ポーリュプスの籠絡

橙乃紅瑚

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6.Deep One

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「いい加減にしてルブラ。無言で睨まれても困るんだけど。言いたいことがあるなら言いなさいよ」

 低い声で吐き捨てる。
 不機嫌そうに鼻を鳴らすルブラを見て、ラズリは大きな溜息を吐いた。

 地下神殿に潜り込んでからというもの、ラズリは同居人の男に対してどう接したらいいか迷っていた。
 ルブラとはここ二日まともなやり取りをしていない。彼から向けられる強烈な視線が嫌になって、ラズリは逃げるように目を瞑った。

(あれからルブラの様子が変。このままじゃ彼とは険悪になる一方だ)

 自分の言うことを聞かずにあれこれ探りまわったラズリに対し、ルブラはずっと不貞腐れていた。

 今までのように快活に笑うことはなく、過剰な接触をしてくることもない。何かに戸惑っているような、そして納得いかないような様子で怒りを露わにする彼に対し、ラズリは段々と苛立ちが強くなるのを感じた。

(何で私が悪いみたいな目で見てくるの? あなたが私に不信感を抱かせたんでしょうに!)

 このまま駐在所に居てはルブラと喧嘩になりそうだ。
 ラズリは椅子から勢い良く立ち上がり巡視に向かおうとしたが、後ろから腕を掴まれた。

「本当にお前は俺の言うことを聞かねえな。一人で外に出たら危険だって言っただろうが!」

「心配要らない。だから絶対について来ないで」

「……飯はどうする」

「私が作る。夕方まで待てないなら、勝手に作って適当に食べてて」

 目を合わせぬまま淡々と答える。ルブラが息を呑み、ぐっと拳を握ったのをラズリは視界の端で目にした。

「なら俺は、お前のために何をすればいい?」

 彼らしからぬ細い声に、ラズリはゆっくりと振り返った。自分よりずっと背が高く屈強な男なのに、ラズリには今のルブラが何だか弱々しく見えた。

 相変わらず整った顔立ちだが、色濃い隈と顔色の悪さが彼本来の美しさを損ねてしまっている。下げられた眉に、明るさのかけらもない強張った顔。ルブラは己の顔に、はっきりとした悲しみを浮かべていた。

「愛しいラズリ。俺に出来ることがあるなら言ってくれ。俺は……。俺はお前のためなら何だってやってみせるから」

 荒々しい顔に陰が宿る。ルブラは手を伸ばし、ラズリの滑らかな頬をそっと摩った。
 随分と必死な声色で懇願するものだ。なぜそこまで懸命に縋るのか、ラズリには全く理解することが出来なかった。

「……私のために、特別何かをしようとしなくてもいい。大人しく駐在所にいてさえくれたら――」

「それじゃ俺が役立たずみてえじゃねえか!」

 顎を掴まれ顔を上げさせられる。妖しく光る瞳を見たくなくて、ラズリはそっと顔を逸らした。

「……? ラズリっ……なあ、どうして俺と目を合わせてくれないんだ? ラズリ、ラズリ……」

 今のルブラの目が、ラズリにとっては怖ろしくて堪らなかった。人間離れした目には果てなき深淵が広がっている。どんなに気を強く持っても、狂気が入り混じったその視線に抗うことはできない。

 ――足掻くなよ、外に助けなんて求めるんじゃねえ! 諦めて俺の色に染まれ! 心を預けて、何もかも明け渡せよラズリ!

(あの時の目と同じ。ルブラは私をどう思っているの? 何もかも奪うような怖ろしい目を向けて、一体私をどうするつもりなの?)

「ラズリ、俺の目を見て微笑んでくれ……! なあ、なあ……。なんでそんな顔をするんだ? 俺を拒むなよ、ラズリ……」

(……私を拒んでるのはあなたの方じゃないの? ルブラ。私の目を、憎きあいつの色にそっくりだと言ったわね。言葉の意味は分からないけれど、あの時のあなたは冷たかった……。ルブラはきっとこの目が嫌いなのでしょう?)

 ラズリの胸がちくりと痛む。

 自分の態度にルブラが傷付いているのは分かる。彼ときちんと対話するべきだと分かっている。
 だが今の自分は疲れ切っていて、ルブラを信頼しようと思う気力がどうしても持てない。ルブラという男は怪しい点がありすぎる、そして何よりも……。

(今のあなたはとても怖ろしい目をしている。今までに見たどんな目よりも怖い)

 愛情と憎悪。そして悲痛なほどの意志と、狂気的な執着に揺れる瞳孔。拒絶に潤むルブラの目は、口よりも雄弁に感情を物語っている。
 好きな男から向けられる粘度のある感情は、嬉しさよりも怖ろしさの方が勝る。ぶつけられる感情の大きさ、重さが苦しい。急激な変化の理由が分からないからなおさら不気味だ。

 少しでも目を合わせてしまえば、精神を絡め取られ、闇へと引きずり込まれてしまうだろう。

(あなたの目を見ると、私の精神が蝕まれていく)

『逃さない。逃さない逃さない逃さない逃さない。逃さない逃さない逃さないっ……お前は我に喰われるのが運命なのだ、我から離れるな、ラズリ!』

 くぐもった笛のような声が頭の中に溢れ出てきて止まらない。ルブラの傍に立っているだけでおかしくなりそうだ。

 ラズリは彼の手を無理やり振りほどき、急いで外に出た。



 独り残されたルブラは、振りほどかれた手を見て呆然と呟いた。

「ははっ……はははははっ……。あいつ、目も合わせてくれねえや。やっぱり嫌われちまったんだな……」

 胸が痛い。鼻がつんとして視界が滲む。

「信頼してほしいというのなら、信頼できるような行動をして、か。どうすればいい? これ以上何をすればいいんだ? どうしたら俺の女になってくれるのか教えてくれよ……」

 力であらゆるものを支配してきたルブラは、ラズリがなぜ己に不信感を抱くのか分からなかった。

 強き者から寵愛を受けるのが下々の喜びではないのか。
 自らの肉を食わせ、精莢を与え、下僕たちからもう狙われないようにと、己の霊気を纏わせて庇護してきたのに。
 自分が魂を削りながら、こんなにも愛していると伝えているのに。なのにあの女は穢れない。清らかな目のまま自分を遠ざけようとする……。

