両片想いに板挟まれた俺が魔法のディルホを手に入れた話

セトラ

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第七話 失

 勉強会翌日。気を利かせてドタキャンをかました吾一は、目が覚めるなり顔を青ざめさせた。
 ガチャリ。
「ちょっと吾一、うるさ……あんた何やってんの?!」
 部屋をひっくり返す勢いで探すこと五分。元々几帳面に整理整頓されているわけではなく、年相応に散らかっていたが。それでも今まで見たことがないような、まさしく足の踏み場がないと表現するより他にないとっ散らかりっぷりに、吾一の母は部屋の出入り口でそういうのが精一杯だった。
「無い……無い……」
 ぼそぼそと呟く声に背筋が寒くなる。息子であるはずの人物が、まるで全くの他人のように感じられて。母親は意を決して、たった五分でゴミ屋敷と化した部屋へ足を踏み入れた。
「あんた、何探してるの?」
「無い……ここにも無い……」
「何が無いの?」
「あれがないと……俺は……!」
「あれってなんなの?」
「……」
「吾一!」
 ガッ、と肩を掴んで振り向かせた息子の目は血走っていた。

 結局、丸一日かけてもディルホを見つけることができなかった吾一の目の下には、はっきりとクマが刻まされていた。
 当然、そんな状態で練習に身が入るはずもなく。
「吾一、お前ちょっと休んでろ」
 と、あまりの散々っぷりに、顧問にさえ怒りを通り越して心配されるはめになった。
 その後も。
「おは……っお前どうした?!」
 と拓也には驚かれ。
「おはよ……って吾一?! 大丈夫? 保健室行く?!」
 と英彩には心配され。それでも吾一の頭の中は、ディルホがないことへの不安でいっぱいだった。
 昼休み、一度トイレに行くと離席するまでは。
「……やっぱり、日を改めた方が」
「かなぁ……あんな状態の奴に浮かれた話するの、やっぱ気が引けるよな」
「吾一にはたくさん相談に乗ってもらったから、付き合ったこと早めに報告したかったけど……それどころじゃなさそうだもんね……」
「何聞いても答えてくんねーし……何があったんだろうな……」
「心配だよね……」
 付き合った? 誰と誰が? 拓也と英彩が?
 それは、彼の悩みの種が綺麗さっぱり取り除かれることを示していた。ようやく相談役から解放される、待ち望んでいた日が来たのだ。
 何度も想像した。そんな日がきたら、どれだけ嬉しいだろうかと。何度も、何度も、何度も。それなのに。
「……?」
 吾一の胸は、晴れなかった。
 むしろより厚い雲に覆われていくようで、吾一はたまらずトイレへと引き返した。
 その後、どう過ごしていたかは覚えていない。ただ、部活に顔を出した途端に部員や顧問の先生から「帰った方がいい」「顔色がひどい」と本気で心配され、いつもより随分早い帰路についたのだけは記憶にある。
「ただいまー……」
 家にはまだ誰もいなかった。
 良かった。
 ふぅとため息をついて自室を目指す。今の吾一にとって、心配はわずらわしいものでしかなかった。
 ガチャリと開いたドアの先は、どこに何があるのか部屋の主にさえ全くわからないほどの混沌とした光景が広がっていた。
 あー、片付けないとなー。
 そうは思いつつ、足はがしゃがしゃと有象無象を踏みつけながらベッドに進む。
「……あれは……」
 視界の端に入ったビビッドピンクに、慌てて物の山を掘り返す。けれども、掘れども掘れどもそれらしいものはなかった。
「……っクソ!」
 手近にあった、幼い頃から所有しているぬいぐるみを投げつける。
 がしゃっ、と音を立てて山に加わったぬいぐるみが、あまりにも悲しそうに吾一を見つめてくるものだから。吾一は苛立ちのままにぼすん! とベッドに腰掛けた。
 昼からだ。
 今日の昼休みからずっと、イライラして、モヤモヤして。時折感情の濁流に、どうしようもなくなってしまう。
「なんなんだよクソッ……!」
