時空の迷い子〜異世界恋愛はラノベだけで十分です〜

いろは

文字の大きさ
124 / 137

124.漆黒

しおりを挟む
「春香。領地で一番大きい街に着いたよ。カーテンを開けてごらん」
「いいの?」

抱き寄せるアレックスの腕が緩み、窓横の席に移動しカーテンを開ける。街中に入り馬車は徐行し色んなお店と行きかう人たちが目に入る。流石インクの産地だけあり文具店が多く面白い。すると馬車が端に寄り止まった。外から騎士さんが声をかけてくれアレックスが返事すると扉が開いた。馬車降りると目の前に大きな街には必ずある噴水があり人々が縁に座り寛いでいる。するとアレックスが私の手を引いて歩き出し屋台が並ぶ一角に来た。そして屋台の前に来て
 
「一つくれ」
「まいどあり!旦那貴族様かぃ?」
「あぁ…」
「この街はインクのお陰で栄えていい街だよ。楽しんで行ってくれ」
 
アレックスが振り返り紙袋を私に渡し

「この街で有名なパンらしい。春香はパンが好きだろ」
「うん。ありがとう」

渡された紙袋を開けると丸い一口サイズのパンが10個ほど入っていた。袋に入っていた串でパンを刺し一つ食べたら…

「ベビーカステラだ!」

日本の物より少しずっしりしているが、味は同じでほんのり甘く優しい味がする。懐かしい味に手がとまらない。夢中で食べていたら目の前にカップが…

「気に入ったのならもっと買って行こう」

アレックスから果実水を受取り喉を潤していると屋台のおじさんが

「ねーちゃん見た事無い髪色だな⁈どこの…」

そう言いまじまじと私を見た。来て早々バレたと焦っていたら、一人の男性が声をかけてきた。その男性は身なりから平民では無いのが分かる。でも貴族でもなさそうだ。すると男性はアレックスにお辞儀をし

「お初にお目にかかります。この街の責任者のウィリーと申します。オリタ伯爵様とお見受けいたします。すぐそこに私の事務所がございます。おもてなしさせていただきたく…」

そう言われたアレックスは私を見てどうするか聞いてくれる。

「アレックスにお任せします」

そう返事をするとアレックスはウィリーさんの招待を受け事務所に伺う事になった。馬車は事務所近くで待機してもらい、事務所へは3人の騎士さんが同行し、事務所の応接室に通された。騎士さんは応接室の外で2名と1名は室内の隅で待機してくれる。メイドがお茶をだし退室するとウィリーさんが立ち上がり、片膝をついて胸に手を当てて深々と頭を下げた。そして

「春香妃殿下にご挨拶も仕上げます。お目にかかれまことに…」
「あっ!ちょっと待って下さい。確かに王太子の妃ではありますが、今はオリタ伯爵の妻としてこの領地に来ています。そこは間違わないでください」
「ですが…」

そう今はアレックスの妻なのだ。そう応えるとアレックスが微笑み抱き寄せた。困り顔のウィリーさんに今後もこちらに来ている時はオリタ伯爵夫人として接して欲しいとお願いする。そしてやっと本題に入りウィリーさんが嬉しそうに