「お前は一度も俺の気持ちに応えてくれたことはなかったな。信頼を裏切ってきたのはお前の方じゃねえのか?」

 分からない。理解できない。

「お前も俺のことが好きなんだろ? 死にかけた時に俺を呼んでくれたじゃねえか! あの時すげえ嬉しかったんだぜ? お前のために生きようってはっきり決めたんだ……」

 ラズリから頼られたり、甘えられたりすると心が満たされる。
 もっと縋ってほしい。笑顔を見せてほしい。傍にいたい。

 寂しい、苦しい。辛い、助けてほしい。
 どうか自分から離れていかないでほしい。

「なあ、ラズリ。俺はお前のせいでおかしくなっちまった。こんなにおかしくさせておいて、お前は俺から逃げるつもりなのか?」

 こんな思いをするのなら、恋なんて知りたくなかった。

 ルブラは初めて神である己を恨んだ。
 ラズリの感情を理解できるなら、精神まで人間に堕ちても構わないとすら思った。




 ラズリはゆっくりと砂浜を歩いていた。

 青く澄み切った空を見ながら深呼吸をする。風に乗って運ばれてくる潮と花の匂いがラズリの鼻を優しく擽り、怒りの感情を和らげていく。

 ――恐怖と孤独に浸してやっても化けない。肉を食わせても化けない。あれだけ犯してやっても化けない! なぜ俺のものにならない? 何がお前の精神をそこまで保っている?

 ルブラの言葉を思い出し、ラズリはじわりと目を潤ませた。

(あの男の目的は何? ルブラは一体、私に何をしてきたの? 彼も村人たちと同じように、私を敵と見做していたの?)

 ルブラに質問したいことはたくさんあった。だが今の彼は危うい、すぐに爆発してしまいそうな怖ろしい狂気を秘めている。ラズリは彼に食いつく勇気が持てず、本部から助けが来るまでは彼を刺激しないでおこうと決めた。

「……好きよ、ルブラ」

 そっと呟く。不気味な男だが、ルブラとの生活は穏やかで幸せなものだった。彼が隣にいることで、この南の島の景色を心から綺麗だと思えるようになったのだ。

 耳元で囁かれた甘い言葉が消えない。肌から彼の体温が消えない。信頼できないことが哀しい。隣にいないことが寂しい。自分はまだこんなにも彼を愛している……。

 色鮮やかな海鳥の群れがラズリの上空を旋回する。訓練された鳥に便りを託すことは、この国における重要な連絡手段のひとつだった。ラズリは鳥を呼び寄せ、今日も彼らの脚に便りを括り付けた。

「いい天気。こんな日が続けば、鳥さんも無事に手紙を届けてくれるかもね」

 この島はよく悪天候に見舞われた。だが近頃は空が青く晴れる日が随分と増えた。天候が安定しているならば、きっとそのうち迎えの船が来てくれる筈だ。

 恋の終わりが近づいている。
 船が来たらルブラを警備隊本部に引き渡し、そして自分は二度と彼に会うことはしない。

 きっとこの先、ルブラ以上に好きになれる男は見つからない。自分は肌に残された彼の体温を慈しみながら、切なさを抱えたまま過ごしていくのだろう……。

 ラズリはそんなことを考えながら、ぼんやりと凪いだ海を見つめた。


 *


 二人は今まで通り共に過ごしたが、その生活はぎこちないものだった。

 ラズリは淫欲に苛まれながらもルブラを求めることはしなくなった。
 狂気を秘めた目が怖くて、彼を出来るだけ遠ざけようとした。

 子宮に宿した水神の霊気が弱まるにつれ、ラズリ本来の霊気がまた滲み出る。
 大蛸の幻視を跳ね除けるほどに強まった天空神の霊気は、眷属である鳥を呼びよせ、島の上空から雨雲を払い、波を静めていった。

 己が仕掛けた狂愛の網から、愛しい女がすり抜けていく。
 強い焦りに苦しめられながらも、ルブラはラズリの信頼を得るため必死に自分を律した。ラズリを縛り付けたくて仕方なかったが、神の力を使って無理やり支配するようなことはしなかった。

 ルブラはもう気がついていた。
 ラズリは天空神のことも古の争いのことも何も知らない、善良な人間の女なのだと。

 己の復活を阻んだとはいえ、何も知らない女に憎しみをぶつけるのは間違いなのかもしれない。だから彼女の前ではただの人間の男として振る舞い、愛情と信頼を寄せてもらえるように努力しよう……。

 だがルブラがどんなに優しい態度を示しても、ラズリは一向に目を合わせようとはしなかった。

 懸命に話しかけても素気なく返されるだけ。手を握れば振りほどかれてしまう。好きだった柔らかな微笑みはもう随分と見ていない。ラズリの拒絶が、痛くて仕方ない。

(これだけ努力しても駄目なのなら、やはり無理やり全てを奪うしかない……のか? だがそれはラズリの信頼をなお損ねることになる……。しかし、ラズリは我を受け入れてくれない。我を遠ざけるような真似ばかりするようになった。ならば、家族でも何でも人質にとって追い詰めるべきではないか?)

(ああ憎い、苦しい……。神である我がこんなにも翻弄されている! 我は天空神に再び敗けたのだ。ラズリという女に、すっかり心を奪われてしまった……)

(いやだ、ラズリ! 嫌わないでくれ。お前に嫌われることが何よりも怖ろしい……。我はずっとおかしいのだ、胸の痛みが消えぬ! 助けてくれ、お願いだ……我を救ってくれ……)

 ルブラが内に抱える怒りと悲しみは、ラズリへの狂気をどんどんと膨れ上がらせていく。
 少しつつけばあっという間に崩壊してしまうほど、彼は弱々しい理性をもってラズリの傍にいた。


 ――――――――――


 一月ほど経って、ようやく待ち望んだ迎えがやってきた。

 赤い夕日を背に、船に乗った男が大きく手を振る。男は海へ落ちそうなほど身を乗り出し、ラズリに向かって声を張り上げた。

「おーーい! 助けに来たよラズリくーーーーん!」

 慌ただしく船着場に到着した男は、駆け寄ってきたラズリを勢い良く抱きしめ元気よく挨拶をした。

「やあやあやあラズリくん、遅刻して済まなかったね! あれっ、何だか日に焼けた? 筋肉も衰えていないね。しばらく会えなかったけど、健康的な生活を送ってたみたいで安心したよ!」

