もしも…

大和

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もしも…あの選択をしていたら

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人は誰しも生きながら、後悔をしていると思う。
ほんの些細なことでも後悔はする。「あの道にすればよかった」とか、「この店の方が安かった」とか。
もし、選ばなかった道を選んだ時、どうなるのか。誰も気にならないのか。

「私は、気になるなぁ」カフェでコーヒーを飲みながらふとそんな言葉を漏らす。
持ち帰りの仕事が終わらなくって、気分転換に近くのカフェで息抜きをしていた。
もし、この仕事が終わっていたなら、この週末は今と違った週末を過ごせていたのではないか、なんて思っていたのだ。
「誰だって、今の道とは違う道見てみたいよね。だって、知らないことだから。」

後悔とは、知らないということだと思う。
選ばなかったその道の先を知らないから、自分の理想像を描いて、その理想像をさらに発展させて、「あっちの方が、もっと成功していた」なんて見当違いな考えを持つ。

ゲームみたいに、一度セーブして戻るなんてシステム、人生には存在しないから。
一つ一つ、しっかりと考えて行動すべき、ってこういうことを言ってたんだね、なんて遥遠い昔の学校の先生に感謝したりして。

ついさっき、その違う道が私の前に示された。

「あの、すみません。」
横断舗装の信号待ちをしていたら、後ろから声をかけられた。
イヤホンで音楽を聴いていたけど、ちょうど曲の切れ目でその声が聞こえたので、振り返ると、綺麗めな服装の男性が立っていた。
私に声をかけたわけではないか、なんて思っていたけど、彼の視線は私に向いていた。
「…はい?」
恐る恐る返事した。私は人見知りだ、返事できただけでもえらい。
「私、こういう者です。あなたのファッションが素晴らしかったので、声、かけさせてもらいました!」
おやおや、なんとまぁ。人生とは非日常の塊だね。こんな私がこんなタイプの声かけを受けるなんて。
「これまで、モデルやそういったスカウトは受けられたことありませんか?」
そんな食い気味で聞かれても、ないよそんなこと。あるわけないじゃない。
「…いえ。」
「あ、そうなんですね!ちなみにモデルとか興味ありませんか!?」
えらく元気な青年だな。
「えーっと…」
困った様子が見て伝わったのか、青年は次の手に出た。
「もし興味が少しでもあるなら、名刺をお渡しさせていただいてもよろしいですか?」
ちゃんとした言葉遣いだけど、諦めないな青年よ。だがしかし、
「あっ、と大丈夫ですありがとうございました。」
私には荷が重すぎるし、この手の詐欺とかありそうだなと思い、断った。
「わかりました!お時間いただき、ありがとうございました!良い1日を!」
そう言って青年は立ち去った。なんとまぁ、礼儀正しい青年だこと。
今どき、そんな言い回しができるなんてどんな教育を受けてきたんだろう。

信号が青になった。
人の塊が一斉に動き出す。私も周りに倣って歩き出す。

また、すごい経験をしたな、なんて思いながら。

そうして今、行きつけのカフェに着き、さっきのスカウトマンが言っていた事務所名を検索してみた。

…ちゃんとした事務所だった。しかも、スカウトマン自身がホームページに載っていて、完全に証明できた。
まさか本当の、詐欺ではなく、ガチのスカウトだったんだ。

人見知りで人間不信のある人間にあの瞬間でその人を信じるなんて到底できることではないけれど、あの瞬間だけは信じたほうがよかったんじゃないか?
ちょうど今の職に対して、魅力もなくなり、絶賛転職を考えていたのだ。
今の職は、新卒の時こそ、希望を持っていたけど、年数が経つにつれ、結果を残していても正当な評価を下してくれない会社になってしまったのだ。
人間、甘みがあるから頑張れると思っているだけに、苦味だらけの職から逃げ出したい気持ちが上回ってきたのだ。
そんなタイミングでもしかしたら、職が見つかったのかもしれないのだ。

現職でこれといった功績がない私にとって、転職活動は大きな壁になっていた。
しかし、もし、このスカウトを受けていたのなら…。
そんなことを考えてしまう。
モデルの仕事はそう簡単にうまくいくものではないだろうし、苦労や不安も付きものだろう。
だけど、もしかしたら、そこから派生して、より自分にあった仕事があったのではないか。
私は人見知りで人間不信だけど、そんな私を変えたいとは常々思っていたけれど、そこから抜け出すための一歩がなかなか踏み出せないままでいる。
その一歩がもしかしたら、さっきのスカウトだったのではないか。
せめて名刺だけでも受け取ればよかったのではないか。

頭の中でいろんな後悔が湧いて出てくる。
もしかしたら、の道の未来を描く、期待がこもった後悔と、現状を打開できなかった、自分への後悔。

後悔とは、後から悔やむと書く。
なるほど、今その状況だ。後悔を始めて字の通りに体感した。

次、もしスカウトされたら、名刺はもらおう、なんて、次、あるかどうかもわからない選択肢に向かって決意して。私は店を出た。

さぁ、帰って仕事の続きをしよう。それから、転職活動を進めよう。

せめて、「後悔」ないように。
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