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おまけ 2人のその後
家でのんびりしましょう
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秋らしく、少し寒いくらいになったと思っていれば、今日は暑かった。
これから暫く、三日ほど暑い日が続くらしい。
三寒四温、は冬から春にかけての言葉だっただろうか。
それでは今の季節使うべきではないかもしれないが、まさにそんな感じだ。
昨日までの寒さは嘘だったのか。
それにしても酷い。
今朝なんて、また寒くなるに違いないと思って新しい布団を出してぬくぬくにして寝たのに、朝起きたら信じられないほど暑かった。
騙された気分だ。
十月後半になったとは考えられないほど暑い。
私は、Tシャツに短パンという楽で、風通しのいい格好で、網戸にして風を入れながらソファに座っていた。
日の暮れかかった夕方ともなれば、風はそれなりに涼しく、どちらかといえば快適な暑さであった。
でも、もう少し風が吹いてもいい。
気まぐれに吹く風は、私を喜ばせたり、焦れさせたりした。
パラリと、本のページを捲る。
読んでいるのは、文学のなんとかという偉い賞に候補として挙げられたものの受賞はならなかった作家の古い作品だ。
彼に勧められて読み始めたが、面白い。
もともとこの人の作品は好きだったが、まだ読めていないものも多く、彼が持ってきてくれた時は嬉しかった。
何と言い表していいものか難しいが、この作家の文章は、爽やかな嫌味、とでも言うのだろうか。
少しひっかかるような内容のことを、ごく自然に違和感なく読ませるような、あらそうなのね、と納得させてしまうような表現で、中身はともかくさらりと読めてしまう。
さらさらと流れるように読めるのだが、でも一つ一つに重要な意味が込められているように思われて、何度も読み返してしまったりする。
個人的には時間が十分にあって思案が出来る、それでいてあまり真面目に考えずともよい、風邪をひいているときにベッドに寝転んで読んでいたい。
そんな感じだ。
それは上中下で分かれている長編小説だった。
どのくらいの時間それを読み続けていただろうか。
今日は暑いとか、でも風は涼しいとか、そんなことも忘れて読み進めていく。
世界を遮断されて、本の中に入り込んでいる時間は、早くも遅くもない。何もない。
ただただ受動的に言葉を受け取る。
能動的な思考は時折、私の頭の中に起こるが、それで現実に戻ることもない。
本の世界と、現実の世界と、その中間のどちらかと言えば本に近いところで、ふわふわと紫色の雲の中でいろんなことを考える。
文字の羅列にすぎないそれが、いとも簡単に私を別世界へと連れて行ってくれる。
場面は急展開、一回りも下の同性に押し倒された。
私はドキドキとしながら文字を追っていく。
中の半ばくらいまで読んでいた時、玄関からガチャリと鍵の開く音がして、私は頭を上げた。
栞を挟むと、本を閉じて玄関へ向かう。
「お帰りなさい」
「ただいま」
彼は、出迎えた私を一瞥して目を細めた。
「今日は」
今日は何をしていたんですか、の省略法(彼文法)で尋ねられる。
彼文法、という本を作れる程度に私は彼のことを理解している自負がある。
ただし、作ったところで売れないだろう。
彼のごく短い言葉や、伝わりにくい言い回しは私にしか使われないのだから。
彼は、私以外にはこういう話し方はしないのだ。
彼が他人と話しているのをそんなに見たことがあるわけではないのでよく知っているわけではないが、そのような話を友人づてに聞いている。
「本を読んでました。今、ちょうど半分くらいです」
うん、と一つ頷いた彼は、私の頭を撫でると、じゃあ続きを読んでいるといいよ、の意味を込めて私の背中を軽く押した。
彼文法だけでなく、彼行動……?彼の行動の意味を書いた本も作れると思う。
