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126.御用達
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「次で最後だ」
「うん。頑張る」
領地の主な商会や地主、職人からの挨拶が続き、私の表情筋は限界が来ている。流石貴族のアレックスや子爵様はまだ余裕がある。
次で終わりだから最後の力を振り絞り気合を入れると
「最後はインク製造元で唯一レイシャル王家にインクを納めているショードン家です。家長のヤコブと息子のフーゴが来ています。職人気質で気難しいですが、腹のない真っ直ぐな男です」
子爵様の話ではレイシャル王家から御用達の看板を与えられ、王家以外にはインク売らないそうだ。
「領主の子爵様にもですか?」
「お恥ずかしい話ですがヤコブに信用されておらず、何度も依頼しても断られております」
そう言い苦笑いする子爵家様。そんな気難しい人を相手に、気難しいアレックスは仲良くできるのだろうか? 不安に思いつつ待たせる訳に行かずお迎えした。
「インク製造を生業にしておりますヤコブ・ショードンと申します。新たに領主になられるオリタ伯爵様にご挨拶申し上げます」
アレックスは挨拶を受けインクに付いて質問している。すると家長のヤコブさんが私を見て驚いた顔をする。恐らく私の髪色だろう。王都の皆さんは見慣れた様だけど、地方に行くとまだ珍しい様だ。
そしてヤコブさんは胸に手を当て深々と頭を下げ、アレックスに2人だけで話がしたいと懇願した。無礼だと難色を示す子爵様にアレックスが
「話を聞きましょう。但し妻を同席させます」
「奥様には難し話ですので」
「否。我が妻は私の半身。私は妻に隠し事はしない。領地がより良くなるために妻は同席するべきだ」
またサラッと恥ずかしい事を言うアレックス。それに対して子爵様もヘルマン様もアレックスのデレに慣れた様で微笑ましく見守り、反対にヤコブさんとフーゴさんは唖然としている。
固まる2人にアレックスが咳払いをすると、ヤコブさんは私の同席を了承し子爵様とヘルマンさんは一旦退室した。
そして座り直したヤコブさんは
「新しい領主様にワルダン商会の呪縛からこの領地を救っていただきたい」
「呪縛とは…」
するとーゴさんがカバンから沢山の書類を取り出してアレックスの前に置いた。それは領地でインクに携わる全ての人からの嘆願書だった。
ヤコブさんはこの領地の生産者はワルダン商会に詐取されていると話す。これはヘルマンさんが事前に調べた事と一致していた。
「ワルダン商会はこのイーダン領地に会社を構えておりますが、実態はフライズ男爵領主の手の者でイーダン領のインクの利益がフライズ男爵へ流れています。契約書に細工がされ領民は薄利しか得れておりません。ウチは先代が長きに渡り交渉し、そして陛下に何度も嘆願しワルダン商会との契約を破棄出来ました。
我が家は契約を破棄するまでは実の仕入から販売ルートまでワルダン商会が仲介しておりました。契約解除後は自分達で実の栽培から始めて、次は収穫そして製造販売まで一家で全てする事に。初めは慣れておらずかなり苦労し、親父の代でやっと軌道に乗り経営も安定して来た所です」
そう話すヤコブさんの表情から苦労か見てとれた。そんな父親を見ていたフーゴさんが、恐らくワルダン商会はまた契約を操作し利権を独り占めするつもりだと訴えた。ずっと黙って聞きていたアレックスが
「ここを陛下から賜り治める事になり、色々調べさせてもらった。ワルダン商会の事も契約に何か細工をしている事も把握している。私は真面目に働く者には相応の利益を得てほしいと考えている」
アレックスが落ち着いた口調でそう話すと2人の表情が明るくなる。しかしすぐにヤコブさんが
「ワルダンは巧みに契約を操作し騙すのです。不敬承知で言わせて頂くが、いくら伯爵様でも…」
「大丈夫だ。もう布石は打ってある。明日あたり契約書を持って私…いや我が妻を騙しに来るんじゃないかな」
「「奥様を!」」