「お恐らくお耳に届いていると存じますが、この度…」
「!」

何故かアレックスが慌てだす。ウィリーさんは焦っているアレックスを横目に興奮し早口で話し出す。
苦笑いしながらアレックスに顔を寄せて

「あ…もしかして内緒だった?」
「・・・」
『図星か…』

アレックスのレベルは4で不機嫌になってしまった。そりゃそうだろう。きっと子爵邸に着いて驚かすつもりが、直前にネタバレされてしまったのだから。

実はこの世界のインクの標準色は【濃紺】で、レイシャル王家の色と同じだ。他に恋文を書くの時は緑色を、そして親しい人には青色を主に使う。あと珍しい色として赤色なんかもある。
実は私がテクルスに呼ばれてここに来た頃に、新種のインクの実が発見され試行錯誤の末に【漆黒】のインクが完成したそうだ。この事はまだ公にはなっておらず、商人達の注目の的になっているらしい。子爵邸でインクを見せ驚かすつもりだったのだろう。作戦が失敗に終わったアレックスは真顔で何も言わない。
そしてお茶が冷めた頃にアレックスが懐中時計を取り出し、ウィリーさんに帰ると告げて事務所を後にし子爵邸を目指した。
アレックスは疲れた様で私を抱えてまま目を閉じている。同じく疲れた私もアレックスの手を握り目を閉じた。
そして暫く走ると御者さんがイーダン子爵邸が見えて来たと知らせてくれる。アレックスがカーテンを開けると趣のある屋敷が見えて来た。前まで来ると子爵様が出迎えてくださる。

「ようこそいらっしゃいました。シド・イーダンと申します」

イーダン子爵様は初老のイケじじで、白い顎髭を蓄えた紳士。少し垂れ気味のオレンジ色の瞳が優しい。アレックスは子爵様に握手を求め、和やかに挨拶をしている。そして私の番になり

「お目にかかれ光栄でございます。妻の春香と申します。よろしくお願いいたします」

そう言いカーテシーをしご挨拶すると、子爵様は孫を見る様な眼差しを向けてくれる。長旅で疲れているだろうと早速部屋に案内された。もちろんアレックスと同室だ。この世界では旅行先でも夫婦別室なのだが、ウチの夫達はそれを許してくれない。

『一人で寝たい時もなるのになぁ…』

そう思いながら部屋のソファーに座るとアレックスが

「この屋敷もそのまま譲り受ける事になった。(この屋敷は)古いが手入れが行き届きいい屋敷だ」

そう言うと隣に座り引き寄せ頬に口付けた。そして暫くアレックスと話をしていたら誰か部屋に来た。どうやら遠縁のヘルマンさんか来た様だ。そしてアレックス入室許可出すと…

「やぁ!アレク。式以来だなぁ!」
「あぁ…」

式でご挨拶して以来のヘルマンさん。この箱庭の男性の中でも少し背が低く、中性的なお顔で笑うとエクボがあり可愛い系の美丈夫だ。
アレックスと握手を終えるとヘルマンさんは私の手を取り

「ご無沙汰しております。相変わらず愛らしいですね」
「こちらこそお久しぶりでごさいます。お元気そうで何よりです」

そう言いご挨拶しているのに、アレックスがヘルマンさんから私の手を取り返し抱え込んだ。
その様子を見て楽しそうに笑うヘルマンさん。そしてメイドさんがお茶を入れてくれ、着席し話をする。

「証拠は掴んだか?」
「あぁ。俺を誰だと思っているんだ」
「?」

一人話が分からない私は二人のやり取りを見ていたら

「ウィリーが約束を忘れ春香にインクの話をしてしまった」
「あの男は口が軽いと聞くからなぁ」

アレックスを見て苦笑いしたヘルマンさんは従僕を呼び、書類を受け取りアレックスに渡した。話が分からず疎外感に少し拗ねて、邪魔になるから寝室で待っていると告げ立ち上がると、アレックスは手を引き私を膝の上に乗せ、何もなかった様に書類に目を通し出す。
人前で恥ずかしくて頬が熱くなると、ヘルマンさんはニヤニヤしている。そして

「インク職人ポールと、仲介人ラッシュの契約書も不正が見つかったよ」

不正と聞きレベル5になるアレックス。部屋の空気が悪くなって来たのと、まだ話してもらえず我慢の限界が来た私は

「そろそろ話してくれないと拗ねますよ」

そう言い不貞腐れると二人は焦り、アレックスは茶菓子を私の口に運び機嫌を取る。小さい子じゃないからか、そんな事で機嫌はなおりませんから!

