農家は万能!?いえいえ。ただの器用貧乏です!

鈴浦春凪

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第4章  飄々

第33話  型破

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 少女は手品でも見るようにキラキラした目でノアの料理の手順を眺める。

 流れるように卵を割り迷いなく作業が連なって行く。

 踊るように四角いフライパンを振るい綺麗に巻かれた出汁巻き玉子。

 たまに告げられる料理のポイントも興味津々だ。

「ポテトサラダのジャガイモはマッシュ加減はお好みで今回は粗目に仕上げました。ポイントは茹で玉子です。包丁で切ると角だった舌触りになるので手で握りつぶしてフワフワで柔らかい食感を出しました。半分は細かくつぶして、半分はちぎるようにゴロっと大きくして食べ応えを出しています」

 昆布草の出汁と玉素たまもとで風味とコクを整えた和風なポテトサラダだ。

 ほうれん草をミキサーでペースト状にして裏濾しし、そこへベシャメルソースと黄身を混ぜる。

 そして泡立てた卵白を絡めるように混ぜると淡い緑のムースが出来上がった。

 それをプリンと同じ型に半分程入れてトントンと平らにするように叩く。

 同じようにペーストにした人参で作ったムースをその上に流し入れてオーブンで焼く。

 皿に温かなビシソワーズを注ぎ。

 焼き上がった緑と黄色味の強い橙色の二層のスフォルマートが盛り付けられた。

 頭に素揚げされ塩を振られた湯葉が突き立てられて見た目の美しさを際立たせる。

「マスターさん。以上で玉子料理の完成です。あとで召し上がってみて下さい」

 別れの挨拶のあと部屋を出て行ったノアを見送り。

 彼がスフォルマートと呼んだ目の前の美しい料理にフォークを伸ばす。

「っん? ――っ甘くないっ!」

 ノアからの手土産しか食べた事の無い少女は初めての料理に仰天する。

「ノアさんが持ち込んでくれる手土産はスイーツばかりでしたからね。人間の通常の食事はしょっぱいものがほとんどで食後に甘いものを食べたりします」

 ふわふわだがしっかりとほうれん草の風味のある緑の層と程よい甘味のオレンジの層。

 カリっとした食感を足すように添えられた素揚げの湯葉。

 新しい風味を加え全体の味を支えるビシソワーズのスープも最高だ。

 このスフォルマートには玉素が隠し味で使われていて味に深みとコクを足している。

 少女は来訪のアラームを切り忘れて何とは無しに監視を続けてしまった少年の事を考える。

 型に嵌らない少年だ。

 楯で守りを固め槍で攻撃していたかと思えば近接大型モンスター。

 ストリゴイ相手に無手で乱打戦を仕掛け出した。

 ストリゴイは少年よりも体格は倍するモンスターだ。

 爬虫類を思わせる灰色の体表に二本のツノ。

 ゴリラと人間を混ぜた筋肉質な人型の敵だ。

 少年はストリゴイの攻撃を両手で受けると後方へ舞うように飛び上がりその力を逃がした。

 最初は苦戦しているように見えるが、少しづつ装備が増えてゆく。

 初めの武器は手の甲を覆うアームガードとナイフを一緒くたにした装備。ナックルダスターにナイフが付いたトレンチナイフと呼ばれる武器にも似ていた。

 拳のところに厚くて短い矢じり状のスタッツが組み込まれている。

 スピードでもって翻弄しナイフでストリゴイを倒していく。

 ナイフはアームガードの手の側面に据付られたように生えている。

 そのため手を広げても落ちない仕様だ。

 襲い掛かるストリゴイの腕に手を引っかけて空中で体勢を変えたり、トリッキーな動きで攻撃を避けている。

 その内に前腕まで覆うエルボーガードが装備され、肘には拳のスタッツを大きくした菱形のツノを思わせる突起が取り付けられている。

 その装備を使って懐に入り肘打ちで喉を掻き切り、体当たり気味に肘で喉を貫き倒す。

 ――更に装備が増える。今度は足だ。

 膝まで覆うロングブーツで膝には肘と同じ長いツノ状のスタッツが施されている。

 それは短いがかかとにもあり。足の甲には三列に並んでいた。

 その後は圧巻だった。

 コマのようにくるくると回りボールの如く弾みストリゴイへ襲い掛かる。

 ストリゴイの下腿内側へローを放ち、体勢が崩れたところを太ももを踏み台に駆け上がり膝蹴りで一撃で倒す。

 次の一体には飛び右回し蹴りで上段に蹴りを放ち。

 掴みにくるストリゴイの手を蹴った勢いで反転。

 自身の左手でストリゴイの左手を握り、そこを力場として空中でも威力をのせたバックスピンキックで喉笛を切り割いた。

 一通りの戦闘で満足した様子の少年はこの頃の日課の三〇階層の温泉に向かう。

 少年の入浴の様子は神武かみたけの配慮で映像に修正がかけられている。

(それにしても気持ちよさそうに入るわね。……確かに気持ち良かったけど)

 あまりに幸福そうな少年の様子に少女も水着で温泉に入ってみたのだ。

 体温の変化を感じない少女はその解放感と血が漲る高揚感に少し温泉が好きになっている。

 その少女の様子を神武かみたけが優しく見守る。

(少しずつ。少しずつだ。その内ノアさんの名前呼びを提案してみよう)

 神武かみたけは少女の幸せだけを願う。
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