2人は親子だけあり息ぴったりでハモってる。そして頭上に疑問符を浮かべた2人に、アレックスが自慢げに私の話をする。
「という訳で我が妻は異世界の高度な知識を持つ才女だ。契約書についても対策済み。安心するといい」
「アレク。買い被り過ぎだよ」
「いや。春香は聡明で…」
恥ずかしい言葉が並び限界が来た私は思わずアレックスの口を手で覆い言葉を遮った。すると甘い微笑みを湛え塞いだ手のひらに口付けるアレックス。
それを見た若いフーゴさんは目の前のデレに真っ赤な顔をしている。
めいいっぱい怒った顔をしてアレックスを睨むと少し反省して様で視線で謝ってくる。仕方なく許し手を離した。
この後はヤコブさんから他の生産者の契約時の話を聞き、ヘルマンさんが調べ通りで改めてヘルマンさんの有能さを知る。そして聞きたかった話を聞き終え、今日はここまでとした。まだ不安げな2人に領民をワルダン商会から解放する事を約束た。そして帰り際ヤコブさんが私に握手を求めて来て
「ここをオリタ伯爵にお任せになった陛下に感謝を。そしてここに来て下さった伯爵様と奥様に信頼を」
「豊かなこの領地を皆さんでもっと豊かにしましょう」
そう言い少し不機嫌なアレックスの了承を得てヤコブさんと握手し面会を終えた。
お見送りを終えると一気に力が抜けてふらつく。するとアレックスが私を抱き上げ部屋まで運んでくれる。
「よく頑張ったな。夕食までゆっくり休むといい」
「アレクは?」
「俺はまだヘルマンと打合せがある」
そう言いベッドに私を下ろしちゅーをして退室していった。人見知りの私が短時間に沢山の人と話し、自分が思っているより疲れていた様で直ぐに眠ってしまった。
結局そのまま眠り続け目が覚めると翌朝になっていた。アレックスは隣でまだ寝ていて、目元には薄ら隈が見て取れる。
『あれからヘルマンさんと打ち合せがあるって言ってたからなぁ… 実家のコールマン領と違い全く初めての土地で分からない事だらけで大変だよね…』
そう思いながらまだ眠るアレックスの頬を撫でていた。すると目を開けたアレックスが目元を緩ませ
「よく眠れたか?」
「うん!でも夕飯食べ損ねたからお腹空いたよ」
そう言うと強く抱きしめ口付けてくるアレックス。朝から激甘な夫に翻弄され、甘い雰囲気持っていかれ危なかった。頑張って踏み止まりやっとアレックスに解放してもらい、湯浴みをしてやっと食事に向かう。
食堂に入ると昨晩夕食を摂らなかった私を子爵様が気遣ってくれる。お礼を言いやっと食事を始めると、食事中なのに執事がアレックスに手紙を持って来た。手を止めて手紙を開封したアレックスはレベル4になった。
『もしかしてワルダン商会から?』
じっと見ていたら私の視線に気付いたアレックスがウィンクする。そして表情を曇らせた子爵様がワルダン商会かアレックスに確認する。アレックスが返事をすると溜息を吐く子爵様。少し気不味くなり急いで食事を終わらせ部屋に戻る。
部屋に入るとアレックスとヘルマンさんが、恐らくワルダン商会の会頭が契約書を持って来る筈だと話す。そしてアレックスは打ち合せ通り内容を確認して私に契約書にサインする様に指示する。私はサインするだけなのに緊張して来た。
私の緊張を察したアレックスが抱き寄せ額に口付け微笑んでくれる。
そう私の役目は契約書に【サイン】する事。恐らく私がサインした契約書を自分たちに都合のいい内容の契約書と差し替え、サインしてあるから有効だとゴリ押しする筈。そこでタネ明かしをし、契約を無効にすると同時に、今まで契約した過去の契約書も開示させて不正を摘発し全ての契約を無効する。
『これでインクの取引からワルダン商会を追い出す事ができる筈だわ』
そう思うと少しやる気が出て来た。暫くアレックスとヘルマンさんと打ち合わせしていたらワルダン商会の会頭が到着する。立ち上がり手を差し出し
「悪者の登場です。力を合わせて頑張りましょう!」
気合い十分な私に驚いた顔をするヘルマンさんと、熱を持った視線を送ってくるアレックス。さぁ今から私女優になりますよ!