「……隊長。あなたは前より肌が白くなったし、また細くなりましたね」

「あははっ、僕は専ら机仕事ばかりしているからね。ひょろひょろになるのも仕方がないよ!」

 夕焼けの光に眼鏡をきらりと輝かせ、男は歯を見せて笑った。

 ぼさぼさとした茶髪に痩せた身体、やたらに高い背。
 一見ひ弱に見える男だが、ラズリにとっては誰よりも彼が頼もしく見えた。

 マーシュ隊長。

 入隊してから共に仕事をしてきた仲間であり、そしてこの島への赴任を命じた男。自分に警備隊員としての責任感を叩き込んだ、頼れる兄のような存在。ラズリはへらへらと笑うマーシュに苛立ちを覚えながらも、見知った顔にほっと安堵の息を吐いた。
 マーシュをしっかりと抱きしめ返し、なぜ早く来てくれなかったのかと口にする。すると彼は頭を掻きながら眉を下げた。

「いやあ、本当は君を送り出してから一ヶ月後くらいに迎えに行くつもりだったんだ。だけど色々なことが重なってね、嵐の到来に手紙の不着、救護隊員たちの体調不良。そしてこの島のことを誰も覚えていないときた! でも僕は記憶力がいいからね、決してこの島のことは忘れなかったのさ」

「島を覚えていない? 一体、どういうことですか?」

「奇妙なことが起きたんだ。僕以外の誰もが、君とこの島のことを忘れてしまった。僕がこの島に向かいたいと船乗りに言うと、そんな島は存在しないと言われた。地図を見せようと思ったら、どの地図からもこの島がすっかり消えていた。金を積んで船を出してもらおうとしたら、今度は船乗りや同僚たちの気がおかしくなって、次々に倒れてしまった……。まるで何かが、君の存在を外から覆い隠してるみたいだった」

「…………」

「全くおかしな話だろう。仕方なく僕ひとりで助けに行くことにしたんだ。途中で遭難しそうになったけれど、天気に恵まれたから何とかここに辿り着けたよ。でもまあ、そんなことより……。ラズリくんが無事で本当に良かった。たった一人で心細かったろう? よく頑張ったね」

 優しい声に心が解けていく。
 ラズリが涙を流すと、マーシュは彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「はいこれ、君に頼まれたものだ。きちんと持ってきたよ」

 マーシュは手に持った包をラズリに手渡した。ほっとした顔でそれを受け取るラズリを見て、彼は何か言いたそうな、複雑な表情を浮かべた。

「あの、ラズリくん。これは何のために……? いや、それは後で聞くとしよう。早く漂着者を引き取ってこの島を出ないとね。今まで頑張った分、君にはたくさんの給金が待っているよ」

 マーシュは微笑みながらラズリを抱き寄せた。ラズリもまた彼の首に腕を回す。


 二人は口吻できるほどの距離までぐっと顔を近づけ、そして目配せをした。

「気がついているか?」

 小声での問いかけにラズリは頷いた。
 こちらに向けて強烈な殺気が放たれている。一挙一動を監視される圧迫感に、ラズリは恐怖が込み上げてくるのを感じた。

「この島は危険だと便りをくれたね?」

「ええ。村人たちは外から来た者に対し非常に攻撃的です。あなたに対し、暴力を振るおうとすることがあるかもしれません。もし私と離れ離れになってしまった時のために、これを……。隊長に報告したいことがあるのです」

 教団の存在、集団入水、水神への信仰、警備隊員に対する拷問の疑い。
 それらについてまとめたメモをそっとマーシュの服の襟に忍ばせる。誰にも気付かれないようメモを仕込んだラズリに、彼は口角を上げた。

「さすがだね。君は強靭で、どんな時も冷静であろうとする。警備隊員としてこの上ない適性だ。この狂気の島で長く過ごしてきたというのに全く目も濁っていない。やはり君を送り出して正解だった」

「隊長。あなたはこの島がどういう島なのか知った上で赴任を命じたのですか?」

「ああ、危険な島に可愛い部下を送り出すのは良心が痛んだ。だけど、君しかいなかったんだ。君しか成し得ないことがあった……」

 ラズリが首を傾げたその時、彼女は乱暴にマーシュから引き剥がされた。


 後ろから屈強な腕に捕らわれる。
 ラズリの頭上に、怒りを押し殺した声が落ちた。

「こそこそと話しやがって……。おい、何だその男は」

 ラズリは強引に振り向かされた。
 見開かれた金の双眸が赤い夕陽の光に妖しく揺らめいて、ラズリは怖ろしい怪物に睨まれたかのような感覚に陥った。

「ル、ブラ……?」

 怖ろしいほどの無表情。激しい怒気を漂わせながら、ルブラはラズリをじっと見下ろした。

 ルブラは片手に銛を持っている。
 鋭く光るそれに、ラズリは嫌な予感がした。

「……っ、もう、大人しく駐在所で待っててって言ったでしょうに! 彼は私の上司だよ。とても仲がいいんだって、前に話したことがあるでしょう?」

 荒々しい顔がゆっくりと近づいてくる。ラズリは顔を逸らしながら明るい調子で答えたが、ルブラの顔は全く緩まない。それどころか彼は下唇を白くなるまで噛み締めながら、ラズリの肩をぐっと掴んだ。

「仲がいいって何だ? 俺よりも仲がいいのか?」

「何言って――」

「なぜ抱き合ってた? そいつはお前の男じゃねえよな、そうだよな……。そんな細え男、お前の好みじゃないもんな? 顔から身体から何から何まで、俺が好みの筈だもんな? なあラズリ。お前は俺の女だろ? 何で他の男と抱き合ってんだ? どうして顔をくっつけ合ってたんだよ。キスでもするつもりだったのか? 俺が見ているのに? はっ……。よくもそんな残酷な真似ができるな! おいラズリ、何か言えよ。何黙ってんだよ! 黙ってちゃ何も分からねえだろうが! ふざけんな、お前こそ言いたいことがあるならはっきり言え! いつまで顔を逸らしてんだ!? いい加減に俺の目を見やがれ!! ラズリ、ラズリ!!」

 口早に問い詰められながら激しく肩を揺さぶられる。
 ラズリが困惑の息を漏らすと、マーシュが二人の間に割って入った。

「ちょっとちょっと、落ち着いてよ! 大男くん、一体どうしたの。僕たちは大事な話をしてたんだ。早くラズリくんを放しなさい!」

「……ラズリだと? 虫けらがその名を口にするな!」

 金の目が、ゆらりとマーシュを捉える。
 強靭な精神を持つマーシュだが、大男の目から滲み出る狂気に身体の震えを抑えることができなかった。本能的な恐怖が彼の背を駆け上がっていく。

「……金髪金眼、変わった瞳孔の形、刈り上げられた側頭部、編み込まれた八つの髪の束、浅黒い肌、長身、屈強な肉体、全身に施された刺青。君の風貌はラズリくんから受けた報告とぴったり一致する。なるほど、君が漂着者か。それにしても随分と怖い目をするね。そんな目で人を見てはいけないよ」

 マーシュは顔を引き攣らせながらも冷静に思考を巡らせた。
 ルブラと呼ばれた男の目には、こちらを狂死させるような危うい力が込められている。頭の中に響く呼び声に抗いながらマーシュは荒い息を吐いた。

(……海に引きずり込まれるようだ。間違いない、この男こそが『xxxxx』だ! すっかり力を取り戻してしまっている。ラズリくんでも海底に封じることは出来なかったのか! だが様子が変だ、随分とラズリくんに執着している……。一体なぜだ? 何のために敵を傍に置いている?)

