秘密の仕事

桃香

文字の大きさ
7 / 10

7.冨田みちお 〜過去〜

しおりを挟む
25年前

冨田みちお(30)は地元の長崎県で小さな芸能事務所【チャイル】を立ち上げた。

彼自身が子供の頃から子役として活動していた。が、上手くはいかなかった。

8歳から28歳まで地元劇団で舞台や地方テレビに出たが、人気はなく食べてはいけなかった。

冨田には親がいなかった。生まれてすぐに里親に出されたから親の思い出はなかった。

引き取られた家がたまたま劇団一家だったからその流れで役者をやっていたのだ。

彼が17歳の時に家を出て1人暮らしをしながら俳優の道を模索していた。

が、東京には出なかった。

怖かったからだ。気が弱く優しい男だったので都会に行く気はなかった。

29歳になった冨田やすおは知り合いの田中社長からこんな事を言われた。

「冨くん。もう俳優は潮時なんじゃないかなあ?」

ドキッとした。田中社長は子役の頃からお世話になり、子役時代の時もCMに起用してくれて誰よりも応援してくれていたのだ。

「…あっあっ…でも、夏には舞台もありますし、結構忙しくやってるつもりですが…」

「食べていけてる?バイトしているよね?まあ、結婚はしないとしてもだ、冨くんの将来が心配なんだよ」

「はあ…」

本音を言うと、冨田やすおは現状を変えるのが好きではない男だった。環境の変化が嫌いなのだ。
だから、俳優という仕事が好きなのではなく
俳優を辞めるという事が不安だった。

「冨くん!俳優を辞めて会社をやらないかい?手伝ってほしいんだ」

田中は飲料会社の社長で、今の会社とは別に芸能事務所を作りたがっていた。
そこて、子役からやっていた冨田に目をつけのだ。


「芸能事務所の社長をやってほしいんだよ。
資金なら出すから」


「芸能事務所の社長!?何で自分が?」

冨田は驚いた。自分が何故とも思ったし、
社長に何の利益があるんだと思った。
でも、この問いに関する答えはすぐに分かった。社長が、最近パーティーで知り合った子にモデル志望の15歳の子がいて、面倒を見てほしかったのだ。事務所にも入っていないこの子を自分の目が届く範囲で囲っておきたかったのだ。

「実は可愛い可愛い良い娘がいてね、冨くん今度、会わせるからね」

そう言って田中社長は唇をなめた。


そして半ば強引に説得して、冨田に会社をやらすことにした。


冨田は考えた。このまま俳優をやっていても上手くいかないし、だからって環境も変えたくない。「社長かあ…」

「同じ芸能界なら俳優から裏方にまわってもそんなに環境の変化はないかなあ…それに子供の頃からお世話になっている田中社長なら信頼出来る」と思ったのだ。



そして、冨田やすおは芸能事務所【チャイルズ】の社長になった。




事務所と言っても社長兼マネージャーの冨田と経理の年配の女性1人だ。


半年かけて、会社の手続きやら準備を行い芸能事務所として起動させる事に成功した。

「さあー、この子を売り出すぞ!」

田中社長が連れてきた娘はハーフの女の子でお父さんがアメリカ人でお母さんが日本人で、アスカと言う名前だった。

ダンスも歌もダメで、芝居も出来ない。

良いのは170センチの長身を活かしたルックスのみだった。


飲料会社の社長だった田中はこのアスカにお金をいっぱいかけて売り出した。

まずは自分の所の飲料水のCM。これがびっくりするぐらい当たったのだ。
これには、冨田も驚いた。喜んだが、同時に複雑だった。

「ルックスだけで、当たるのかあ…」

自分も子役で何年もやっていたから、やるせなさが同時に襲ってきた。

============



そんなある日、見てはいけない物を見てしまった。
朝9時に事務所に着いた冨田は鍵を開けようとしていたら、既に開いていた。

「閉め忘れたのかなあ…」

ただ、部屋の奥から人の気配がする。

冨田はゆっくりゆっくり近づき窓越しから隣の部屋を覗いた。

田中社長が無理矢理アスカを襲い倒して…
犯していたのだ。


「はっ…ぐ」

声が漏れる。手を口にあてた冨田。


【どうしよう…どうよう…】

汗が尋常じゃないぐらい冨田の顔をぐしゃぐしゃにした。

【とめなきゃ!とめなきゃ!警察に電話…!】


が…………                           冨田はやめた。


どうしてか…それは冨田自身も分からない。見たいと言う気持ちとダメだと言う気持ちが乱れて、止める機会を見失ったのかもしれない。それとも彼の中にも悪魔が潜んでいて囁いていたのかもしれない。嫉妬があったのか…それは冨田にも分からない。ただ…



【見届けよう】





そう思ったのだ。





30分後、田中社長は出ていった。

アスカはゆっくり服を着て、右手に上着を手にして窓をぼんやり見ていた。雨だった。
長崎はよく雨が降るのだ…

その瞬間…

アスカは窓から飛び降りた。


即死だった。


15階のビルから飛び降り、冨田はすぐに病院に連れて行ったが、助からなかったのだ。


【何故、あの時!あの時!止めなかったあああたああああああ】

【はあはあはあはあはあはあは】




この体験が冨田やすおの性格を捻じ曲げてしまったのかもしれない。


警察にも冨田は田中社長の事を言わなかった。

警察は自殺として処理して、この件は終わったのだ。

冨田の人生に暗い影を落とす事になってしまった今回の事件心の中で【仕方がなかった】と自分に言い聞かせていた。

====================





自殺から一カ月後、アスカの両親から訴えられていた冨田は田中社長がお金を積んで和解の話を進めていた。そして、次にまた、田中社長はアイドルグループを作ると言い出した。

何人か集められたアイドル候補生達。

入所金100万
レッスン費 5万
宣材写真 25万


冨田はもうお金儲けの事しか頭になかった。

もちろんこれは違法である。

だが、もう…冨田はどうでも良かった…







そして、あの悲劇がまたしても起こったのだ。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...