甘さをしっかりと覚えていてくれ。甘さは温度で変化するからな。今度あんこを作るときの基準にしてもらいたいんだ』

「私パン職人なんですけど。――どこへ連れていかれるのでしょうか」

 そう言ってちょっと遠くを眺めた。

 リオンは思う。彼らが連れていかれる場所は自分には想像ができない。

 だがきっと遠くて高く素敵な眺めの場所だろう。

 天界からふらっと現れた御使いが、愛し導く小雛鳥をエルフ達もまた愛でるのだ。

 彼らが誰も見た事の無い世界景色へ高く飛び立つその日を願って。

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60話記念閑話です。実はSSが余っていたので料理成分を足す為に掲載しています。
今後は要望の無いかぎり閑話を公開予定はありません。
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