「ね、ねえルブラ! 落ち着いてよ。マーシュ隊長はあなたを保護するためにこの島に来たの。聞いてる? 迎えが来たのよ、迎え。やっとこの島から出られるのよ!」

 縋るラズリと小船を交互に見つめ、ルブラはぼんやりと呟いた。

『……迎え、迎え? 船、保護、島から出る……島から? 島から出たら、ラズリは我から逃げる……。それは駄目だっ。逃げたら、どこまでも、追いかけなければならない。いや、そもそも逃げる前にきっちり囲い込んでおかないと! この島を二人だけの聖地にしようと頑張ってきたのに。なのにっ、お前は出ていくだと? どこが不満なんだ? 人間ってのは分からねえ! 分からねえから我に教えてくれよ、ラズリ。人間の考えてることは分からねえけど、俺はお前の望みを全部叶えてやる力はあるからさぁ! だからここにいろよ。お前は、俺と、いや我と? ずっと一緒に暮らしていくんだよな? そうだよな!? ラ、ズ、リぃぃぃぃぃぃぃぃーーーー!?』

 拙い様子でぶつぶつと呟くルブラは異常だった。彼が口にする言葉はところどころ奇妙な発音が混じっていて、正しく聞き取ることができない。だがぞわぞわとした恐怖を呼び起こすその音は、異界の響きとなってラズリの耳に飛び込んだ。

 『xxxxx』。
 世界を飲み込む邪神の名が、蘇る……。

(……この男は、本当に人間なのだろうか?)

 ラズリは錯乱した男を呆然と見つめた。

 ルブラは頭を抱えたり胸を抑えたりした末、ぎりぎりと歯を食いしばった。

『ああああああああっ!!! 分からぬ! なんで、なんでぇぇぇぇぇ……? なんで俺を見てくれない? 胸がおかしい。苛立つ。俺もそんな風に縋られたかった! あああ、苦しいぃぃぃぃぃっ! なんだこれは!? はあっ、はあ、はあ……。ら、ラズリっ、お前のせいだ。お前はやはり我から逃げようとしていたのだな!? 我という存在がありながら外に助けを求め続け、この異物を島に呼び込んだ! 許されない、許さない!! 我からラズリを奪おうとする者は皆敵だ! 敵、敵、敵ぃぃぃーーーー。この目障りな虫けらが、すぐにぶっ潰してやる……。俺は神なのだぞ? この俺からラズリを奪うんじゃねえ、クソ野郎が!』

 ルブラはマーシュに勢い良く銛を突き刺そうとした。ラズリは咄嗟にマーシュを庇ったが、彼はラズリを背に隠し、一歩一歩ルブラへと近づいた。

「……銛を下ろせ。警備隊員への攻撃は法律違反だ。犯罪人として護送されたくなければ、僕の言うことを大人しく聞きなさい」

「はっ、虫けらが定めた決まりに何の意味がある? 俺が決まりであり、そして全てだ!」

 ルブラは目を見開きながら歪な笑みを浮かべた。

「ここから出ていけ! ラズリは俺のもの、この島からは決して出さぬ! 迎えなど必要ない、帰れ! 帰れ! かーーえーーれーー! かぁぁぁえええぇぇれぇぇぇぇっっっっっ!!」

「ル、ルブラ……! やめてよ! ねえ、急にどうしたの!? 銛を下ろしなさい、早く!!」

 ラズリが悲鳴を上げてもルブラはマーシュの心臓を狙い続けた。狂気に彩られた眼が夕焼けの光に美しく輝き、血のように赤く染まっていく。

「それは困る。僕だって仕事なんだ、君を都市に連れて行くのが任務で――」

「愚鈍な虫が! 二度は言わぬぞ!!」

 ルブラの咆哮と共に暗雲が立ち込める。彼から放たれた邪悪な霊気は、マーシュとラズリに強い絶望と恐怖を味わわせた。吹き荒ぶ風の中、ルブラはぞっとするほど怖ろしい顔をマーシュに向けた。

『我が合図すれば幾千の下僕がお前を狙う。矮小な虫が足掻いたところで、この我の前では何もできぬ! ラズリを寄越せ! さもなくばお前に自分の心臓を見せてやる! 蠢く己の臓物を見たいか? 抗えぬ恐怖の中で散々苦しんだ後に死を迎えたいか? 我の番に手を出した虫は血の海の底に沈む定めだ!』

 ルブラの声が、くぐもった笛のような音にはっきりと変わる。

 冷たさと嘲り。狂気と混沌。這い寄る闇に、ラズリは目からぼたぼたと涙を溢れさせた。

 ルブラを止めなければならないのに身体が動かない。

「ひっ、や、うあぁ……あ、あっ……」

 唇が動かない……。怖い、怖い……!

(な、なに、この空気……。今のルブラは異常だ……彼なら本当にマーシュ隊長を殺しかねない。ここには隊長と私しかいない、力の強いルブラを抑え込むことは出来ないかもしれない……! もし村人たちを呼ばれてしまったら? もし隊長が教団に捕まって殺されてしまったら……。嫌よそんなの! マーシュ隊長だけでも無事に帰さないと!)