 振り下ろした拳は、ぼすんと音を立てた。
 なんだ。一体自分は何に苛立っているんだ。ディルホが見つからないことか。二人が付き合ったことか。
「……?」
 ずきん。胸にじわりと痛みが広がっていく。
「俺は、二人が付き合ったことが嫌なのか……?」
 でも、二人からの恋愛相談がウザかったのは事実だ。早く終われ早く終われと、あんなに毎日思っていたのに。
 俺はあの日々が終わってほしくなかったのか?
 ……いや、それは違う、と思う。あの嫌だという気持ちは本物だった。
 じゃあなんだ。どこが間違っている?
「あ」
 かちり。ピースのハマる音と同時に、ひゅぅっ、と喉が鳴った。
 とんでもないことに気がついてしまったと、背筋を冷たい汗がなぞっていく。
 俺は今まで、とてつもなく大きな、そしてもう今更取り返しのつかない勘違いをしてしまっていた。
「俺は、二人のことが好きだったのか」
 口に出した事実は、ゆがんでしまったこころの穴にすとん、と落ちた。
 だから、二人の応援をするのが嫌だった。だから、二人が付き合ったと聞いた時、あんなにモヤモヤしたんだ。
「……は、はは、はははははは……」
 なんだよ、それ。自覚する前に終わっているなんて、どんな恋だ。
「はははははは、あはははははははははっ!」
 うつろな笑い声が、とっちらかった部屋に転がる。
 喉が熱い。焼け付いてしまいそうだった。
「はは、ははははははっ……はぁ……っあ゛ぁ゛あぁぁぁもおぉぉおぉぉっ!」
 少し荒れた十の指先が、栗色の髪を激情に任せてぐしゃぐしゃとかき乱す。
 自覚はした、だけど、吾一には自分のことながら全く理解が出来なかった。
 同性を好きになったというだけでも十二分に驚きだったというのに、二人の人間を同時に好きになるだなんて。俺は一体、いつからそんなに気の多い人間になったんだ。
 別に自分自身が清廉潔白な人間だなんて思っていた訳ではない。それでも、二人への思いの自覚は、自分自身に対して失望するのに十二分だった。
 淀んだ眼球が、今の吾一の心情をそのまま現実に持ってきたかのように散らかっている部屋をうろついて、それからぼうっと真正面を向いた。
 もっと早く気付いていたら、何か変わっていただろうか。
 ずっと気付かないままでいられたら、幸せだっただろうか。
 暇になった頭は、ぐるぐると仕方のないことばかりを繰り返す。振り払っても振り払っても、まるで壊れてしまったラジオのように。
「……」
 はく、と動いた口は、一体何を求めたのだろう。
 くちびるのうえを、透明な雫がひとつ、通り過ぎた。
「……あ、やべ、制服……」
 ぽた、と落ちたそれを追いかけて頭を下げると、あっというまにズボンに吸い込まれて見えなくなった。
 けれども、ぽた、と次から次へと新しいそれが生まれては、鼻先を通って滴っていく。
 無数の涙が布地を濡らしていくのを、吾一はしばらく、ただ黙って見つめていた。
 自然と涙が止まった頃、吾一はのろのろとティッシュボックスに手を伸ばして顔を拭いた。ちょっと痛かった。
 そのままベッドに横になって、今度は白い天井をぼうっと見つめてみる。
「あーあ……昨日までだったらこんなことがあってもアレで発散できてたんだけどな~……」
 何の気なしに口にした言葉が、ぐにゃりと形を持った。
 そうだ。あれさえあれば、今のこの気持ちから解放されるのに。
 探さないと。
 ゆらりと立ち上がった吾一は、ふらふらと二、三歩進むと、おもむろに引き出しを掴んで漁り始めた。
 宝物だと大事にしていた、応援している球団のグッズさえ、次から次へとぽいぽいと床に放り投げ。そんなところにあるはずもないのに、壁に飾っているユニフォームの裏さえ確認して。
「だいじょうぶ……あれさえ見つかれば……だいじょうぶ……」
 がさがさ、ごそごそ、ぶつぶつ。
 一層荒れていく部屋に、吾一は埋もれて行った。
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