やはり、私に対するだけのものなので売れないが。
私は合点承知、というわけでソファに戻る。
再び本を開く。
押し倒された人は酷く狼狽して何だのかんだのと喚いていた。
押し倒した方は案外冷静、というよりかは覚悟を決めているというか、開き直っているというか、淡々と想いの丈を伝えている。
ううむ、同性とは言え、一回り上の人を押し倒すのってそんなに簡単に出来るだろうか。
思案していると、彼が隣に座った。
私は本をテーブルに置くと、彼に向き直る。
彼の両肩をえいっと押してみる。
びくともしない。
やっぱり、人を押し倒すのってそう簡単なことではない。
それに、本の中では同性だったが、私と彼は違うし、力が倍くらい必要なのではないだろうか。
助走をつけたりした方がいいのだろうか。
でも、そんなに勢いをつけたら彼が怪我でもしないか心配だ。
そう考えている内に、彼は私が置いた本を手に取ると、それを開いて読んでいた。
それから、彼は本から私に目を移した。
一つ頷かれて、私はもう一度彼の両肩を押した。
さっきよりも強く押した。
彼は、私の腕を掴んで、押されて、というには余りにもゆっくりと、音も立たせずにソファに倒れた……というよりは、寝た。寝転んだ。
私を胸に抱いて。
「これでいいのか」と尋ねられて、私は、「思っていたのとは少し違います」と答えた。
彼はそうか、と言ったが、特に体勢を変えようともしなかった。
二人寝転んでも平気なので、大きめのソファでよかったな、と思う。
彼の胸に耳を当てると、心臓の音が聞こえた。
落ち着く。
シャツから、彼の匂いがする。
洗剤と香水と、彼自身のそれが混じっているのは、私の胸のあたりをきゅうと締める。
いい匂い。
私はもっと近づきたいようなそんな気がして、彼の胸に頬を摺り寄せた。
そのうち、彼が、本の続きだろうか、それともどこか適当な一節だろうか、を読みだした。
話は繋がっているとも繋がっていないともとれる、人間について考える思考だった。
彼の低く落ち着いた声が、静かに聞こえる。
彼の朗読は、ある歌手の名前が出てきたところで、止まった。
私は、彼の後を辿るように、歌手の名前を口にした。
彼は本を閉じると、またテーブルの上に置いた。
私は小さい声で、その歌手の好きな歌を少しだけ歌った。
下手なので、曖昧に、誤魔化しながら、ゆっくり歌った。
彼は、褒めるように私の頭を撫でた。
彼も、小さな声で私の声と重ねた。
私の音程が外れれば、彼も私に調子を合わせた。
歌うのが少し早くなったり、遅くなったりしても、彼は私に合わせてのんびり歌った。
これでは、彼まで歌が下手くそみたいだ。
二人して妙な音程で何とも言えなく歌うので、私には可笑しかった。
歌に笑い声が混じって、そのうちに笑い声が勝る。
私は、歌うのを辞めて笑うことを遠慮しなかった。
彼も、目元に微笑を滲ませた。
二人でくっついていると、少し暑い。
「暑いですね」
「早く、冬になるといいな」
そうしたら、もっとくっつけるのに。
そう続く彼の言葉が聞こえるような気がして、私は彼にぎゅうと抱き着いた。
あんまり長くくっついていると熱中症にでもなりそうだけれど。
彼も、私を抱く腕に力を込めた。
そういえば、と彼は口を開いた。
「腹筋」
「今日はお休みです」
「昨日も」
「休みでした」
「一昨日も」
「秋の連休なんです」
彼はふっと息を零して笑った。
私は、いいんです、そんな日があっても……多少続いても、と言い訳した。
ダイエット戦士にも休息は必要なのだ。
「明日は」と尋ねられて、私はううん、と唸った。
明日は明日の風が吹く。
やる気はないでもない。むしろあるのだが、いざとなるとなんだか億劫だったり。
そういうものなのだ、生きることって。
「明日はやります」
しかし、彼に日ごろからダイエットだなんだと言っている手前、明日はやると言っておく。
彼に疑るような目で見られる。
私は目を逸らすと、「多分」と付け加えた。
「多分」