「うん。頑張る」
領地の主な商会や地主、職人からの挨拶が続き、私の表情筋は限界が来ている。流石貴族のアレックスや子爵様はまだ余裕がある。
次で終わりだから最後の力を振り絞り気合を入れると
「最後はインク製造元で唯一レイシャル王家にインクを納めているショードン家です。家長のヤコブと息子のフーゴが来ています。職人気質で気難しいですが、腹のない真っ直ぐな男です」
子爵様の話ではレイシャル王家から御用達の看板を与えられ、王家以外にはインク売らないそうだ。
「領主の子爵様にもですか?」
「お恥ずかしい話ですがヤコブに信用されておらず、何度も依頼しても断られております」
そう言い苦笑いする子爵家様。そんな気難しい人を相手に、気難しいアレックスは仲良くできるのだろうか? 不安に思いつつ待たせる訳に行かずお迎えした。
「インク製造を生業にしておりますヤコブ・ショードンと申します。新たに領主になられるオリタ伯爵様にご挨拶申し上げます」
アレックスは挨拶を受けインクに付いて質問している。すると家長のヤコブさんが私を見て驚いた顔をする。恐らく私の髪色だろう。王都の皆さんは見慣れた様だけど、地方に行くとまだ珍しい様だ。
そしてヤコブさんは胸に手を当て深々と頭を下げ、アレックスに2人だけで話がしたいと懇願した。無礼だと難色を示す子爵様にアレックスが
「話を聞きましょう。但し妻を同席させます」
「奥様には難し話ですので」
「否。我が妻は私の半身。私は妻に隠し事はしない。領地がより良くなるために妻は同席するべきだ」
またサラッと恥ずかしい事を言うアレックス。それに対して子爵様もヘルマン様もアレックスのデレに慣れた様で微笑ましく見守り、反対にヤコブさんとフーゴさんは唖然としている。
固まる2人にアレックスが咳払いをすると、ヤコブさんは私の同席を了承し子爵様とヘルマンさんは一旦退室した。
そして座り直したヤコブさんは
「新しい領主様にワルダン商会の呪縛からこの領地を救っていただきたい」
「呪縛とは…」
するとーゴさんがカバンから沢山の書類を取り出してアレックスの前に置いた。それは領地でインクに携わる全ての人からの嘆願書だった。
ヤコブさんはこの領地の生産者はワルダン商会に詐取されていると話す。これはヘルマンさんが事前に調べた事と一致していた。
「ワルダン商会はこのイーダン領地に会社を構えておりますが、実態はフライズ男爵領主の手の者でイーダン領のインクの利益がフライズ男爵へ流れています。契約書に細工がされ領民は薄利しか得れておりません。ウチは先代が長きに渡り交渉し、そして陛下に何度も嘆願しワルダン商会との契約を破棄出来ました。
我が家は契約を破棄するまでは実の仕入から販売ルートまでワルダン商会が仲介しておりました。契約解除後は自分達で実の栽培から始めて、次は収穫そして製造販売まで一家で全てする事に。初めは慣れておらずかなり苦労し、親父の代でやっと軌道に乗り経営も安定して来た所です」
そう話すヤコブさんの表情から苦労か見てとれた。そんな父親を見ていたフーゴさんが、恐らくワルダン商会はまた契約を操作し利権を独り占めするつもりだと訴えた。ずっと黙って聞きていたアレックスが
「ここを陛下から賜り治める事になり、色々調べさせてもらった。ワルダン商会の事も契約に何か細工をしている事も把握している。私は真面目に働く者には相応の利益を得てほしいと考えている」
アレックスが落ち着いた口調でそう話すと2人の表情が明るくなる。しかしすぐにヤコブさんが
「ワルダンは巧みに契約を操作し騙すのです。不敬承知で言わせて頂くが、いくら伯爵様でも…」
「大丈夫だ。もう布石は打ってある。明日あたり契約書を持って私…いや我が妻を騙しに来るんじゃないかな」
「「奥様を!」」
2人は親子だけあり息ぴったりでハモってる。そして頭上に疑問符を浮かべた2人に、アレックスが自慢げに私の話をする。
「という訳で我が妻は異世界の高度な知識を持つ才女だ。契約書についても対策済み。安心するといい」