 ラズリは震える上司の腕をしっかりと掴み、硬い声で懇願した。

「……た、隊長。帰ってくださいっ……」

「ラズリくん? しかし……」

「お願いです! 今のルブラは危険です! 私のことは大丈夫ですから、どうか早く島を出てください! 隊長を死なせたくないのです、あなただけでも島を出て本部に状況を報告してください!」

「駄目だ、君を残していくなんてできない!」

「マーシュ隊長しかこの島のことを覚えていないのでしょう!? あなたが唯一の希望なのです! だからおねがい……早く帰って! 応援を連れて、今度こそ私を助けに来てください……!」

 目を潤ませながら必死に縋るラズリにマーシュは強張った顔を向けた。彼は暫し迷った末、震える息を吐きながらラズリを抱きしめた。

「済まない、ラズリくん。必ず迎えに来る、どうか無事でいてくれ……!」

「……信じています、隊長……」

 マーシュは小船へと乗り込んだ。待ち望んでいた迎えがゆっくりと離れていく。
 ラズリは涙を流しながら、呆然と薄暗い海を見つめた。

 心細くて仕方なかった。

 何度も何度も便りを出し続けやっと迎えが来たと思ったのに。やっと頼れる存在と会えたのに。
 自分はいつ来るか分からない助けを待ちながら、またこの島で暮らしていかなければならない。

 繰り返される入水が嫌だ。魚を食べるのも嫌だ。こんな邪教に塗れた島で過ごすのは嫌だ。

 そして何より、ルブラと過ごすのが嫌だ。
 彼が秘める狂気が怖い。もうこんな怖い思いはしたくない……!




「らーずりっ」




 明るい声にラズリは身を縮こまらせた。
 大きな身体にすっぽりと包み込まれ、彼女は唇から掠れた悲鳴を漏らした。

『くくっ、くくくく、くくくくっ。ラズリ、ラズリ、愛しいらずりぃ! 我のラズリっ、らーずりっ、らずりぃぃぃぃ……ああっ、綺麗な名前だ。それにこんなにも美しい! ラズリ、お前は大人しく俺の傍にいるべきだよな? だってお前は俺の女だから! 逃げたがりのラズリちゃん、どうして愛してるって言ってくれないんだ!? 簡単だろ? 愛してるって言うだけでいいんだ! 言うまで離さねえぞラズリ! 照れてんのかラズリ! 大好きだラズリ! 好きだ、好きだ、好きだあぁっ!! らぁあぁずり、ラズリ、ら、ず、り……。あはっ、あはははははははははっ!』

「……おい、なんか言えよ。何黙ってんだよ。この俺が好きって言ってやってるんだぞ? お前も好きだって言えよ! こんなに熱烈に愛を伝えてんのに、なんでお前は何も返しちゃくれねえんだよ!? おい、ラズリ! 口が利けねえ訳じゃねえだろ!? ラズリッ、聞いてんのかラズリぃぃぃぃぃぃ!! らあぁぁぁぁぁずぅぅぅぅりいぃぃぃぃっ!? 名前を呼ばれたら返事をしろよラズリ、それが礼儀だろうが! お願いしますラズリさん、俺に愛してるって言ってください!」

『ひょっとして我は試されてる? 男を焦らして楽しんでのか? おい、おい……この悪女め、そんなことしないでくれよ。降参だ、早く好きだって言ってくれ! もう辛くて仕方ねえんだ、お前からの愛が欲しいんだよぉおぉ! お前が俺のこと好きなのは分かってんだぞ? 俺を見る度に顔を赤くするし、何度も抱いてくれって頼んできたよなあ。あんなにあんあん言わせてやったのに、どうしてラズリちゃんは愛の言葉ひとつくれないんですかぁぁぁーーーー!? 感謝の『愛してる』をご褒美にくれたっていいだろおぉぉお?』

「頑固過ぎるのも考えものだぜラズリ! 俺はお前を籠絡するために今まで頑張ってきたんだよ! ねぎらえ! いたわれ! 俺に優しくしろ! いい加減諦めて俺に心を渡してくれよ! ラズリちゃん、お前は世界で一番幸せ者なんですよおぉぉぉ? ふふっ、なぜなら俺様の番に認定されちゃったからですっっ!! 永遠の幸せを約束してやるつってんのに、何でお前は俺の嫁になってくれねえのかなあぁぁぁ!? 身の程知らずの雌、雌……我だけの雌……。お、れ、だ、け、の……。あははっ、ふふふひっ……。ひひ! あはははああははあはははっっっっ!」

『あああああああああっ、ふざけんじゃねえ! 苛々する! ほら、好きだって言えよ! 俺のことが大好きですってさ! ほら、ほら! 言えっつってんだろおぉぉお!? 好き! このたった二文字がどうして言えねええんだあぁぁぁ!? こんなに俺をおかしくさせておいてさ、何逃げようとしてんだよ! ああもう、お前のせいで俺だか我だか分からなくなっちまったじゃねえか! 俺は神として生きるべきか? それともお前に合わせて人間として振る舞うべきか? まあお前が手に入るなら、どっちでもいいか!』

「最後まで責任持て! 責任感が強いのがお前の長所だろうが!? おかしくさせた責任を取って我と一生添い遂げてください、お願い! この通りだ! おいラズリ、こっち向けよ。くくっ、どの角度から見ても可愛いなあ! ふふひふふふ。ひひひひひっ……! 堕ちてこいラズリ! らーーずーーりーー……? なんでお前は正気なんだ? こんなにおかしくなってるのは俺だけか? おかしいんだよもう、どうしていいか分からねえんだ! 助けてくれよラズリ! ラズリ!」

『夫婦、花嫁、つがい、妻! なのに憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎いにくいにくいニクイニクイ……! 我をここまで手こずらせおって! ラズリ、ラズ、ラズリラずりりりラずリりりらリリリ――――。りりずリりりらリリリ? りりり。らずり、ははあアはハハははアはハアはははアハハハ――――』

 嬉しそうに笑ったかと思えば急に怒り出す。
 人間の声と人間のものでない声が入り交じる。

 聞き取れない。いや、言葉として認識できるが彼が何を言っているのか解らない……。
 男の異様さを目にして、ラズリはぼろぼろと恐怖の涙を流した。

 ルブラの大きな手が、ラズリの身体の線を確かめるようにねっとりと這い回る。腹から胸へ。背中から腰へ。いやらしい手の動きは幻視の中の蛸足を思わせる。恐怖と共に海底へと引きずり込まれるような感覚に、ラズリは力なく震えることしかできなかった。

「おっ、お願い、るぶ、ら……! 隊長には何もしないでっ、お願い! 私にとって大切な人なの、どうか助けて! 何でもするから……! だからお願いよ! ルブラ……」

 泣きながら縋るラズリを見下ろし、ルブラはにやにやと笑った。だが吊り上げられた金の目にはぞっとするほどの冷たさが宿っている。かつて見たそのちぐはぐな表情に、ラズリは顔を強張らせた。

「ふうん。大切な人、ねえ……? へえぇぇぇぇえ、やっと口を開いたと思ったらそれかよ。俺の前でそんなことを言っちゃうんだ? うっぜえ。本っ当、お前は俺を苛立たせるのが上手いよな……」

 憎い、妬ましい、苦しい。
 ラズリの心が欲しい。それを得られるのなら、他には何も要らない……。

(あの船を沈めてやろうと思ったのに、この女は我が何をしようとしているのか気がついた。聡い。そして憎い、お前が憎くて堪らないぞラズリ……。あの虫を助けるために、必死に我を止めようとしている)

 辛い、愛しい、大好きだ。
 だがどんなにこの気持ちを伝えても、この女は何も返してくれない。

 何がいけないのか分からない。何を変えればいいのか分からない。

(同じ人間の男が良いのか? 泣いて頼むほどに、あの男が好きか。矮小な人間の雄のどこがいいのだ? 我は神なのだぞ? 我を選べ。我の方がお前を幸せにしてやれるのだ、ラズリ!)