彼が復唱したので、私は、きっと、恐らく、と曖昧な言葉を連ねた。
彼は、そうか、とからかうような調子で言った。
これから暫く、三日ほど暑い日が続くらしい。
三寒四温、は冬から春にかけての言葉だっただろうか。
それでは今の季節使うべきではないかもしれないが、まさにそんな感じだ。
昨日までの寒さは嘘だったのか。
それにしても酷い。
今朝なんて、また寒くなるに違いないと思って新しい布団を出してぬくぬくにして寝たのに、朝起きたら信じられないほど暑かった。
騙された気分だ。
十月後半になったとは考えられないほど暑い。
私は、Tシャツに短パンという楽で、風通しのいい格好で、網戸にして風を入れながらソファに座っていた。
日の暮れかかった夕方ともなれば、風はそれなりに涼しく、どちらかといえば快適な暑さであった。
でも、もう少し風が吹いてもいい。
気まぐれに吹く風は、私を喜ばせたり、焦れさせたりした。
パラリと、本のページを捲る。
読んでいるのは、文学のなんとかという偉い賞に候補として挙げられたものの受賞はならなかった作家の古い作品だ。
彼に勧められて読み始めたが、面白い。
もともとこの人の作品は好きだったが、まだ読めていないものも多く、彼が持ってきてくれた時は嬉しかった。
何と言い表していいものか難しいが、この作家の文章は、爽やかな嫌味、とでも言うのだろうか。
少しひっかかるような内容のことを、ごく自然に違和感なく読ませるような、あらそうなのね、と納得させてしまうような表現で、中身はともかくさらりと読めてしまう。
さらさらと流れるように読めるのだが、でも一つ一つに重要な意味が込められているように思われて、何度も読み返してしまったりする。
個人的には時間が十分にあって思案が出来る、それでいてあまり真面目に考えずともよい、風邪をひいているときにベッドに寝転んで読んでいたい。
そんな感じだ。
それは上中下で分かれている長編小説だった。
どのくらいの時間それを読み続けていただろうか。
今日は暑いとか、でも風は涼しいとか、そんなことも忘れて読み進めていく。
世界を遮断されて、本の中に入り込んでいる時間は、早くも遅くもない。何もない。
ただただ受動的に言葉を受け取る。
能動的な思考は時折、私の頭の中に起こるが、それで現実に戻ることもない。
本の世界と、現実の世界と、その中間のどちらかと言えば本に近いところで、ふわふわと紫色の雲の中でいろんなことを考える。
文字の羅列にすぎないそれが、いとも簡単に私を別世界へと連れて行ってくれる。
場面は急展開、一回りも下の同性に押し倒された。
私はドキドキとしながら文字を追っていく。
中の半ばくらいまで読んでいた時、玄関からガチャリと鍵の開く音がして、私は頭を上げた。
栞を挟むと、本を閉じて玄関へ向かう。
「お帰りなさい」
「ただいま」
彼は、出迎えた私を一瞥して目を細めた。
「今日は」
今日は何をしていたんですか、の省略法(彼文法)で尋ねられる。
彼文法、という本を作れる程度に私は彼のことを理解している自負がある。
ただし、作ったところで売れないだろう。
彼のごく短い言葉や、伝わりにくい言い回しは私にしか使われないのだから。
彼は、私以外にはこういう話し方はしないのだ。
彼が他人と話しているのをそんなに見たことがあるわけではないのでよく知っているわけではないが、そのような話を友人づてに聞いている。
「本を読んでました。今、ちょうど半分くらいです」
うん、と一つ頷いた彼は、私の頭を撫でると、じゃあ続きを読んでいるといいよ、の意味を込めて私の背中を軽く押した。
彼文法だけでなく、彼行動……?彼の行動の意味を書いた本も作れると思う。
やはり、私に対するだけのものなので売れないが。
私は合点承知、というわけでソファに戻る。
再び本を開く。
押し倒された人は酷く狼狽して何だのかんだのと喚いていた。
押し倒した方は案外冷静、というよりかは覚悟を決めているというか、開き直っているというか、淡々と想いの丈を伝えている。