「アレク。買い被り過ぎだよ」
「いや。春香は聡明で…」
恥ずかしい言葉が並び限界が来た私は思わずアレックスの口を手で覆い言葉を遮った。すると甘い微笑みを湛え塞いだ手のひらに口付けるアレックス。
それを見た若いフーゴさんは目の前のデレに真っ赤な顔をしている。
めいいっぱい怒った顔をしてアレックスを睨むと少し反省して様で視線で謝ってくる。仕方なく許し手を離した。
この後はヤコブさんから他の生産者の契約時の話を聞き、ヘルマンさんが調べ通りで改めてヘルマンさんの有能さを知る。そして聞きたかった話を聞き終え、今日はここまでとした。まだ不安げな2人に領民をワルダン商会から解放する事を約束た。そして帰り際ヤコブさんが私に握手を求めて来て
「ここをオリタ伯爵にお任せになった陛下に感謝を。そしてここに来て下さった伯爵様と奥様に信頼を」
「豊かなこの領地を皆さんでもっと豊かにしましょう」
そう言い少し不機嫌なアレックスの了承を得てヤコブさんと握手し面会を終えた。
お見送りを終えると一気に力が抜けてふらつく。するとアレックスが私を抱き上げ部屋まで運んでくれる。
「よく頑張ったな。夕食までゆっくり休むといい」
「アレクは?」
「俺はまだヘルマンと打合せがある」
そう言いベッドに私を下ろしちゅーをして退室していった。人見知りの私が短時間に沢山の人と話し、自分が思っているより疲れていた様で直ぐに眠ってしまった。
結局そのまま眠り続け目が覚めると翌朝になっていた。アレックスは隣でまだ寝ていて、目元には薄ら隈が見て取れる。
『あれからヘルマンさんと打ち合せがあるって言ってたからなぁ… 実家のコールマン領と違い全く初めての土地で分からない事だらけで大変だよね…』
そう思いながらまだ眠るアレックスの頬を撫でていた。すると目を開けたアレックスが目元を緩ませ
「よく眠れたか?」
「うん!でも夕飯食べ損ねたからお腹空いたよ」
そう言うと強く抱きしめ口付けてくるアレックス。朝から激甘な夫に翻弄され、甘い雰囲気持っていかれ危なかった。頑張って踏み止まりやっとアレックスに解放してもらい、湯浴みをしてやっと食事に向かう。
食堂に入ると昨晩夕食を摂らなかった私を子爵様が気遣ってくれる。お礼を言いやっと食事を始めると、食事中なのに執事がアレックスに手紙を持って来た。手を止めて手紙を開封したアレックスはレベル4になった。
『もしかしてワルダン商会から?』
じっと見ていたら私の視線に気付いたアレックスがウィンクする。そして表情を曇らせた子爵様がワルダン商会かアレックスに確認する。アレックスが返事をすると溜息を吐く子爵様。少し気不味くなり急いで食事を終わらせ部屋に戻る。
部屋に入るとアレックスとヘルマンさんが、恐らくワルダン商会の会頭が契約書を持って来る筈だと話す。そしてアレックスは打ち合せ通り内容を確認して私に契約書にサインする様に指示する。私はサインするだけなのに緊張して来た。
私の緊張を察したアレックスが抱き寄せ額に口付け微笑んでくれる。
そう私の役目は契約書に【サイン】する事。恐らく私がサインした契約書を自分たちに都合のいい内容の契約書と差し替え、サインしてあるから有効だとゴリ押しする筈。そこでタネ明かしをし、契約を無効にすると同時に、今まで契約した過去の契約書も開示させて不正を摘発し全ての契約を無効する。
『これでインクの取引からワルダン商会を追い出す事ができる筈だわ』
そう思うと少しやる気が出て来た。暫くアレックスとヘルマンさんと打ち合わせしていたらワルダン商会の会頭が到着する。立ち上がり手を差し出し
「悪者の登場です。力を合わせて頑張りましょう!」
気合い十分な私に驚いた顔をするヘルマンさんと、熱を持った視線を送ってくるアレックス。さぁ今から私女優になりますよ!
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