 好きだと返してくれたら、この心は救われるのに。
 こんなに苦しめられるのなら、いっそ殺してしまおうか。殺してその魂を永遠に己のものにしてしまおうか……。

「なあ、ラズリ。殺されかけた時に俺の名前を呼んでくれたよな。それってお前にとって、俺が大切な存在だってことだよな? なあ……俺とあの男、どっちが大切なんだ? 答えろよ……」

 笑顔が見たいのに、目の前の愛しい女はずっと泣いている。

 なぜ? どうして? 
 どうして自分には優しい微笑みを見せてくれないんだ? あの男と自分、一体何が違う?

「……いつまで泣いてんだよ。おい、笑え。俺に抱きしめられてるんだぞ? 俺が守ってやってるんだぞ? 怖いものは何もねえ。だから笑えって。笑えってば。……ああ、気に入らねえ。いつまでも黙ってるし、泣くし、お前が何考えてんのかさっぱり分からねえ……。どんなに優しくしても目を合わせてくれなかったくせに、あの男のためならそうやって縋るのか!? 卑怯だ、ラズリ。お前は本当に酷い女だ!」

 思い出せ。言うことを聞かない女を人間どもはどう扱っていた? 確か前に得た海賊の記憶では、女を無理やり手篭めにしていた……。

 それならば、そうしよう。
 ルブラは残酷な決断を下し、ラズリの身体を力強く抱きしめた。


「あうっ!? ルブラ……? ね、ねえっ! どこ行くのっ!? ねえってば!」

 ルブラはラズリを勢い良く抱え上げ茂みへと向かった。ラズリは必死にもがいたが、その抵抗は怖ろしい力の前では何の意味もなさなかった。彼は草むらの上に乱暴にラズリを下ろし、彼女に伸し掛かった。

 荒々しくも端正な顔が近づけられる。力強い目に捕らわれ、ラズリはこくりと喉を鳴らした。

「る、るぶら……。どうしたの? なんでこんなところに私を連れてきたの……?」

「……ラズリ。お前に聞きたいことがあるんだ。あいつにって言ったよな。俺のことは信頼してくれないのに、あいつのことは信頼するのか?」

 きらきらとした青い目を睨み付け、ルブラはくぐもった声で問いかけた。

「か、彼とはっ、十年の付き合いで……。警備隊に入ってからずっと、面倒見てもらってて、だ、だからっ! マーシュ隊長のことを家族のように信頼してて……それだけよ、彼とはそれだけなのっ……! あなた変よっ? どうして隊長と自分を比べようとするの……?」

 ラズリは吃りながらも必死に言葉を紡いだ。
 少しずつ後ずさりルブラの下から逃れようとしたが、手を地面に縫い付けられ、股の間に膝をつかれ、そのまま身動きすることができなくなってしまった。

「るぶ、ら……手を放して……! 今のあなた、とっても怖いわよ……? 落ち着いてよ、こんな風に押さえつけるのはやめて! ねえ、放してってば……」

「ははっ、怖い? そりゃ結構だ。俺をこんなに怖くしちまったのはお前なんだよ、ラズリ」

 額から首筋までそっと口付けられる。異常な状況で行われる優しいキスに、ラズリは戸惑いの息を吐いた。

「十年の付き合い……か。はん、それが何だ。お前はこの先ずっと俺と暮らしていくんだぞ。たった十年が何だ? それに十年あいつといたって、こんなことをしたことはなかったよな? 俺が初めての男だったもんな……!」

 ルブラの手がラズリの服にかけられる。
 怖ろしい力を以て、彼は警備隊の制服を一気に引き裂いた。

「ひいっ!? いっ、いやあああああっ!! 何してるのルブラ!? やめてよっ、やめて! 手を放して!」

 ラズリの悲鳴を気に留めず、ルブラはラズリの服をどんどんと剥ぎ取っていった。そして露わになったラズリの乳房をうっとりと見下ろし、彼はにんまりと笑った。
 ルブラの生暖かい息が首にかかり、薄い皮膚を何度も吸い上げられる。性的な興奮を示す息遣いに、ラズリはざっと顔を青褪めさせた。

「う、うそでしょ……。ねえ、こんなところでやめてよ、人が来ちゃうよっ! 放して、ルブラ……! こんなのいやあっ……!」

「ラズリ……。なんで俺を避けたんだ? あいつに助けてもらって、早く俺と離れ離れになりたいって考えてたのか? 酷い女だな、ラズリ……。俺はお前のせいでめちゃくちゃになっちまったのに。もう元には戻れねえのに……」

「……る、ぶら……?」

 金の瞳が悲しみに揺れる。
 これからもっと酷いことをされようとしているのに、ラズリは思わず彼を慰めたい気持ちに駆られた。

「お前は許せねえことをした。全幅の信頼を寄せる顔、俺がずっと見たかった表情……。それをあいつに見せやがった! 俺がどんなに悲しかったか分かるか!? 駐在所の窓からあの男に抱きつくお前を見た時、胸が引き裂かれる思いだった……! 何でだよ。優しくしてきたのに何で? 何でお前は俺に依存してくれねえんだよ? ははっ……愚かだな、ラズリ。こんなことをされたくなかったら、早く俺の気持ちに応えてくれれば良かったんだ……! 愛しい、そして憎い! 正気なんて捨てちまえ、お前も欲望の底に沈めてやる!」