ううむ、同性とは言え、一回り上の人を押し倒すのってそんなに簡単に出来るだろうか。
思案していると、彼が隣に座った。
私は本をテーブルに置くと、彼に向き直る。
彼の両肩をえいっと押してみる。
びくともしない。
やっぱり、人を押し倒すのってそう簡単なことではない。
それに、本の中では同性だったが、私と彼は違うし、力が倍くらい必要なのではないだろうか。
助走をつけたりした方がいいのだろうか。
でも、そんなに勢いをつけたら彼が怪我でもしないか心配だ。
そう考えている内に、彼は私が置いた本を手に取ると、それを開いて読んでいた。
それから、彼は本から私に目を移した。
一つ頷かれて、私はもう一度彼の両肩を押した。
さっきよりも強く押した。
彼は、私の腕を掴んで、押されて、というには余りにもゆっくりと、音も立たせずにソファに倒れた……というよりは、寝た。寝転んだ。
私を胸に抱いて。
「これでいいのか」と尋ねられて、私は、「思っていたのとは少し違います」と答えた。
彼はそうか、と言ったが、特に体勢を変えようともしなかった。
二人寝転んでも平気なので、大きめのソファでよかったな、と思う。
彼の胸に耳を当てると、心臓の音が聞こえた。
落ち着く。
シャツから、彼の匂いがする。
洗剤と香水と、彼自身のそれが混じっているのは、私の胸のあたりをきゅうと締める。
いい匂い。
私はもっと近づきたいようなそんな気がして、彼の胸に頬を摺り寄せた。
そのうち、彼が、本の続きだろうか、それともどこか適当な一節だろうか、を読みだした。
話は繋がっているとも繋がっていないともとれる、人間について考える思考だった。
彼の低く落ち着いた声が、静かに聞こえる。
彼の朗読は、ある歌手の名前が出てきたところで、止まった。
私は、彼の後を辿るように、歌手の名前を口にした。
彼は本を閉じると、またテーブルの上に置いた。
私は小さい声で、その歌手の好きな歌を少しだけ歌った。
下手なので、曖昧に、誤魔化しながら、ゆっくり歌った。
彼は、褒めるように私の頭を撫でた。
彼も、小さな声で私の声と重ねた。
私の音程が外れれば、彼も私に調子を合わせた。
歌うのが少し早くなったり、遅くなったりしても、彼は私に合わせてのんびり歌った。
これでは、彼まで歌が下手くそみたいだ。
二人して妙な音程で何とも言えなく歌うので、私には可笑しかった。
歌に笑い声が混じって、そのうちに笑い声が勝る。
私は、歌うのを辞めて笑うことを遠慮しなかった。
彼も、目元に微笑を滲ませた。
二人でくっついていると、少し暑い。
「暑いですね」
「早く、冬になるといいな」
そうしたら、もっとくっつけるのに。
そう続く彼の言葉が聞こえるような気がして、私は彼にぎゅうと抱き着いた。
あんまり長くくっついていると熱中症にでもなりそうだけれど。
彼も、私を抱く腕に力を込めた。
そういえば、と彼は口を開いた。
「腹筋」
「今日はお休みです」
「昨日も」
「休みでした」
「一昨日も」
「秋の連休なんです」
彼はふっと息を零して笑った。
私は、いいんです、そんな日があっても……多少続いても、と言い訳した。
ダイエット戦士にも休息は必要なのだ。
「明日は」と尋ねられて、私はううん、と唸った。
明日は明日の風が吹く。
やる気はないでもない。むしろあるのだが、いざとなるとなんだか億劫だったり。
そういうものなのだ、生きることって。
「明日はやります」
しかし、彼に日ごろからダイエットだなんだと言っている手前、明日はやると言っておく。
彼に疑るような目で見られる。
私は目を逸らすと、「多分」と付け加えた。
「多分」
彼が復唱したので、私は、きっと、恐らく、と曖昧な言葉を連ねた。
彼は、そうか、とからかうような調子で言った。
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