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第5章  流来

第65話  傷顔

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 俺はトラに問う。

「あのモンスターが見えるか? アレはなんだ?」

「あれは、疑似生物です。」

 トラの回答に俺は頷く。

「トラは逃げ遅れた市民の避難誘導を頼む。無理はしなくて良いが……」

「私は、自身の安全より人間の安全を担保することを優先します。それが、存在意義です」

「――分かった。またな」

「はい。ノアさん。指示を遂行します」

 そう言うとトラは静かな駆動音で滑らかに動き出した。

 トラには都市の地図の把握とシェルターの場所を入力してある。

 緊急対策マニュアルに則って、避難誘導と人命救助を行うだろう。

 んっ? どうした? モルト。

 ちょっと行きたいところがある?

 そうか。何かは分からないが、行って来いよ。

 俺は大丈夫だよ。後でな。

 さて、俺は一番の懸案事項。

 家の地下の転移の柱を確認に行くか。

 あそこから溢れたら面倒くさいからね。

 俺が戻ると家の前にサイネさんとアネリアさんの姿はなかった。

 勢い込んで地下へと降りた俺の目の前には、いつもと変わらない真っ白な転移の柱。

 危険を意識しながらも、ムズムズする好奇心に押された俺は、試しに転移の柱に触ってみる。

『管理者不在。――制御管理室へ転移しますか?』


 ……えっ! 行けちゃうの?


§


 ノルトライブの異変に気付いたギルド長のマティアスは、二階の窓から外へと飛び出した。

(モンスターの直接転移だとっ! どうなってやがる。手紙で備えた準備も飛び越えてくるとは……)

 マティアスは、素早くモンスターへ接敵すると携えた剣で切り飛ばす。

「落ち着けっ! ギルドのシェルターへ行くんだっ! 冒険者を名乗るヤツは、意地を見せろよっ!」

 野太く力強い声が響き、その場だけ混乱が収まり、市民はシェルターへと走り出す。

 引退したとはいえ、もとA級まで上り詰めたマティアスは、冒険者を集め指揮をしながら、街を駆ける。

 マティアスの視界の端。

 素早く視線を送ったマティアスの目に、遠くで逃げ遅れた市民が映る。

 その市民にモンスターが襲い掛かる。

 近くに冒険者はいない。

 走り出すマティス達だが、その手は絶望的に届かない。

 いままさに、命が手のひらから零れ落ちるその瞬間。

 子供を庇うように抱きかかえる母親の前に、大きなしずく型の白く光る板が現れる。

 その光は、モンスターの攻撃を全て受け止め、親子に近づかせない。

 マティアスがその場に近づくより早く。

 そのモンスターは倒された。

「――ふぅ。ギリギリだったぜ」

 モンスターを倒した男の顔には刀傷がある。

 現在の王国ギルドが抱える、四人のA級冒険者の一人である。

 皮肉を込みて、自ら傷顔スカーフェイスを名乗り、二つ名がそれになった男だ。

「オリヴェル。助かったぞ。スタンピードが、ちょうどお前がいる時だったのは、せめてもの救いだ」

「マティアスの叔父貴が弱音かよ? はっ! 兄貴に笑われるぜ」

「ふんっ! 偉くなったもんだ」

 そう言ってマティアスはオリヴェルの胸をしたたかに叩く。

 二人は昔のように手と手を打ち合わせると。

 スタンピードを鎮めるべく、別々の方向へと向かった。

(あの白い光はなんだ? まるで、市民を守るかのようだった)

 マティアスは、光る霧のように現れた現象を思い返す。

 だが、その現象は一箇所に留まらない。

 街を駆け抜ければ、そこかしこに現れ、モンスターから市民を守っている。

 ある光は、誘導し市民を導く様に。

 ある光はいくつも横に連なり、モンスターの進行を押しとどめている。

(――神の御導きか?)

 破滅的なスタンピードの発生にも関わらず、奥へと進んでも死傷者が倒れていることもない。

「慌てずにシェルターへ向かえっ! 光の導きがあるっ! 神は我らを見捨てはしないっ!」

 マティアスは、希望が広がるように高らかに叫ぶ。

 自身は信じていないその言葉を。
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