「あ、はぁっ、あっ……!」

 ルブラは震える胸の先端をぱくりと口に含んだ。生暖かい舌の感触が胸から全身へじわりと伝わって、ラズリは甲高い声を上げてしまった。

 舌で優しく乳首を掬われたり、ころころと舌で舐め転がされる度に自分の芯が淫らに綻んでいく。ずっと彼に抱かれてきたのだ、久しぶりの愛撫に抗える訳がない。この男には弱点を全て知られていて、どんなに暴れても必ず気持ちよくさせられる。なら、抵抗せずに諦めた方がいいのではないか? この男は力が強い、そして怖ろしい狂気を秘めているのだ。敵わないのなら、このまま刺激しない方がいいのではないか……。

 無理やり身体を暴かれている状況だというのに、ラズリは恐怖と期待に全身の力を抜いた。

(……はは、俺が目に込めた狂気が、やっと効いてきたみたいだ。いいぜラズリ。そのまま大人しくしてろよ……。俺の霊気を受け入れるんだ。穢れちまえ……)

 組み敷いた女が抵抗をやめたことに気が付いたルブラは、彼女の黒髪をそっと撫でた。
 罪悪感と切なさが滲む微笑みを浮かべながら、愛する女の胸をしつこく愛撫する。ちゅ、ちゅと音を立てながらすぼめた唇で乳首を吸ったり、痛みを与えない程度に歯を引っ掛ける。そして乳輪から乳首を、優しく舌で包むように押しつぶす……。

 ルブラから柔らかい快楽と鋭い快楽を交互に与えられて、ラズリはいつの間にか淫らな声を上げるようになった。

「ああっ……るぶ、ら……。ふ、ふあっ、あっんううっ……ひっ、んああっ……! あ、あっ、あああっ……」

「んむっ、ちゅっ……は、あっ……! く、くくっ……! らず、り……いいぞ、もっと声を上げろ……!」

 舌のぬめり気と胸にあたる髭の感触が、ラズリを少しずつ追い詰めていく。胸から逃れられない快楽がぞわぞわと迫り上がってきて、ラズリは擦り切れた息を吐きながら絶頂に浸った。

「ああっ、あっああっ! あ、ふうっぅぅぅ……! んあっ、やっ! ふああぁぁぁんっ……!」

 ぴくぴくと絶頂に震える胸を舐め回される。溶けてしまいそうな刺激に、ラズリはきゅっと目を瞑った。閉じられた彼女の目から涙が流れ落ちていく。ルブラはその雫を優しく舐め取って、ラズリの開かれた唇に食らいついた。

「あむっ、ふう!? んむっ、んぐっ! ん、ふっ……るぶっ、ら、やめっ! ふっああっ……」

「はあっ、はあ!……らず、り……らずり……。かわいいっ、らずり……美味い、な……」

 地面に縫い付けられた状態で唇を押し付けられる。息苦しさにラズリは目を白黒させたが、ルブラはお構いなしに執拗な口付けを繰り返した。ふー、ふーという荒い息の音が二人の耳を震わせる。
 横からねっとりと舌を絡め取られたり、先だけをちろちろと舐められたりする。自分よりもずっと逞しい男に捕らわれ、彼の気が済むまで舌を扱かれ続けるという事実に、ラズリはごぷりと被虐の蜜を溢れさせた。

 ちゅく、ちゅくと粘り気のある水音、女の喘ぎ声と男の荒い息が茂みの中に響く。ルブラはラズリの腔内を散々いじめ抜いた後、彼女の洋袴ズボンを脱がせた。

「……はは、びっしょびしょに濡れてる。何だか濡れやすくなったか? ラズリ……」

「う、あ……」

 ラズリは羞恥に顔を赤くした。ルブラの指摘通り、自分の秘部は潤みきってしまっている。ルブラはラズリの洋袴を持ち上げ、そしてポケットに入っていた包の存在に気が付いた。

「おいラズリ。何だこれは? あの男から貰ったものか?」

「……避妊薬よ。もう残り少ないから、隊長に持ってきてって頼んだの……」

「ふうん……そういや俺に抱かれすぎてもう少しで無くなりそうだって言ってたもんな。ははっ、たっぷり入ってそうだ。これだけあったら毎日抱いてやっても問題ないな? だが、俺は精さえ自由に操れる存在だ。お前がどう思おうが、無理やり腹を膨らせちまうことも出来るがな……!」

 ルブラは唇を歪め、洋袴ごと包を放り投げた。

「さあてラズリ……。また繋がろうか? 俺はもう限界なんだ、早くお前の中に入らせてくれよ……! くくっ、ふふふふふ……! こんだけ濡れてる中に突っ込んだら、すげえ気持ちいいんだろうなあっ……!」

 足を大きく開かれる。少しした後、ルブラのそそり勃った男根が秘部にぴとりと当てられた。

 抵抗しても無駄だ。無理やりされるのは嫌だけど、もうどうしようもない。自分はこのままこの男に犯されるしかない。ルブラに捕らわれて、ずっとこの島で暮らしていくしかないのかもしれない……。

 ラズリが諦めに目を瞑ったその時、急に雲間から眩い光が射し込んだ。

(……?)

 随分と眩しい。
 こちらの意識を覚醒させるような光の強さに、ラズリは何らかの意志を感じた。彼女はその光に導かれるように目を開き、ルブラの肩越しに天を見上げた。

(……綺麗……)

 天には暗雲が立ち込めながらも、雲間からは赤い光芒が幾つも射し込み地へと陽の光を届けている。光芒の先にある清らかな色を確かめたく、ラズリはじっと空を見つめた。

 色鮮やかな海鳥がラズリの上空を旋回する。
 赤い夕焼けの光が、心の中から忽ち澱みを取り除いていく。

(やっぱり駄目だ。こんな無理やりなのは間違っている。諦める? 何もしない? このまま刺激しない方がいい……? 冗談じゃないわ、こんな暴力を受け入れてたまるか!)