「確かに。失礼いたしました。春香様に説明をしていいか?」

こうして拗ねた甲斐がありやっと全容を話してもらえる事になった。

イーダン子爵は数年前から軽い記憶障害(日本で言うところの”痴呆症”)を患い、フライズ男爵がそこにつけ込み記憶が危ういタイミングを図り、契約書にサインさせていたようだ。それに加えてこの屋敷の使用人フライズ男爵領出身者が多く、巧みにその事を子爵に隠していた。

「そんなの詐欺だよ!」
「だが意識が曖昧でも子爵のサインがされているものは有効になる」
「打つ手無いじゃん」

そう言うとヘルマンさんがカバンから手帳を取り出してページを捲りながら、不適な笑みを浮かべて

「叙爵したアレクがここを治める事になり、私は陛下の命でフライズ男爵とイーダン子爵を調べていました。すると子爵が持つインクに関する契約書の控えと、フライズ男爵か持つ契約書の控えの内容が異なっているのに気付いたのです。恐らく子爵はそれを知らず、男爵は自分に有利な取引をして来た様です。ですから双方の契約書が異なっている事が明らかになれば契約を破棄する事が出来るでしょう」
「今陛下の命だと言いました?」

陛下が命じた事に驚いていると、ヘルマン様は続けて説明してくれる。私は婚姻準備と…初夜でいっぱいいっぱいで、アレックスの治める領地の事まで気が回らず、全て夫達はに任せていた。
少し前からバーミリオン侯爵様から、フライズ男爵の不正を耳にしていた陛下とローランドがフライズ男爵を摘発するタイミングを計っていた。そこにアレックスがコールマン侯爵家からの独立か決まり、その直後にイーダン子爵から爵位の返還の申出があり、アレックスに領地を与えこれ機に男爵の摘発に乗り出した訳だ。

「これは国益に関わる事で、陛下、ローランド、宰相にコールマン侯爵様しか知らされておりません」
「でもバーミリオン侯爵様は知ってましたよ」
「あぁ…あの御仁は独自に調べて知ってのでしょう」

ヘルマンさんはそう言い嫌な顔をした。どうやらヘルマンさんもバーミリオン侯爵様は苦手嫌いの様だ。そんなに悪い人では無いと心の中で侯爵様をフォローしておいた。

「何も無い状態での摘発は難しく、丁度新しく作られた【漆黒】のインクの契約を春香様にしていただき、そこで男爵の不正を摘発していただきたい」
「私知識がありません」
「だからいいんですよ」
「はぃ?」

新しいインクが私の色であることから、妻を溺愛する伯爵アレックスがインクの利権を妻にし、知識のない妻に契約を任せるという設定する。そして油断した男爵の尻尾を掴む計画だ。

『だからバカになれって言ったんだ』

やっと計画が見えて来た所で、夕食の時間になりメイドが呼びに来た。キリがよく話を中断し夕食に向かう。向かう道すがらアレックス耳元で

「この屋敷の者は信用ならん。食事中の会話は気をつけてくれ」
「無知な子の設定でいい?」
「遺憾だが致し方ない」

そう言いまた不機嫌になるアレックスの腕に抱き着き微笑んで夫の機嫌取りする新妻だった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

女嫌いな騎士が一目惚れしたのは、給金を貰いすぎだと値下げ交渉に全力な訳ありな使用人のようです

珠宮さくら
恋愛
家族に虐げられ結婚式直前に婚約者を妹に奪われて勘当までされ、目障りだから国からも出て行くように言われたマリーヌ。 その通りにしただけにすぎなかったが、虐げられながらも逞しく生きてきたことが随所に見え隠れしながら、給金をやたらと値下げしようと交渉する謎の頑張りと常識があるようでないズレっぷりを披露しつつ、初対面から気が合う男性の女嫌いなイケメン騎士と婚約して、自分を見つめ直して幸せになっていく。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

処理中です...