 ラズリはぐっと拳を握りしめ、唸るような低い声を出した。

「……いい加減にしなさいよ、ルブラ……。こんなことしたって、私は決してあなたの女にはならないわ」

 ラズリは自分を犯す男を睨み付けた。
 清らかな青い目には闘志が宿っている。ルブラは自分に向けられる強烈な視線に息を呑んだ。

「私を今すぐに放しなさい。聞いてるの!? 放せって言ったのよデカ男! 女相手にこんなことしていいと思ってんの!? べらべら好き放題喋った挙げ句こんなことして、絶対に許さないから!」

「……おい」

「いい加減にしてよルブラ! 何が酷い女よ? 酷いのはあなたでしょうが! 大人の男らしくない言動ばっかりして、私を振り回して! 自分が情けないと思わないの!?」

 ラズリはルブラの頬を勢い良く引っ叩き、彼の下から這って逃げようとした。ルブラは呆然と頬を押さえ、信じられないものを見るような目でラズリを見た。

「……な、何なんだ、お前……。人間のくせに、どうして俺の力に抗える? さっきまで大人しくしてたのに、急になぜ……!?」

 ラズリの姿が眩い光に照らされる。ルブラは天を見上げ、ああと呟いた。

「ああ……そうか、空か。空……。お前はこの空を見て正気を取り戻したんだな……? ラズリ、お前は余程天空神に愛されているらしい」

 ラズリが放つ青い霊気に呼応するように薄暗い雲が消えていく。ルブラは目の前の女に対する愛憎が、また一段と深くなっていくのを感じた。

「はっ……気に入らねえ。ふざけんなよ、逃さねえって言っただろ!」

 ラズリの足首を掴んで無理やりうつ伏せにさせる。
 四つん這いでなおも逃げようとする彼女の腰を掴み、ルブラは後ろから勢い良く男根を突き立てた。

「あ、ぐっ……うああああああっ……!?」

「あはははっ! 入っちまったなあ!? そおら、お前のいいところをたっぷり擦り上げてやるよ! ラズリ、ラズリっ……」

「ん、んんっ、んあ、あっあっ……あああっ! ふああああっ、ああっ、ああんっ……」

 ぱんぱんと肉を打ち付ける音が響く。筋肉に覆われた身体が、ラズリをすっぽりと後ろから包み込む。ルブラは太い腕をラズリの前に回し、彼女の首から肩を強い力で押さえつけた。抵抗する術を失ったラズリは、彼に揺さぶられながら自分の弱点をずりずりと擦られるしかなかった。

 声を抑えることができない。自分の最奥がぼうっと熱を持って、そこをルブラにとんとんと突かれる度に激しく身悶えしてしまう。唇を噛むラズリの耳元で、ルブラはねっとりと囁いた。

「気持ちよさそうじゃねえか。随分とつまらねえ抵抗だったなあ、ラズリ……。なあ、お前からは見えねえかもしれねえけどさ、あいつの乗ってる船がまだうろうろしてるぜ? こっちの様子を確認してるみてえだ……」

「あっ、ああっ、ま、まーしゅ、たいちょう……?」

「ああ、そうだ。あいつを助けるためなら何でもするからって縋ってきたよな? なら俺の言うことを大人しく聞けよ! あいつを見逃してほしかったら、もう抵抗するんじゃねえ……いいな?」

「あ、あふっ、ふっふっ、ふうっ……うんっ、う、ううぅぅっ……!」

 ラズリがこくりと頷くと、ルブラは腰の動きを速めた。肉を打ち付ける淫らな音と女の嬌声が辺りに響き渡る。
 天井を擦られ、泥濘をかき回されるように男根を動かされる。ラズリは一突きごとに浅い絶頂を繰り返していた。そしてそれはやがて大きな波となって、彼女の肉体を絶頂の海に沈めていく……。

「あああっ、いっ、ぅぅっ……ひいっ、ひっ、や、あああぁぁぁっ! あ、んあっ、あっ!」

「はあっ、はっ、はあ……ラズリ、俺のラズリっ……! すっげえいい声出すじゃねえか? もっと喘げよ、大声で喘いでやったらあの船まで聞こえるかもしれないぜ? 俺に抱かれてるんだってあいつに教えてやれよ、ほらっ……! はあっ、う、あっ……!」

 どくどくと脈打つ陰茎を最奥に押し付けられる。じんわりと広がる熱を感じ取り、ラズリはとうとう決壊を迎えた。

「あああっ!? あ、ああっ、いっちゃう、いっちゃ……。だめ、だめっ、だめっ……はっ、ひぃうっ! あっ、あああああああああっ!」

 ルブラに抱きしめられながら、ラズリは力の入らない身体をびくびくと震わせた。強烈な絶頂を迎えた身体は酷く敏感になっているというのに、ルブラは暫くした後また腰を動かし始めた。ラズリが拒絶の声を上げると、彼はマーシュの名を出して彼女を脅した。

 夜の帳が下りる頃まで凌辱は続いた。
 ラズリの中に何度も精を放ったルブラは、気を失った彼女を抱えながら、満足そうに駐在所へと向かった。


 ――――――――――


 覚醒したラズリは、自分が置かれている状況に困惑した。

「なに、これ……」

 手首と足首には柔らかな布で包まれた錠が取り付けられている。錠から伸びる鎖は、身動きできる程度の長さで寝台に括り付けられていた。己に施された拘束に、ラズリは冷や汗を流した。

(もしかして私、監禁されようとしている?)

 暗い部屋の中で、金の双眸だけが光り輝いている。ラズリは寝台の横に立つ男を恐る恐る見上げた。

「……るぶ、ら……何よ、これ……どうしてこんなこと……」

「どうしてこんなこと? お前が俺から逃げるからだ。ラズリ、もうお前を外には出さねえ。俺を受け入れるまで、ここで徹底的に犯し続けてやる」

「っ……ねえ、言ったでしょう? 私は警備隊員として島の巡視を行う必要があるの! 島に村人が一人でもいる限りは外に出なくちゃいけないのよ、こんなことはやめてよ! ルブラ……」

「巡視? くく、くくくくっ……。俺はお前を外に出したくねえんだけどな……。ならさ、この島から俺たち以外の奴らを沈めちまうか? ここは俺とお前だけの聖地、他の奴らは必要ねえだろ」

 ルブラは目に冷たさと嘲りを宿しながら、ぞっとする笑みを浮かべた。

「なあ、ラズリ。お前がもし駐在所から勝手に出たら、残ってる村の奴らを一人ずつ殺してやる。散々苦しめて、お前はラズリのせいでこうなったんだって囁きながら殺してやる。……優しいラズリ、お前は自分のせいで誰かが死ぬところを見たくないよな? そうだよな? なら大人しくここにいろよ、いいな……!」

 呆然とするラズリのもとに包が放り投げられる。ルブラは高笑いを上げながら部屋を後にした。
 ラズリは泣きながら包を開け避妊薬を口にしようとしたが、薬箱の中に何か別のものが入れられていることに気が付いた。

「……これは?」

 儀礼用の短剣と思われるものが、避妊薬に隠された状態で仕舞われている。
 切れ味のないそれを、ラズリはそっと指でなぞった。

(マーシュ隊長……。あなたは何を思ってこれを渡したの?)

 マーシュの朗らかな笑みを思い浮かべながら、ラズリはその短剣をそっと寝台の下に隠した。
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